2010年7月16日金曜日

環境を越えて世界共通な人の心



 <写真は僕の住んでいる寮から教室に向かう道です、毎朝このマンホールを踏んでから教室に向かいます。>


昔にハワイでアメフトしていたことがありました。

そこでハワイと日本の似ているところ、ヨーロッパと違うところを書きたいと思います。

 大昔からヨーロッパの人は自分の国で不満が生じたり、

なんとなく国の中で力が有り余ると、海を渡ったり、隣の国を攻めてみたりして、

 領土を拡大して、新しい土地を獲得しようとする、どちらかというと 

「領地拡大型」 の文化だと思います。


 そしてハワイや日本は島国なので、常にその島の中だけでの闘いになります。

だから常に戦いに備えて、新しい武器を作ったり、

 兵隊をトレーニングして、さらに強い軍隊にしようとします、

いわば「少数精鋭」を考えています。だって島国だから、人数を増やすことは

 できなから、でも大陸に住んでいれば、自分の兵隊をトレーニングするよりは、

隣の村に攻め込んで、その人達を自分の兵隊にしてしまえば、

 人数が増えるから、楽して強くなることができるというかんじです。


  ハワイのフットボールチームのそういうところがあって、

ハワイの高校生の優れた選手はみんな本土の大学に進学してしまう、

 逆に本土の学生は日本でいう沖縄みたいな感じで、

「独特な文化をもち、みんながプライドをもって平和に生活している」

ハワイに、フットボール選手としてくることはあまり望まない。

  ということで慢性的に人材不足なのがハワイの現状でした、

大柄な本土の選手に比べたら、体のサイズもそれほど大きくありません。

 そうなると勝つためには必然的に

 「厳しい練習」

 が必要となります。実際にハワイの練習はとても厳しかったです、

そして日本人のように「根性、忍耐」が大事とされます。

 選手たちも一般的なアメリカ人よりも忍耐強く、とても謙虚で真面目です。

 そういうところは日本人と似ています。

 おおらかで、謙虚で外国人に優しい、

それは限られた土地の中に住んでいる島国の文化だと思います。

 限られた土地の中で人々が生活すると、必然的に相手に

「気を使う」文化が生まれるのだと思います。


  ヨーロッパの人達は言葉も文化も全く違う人達と闘ったり、

占領したり、されたりで、常に自分のやり方を相手に押し付けないと

 生き残っていけない文化だとおもいます。

そして相手に支配されないためには先に相手を支配しないといけないこともあり、

必然的に強烈な自己主張が必要となります。

ヨーロッパでは負けることは相手の国にたいして奴隷になることになり、

全てを失ってしまうからです。

 (もちろん大昔の話です)

 お互いにそこが基本的に違うのだと思います。

 ぞれぞれの文化で、農民、貴族、政治家、軍隊などで違う文化があると思います。

 一般的に農民の人達は自然を相手にしているので、

問題が起こったときでも言いわけする相手が自然だから文句を言っても仕方ないし、
 
貴族や政治家は人をコントロールしようとするから、とても

「権力」にたいしてこだわりがあり、人間がどう動くか、

どうすればコントロールできるかを考えています。

だから交渉能力と自己主張が強くなります。 

軍隊は農民と比べて常に相手が「人」だからこれもまた何かもんだが

おこったときには「人間」にたいして文句を言うし、

原因は農民のように自然にあるのではなくて、誰かの過失であるということで、

誰かが責任を取らされます。


 このプログラムに参加していて、ヨーロッパのひと、アジア人、

と生活していて、なんでここまで違うのかな?
 
 って考えた時、根本的にそういう昔からの国の状況なのかな? 

