明日の朝は気合で早起きする!
と意気込んで大切な日の前日に夜更かししている人が居るとする。
そうやって意気込んでいても、人間の感情なんて一晩眠れば変わるものなので、布団に入って眠ってしまえば、次の日の朝には寝不足で寝坊してしまうのがオチだ。
頭の良い人が大切な日に早起きしたければ気合で起きようとは考えない、前の晩に早く布団に入るだけだ。しっかり準備すれば、当日に「気合」を使う必要はない。
こんな簡単なことがスポーツの世界でわかっていない人が意外と多い、しっかりと準備せず、「あすは気合で勝つ」と言っているチームが勝つことはまずない。
常勝チームは事前に準備をしっかりしているから、気合に頼らなくても普通に勝つことができる。
負けた結果(寝坊した理由)は気合ではない、準備不足だ。
2018年1月8日月曜日
スポーツ界から理不尽が無くならない単純な理由
コーチの中にはスポーツ界での理不尽について
「社会に出たら理不尽なことばかりだ、だから学生の頃から理不尽になれておくことは良いことだ」
という考えのもと、選手に理不尽なことを押し付ける人が居る、でも僕は思う、そうやって理不尽な扱いを受けて育った選手は、今度は理不尽なことを言う大人になる。
だから日本の社会から理不尽がなくならない。
社会で理不尽が多いと感じている人は、学生に理不尽なことを強いてはいけない、理不尽を知らない学生が大人になれば30年後には日本から理不尽は無くなる。
日本は成熟した国になり、理不尽なことを言わなくてもみんなが食べていけるようになった。今後は理不尽をなくすことでみんなが平等に幸せになれる社会をつくるべきだし、スポーツはそういった社会つくりに貢献しなくてはいけない。
「社会に出たら理不尽なことばかりだ、だから学生の頃から理不尽になれておくことは良いことだ」
という考えのもと、選手に理不尽なことを押し付ける人が居る、でも僕は思う、そうやって理不尽な扱いを受けて育った選手は、今度は理不尽なことを言う大人になる。
だから日本の社会から理不尽がなくならない。
社会で理不尽が多いと感じている人は、学生に理不尽なことを強いてはいけない、理不尽を知らない学生が大人になれば30年後には日本から理不尽は無くなる。
日本は成熟した国になり、理不尽なことを言わなくてもみんなが食べていけるようになった。今後は理不尽をなくすことでみんなが平等に幸せになれる社会をつくるべきだし、スポーツはそういった社会つくりに貢献しなくてはいけない。
東洋医学的コーチングと西洋医学的コーチング
大学のアメフトのコーチを4年間やって思ったことは、コーチングには、東洋医学的と西洋医学的の二つのタイプがいること、
チームを人体に例えると、東洋医学的コーチングとは、体(チーム)が病気になる前に先手を打ち、病気を防ぐ。(未病する)
これをできる監督やコーチがいればチームの勝ち負けに関係なく、常に健康で勝てるチームがつくれがつくれる。
西洋医学的なコーチングとは、何か病気(問題)が起こった時にその問題に対して対処すること、
例えば
・大量の怪我人
・いきなり大量の退部希望者が出た
・部員による暴行事件
これらのことは東洋医学的コーチングで考えると、未然に察知して対応すれば防ぐことができる。
例えば
・体を鍛えることだけではなくメンテナンスの知識を与える
・チームの方向が勝利至上主義になりすぎないよう気を付ける
・コーチ自身が選手に暴力的なアプローチをしない
などをすることによって未然に防げることだと思う。
