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2015年4月26日日曜日

100万円をプレゼントします。


先日にある学校の授業のお手伝いに行ったときに生徒の一人に質問してみました。

「100万円持っていたら嬉しい?」

生徒は急な質問に驚きながらも

「なんとなく嬉しいです」

と答えてくれました。その後に全体にも質問してみました。
みんな100万円があったらうれしいようでした。

その後に質問したことは

「同じ100万円だけど、みんなは最初に1万円しか持っていなくて、それが100万円になった場合と1000万円持っていたのが100万円になってしまったのでは、その100万円に対する考え方って違うよね?」

という質問、みんなは確かにそうだ、と賛成してくれました。

最初に質問した生徒に改めて聞いてみました。

「実は周りのクラスメイトはみんな1000万円持っている としたらその100万円について今と同じくらいに 嬉しいかな?」

それがわかるとやはり100万円では悲しくなってしまうようでした。

「幸せはいつも自分の心が決める」

 相田みつをさんの言葉に久しぶりに思い出しました。
 

 

 

2014年12月21日日曜日

グローバル人材は誰?

 「グローバル人材」について先日に聞いた話

 以下の誰がグローバル人材かというと困るよね

 ・アメリカのスーパーでレジ係をしているメキシコからの移民

 ・いもと あやこ
     
 ・国際線のスチュワーデスさん( 言い方が古くてごめんなさい)

 ・5か国後を話せる人

 ・ニューヨーク株式市場で働いてるディーラー
 
 ・日本のユニクロで働いている外国人

 ・青年海外協力隊のボランティア 
 
 ・イチロー選手や本田選手

 ・宇宙人が現れた時に地球人代表として話せる人

 ・黒澤 明、村上 春樹

  どれも当てはまるようで、何か違うような気がします

  グローバル人材って誰だろうね?

  

 

2014年11月23日日曜日

それでも人は生きていく

自分を含めていろいろな人の話をまとめて作った作り話です。

 子供の頃から正義感が強く、優しい性格で、困っている人を助けたい。と大学を卒業して、社会経験を積んで、アフリカに国際協力のボランティアに行った人が居るとします。
地方の農村に入り、自給自足の生活をしている人達と一緒に暮らします。優しい村人に出会いそこが第2の故郷となります。

援助は必要だけれでも、そうでない事に関しては自給自足が成り立っていて彼らが満足しているのなら、先進国のライフスタイルに合わせる必要は無いということでした。
だって彼らはすでに何百年もそこで持続可能な生活をしているからです。

優秀だった彼は、そのまま国際協力の道に入りました。
45歳になり子供が二人、そのうち一人は体が弱く海外への転勤には一緒に行けません。
両親もすでに年金暮らしです。
 
そんな時にフランス語ができて農業が専門だった彼が人事異動で任されたのは、まさしく20年前に、自分がボランティアとして2年間お世話になったアフリカの第2の故郷で開発される大規模プランテーションでした。

その土地は土壌が良く、人口密度も低く、水も豊かな土地なので、日本と現地の政府に よって開発が進められようとしています。
しかし彼には一つ疑問がありました。

プランテーションが出来れば雇用が生まれて現金収入が入ると言われているが、彼らはすでに現金がなくても自給自足が成り立っている。
もしプランテーションで働けたとしてもそれは雇用主に使われるだけ、搾取される側になる。そしてもし何かの理由で働けなくなってしまったら土地を奪われた後では自給自足にもどれない。
   
過去の同じような状況を見てきた彼は、その計画に賛成できませんでした。
しかし周りの同僚に言われます。
「お前がやらなくても、現地の政府との合意ができている限り、誰かがやるだけだ。」
    
公務員は国の政策には逆らえません

結果的には20年前に自分を家族として受け入れてくれた人たちは、開発によって住む場所を奪われ政府にあてがわれた家に住み、プランテーションで働く労働者になります。読み書きのできない彼らには選択肢はありませんでした。

彼にとっても日本の家族を守るためにはその選択肢しかありませんでした。
そこで組織に逆らって、プロジェクトから抜けてしまえば、その後はさらに環境の悪い国への選択肢はありませんでした。
 