っておもうことがあります。

 西洋の人は自己主張が強く、

自分が忍耐強く働くよりも相手を自分に屈服させて、

自分の今の立場をさらに良くしようと考えている人がアジア人にくれべて

多いと思います。 もちろん忍耐強く働く人も沢山います。

 
  最後に世界で圧倒的に有名なのが中国人です、

日本人んが外国人をみんなアメリカ人だと思っているようなレベルで、西洋の人は

 アジア人はみんな中国人なのだ。と思っています。

 少ししつれいな話だとおもいますが、おそらく日本に住んでいる、イタリア人とか

 フランス人に日本人が英語で話しかけた時、彼らも同じように

「なんで俺達に英語で話しかけるの?アメリカ人じゃないよ?」

 って思っていると思います。


  そして世界中に移り住んでいる中国人にたいして聞いた話があります。

 中国は昔から大きな国で、何も悪い事はしてない、

あそこで静かに暮らしていただけだった、そこに色々な国が攻め込んできて、

領土を奪おうとしてきた、彼らは何もわるくないのに、

沢山の犠牲を払った、だから彼ら自身は自分達を守るために、強くならざるを得なかった。

 
そしてバヌアツに居たころにも聞いた話、

 中国人のかなしいところは彼らは西洋の国の人に比べて、

よその国に行ってもその国を占領しようとしない、ただ移り住んで、

そこで商売をして生活をするだけだ。それを見た現地の人達は、

中国人の商売の仕方をまねて自分達も商売を始める。

でも中国人のほうが真面目で商売上手だから結局は現地の人から

ヤキモチをやかれて嫌われることもある。

 しかし最もバヌアツからお金を巻き上げているのは中国人ではなくて、

西洋人だ、彼らは決して現地の人と同じレベルで仕事をしない。

 海沿いの土地を全部買い取って、そこに大きなリゾートを建設して、

現地の人をやとって自分達はお金の管理をしているだけ、それで現地の人からは

 尊敬されるし、何のトラブルも起こらず、広大なお金を巻き上げている、

形は違うがやっぱりそれは植民地みたいなものだ。


 なるほどねー! っていつも思ってました。 

いろいろな国でそれぞれみんなが頑張った結果がこういう風になるんだなー、

って思います。

 ちなみに今のこのプログラムでも全く同じようなことが展開されています。

 僕の居る5月チームは14人いますが、

それぞれの文化によって考え方が全く違うし僕たちはアフリカに行く

お金を自分達で貯めなくてはいけません。

そのための活動についてもそれぞれの国で全く違う考え方とアプローチをしてきます。

 全般的に助け合おうとするのがアジア人ですし、

そういった考えが全く通用しない西洋の人もいます。

 そして持っている人が持っていない人に分け与えることが普通である、

という文化があるアフリカ出身者は、全く違う感覚でここに居ます。


 そして最後に強烈に思うのは、これだけ書いてきてなんですが、

やっぱり最終的にはどこの国の、どういう文化だ、というのではなく、

 その人の個人的な魅力とか、誠実さとかが出身国を越えて大切なのだとも思います。

  国、文化、年齢、性別とかよりもやっぱり人間としての

魅力に勝るものは無いのだとかんじています、そこだけは

「世界共通」

 なのだと僕は最近かんじます、国に関係なく、世界はそういう人を評価します。

だから今以上に真面目に頑張らなくてはとおもいます。




 