コーチの中にはチーム内に問題が起こり、それを解決することが自分の仕事だと感じている人もいるが、本当に優秀なコーチは、未然に選手の気持ちを整えることで病気にならない(問題を起こさない)チームをつくっている。
これからのコーチングには東洋医学的な考え方が必要だと思う。
チームを人体に例えると、東洋医学的コーチングとは、体(チーム)が病気になる前に先手を打ち、病気を防ぐ。(未病する)
これをできる監督やコーチがいればチームの勝ち負けに関係なく、常に健康で勝てるチームがつくれがつくれる。
西洋医学的なコーチングとは、何か病気(問題)が起こった時にその問題に対して対処すること、
例えば
・大量の怪我人
・いきなり大量の退部希望者が出た
・部員による暴行事件
これらのことは東洋医学的コーチングで考えると、未然に察知して対応すれば防ぐことができる。
例えば
・体を鍛えることだけではなくメンテナンスの知識を与える
・チームの方向が勝利至上主義になりすぎないよう気を付ける
・コーチ自身が選手に暴力的なアプローチをしない
などをすることによって未然に防げることだと思う。
コーチの中にはチーム内に問題が起こり、それを解決することが自分の仕事だと感じている人もいるが、本当に優秀なコーチは、未然に選手の気持ちを整えることで病気にならない(問題を起こさない)チームをつくっている。
これからのコーチングには東洋医学的な考え方が必要だと思う。
2017年7月31日月曜日

アウェーの移動中_ロサンゼルスの空港
日本のスポーツ界でのよく言われる気合、根性、理不尽について、2年間アメリカのプロリーグでの経験を基に書いてみたい。
今でも思うが、アメリカのスポーツ界にはそういう概念が無いのだと思う。
ちなみにハワイのプロリーグの練習はとても厳しかった、僕はアメリカのプロは合理的なトレーニングをするものだと思っていたが、実は日本の1,5倍ほどの練習量があった。
単に練習量だけではなく、ハワイの気候も僕にとっては大変だった。気温は30度ほどだが、ドライなので汗がすぐに乾く、しかも南太平洋の島風が常に吹いている。
要は信じられ無いくらいに汗をかいても、それを感じることなく、ずっと気持ちよく動くことができる。
だから気づかないうちに体から水分とミネラルが抜けてしまっている。連日練習していると、慢性疲労が溜まる。
それが日本人としてハワイでプレーして実感したことだった。
練習はとてもハードだった。
なぜこれほどハードなのかハワイの選手に聞くと、ハワイの高校で活躍した大きな体の選手は、みんな大学進学は推薦をもらってアメリカ本土に進学してしまう。
結果的に残った選手は才能はあっても体が小さな選手ばかり。本土のチームに勝つためには厳しい練習で鍛えるしか無い。
彼らには少なからず本土(アメリカ)に対する反骨心がある。それは、沖縄の人が本土の人に対して 持つ感情と似ている。
そんな厳しいハワイの練習をなぜ自分が乗り切れた理由は、コーチングの違いだった。
ハワイのコーチには日本のスポーツ・体育の基本にある「教育」という概念はない。
自分たちはフットボールコーチであり、規律やモラルを教える「体育の先生」という感覚は無いのだ。もちろんチームが勝つために規律やモラルが必要なときはキチンと伝えてくれる。
コーチの一番のモチベーションは
「選手の能力が向上してチームが強くなる」
ことにある。無理に教育者を演じない。
ちなみにヘッドコーチのキャル・リーはハーレーのバイクだ大好きで、オフになるとハーレーに乗ってノースシュアにツーリングに行っていた。