「自分の家族を幸せにできない人は他人を幸せにすることはできない」

ミスチルの歌にありました。
「夢追い人は、旅路の果てにいったい何を見つけるんだろう? 嘘や矛盾を両手に抱え、それも人だよって悟れるの?」

40歳になって思うことは、みんな正しいことをしているとは思っていなくても、家族を守るために頑張っている。
たとえ世の中の為に良いことではないかもしれないけど、自分に害が及ばない為にはとりあえずいま少しでも出世してお金をためておくことである、ということなのかもしれません。
そうやって準備しているうちに、いつか人生が終わっていくのかもしれません。
誰も悪くないのに、どうしてなのかと感じることがあります。
   
   



   



2014年2月2日日曜日

ウォッシュレットが自由を奪った

 










  電車にのっている、

 右手につり革、左手に鞄、本を読みたい、もう一本腕があったらなー

 そう思って腕を一本増やす、電車が何時に目的地に到着するかを

 調べたい、4本目を増やしてスマホで調べる。

  選択肢を増やしたい、快適さを求めたい、そう思って多くのものを

  手に持ちすぎて気が付いたら自分が大忙しになっている。

  持っているものを維持するだけですでにとても肩がこる。

  しかも一度手に入れた腕(快適さ)を失うことはとても悲しい

  高度医療、年金、自衛隊 、マイホーム、高学歴、 

  リニアモーターカー、2020年東京オリンピック、原子力発電所

  「多くを持つことは良い事だ」

  と戦後に頑張ってきたけど、義務教育と健康保険で受けられる医療

  上下水道、電気、ガスがあれば結構人間幸せだよね? 

  失わないと気が付けないのかな?

  腕を増やすよりも自由な時間を増やした方が幸福度は増すと思います。

  スマホがないと生きていけないというなら、
 
  スマホが無かった10年前の日本人は不幸だったのかな?

  電気、ガス、水道が無かった江戸時代の日本人はどうしようもなく悲しい国民だった

  のかな?

   ウォッシュレットがないから海外旅行に行きたくないという人は

   ウォッシュレットが無い時代に生まれていたら海外旅行に行けたことになるぞ

   多くを持ち過ぎると失うのが怖くて動けなくなるのだと思います。
     
  
  「富は海水のようなもの。飲めば飲むほど、のどが渇く」

                     ショーペンハウアー

   
 今あるもので何とかするのも人生の楽しみだよね。


   
 
  

 

 

心を枯れさせた井戸の話


 先日に知り合いの先生に中学校3年生の授業に呼んでもらいました。 

 テーマは日本の国際協力(ODA政府開発援助)は増やすべきか、減らすべきかです。


 まず中学生に問題を出しました。

   アフリカに毎日片道一時間、
往復2時間水汲みをしている村がありました。 

   子供たちはそのために学校に行くことができません

 日本の国際協力でそこに井戸を掘ることにしました。 

  さいわい村長の家には電気が通っていたので、
そこにポンプ付きの井戸を掘りました。

 これで子供たちは学校に行けると思って一件落着

 しかし一年後に行って見ると子供たちは以前と同じように学校に行
っていませんでした。   何故でしょう? という問題です。

 生徒たちは

 「学校にいく必要性がわからないから」 

   「井戸ができても他に仕事があるから」 

  「学校に行くお金がないから」


  というようなことを考えてくれました。 でも答えは

  「
一年後にいったら村長が水汲み料として村人から100円ずつ集めていたので、

   子供たちはそのお金を作るために働かなければならなかった」

 というものです。 

 「途上国の人は困っている、純粋である、
与えられたものに感謝する」
 
 というのはこちらの勝手な思い込みで、日本と同じように彼らにも社会があり、

 
人より多くを持ちたいと思う気持ちがありやきもちもある。  

 みんな納得していました。

   

 村長の意見は

「電気ポンプを動かす電気代はウチに請求が来る、
しかも村人は共同でものを管理することに慣れていないので、

水場はいつも汚れているし、
たまった水が腐ってボウフラがわくし、
結局それを掃除して管理するのは私の家族だ

だから100円もらわないと割に合わない」


 村人は

「昔は村長の子供も、ウチの子供も仲良く水汲みに行っていた、

今は井戸によって格差ができた。

こんなことなら井戸なんて無くても村人みんなが平等なほうが幸せ
だった」

作った日本人は
  
「一つの村につき20万の予算がついていた、

 電気ポンプにしないと予算を消化できなかった」

というものでした。

そして日本人から見たら可愛そうに見えた往復2時間の水汲み生活
が果たして本当にかわいそうだったのか?  という疑問もあります。

アフリカの人に 往復2時間満員電車に押し込まれて通勤している日本のサラリーマ
ンと
  
往復2時間水汲みをしている自分たちのどちらを選ぶ?と聞いたら

「アフリカ!今のままで幸せ」

というと思います。

      