2010年7月14日水曜日



  今のボランティア活動は募金を集めたり、活動のマガジンを200円で売ったりするほかに

  古着を集めたりします。

  とりあえずイロイロな車を運転します。 しかもイギリスは車検ないみたいで、

古い車も沢山走ってますし、キツネやウサギ、トラクター、

時には馬も普通に街中を走っています。馬を抜かす時はこっちが緊張します。

今回はいろんな車を運転した経験を書きます。

  まず間違えてはいけないのが、日本で言う軽油はディーゼルと呼ばれていて、

レギュラーガソリンとハイオクはアンリミテッド95、

または97とい呼ばれていること、

アンリミテッド95、97は混ぜても問題はないけど、

もしディーゼル車にガソリン入れたら壊れてしまいます。
 
 だからそれは絶対に駄目、

そしてそれぞれの車で給油口が右だったり左だったりするので、

ガソリンスタンドに入る前にきちんと確認しておかないと、

一端中に入ってしまうとなかなか切り返すのは難しいです。

そしてほとんどの車がマニュアル車なので、たまにオートマチックを運転すると、

左足がクラッチを探してしまって、おかしくなります。

 そしてウィンカーがまた難しい、日本は普通は右だけど、

こっちは右ハンドルなのに、左がウィンカーで右がワイパーになっていたりします。

 「何のため?」って思うけどそうなってるから仕方が無い。
 
ウィンカー出したつもりが、ワイパーが動きます。

特に午前と午後で違う車を運転すると相当戸惑います。

頭でわかっていてもからだは自然に動いてしまいます。

 それでもまだ日本人はましです、イギリスは左側通行で日本と同じだから、

世界で左側通行なのは日本とイギリスとあとアジアにもう一つくらいありました。

でもヨーロッパは圧倒的に右側通行です。

 時々駅まで新しいボランティアの参加者を迎えに行ったりしますが、

みんな助手席に座ろうとして右側のドアに向かいます。

 ドライバーの僕も右側の運転席のドアに向かうので、

 「イギリスは運転席右なんです」

 っていうと、みんな驚くし、その後に学校に着くまでも何か変な感じみたいです。

 「日本も右だから、僕は大丈夫なんです」

 っていうと、みんなそれにもおどろきます。

 そしてイギリスの信号は黄色から赤に変わりますが、

その後に青に変わるときに、一度黄色になります。

だからもし回りに全く車が居ないときに信号が黄色だったら、それは信号が

 赤になる前の黄色なのか、青になる前の黄色なのか一瞬戸惑います。

 でもほとんどの場合は、周りの車の動きで判断できます。

  でもマニュアル車だと、サイドブレーキを引いて信号待ちをしている時など、

黄色で一度知らせてくれると、サイドブレーキをおろしてロー

に入れる時間があるので、気持ちは楽です。
 
 基本的にイギリス人は全くクラクションを鳴らさないので、

少しくらいスタートが遅れてもだれも怒ったりしません。

 オートマチック車なら問題ないけど、マニュアル車だと、

ヨーロッパ出身者は普段は右手でギアを変えているから、それは殆ど不可能になります。

 こないだ運転した古いベンツのワゴンは日本でいうセカンドギア

のところにバックギアがついていて、バックに入れる時はギアに付いているリングを

握ります、そうするとバックに入ります。

 それって外車では普通なのかもしれないけど、相当戸惑いました。




 極めつけは先日にそれぞれの町に置いてある20個のコンテナを

ナビを使って調べながら一日かけて回るときの事です、

 朝一番にその日に回るルートとランチとコーヒーを準備して、

デンマーク人のレベッカと一緒にスタート、ナビに最初に回収に

行くコンテナの郵便番号を打ち込もうとした時、画面が全てスペイン語になっていました。

 前日に運転したエリックはメキシコ人で彼は

スペイン語に設定を変えてしまっていたのです。

 言語以外の設定ならなんとなく画面でわかるけど、

完全にスペイン語の画面は何が何だかわかりません。

 食堂にいたブラジル人のアルツーはスペイン語に似ている

ポルトガル語だから少しわかるということで、20分頑張ってもらいましたが、

今度はナビがドイツ語を話しだしてしまってアルツーも断念、

ドイツ語なら読めるというルイ―スに頑張ってもらったけど、それも結局無理。

 最終的にはデンマーク人のレベッカがドイツ語なら少し理解できる、

ということでとりあえずレベッカがドイツ語のナビを僕に英語で通訳しながら

 一日働くことになりましたが、

普段の倍の時間がかかって恐ろしく疲れた一日になりました。


 

2010年7月11日日曜日

実は優しいイギリス人②



 <写真は車での移動中にいきなり現れたイギリスの墓地の中の
  建物です、あまりの素晴らしさに圧倒されましたが、どこの町にも
  こういった建物が中心にあり、近くに郵便局があり、人々が昔ながら
  の生活をしているのがイギリスです、たまに時間を忘れて見とれてしまいます>

