2010年8月10日火曜日

スパイダーマンになりたい



  <写真は先週末に僕たちの寮の屋根を掃除するブラジル人の
    ホジェリオとアルツーです、ブラジル人はみんな笑顔が素敵です>



  僕はスパイダーマンの映画が好きだ、何といってもあの動きが好きで

スパイダーマンみたいになりたいって思ってよく糸を出すしぐさを真似していた。

 って書くとみんな子供の頃のころだと思うだろうけど、たぶん僕が29歳くらいの

時の話だと思う、フットボールのロッカールームにポスターを張っていた。

 スパイダーマンは実はピーター・パーカーという冴えない青年で、なぜかクモに

噛まれてスパイダーマンになるのだけど、誰も彼がスパイダーマンだとは知らないし、

 勉強もバイトもあまり上手くいかず、しかも幼馴染で隣に住んでいる

 メリージェーンにも相手にされていない。


 そんな冴えない彼だけど、クモにかまれてすごいパワーを得てしまう。

 そしてみんなを助ける。でもスパイダーマンでないときにはとても悲しい人生だ。

 そんな彼が悪役に言われることがあった。

 「よいかスパイダーマン、二人で組んでこの世界を制圧しよう、お前はなぜ人間を

 助けようとするんだ、みんなが喜ぶのはどうせ最初だけだ、彼らは俺達のような

 特別な人間に嫉妬している、最初はお前に助けられて喜んでいるけど、結局

 彼らが見たいのは、ヒーローが無様に打ちのめされるところなんだ、なぜそんな

 奴らを命を張って助けるんだ?」

 って世界征服に誘われることがありました。


 なんて答えるのかな? ってとても興味を持って見ていたら

 
  「それが正しいことだからだ!」

  いたってシンプル。 でもあってるよね。


  「偉大なる力には偉大なる義務が生じる」

 それはピーターが育ての親であるジムおじさんが彼に教えた言葉です。

 
  「授かりものは世のために使え」

 これも普通の人間であるピーターがスパイダーマンをやめたくなった時に

 思い出した言葉です。


 なぜその言葉が大切かといえば逆を考えれば簡単だよね。 だって

 「授かりものを自分のために使い果たしてしまった人」

  には何も残ってないよね。でも世のために使えば、たくさんの友達ができて、

 たとえ授かりものを使い果たしても、多くの友達と自分に対するプライドが彼の

 人生を今後も支えていくと思います。

 



 じゃあ映画の中ではなくて、実社会でそんな偉大なパワーは誰が持ってるの?

 っていうことになりますが、僕が最近考えた答えは

 「そんなの誰も持っていない」

 っていうことです。だから映画になるんだよね。だったらどうするの?

  ってことですけど、

  偉大に見える人も実はみんな普通の人だし、同じように悩んでいると思います。

 その人の立場と責任感がその人を動かしているのだとおもいます。
 
 使命感みたいなものが普通の人間をそれ以上の存在にするのだと思います。


 「人間は周りにその能力を期待されて初めてその潜在能力を発揮する」

 ソクラテスだったとおもいます。

 でも僕は思いました。誰もずっと僕の潜在能力を期待してくれないんだけど?

 それに対する僕の答えは

 「誰も期待しれくれないのだったら、自分で自分に期待するしかない・・・・」

 それが僕の答えです。 ちょっと独りよがりで悲しいけど・・・・

 みんなと同じなら、自分が生きてる意味はないよね、人と違うことできるから

 社会に対して存在価値があるし、

 人から一緒に居たいって思ってもらえるかも知れないしね。

 自分の役割を見つけるのって本当に難しいと思う今日この頃です。