一度ノースシュアで見かけたので、次の練習で声をかけたら、嬉しそうにそのことを話してくれた。その時の顔はフットボールコーチではなく、ハワイの気さくなおじさんだった。
ハワイではいつも練習の初めに必ず、50ヤード10往復というメニューがあった、これは相当キツかった。シーズン途中に本土から移籍してきた選手でこのメニューが嫌で去っていった選手がいたほどで、練習前に憂鬱そうなその選手に、チームメイトがみんなで
「Don't be nervous!」
と冷やかしていた、彼は「ハワイはクレイジーだ!」
と苦笑いしていたが、次の週には居なくなっていた。
そのメニューの時にいつも自分が感じていたことは、コーチの声掛けである
7本目、8本目になるとすでに140キロもある大型の選手は顎があがって、スピードも落ちる、明らかに気持ちが負けた状態になる。
日本のコーチはこの状態を許さない。気持ちが負けている選手を許すと、チーム全体のレベルが下がると感じるからだろう。
しかし、ハワイは逆だった、そうなった選手に対しても
「グッジョブ!」「ハッスル!ハッスル!」
などとコーチが手を叩いで鼓舞するのだ。
すると他の選手もその選手を応援する。だからその選手も前向きに無心で走る。
結果的にゴールした時にはチーム全体に達成感が沸く。
逆に日本の場合、コーチが走りきれなかった選手に対して「もっと走れる」「最後までやれ」などと厳しい言葉をかける。
せっかくみんなで厳しい練習を乗り越えたのに、チームになんとなく後味の悪い雰囲気ができてしまう。
それが連日続くと、体の大きな選手は毎日みんなの前で恥をかくような気持ちになる。そしてだいたいは以下、3つのパターンになる。
◯真面目な選手は責任を感じて辞めてしまう
◯厳しく言われるのが嫌なので、一生懸命に走っている演技をするをするようになる
◯開き直っていくら声掛けをしても無反応になる
単純に考えると、140キロの選手も70キロ選手もお互いに一つの心臓と肺で体を動かすのだから、140キロの選手は70キロの倍追い込まれることになる。
日本のコーチは
「だから練習で追い込んで70キロの選手と同じに走れるように鍛える必要がある」
と考えているのかもしれ無いが、それでは選手がやる気を持続することはできない。
また、そういった選手を吊るし上げることで、他の選手の「自分はああなりたくない」という恐怖心を煽り、チームをまとめようとするにも間違っている。
また、ハワイのアジリティードリルではコーンを5ヤード間隔に置いて、色々なステップで前後左右に走る。という練習があった、練習が始まる前のコーチの指示はただ一つ
「みんなハッスル!」だった
その練習でチームが一番盛り上がるのは、バックステップをしている選手がハッスルしすぎて転んだ時だ。
日本のチームなら転んだ選手が出た場合、周りが冷やかすことが多い、本人も苦笑いする。それは日本人独特の気遣いのようなもので、無視するより、みんなで笑ってあげることでその場を和やかなものにする感覚だ。
しかし、ハワイは違った、ハッスルしすぎて、後ろ向きに転んだ選手に対して、チームみんなが声援を送る、(それはハワイ独特の野生的な掛け声であることが多かったが)チームが一番盛り上がる時がその習慣だった。
また、そこで日本と全く違うと感じるのは転んだ選手は全く恥ずかしがら無い事だった、もの凄く真面目な顔で立ち上がり、全力で走り出すのだ。
はじめは、負け惜しみで真面目な顔をしているのかな?