今参加してるプログラムの団体は既に30年くらい続いている老舗の

ボランティアプログラムで、現在は600個もの古着集めのポストを

全国のスーパーとかパブ、商店の駐車場などに置かせてもらっています。

 今週の僕の仕事は古着集めのポスト
(と言っても幅1メートル、奥行きも一メートル、高さも1,5メートルくらいあります)

を飛び込みで

「置かしてください!」

と頼むものです、この仕事はかなり花形の仕事で、

どこの国の人もやりたがる仕事です、その名はズバリ「サイトファインディんグ」
 
チームの中でその仕事を割り当てられることは名誉なことなのです。

もちろん既に置いている場所のサンプルの写真とか広告などを見せながらですが、

正直いって

「置いて良いよ」って言われているのか

「興味無いよ」 って言われているのか

全く英語が聞き取れません。

 14人居るチームでなんでお前が選ばれたの?

 ってことになりますが、何故かは僕にも全くわからない、

おそらくこのプログラムの中では日本人はかなり優秀だという思い込みがあり、

過去の人達は実際に優秀だったようで、

プログラム開始当初の僕の人間性のメッキがはがれる前に先生が任命してくれました。

今は剥がれかけたメッキを張りなおすことに必死です。

最初から純金だったら楽だったのにね。

 ヨーロッパの人達は勝手に日本人は勤勉で良く働く、

と真剣に思っています。不思議です。

 そこでのイギリス人観察を再びレポートしたいと思います。

 日本で飛び込みの営業をすると、おそらくお店の店長は、

営業マンの笑顔が素敵だとか、対応が誠実だからとか、

人柄が良さそうで信頼できそうだから、ということで決めると思います。

 イギリス人はそういうのはあまり重要ではないみたいです。

物凄く眉間にしわを寄せて真剣に僕の説明を聞いてくれます。

それは僕の英語が片言だから、一生懸命に理解しようとしてくれているのです。

話している僕の気持ちとしては

「あ、この人怖い、断るな」

って思ってビビります。

 一通り聞き終わった後で、ゆっくりと腕を組んで、

時には手をあごの下に持ってきて、なにか一生懸命はなしています。

 断ってるのかな? っておもって少し弱気になって聞いていると

「ということは駐車場の奥ではみんなに見えにくいな、

ゴミ箱の横だと間違えてゴミを入れる奴もいるだろう、

道路から見えたほうが良いな、とりあえず一緒に駐車上に行こう」

 流れとしてはそういう会話になっていて、その間に一切笑顔なしです。

「ここならおそらくみんなが古着を入れるだろう」

 と言って、あっさり場所を提供してくれたりします。

 「お前、偉い仕事してるな」

 と真顔で褒められたりします。

 断るときもきちんと考えます。

 「うちの客はおそらく家族よりも圧倒的に男が多い。

だからせっかく置いてもらっても、君の利益になることは少ないと思う、

だから俺は断る、でもお前は良い仕事をしてる、頑張れ、すまんな」

 「あっちにスーーパーは既にビン、カンのリサイクルのポストを置いている、

おそらくあちらのほうが捨てる人は一度にまとめて捨てることができて

便利だと思うから、私は断る」

 とこちらの人間性ではなくて、

それが効率的で実用的なのかどうかを考えて返事をしてくれます。

 だからセールマンの人柄が良いからとりあえずOKしておいて、

後からヤッパリうちのお店向けではないから引き取ってくれる?

 というようなことは少ないと思います。

逆に言えば営業に必要以上の日本人の笑顔は必要ないということでもあります。

逆に「なんでわかってるのかな?」って思われてるかもしれません。

 
お笑い芸人のホッシャンも言ってました。

 先輩に言われて外国で夜中にお酒を買いに行った、

日本人は若く見られるからパスポートをきちんと持って行った、

でもレジにお酒を持っていったら、強面の親父が凄い勢いで話しかけてくる。

 何がいけないのかな?って思ったらその人は大まじめに

「お前、こんなに沢山買って、ポイントカードは作らなくて良いのか?」

と親切で聞いてくれていたらしい。

 それはどこの国の話かはわからないけど、イギリス人にはありえます。

そういう人達です。

2010年7月10日土曜日

シャンプーと言う犬の話⑥(最終回)



