2010年12月21日火曜日

教育とビジネス(前回の続きです)

スポーツとビジネスの違いについて前回に書いたので、次は

 教育とビジネスについてまた少し書きますね。 



 教育と商売は必ず分けなければならないと最近思っています。

 というのはうちの学校は

  半年間、アフリカの歴史、植民地政策、病気、文化、あとは一般社会での

リーダーシップやマネージメント、(たとえばキッチンのローターを作ったり、週末に

 ビルの修理を自分達でしたり、クリスマスパーティーの運営や、

 僕だったらスポーツを教えたり、人によってはヨガだったり、ポルトガル語だったり、

 過去の自分の経験のプレゼンテーションだったりそう言ったことを行ってきました。



 あともう一つの大きな目的は

 約45万円のアフリカに行くための募金活動です、

 実際には半年僕達がアフリカに行く予算は45万では足りないし、

 半年この学校にいる宿泊費などは最初にこれもまた45万円僕は振り込みましたが、

 それだけではデンマークに行ったり、その他もろもろの費用は足りていません。

 だから学校が他のNGOの組織にお願いして、お金を援助してもらっていますが、

 それでもなお半年間で45万円の募金活動はかなり厳しく、

 しかも学校も常にお金があるわけではないので、
 
  時には先生達に

 「キチンと募金活動してますか?」

 って思われることあります。 

 特に僕がしていたような古着集めの回収とか、

 コンテナを置く場所を探すサイトファインディングなどの仕事は

 日給が約5000円と決まっているので問題はないけど、

 ストリートでの募金活動は、募金額が1000円だったりすると、

 「キチンと情熱をもって、活動の宣伝のマガジンを売ってますか?」

 と疑われることがあります。 実際に200円のマガジンを売って募金を集めることは

 本当に難しいです。

 そしてやっぱり疲れてしまってコーヒーばっかり飲んで休憩時間が多くなること

 もちろんありますし、

 30名に声をかけてやっと一冊買ってもらえればよいほうなので、

 心ないことを言われたり、無視されたりすることが寒空のイギリスで続くと、

 やっぱり気持ちがなえてしまうこともあります。
 
 そういうことが重なると、時にはさぼりたくなるのは自然なのかもしれませんんが。

  そういうときに先生達に

「キチンとお金を作ってきましたか?」

 って質問されると同時に

 「学校にお金がないから暖房費を削ります」

 とか

 「どんどん学校を宣伝して、新しい生徒を呼んでください」

 なんて言われると

 これって本当に教育と呼べるの?本当に私の為を思って先生は言ってくれてるの? 

 結局お金の為なの?

 っていう疑問が沸くのは自然だよね。

  

 でもキチンと計算すればわかります。

 一人の外国人が半年イギリスで生活して、途中でデンマークに行ったり、

 週に一度はみんなでプールに行ったり、

 週末には特別予算でパーティーしたり、

 水、光、熱、学校の敷地のレンタル代、食費、 

 アフリカはいく往復のチケットなんかを考えたら、

 やっぱりそれくらいのお金は当然だし、
 
 あまり大きな声では言えないけど、先生が募金活動のことを厳しく言わないと、

 どこの国とかこれもまた言わないけど、

 人によっては募金に行くふりをして、

 町で遊ぶ人が出てくることは当たり前だと思います。

 日本人ほどみんな真面目では無いもの。

 そうするとだんだんとみんなが真面目に募金活動するのが嫌になってきて、

 あっという間に学校は崩壊していきます。

 その時に責任をすべて取るのはうちの学校の場合は半分NGOなので、先生達だものね。

 そういうリーダーの責任というものがあるから、

 決して甘くは慣れないことはわかります。


  でもそこまでわかっていたとしても先生が

 勉強とかスポーツにたいしてもっと頑張れ!

 というのではなくて、お金をキチンと作れなくて

 「もっと頑張れ!」ってプレッシャーかけられたおきに、負け惜しみのように心に起る

「本当に僕の為なの?」

 って思う疑問は教育の世界には必要ないと思います。

 だから教育とお金儲けは分けなければならないし、お金のことに対して先生が

 生徒にプレッシャーをかけることは日本人である僕には少し違和感がありました。

  経営者としては正しいことだと思いますし、

 生徒みんながいい加減になったら。
 
 学校が倒産してしまって、うちの学校のポリシーの一つである、

  途上国に行くチャンスのない国の人達も努力すれば自分の力でアフリカに行ける

 という生徒の夢を奪うことにもなります。

 日本人にはそういう気持ちはわからないかもしれないけど、

 ハンガリー、ブルガリア、エストニア、リトアニア、アルバニアの

 僕らのあまりなじみのないヨーロッパの経済的んあまり豊かでない

 人達にとってはうちの学校はとても貴重な存在なのです。

  そう言った現実を受け止めたとしてもやっぱり僕は思います。

 「教育と金儲けは分けるべきである」

 

  景気が悪くなって公務員の給料が一般企業よりも良くなってしまった今、

 教員がお金もらいすぎ

 なんて思う人も言うかも知れませんが、僕は思います。

 「先生がお金の心配していては、生徒に夢と理想は語れない!」

 だから日本の先生達にはお金の心配しないで、生徒に接してほしいと思います。

  外国だからこのスタイルで良いのかもしれませんが、日本には好ましくない
 
  と思います。