と感じていたが、そうではなく本人は大真面目だった。
ハワイにはそういった文化があった。だから練習に対してシラケた選手は居なかったし、指導者の顔色を見て練習をする選手もいなかった。
コーチも選手も同じ方向を向いている良いチームだった。
2014年9月29日月曜日
気合、根性は34%で良い論
巨人の星から始まる日本スポーツ界の
「気合と根性論」について
野球の日本シリーズや高校野球の決勝、オリンピックの柔道決勝、相撲の優勝がかかった大一番では最後の最後に勝負を決めるのは「心・技・体」の「心」の部分であり、「勝つことへの強いきもち」だと思う
だから勝利インタビューで
「最後は気合いで勝ちました」
というコメントは間違っていない。
日本シリーズで勝負を決めるホームベース上でのクロスプレーではホームに突っ込んでくるランナーと阻止しようとする
キャッチャーは激しくぶつかるし、高校野球の最後のランナーは一塁ベースに向かってヘッドスライディングする。
ロサンゼルスオリンピックの柔道の山下は怪我をしながらも決勝戦に出場し金メダルを取ったし。
勝つだけで無くて人としての生き方も横綱には求められる相撲も科学的トレーニングよりも昔ながらの根性論が好きだ。
相撲に関して言えば、もし海外にも広まってオリンピック競技になれば、もっと相撲を精神論を打ち破るようなトレーニングが外国で開発されて、日本選手が勝てなくなれば
日本の相撲界にも新しい考えが広まるのかもしれないけど、日本だけでしか行われていないので、しばらくは変わらないのだろうな。と思う。
何となく日本人としては相撲だけは変わってもらいたくない気もするし・・・
(もともと太った人しかできないスポーツということで自分がその競技に参加するという意識が全くないから他人事なのかもしれません。)
相撲で少し脱線したが、日本シリーズの決勝や高校野球、柔道などのインタビューを見て感動した指導者や選手が
「やはり気合いと根性だ!」
と勘違いして、高校野球に一回戦から一塁ベースにヘッドスライディングさせたり、肉離れをしているふくらはぎを引きずってまで柔道の練習をさせたりしたらどうなるだろうか?
あくまでも最後の最後は「気合と根性」なのであって、高校野球の一回戦から「気合と根性」で勝とうと思っているようなチームが高校野球の地方予選から勝ち抜いて決勝まで行くとは思えないです。
やはり「心・技・体」
「心」 気合、根性 33%
「技」 テクニックや戦術 33%
「体」 持久力やその競技で必要な筋力 33%
が必要であり、最後の1%が気合としても「気合」は34%くらいでよいと思います。
イチローがよく日本人のインタビューで
「やはり最後は気合いで打ちましたか?」
と聞かれて
「テクニックで打ちました・・・」
と答えるのは当たり前なのだと思います。
「心・技・体」のバランスは競技にとっては大切なことです。
「気合と根性論」について
野球の日本シリーズや高校野球の決勝、オリンピックの柔道決勝、相撲の優勝がかかった大一番では最後の最後に勝負を決めるのは「心・技・体」の「心」の部分であり、「勝つことへの強いきもち」だと思う
だから勝利インタビューで
「最後は気合いで勝ちました」
というコメントは間違っていない。
日本シリーズで勝負を決めるホームベース上でのクロスプレーではホームに突っ込んでくるランナーと阻止しようとする
キャッチャーは激しくぶつかるし、高校野球の最後のランナーは一塁ベースに向かってヘッドスライディングする。
ロサンゼルスオリンピックの柔道の山下は怪我をしながらも決勝戦に出場し金メダルを取ったし。
勝つだけで無くて人としての生き方も横綱には求められる相撲も科学的トレーニングよりも昔ながらの根性論が好きだ。
相撲に関して言えば、もし海外にも広まってオリンピック競技になれば、もっと相撲を精神論を打ち破るようなトレーニングが外国で開発されて、日本選手が勝てなくなれば
日本の相撲界にも新しい考えが広まるのかもしれないけど、日本だけでしか行われていないので、しばらくは変わらないのだろうな。と思う。
何となく日本人としては相撲だけは変わってもらいたくない気もするし・・・
(もともと太った人しかできないスポーツということで自分がその競技に参加するという意識が全くないから他人事なのかもしれません。)
相撲で少し脱線したが、日本シリーズの決勝や高校野球、柔道などのインタビューを見て感動した指導者や選手が
「やはり気合いと根性だ!」
と勘違いして、高校野球に一回戦から一塁ベースにヘッドスライディングさせたり、肉離れをしているふくらはぎを引きずってまで柔道の練習をさせたりしたらどうなるだろうか?