<写真はシャンプーを追いかけて我が家までたどり着いた子犬です。優しい表情
 のシャンプーから僕はなぜか強さをもらった気がします>


 その後に僕は一度もシャンプーの子供を見に行ったことは無かったのですが、

途中で気がついたのはシャンプーは育児の手を休めるためにウチにきて

くつろいでいることでした。

一週間くらい経つと少し大きくなったシャンプーの子供達が一匹、

これもまたガリガリに痩せて、シャンプーを探して我が家に来るようになりました。

100Mくらいの距離ですが、よろよろとシャンプーを探して歩いてきます。

 シャンプーからミルクをもらおうと一生懸命にまとわりつきますが、

シャンプーもすでにガリガリでおそらくミルクはでないと思います。

子供も一生懸命ですがシャンプーもどうしようもできない様子でした。

 ただ一生懸命に子供の顔や体を舐めてあげていました。



 ある程度まで大きくなった子供は既に自分で食べ物を探さなければ

バヌアツでは生きていけないし、その能力が無い子供は生き残ることができない

という自然淘汰の中に居るのだと思いました。

優しそうなシャンプーが普通にその掟を理解して子供を甘やかさない姿勢に

僕は少し感動しました。


 そんなシャンプーの子供達も、人間の都合で勝手に犬の欲しい

家に引き取られていって、僕から見たらシャンプーはなんでこんなに

つらい思いをして子供を産んだのかな?

って思ってしまったけど、それはシャンプーにとっては普通の事

なのだとも思いました。

 結局はそういう同情みたいなものは野性の掟の中で生きている

彼女にとっては意味はないし、それをコントロールしようとか

勝手な同情で助けるのは人間のエゴなのだと感じました。

 「金持ちの奥様が自分の犬を愛すような、神様が人間を愛すような、
       そんな愛なら私達は必要ない」
 
バヌアツの図書館にあった本多勝一さんの本に書いてありました。

「ひざまずいて生き延びるくらいなら、自分の足で立ったまま死にたい」

 これは何故かオーシャンズ13の映画の中のセリフだったと思います。
 
バヌアツでの自分のボランティア活動がそういった間違った

姿勢になってないなかったか、これから行くアフリカで自分がそういう風な同情

にたよった「自己満足」なボランティア活動にならないか、

しっかりと考えようと思います。


 僕がバヌアツを去ったのは2009年の一月、それから一年以上たった先日、

協力隊の活動が終わってバヌアツを去ることになった

後輩隊員のヒロがバヌアツから最後のメールとして僕に送ってきたメールに、

追申として

 「シャンプーは今でもおしとやかに頑張っていますよ」

という一文が加えられていました。

 バヌアツ、タンナ島は治安の問題で男性隊員だけ、

僕一人から始まった最終的に5名でした。

その5名の隊員がみんな尊敬して、いつも気にかけていた犬、

それがシャンプーです、過酷な状況のなかで、恋人のスパイダーを失い、

ガリガリになって産んだ子供達も、すぐに人間達に持っていかれてしまった

シャンプー、そんな状況のなかでもおしとやかに、自分のペースで

決して餌の為にだけ生きているのではない彼女の姿勢は、

なぜか僕ら5人の心に訴えるものがありました。

きっと彼女は僕ら5人がどれほど彼女について話し合ったかは知らないし、

そんなことは興味はないのかもしれませんが、

僕ら5人は10年後にあってもやっぱりシャンプーの事は忘れないと思います。

 これがシャンプーと言う犬のお話です。 高貴ということばを犬に使ってよいのか

わかりませんが、彼女こそ本当に高貴な存在なのだと感じました。

 