では何故ODA(Official Development Assistance 政府開発援助) 

が必要かというと中国やアメリカに負けないように、

ガソリンやレアメタルを持っている途上国から優先的に資源を買うため。

グローバル化で勝ち残る為。ということになるのだと思います。 
   
中学生はそれにも納得していました。

みんな熱心に発言してくれてとてもうれしかったです。

 

2013年4月24日水曜日

持続可能な社会の創造

 アフリカで子供が毎日一時間かけて水汲みをしている、だから学校に行けない

 井戸を掘ればその現状を変えられるのではないか?

  
 援助をもらって一年をかけて井戸を掘ってみんな大喜び、

 これで学校に通える子供が増える と思って一年後にその村に行くと

 なぜか子供が学校に行っていない。

  井戸を管理する村長が村人から水汲み一回100円ずつ取っていた

から・・・

 村長いわく


 「
村で電気があるのはウチだけだから電動ポンプの井戸を家の庭に掘ったが

 電気代まで援助してくれないし、
村人は協同で水場を使うことに慣れていない

 ので、家の前は常に汚れっぱなし、水溜りができて不潔だ、
電気代はかかるし
 
 仕事が増えたのだからお金をもらうのは当たり前だ」

   
 結局村人はお金が必要になり、
子どもは働かなくてはいけなくなってしまった。

 こんなことなら村人みんなで遠くまで水を汲みに行っていた頃のほ
うが

  みんなが平等で楽しかった・・・・

  
 もしも電気ポンプではなくて手動のポンプにしていたら、
電気は必要ないから

 村長の家の前に設置する必要も無かったし、

 村から50メートルくらい離れた誰の土地でもない

 ところに設置して、村人みんなで管理することを同時に教えたら

 みんなきれいに使ったかもしれない。


 

  医療を発達させ生活環境をよくすると人口が増えます。

  今まで10人の子供を産んでも5人しか成人にならなかった国でも

  9人が成人まで生きられるような平和な世の中になります。

  しかし人口が増えれば当然食料の奪い合いになります。 土地も仕事も

 奪い合いになります。 全然平和ではないよね。 

 若者の人口が多い国は戦争に走りやすいという事実は歴史が証明し
ています。

  医療を発達させるなら子供は5人生めば十分だという知識も先に


 伝えなければなりません。

 

 5年先10年先のビジョンではなくて50年先、 100年先のビジョンを考えないと

 いけません。

 何万年もかかって作られた石炭やガソリンなどの

 化石燃料を産業革命からの

 200年で使い果たしてしまってはいけないのです。 

堀尽くした時には原子力に頼るしかなくなるかもしれません。


 ちょうど9人の子供が健康に成人になれるようになった国が

 その後に戦争に走るのと同じです。 

 神様が居るとしたら戦争で人口を減らそうとしているのかも知れま
せん。

 人間は学ばないと思われているかもしれません

 
 必要なのは持続可能なビジョンだと思います。

 山の真ん中に住んでいるとします。 

  冬に寒くなって家の周りから薪を集めます。


  春になってストーブにくべる薪は必要なくなります。

  春、夏、秋で木は成長します。 

  また冬になったらその一年で育った木を集めて家を暖めます。

  それなら持続可能な世の中です。

 もっと暖かくしたいとおもって、薪を使い過ぎると、

 1キロ先、2キロ先まで薪を集めに行くことになります。

 気がついたら薪を集めるだけでものすごい労働力になります。


 環境も破壊されます。となりの家と薪の奪い合いになります。 

 持続可能ではなく破綻した生活になります。

 持続可能な世の中の創造って日本人が一番得意分野だと思います。

  江戸時代だって270年続いたしね。

 徳川家康が考えたビジョンを今の我々が考えられない訳はないよね


 日本人が本気で考えれば絶対に創造できると僕は思っています。