あくまでも最後の最後は「気合と根性」なのであって、高校野球の一回戦から「気合と根性」で勝とうと思っているようなチームが高校野球の地方予選から勝ち抜いて決勝まで行くとは思えないです。
やはり「心・技・体」
「心」 気合、根性 33%
「技」 テクニックや戦術 33%
「体」 持久力やその競技で必要な筋力 33%
が必要であり、最後の1%が気合としても「気合」は34%くらいでよいと思います。
イチローがよく日本人のインタビューで
「やはり最後は気合いで打ちましたか?」
と聞かれて
「テクニックで打ちました・・・」
と答えるのは当たり前なのだと思います。
「心・技・体」のバランスは競技にとっては大切なことです。
2014年8月22日金曜日
コーチはシェフ
最近アメフトのコーチのお手伝いをしている
コーチというのは本当に難しくて、料理人に似ている気がする。
選手は材料で、コーチはシェフ、
いかに今ある材料で最高の料理を作れるかが
シェフであるコーチの腕の見せ所だと感じる。
そしてシェフがいかに多くのレシピを持っているかはとても大切で ある。
たとえばカレーには肉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、 にんにくが必要だが
毎年その具材がそろうわけではない、 今年はジャガイモは無くてサツマイモだったり
ニンジンは無くてゴーヤがあったりする。
ゴーヤはニンジンにはなれない。
自分がサッカーの日本代表監督なら、
最初からカレーに必要な素材だけを選んでチームを
つくれるが、大学の体育会では素材を選ぶことはできない。
そこで大切なのがコーチがいかに多くのレシピを持っているかだ、
別に例年カレーを作る必要はない、おいしければ何でもよいのだ。
でもコーチがカレーのレシピしかもっていないと、毎年必要なのは
お肉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎとなる。
選手の中にはマグロ、シイタケ、キャビア、トマト、フォアグラ、 などが居て
せっかくチームにキャビアやフォアグラがあっても
コーチが料理す るレシピを持っていなくては
その素材は使われないまま腐ってしまう。
多少癖のある個性の強い食材でもシェフの使い方で立派な料理とな る。
個性的な食材にはそれにあうスパイス(技術) と絡めてやれば使い道もある。
毎年全く変わったレシピを試す必要はないけど
コーチも経験とともにレシピとスパイスを増やしていけば多くの素材の良さを
引き出して最高のチームを作ることができると感じる。
今の自分にはもやし炒めくらいのレシピしかない。
いつかもっと経験を積んでいろいろなレシピを身につけて
みんながハッピーになるようなチームを作りたいと思う。
| 写真はうちのチームのキャビアとフォアグラです。最高級の選手です。 |
2013年9月9日月曜日
スポーツのおける移籍について
実業団に居た頃に助っ人外人だったレジーがよく文句を言っていた
「日本のチームはシステムに選手をはめ込みすぎる、
あれでは楽しくプレーできないしミーティングも長くなる」
「じゃあアメリカならどうするの?」
「その動きができる選手を移籍で取ってくる、そのほうが早い」
さすがアメリカだと思いました。 そういえばアメリカはシーズン中でも選手の
移籍とかあたり前だものね。
しかしハワイ大学のアメフト選手が全く違うことを言っていたのを思い出した。
「ハワイのフットボールは昔から厳しい練習で有名だ、理由は簡単、体の大きい選手は
ドラフトで本土に行く、だってハワイの大学を出てもハワイに就職は無いからね、
ハワイは今でもアメリカの植民地だ、本土から来た会社がハワイの現地の人を
雇って儲けるだけ、そして年寄りの白人達が老後を過ごすためにハワイはある。
ハワイにある会社はドールのパイナップル畑と不動産、観光業だけ、
だからハワイの大学をでたってホテルのプールの監視員とか駐車場の
受付、レンタカー会社、レストランの店員、観光バスの運転手になるしかない。
就職を考えたら本土の大学に行くべきだ。
逆にフットボール選手で本土の選手がハワイに来るのは物好きだけ、
だから伝統的にハワイの練習は厳しい」
なるほどと思ったけど、そういった理由以外にハワイの練習が厳しいのは
ハワイ人が伝統的に自分達を鍛えること、向上することに対する気持ちが
強く、正義感が強く卑怯なことをしないことなどがあげられると思います。
島国は大陸に比べてそういう文化が育ちやすい気がします。
日本でも常勝するチームは伝統的に良い選手が入ってきます。
選手を育てる事も大切ですがもともとの素材がよければ、入ってきた時点で
高いレベルのことから教えることができるからね。
実業団に居たときに言われたことがあります。
「どうしても日本一になりたいのなら、今のチームにいるより
日本一になれるチームに移籍したほうが早い、
現役で居られるのは数年しかない。日本一になる事が目的なら
そのほうが早いし確実だ」
でもそれでなった日本一に意味があるのかな?