2010年7月9日金曜日

募金されて感じた事


 
 <写真は町に行く途中のバスから撮ったものです、有名な二階建のオープンバスと
 すれ違いました。>



前回の続きです。

 ロンドンには一週間ほど居ました。

 基本的には休暇で来ているので何をしても自由ですが、ロンドンで募金活動ができるか

を視察したかったこともあり、チャレンジしたのが前回の話です。

 
 ロンドンでビックリしたのが、無印良品とユニクロがロンドンの一等地にあること、

 懐かしかったので入ってみました。

 ユニクロのTシャツ一枚6ポンド(800円)、無印の防水の小物入れがセールで500円

 でした、日本だったらすぐに買います。

 もちろんイギリスでも募金のお金と自分の財布は全く別なので、500円は決して高い

買い物では無いです。 でも買えなかった。

 1000円入れてくれたおじさんとか、50円入れてくれた学生とか、イスラムの人、

 インド人、老人、若い兄ちゃん、ベビーカーの主婦とかみんながの大切なお金

 面識のない僕が単に「たずねた」だけなのに入れてくれたお金、もちろん財布は違うから

 それを買うのは僕の勝手だけど、500円を入れてくれた少年に

 「本当にありがとう」

 って本当にうれしくて笑顔でほほえんだ自分の笑顔が嘘にならない為には、

「必要のない物は買わない!」

 って思えました、ちなみに懺悔するとイギリスでビール二杯飲みました。イングランド対

 ドイツの試合でイングランドが負けたときです、これはパブでみんなで見たし、

 3か月禁酒してたから、これは必要なお金だと思いました。もちろん募金のお金ではなくて

 自分のお金です。

 お水もペットボトルに自分で水道水を入れて持っていくようになりました。

 ちなみにロンドンの水は意外と美味しいです。

  
  もうひとついつも迷うことがあって、

 汚い格好をしていないと、みんな

 「あいつは絶対に募金のお金を生活費にまわす」

 って疑われるし、逆にきれいな格好をしていると

 「あいつは俺達の金で素敵な服を買っている」

 って思われうかもしれないし、ビミョーなレベルの服装が必要だと思います。

 でも基本的には清潔ならそれで大丈夫です。ちなみにイギリスは雨が多いので

 レインコートは必需品です。

 
 イギリス人の友達に

 「なんで募金くれるの?」

 ってきいたら

 「半分はカトリックだし、そういう文化がある、もう一つは植民地支配にたいする

 罪の意識が私達にはある、考え方は世代によって違う」

 「日本人はそういう文化は無いんだよね」

 っていったら、少し嬉しそうな顔をしていましたが、僕の考えでは日本人は

 「もしお金が必要で8時間募金で町に立っているのだったら、

  その8時間をきちんと働いて、まっとうなお金で社会に貢献しなさい、

  いくら自分の活動が正しい事だとしても人からもらったお金で行ったのでは
 
 意味が無い」

 っていう考え方があると思うし、それは僕の中では大賛成な正論だと思ってます。

 僕は学生のビザだからイギリスでは働けないから仕方ないけどね。

 
  まあでも、罪の意識のあるイギリス人が直接アフリカに行かずに、アジア人の僕が

 イギリス人から募金をもらって、アフリカを助ければ結局はイギリス人が間接的に

 アフリカを助けたことになるから、意外と良いかな?

  と勝手に思っています。

 やっぱりイギリス人は直接アフリカに行くことはまだ難しいのかもしれません。

 そういう面では日本人であることは凄く便利です。 だって

 戦争に負けて原爆を落とされた唯一の国であるか、胸を張って平和大切!って言えるし、

 実際に長い事戦争をしていないから、説得力があるし、

海外にでてもみんなきちんと仕事をしているから、信頼されているし、

それでいてみんなきちんと謙虚だから敵が少なく、

 アフリカ人も日本人には恨みは全くなく、しかも車でも家電でも技術はトップだから

 文句の言いようが無いし、なんといっても僕らは偉くなっても偉そうにしないか

 らね、そういう謙虚さの美学が根底にあることってとても大切だと思います。
 
 「稲は実れば実るほど頭を低くする」

 でしたっけ、そういう文化は世界的にとても大事です、

外国人は誰も気がついてくれないからたまに淋しいけどね・・・
 (でも韓国人は気がつ入れくれます、偉いぞ儒教)

 おそらくそういう気持は

 外国人には無いと思います。

 頑張ったから偉そうで良いんだ! って世界では普通です。全くそのとうり!

 って言いたくなるけど、そうじゃない文化があるところが日本の良いところだと

 思います。

 

2010年7月8日木曜日

ロンドンでの募金活動


 
  <写真はロンドンの凄く有名な広場です、みんなが大道芸していました。
 タンクトップの男の人が観客を巻き込んで、僕がイリュージョンを見せます。
 空中を飛んで下の男性にも触れずにチェーンを超えることができます。

 「もしできたら拍手とコインを!」

 と言いだしてから30分くらいマエフリがあって、最初から居る人は
「これだけ待ったから何がおこるのか見ないと」
って思うし、途中からきた人は
「これだけ人が集まっているってことは凄いのだろう」
 という感じで期待するし、
結局はこの男の人は体操か何かをしてるみたいで、手前から踏み切ってひねりを加えた
空中回転で見事に寝ている男の子にも触れずに着地しました。
 でも少し長すぎたみたいで、あまりの一瞬の出来事に
「やっぱりそういうことか、タンクトップの体つきが良いものね」
 ってみんなが納得して、おわりました。お金を集めるところまで見なかったけど
 きっと結構もらっていたと思います >



 ロンドンで募金活動しました、一人で行って、バス停の隣の

 電話ボックスが二台並んでいる横におもむろに折りたたみの椅子を組み立てて

 一分で準備完了!すぐに実行です。セリフは二言!

 「ハロー、ハブ ア ナイスデイ!」 こんにちは 良い一日を!