と思うこともあるし、逆に日本一になれないまま引退するのも嫌だなーと
思っていた事もありました。
スポーツの目的を「勝つこと」にするのか、「教育」とするのかによって考え方も
変わると思うし、プロとアマでも考え方も変わるし答えは無いのだろうけど
移籍についてはいつも考えがまとまりません。
「日本のチームはシステムに選手をはめ込みすぎる、
あれでは楽しくプレーできないしミーティングも長くなる」
「じゃあアメリカならどうするの?」
「その動きができる選手を移籍で取ってくる、そのほうが早い」
さすがアメリカだと思いました。 そういえばアメリカはシーズン中でも選手の
移籍とかあたり前だものね。
しかしハワイ大学のアメフト選手が全く違うことを言っていたのを思い出した。
「ハワイのフットボールは昔から厳しい練習で有名だ、理由は簡単、体の大きい選手は
ドラフトで本土に行く、だってハワイの大学を出てもハワイに就職は無いからね、
ハワイは今でもアメリカの植民地だ、本土から来た会社がハワイの現地の人を
雇って儲けるだけ、そして年寄りの白人達が老後を過ごすためにハワイはある。
ハワイにある会社はドールのパイナップル畑と不動産、観光業だけ、
だからハワイの大学をでたってホテルのプールの監視員とか駐車場の
受付、レンタカー会社、レストランの店員、観光バスの運転手になるしかない。
就職を考えたら本土の大学に行くべきだ。
逆にフットボール選手で本土の選手がハワイに来るのは物好きだけ、
だから伝統的にハワイの練習は厳しい」
なるほどと思ったけど、そういった理由以外にハワイの練習が厳しいのは
ハワイ人が伝統的に自分達を鍛えること、向上することに対する気持ちが
強く、正義感が強く卑怯なことをしないことなどがあげられると思います。
島国は大陸に比べてそういう文化が育ちやすい気がします。
日本でも常勝するチームは伝統的に良い選手が入ってきます。
選手を育てる事も大切ですがもともとの素材がよければ、入ってきた時点で
高いレベルのことから教えることができるからね。
実業団に居たときに言われたことがあります。
「どうしても日本一になりたいのなら、今のチームにいるより
日本一になれるチームに移籍したほうが早い、
現役で居られるのは数年しかない。日本一になる事が目的なら
そのほうが早いし確実だ」
でもそれでなった日本一に意味があるのかな?