 日本だったら誰も振り向かないよね。

 でもイギリス人は習慣的に

 「何のチャリチーかな?」

 って確認します、そして興味があるとよってきます。

  そういう人にだけ、僕はボードに張ってあるバヌアツの写真を見せて

 「これは僕です、体育を教えています。11月にアフリカに行きます。

 だからサポートしてください」

 って普通の事を普通に言います。 すると僕の写真をじっくり見てから

 「この写真はあなたじゃないの?」

 って聞いてきます。基本的に僕の英語はいつも全く通じていません。だから

僕は説明したいことは全てボードに張ってあります。 アフリカの地図を見せて

  「ボク、ココ、11月 イク スポーツ オシエル 」

 って言ってニヤッと笑います。
 

 そこでたいてい質問は二つに分かれます。

 「何のスポーツ教えるの?」  「あなたアフリカに戻りたいの?」

 基本的に外国って「体育」っていう科目はあまり一般的では無いです。だから

 ピント来ないみたい。

  アフリカに戻りたいの?っていう質問が一番説明が難しくて、

 「これは南太平洋です(英語でサウス・パシフィック)僕はそこにある

 トンガとかフィジーとかニューカレドニアの近くにあるバヌアツっていう

 国に二年間行っていました、次の目標はアフリカなんです」

 って言います。 みんなの理解度は20%くらいだと思います。

 「ああ、南アフリカに行ってきたのね!」 っていう人も結構います。

 ちなみに僕はいつも偉そうに外国の話をブログに乗っけていますが、
 
 人生の中で英語のテストで100点を取ったことは一度もないし、

 英検を受けたことも一度もないし、トーフルとかそういう感じの英語の検定

 を受けたことも一度もなく、英語力は中三レベルにビシュラマ・イングリッシュ

 というバヌアツの言葉とハワイでアメフトしてたときに覚えた

 「英語が喋れなくても場を持たせるスキル」

 っていうか単に黙って話を聞いてるだけで生き延びています。

 なんで英語の能力を証明するもの何もないのに学生ビザがとれたのかは

 自分でも不思議なのです・・・

 
 「言葉の意味は良く分からんが、とにかく凄い自信だ!」

 っていうセリフが昔に筋肉マンでありましたが、まさにそんな感じだとおもいます。

 ロンドンの人は写真と僕の片言の英語を聞いて

  「じゃあ募金!」

 って言ってお金を入れてくれます、ちなみに僕の仕事は学校の活動のマガジンを

 200円で売ることで、その為のライセンスは持っていますが、募金は他のライセンス

 が居るので基本的には非合法です、でもみんな

 「そのマガジンは要らないけどあなたにお金は渡したい!」

 って言ってくれるので、募金いただいています。

 困るのは子供と学生です。

 本当はもらってはいけないんだけど、子供はみんな僕のボードに興味があって

 見に来るし、基本的に募金してるときってお金の為に挨拶してる訳ではなくて

 単に僕がロンドンの人に「良い一日を!」って言いたいだけだから、

 人を選んで挨拶したくないので、子供にも学生にも挨拶しています。

 すると学生などは戻ってきてお金を入れてくれたりします。

 でもたぶんこれも非合法だと思います。

 でもたとえ20円でも入れてくれようとしている中学生に

 「君からはもらえない」

 って片言の英語で伝えるのが良いのか、それとも

 「本当にありがとう!」 って満面の笑みを返すのが学生にとって良いのか

 って思ったら、100円以下の募金なら罪は無いかな?っておもいますが、

 回りの大人の目が気になります。 

  
 ロンドンで良かったことは彼らは片言の英語に素晴らしく慣れていて、しかも普段

 生活しているHULLという町よりも英語の発音がきれいでした。だから意外と

 会話が成り立ちました。

 全て説明が終わると、もう一度僕の顔を見直してから

 「君の行ってることはたぶんあってるし面白い、ボランティアに行くのに、

 自分でお金を稼いでいるって面白いね。頑張ってね」

 って言って朝の一番に自転車にのった60代くらいのおじさんが1000円

 を箱に入れてくれました。札をもらったことは初めてだったので、相当驚きました。

 「風でお札が飛んだらどうしよう?小銭で飛ばないようにしておかないと・・・」

 ってそんなことばかり考えながら、

 「ロンドン恐るべし!」

 って思いました。

 ちなみにその日は3時間で4000円くらいでした。

 途中で何度かホームレスが寄ってきて僕の募金箱を覗きだしたので、

 怖くなってたいさんしました。 

 次回は募金されてどういうことが自分の中で変わったかを書こうと思います。

2010年7月5日月曜日

シャンプーという犬の話し⑤



 <写真は僕が空気を入れすぎて割れてしまったボールをかぶっている
クリンクリンです。途中まで女の子だと思っていたけど、男の子でした、
声もとても可愛くて、行動も面白くていつも楽しませてくれました>

 シャンプーの様子を心配しながら週週間が経ち、夕方になっても彼女が

現れない日が続いてある日、子供たちがやってきて、

 「ウラ、犬の子供が沢山居るぞ、7匹も居る!」

とみんなで僕のところに報告に来ました。

 「シャンプーはジョンの家に戻ってそこで主産したんだな」

とわかって、少しほっとしたというか、ヤッパリ彼女のなかでは飼い主

はジョンなんだな。 とおもいながら、なんとなく自分の役目は終わった

ような気もしていました。

 子育てが忙しくて、彼女はもう家には来ないだろうというきもちでした。

 

 その二日後、シャンプーが幽霊のようにフラフラと家にやってきました。

 ガリガリに痩せて、毛並みはドス黒く、アバラが丸見え、出産したので

お腹の皮がたるんで、背骨というサオ竹に毛皮のシーツがかけられてるみ

たいに、まさに骨と皮だけになっていました。

 僕の顔を少し懐かしそうに見ると、すでに顔を上にあげることすらおっくうな感じで、

そのまあ家のベランダの一番風の良く通る、

冷たいセメントの上に横になって、ピックリとも動かずに眠ってしまいました。

 僕があわてて冷蔵庫から残り物を持ってきて、

彼女の鼻の前に並べてみましたが、優しい目でちらっと見ただけで、

口にすることはなく、死んでしまったのか?というくらいに静かに眠っていました。