と思うこともあるし、逆に日本一になれないまま引退するのも嫌だなーと
思っていた事もありました。
スポーツの目的を「勝つこと」にするのか、「教育」とするのかによって考え方も
変わると思うし、プロとアマでも考え方も変わるし答えは無いのだろうけど
移籍についてはいつも考えがまとまりません。
2013年7月30日火曜日
柔道、人としての一流と選手としての一流
1984年のロサンゼルスオリンピックの柔道で金メダルを取った山下は
エジプトのラシュアンと決勝で戦った。
山下は右足を怪我していて、ラシュアンはその右足を責めずに結果的に
銀メダルだったということで、 国際フェアプレー賞をもらっている。
本当はラシュアンは右足も責めていたらしいが、基本的には責めなかったという解釈。
先日に大学のセミナーで25名くらいの学生を対象にラシュアンの行動について
賛成か反対かを聞いてみた。
柔道のオリンピック決勝で相手の選手が片足を引きずっていた場合にその足を
●当然責める
●仕方なく責める
●特にそちらだけ攻めるようなことはしない
●そちらへの攻撃は避ける
という4択だった。
10名程の学生が 当然責めるだった、1名が避ける、後はその間。
よく考えてみたら今の20歳くらいの学生は柔道の山下の金メダルは
知らない世代だった。
「実はこれは実際に84年おオリンピックであった話で、
エジプトのラシュアンは山下の負傷した右足を責めずに、結局負けてしまった」
という事実を伝えたらみんな驚いていた。 学生から出た意見は
・情けをかけられて勝っても相手は嬉しくない
・オリンピック代表になるには国の代表なのだから金メダルを取ることは当たり前、
もしラシュアンがエジプト人ではなく中国やソビエト連邦の選手なら絶対に責めたはず
・怪我をしないことも競技の重要な要素なので、怪我した山下の自己管理が悪いので責める
・本当に痛いなら棄権することだってできるのだから責めても構わない
・相手の弱いところを責めることは卑怯である、
それで勝つと柔道家としては一流だが、人としては二流だ
・ラシュアンの心の中に怪我したほうを責めなくても自分は勝ってみせるという自信があった
・オリンピックはプロではない、勝つこと以上に大切なものがありそれを失ってはいけない
・ボクシングだったら相手の弱っているところを責め続けるのは当たり前
というような意見でした。 あとは柔道は基本的には個人スポーツであることもラシュアンに
山下の右足を責めさせなかった理由の一つかもしれません。 もしこの柔道が5人の対抗戦で
日本、エジプトが2勝ー2敗での大将戦だったら全く考え方が違うとおもいます。
その大将戦で自分の国の大将が相手の弱いところを責めずに負けたら、自分はその人を
一生責めると思うものね。 「痛み無くして、得るもの無し」が競技スポーツの基本です。
このレベルだとみんなどこか痛いものね。
オリンピックで医療チームも待機しているのだから、死ぬことなんて絶対に無いし、
対抗戦になると背負っているものが全く違ってくると思います。
学生からはイロイロな意見が出てきて面白かったです。答えは無いけど事実としては
山下は金、ラシュアンは銀でした。学生の反応は事実とは逆でなかなか面白かったです。
エジプトのラシュアンと決勝で戦った。
山下は右足を怪我していて、ラシュアンはその右足を責めずに結果的に
銀メダルだったということで、 国際フェアプレー賞をもらっている。
本当はラシュアンは右足も責めていたらしいが、基本的には責めなかったという解釈。
先日に大学のセミナーで25名くらいの学生を対象にラシュアンの行動について
賛成か反対かを聞いてみた。
柔道のオリンピック決勝で相手の選手が片足を引きずっていた場合にその足を
●当然責める
●仕方なく責める
●特にそちらだけ攻めるようなことはしない
●そちらへの攻撃は避ける
という4択だった。
10名程の学生が 当然責めるだった、1名が避ける、後はその間。
よく考えてみたら今の20歳くらいの学生は柔道の山下の金メダルは
知らない世代だった。
「実はこれは実際に84年おオリンピックであった話で、
エジプトのラシュアンは山下の負傷した右足を責めずに、結局負けてしまった」
という事実を伝えたらみんな驚いていた。 学生から出た意見は
・情けをかけられて勝っても相手は嬉しくない
・オリンピック代表になるには国の代表なのだから金メダルを取ることは当たり前、
もしラシュアンがエジプト人ではなく中国やソビエト連邦の選手なら絶対に責めたはず
・怪我をしないことも競技の重要な要素なので、怪我した山下の自己管理が悪いので責める
・本当に痛いなら棄権することだってできるのだから責めても構わない
・相手の弱いところを責めることは卑怯である、
それで勝つと柔道家としては一流だが、人としては二流だ
・ラシュアンの心の中に怪我したほうを責めなくても自分は勝ってみせるという自信があった
・オリンピックはプロではない、勝つこと以上に大切なものがありそれを失ってはいけない
・ボクシングだったら相手の弱っているところを責め続けるのは当たり前
というような意見でした。 あとは柔道は基本的には個人スポーツであることもラシュアンに
山下の右足を責めさせなかった理由の一つかもしれません。 もしこの柔道が5人の対抗戦で
日本、エジプトが2勝ー2敗での大将戦だったら全く考え方が違うとおもいます。
その大将戦で自分の国の大将が相手の弱いところを責めずに負けたら、自分はその人を
一生責めると思うものね。 「痛み無くして、得るもの無し」が競技スポーツの基本です。
このレベルだとみんなどこか痛いものね。
オリンピックで医療チームも待機しているのだから、死ぬことなんて絶対に無いし、
対抗戦になると背負っているものが全く違ってくると思います。
学生からはイロイロな意見が出てきて面白かったです。答えは無いけど事実としては
山下は金、ラシュアンは銀でした。学生の反応は事実とは逆でなかなか面白かったです。
2013年7月9日火曜日
忍耐力とは?
昔に椎名誠さんが書いた「岳物語」という本を読んだことがある。
まだ僕が中学くらいだったから25年くらい前かもしれない。
そうとうあやふやだけど
椎名さんの息子の岳くんが学校に適応できないと面談で言われる話だった
「学校には遅刻する、授業中は落ち着きがなくじっと机に座っていられない」
と、担任の女教師に椎名さんが相談されるというものだった。
しかし休みの日に大好きな釣りに連れていくと、朝は起こされるよりも早く起きて
釣りの間はたとえも2時間でも3時間でもじっと獲物を待っているそうだ。
それを見ていた椎名さんは岳くんはけっして朝起きれない訳でもなく、忍耐がない
わけでもなく、単に日本の学校が向いていないと思ったそうだ。
型にはめる学校ではなくて、自分の能力を伸ばす為の学校があれば
良いのにと感じる。少しずつ変わっていかないとこれからグローバル化が進むと
日本人は外国人に負けてしまう気がするな。
知識を入れることと考えて発言することは同時にやるから相乗効果が生まれるのだと
思います。 日本はとりあえず大学まで入れることしかしないから急に大人になって
発言しろといわれてもできないのだろうね・・・・ 少しずつ変わっていけば
よいと思います。
まだ僕が中学くらいだったから25年くらい前かもしれない。
そうとうあやふやだけど
椎名さんの息子の岳くんが学校に適応できないと面談で言われる話だった
「学校には遅刻する、授業中は落ち着きがなくじっと机に座っていられない」
と、担任の女教師に椎名さんが相談されるというものだった。
しかし休みの日に大好きな釣りに連れていくと、朝は起こされるよりも早く起きて
釣りの間はたとえも2時間でも3時間でもじっと獲物を待っているそうだ。
それを見ていた椎名さんは岳くんはけっして朝起きれない訳でもなく、忍耐がない
わけでもなく、単に日本の学校が向いていないと思ったそうだ。
型にはめる学校ではなくて、自分の能力を伸ばす為の学校があれば
良いのにと感じる。少しずつ変わっていかないとこれからグローバル化が進むと
日本人は外国人に負けてしまう気がするな。
知識を入れることと考えて発言することは同時にやるから相乗効果が生まれるのだと
思います。 日本はとりあえず大学まで入れることしかしないから急に大人になって
発言しろといわれてもできないのだろうね・・・・ 少しずつ変わっていけば
よいと思います。
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