2010年7月21日水曜日

美しい物



<この塔をみて、美しさとその歴史の古さ、どんな人達がどんな目的で建てたのか?
 そんな事を考えると、自分の今の悩みなんて本当に小さなものに感じました>


仕事が上手く行かなくて、イライラしている時、イギリスの田舎町で突如として大きな

塔が見えた、おそらく高さは100M以上あると思う、

とても広い平原にポツンと一つだけ立っている、相当古いみたいだ、

 凄くきれいだなと感じる、そういう風に感じる気持ちは大切だと思う、

例え仕事が上手く言っていなくても、一緒に車に乗っているミンジーと言葉も通じず、

お互いに気まずい雰囲気でも、きれいな物をみて、感動する気持ちは、

その後の仕事を助けてくれるような気がする。


 先日も朝一番の仕事初めの時、僕らは商店を一件ずつ訪ねて、

古着集めのコンテナを置かせてもらえないか尋ねるのだけど、

一つの教会が今までその教会で結婚した人達の為の記念式典をしていた。

 なんとなく興味があったので、恐る恐る入ってみた、

「160年間の間に、沢山の人がここで結婚しました、
今日はその人達の為の会なのです、どうぞ見ていってください」


 何人かの老夫婦が自分達の結婚した時の写真を見ていた、

急に入ってきたアジア人に驚くこともなく、みんな普通に笑顔だった」

教会をでるときい入り口で無料のコーヒーとケーキを勧められた、

何故かとても感動した。

 その日に僕たちは4件の契約を取った。それは最高記録だった、

 朝一番の教会が僕たちの気持ちを変えたのだと思う。


 
 朝一番に家の周りの走っているウサギを見て可愛いと思えるか?

 「おはよう」 って普通に言えるか?

 時には運転しながらいつも聞いている、FM局ではなくて、
    クラッシック局に変えて気分転換することができるか?

 人の親切に反射的に「ありがとう」って言えたか?
 
 見上げた夜空に流れ星を探すか?

 みつけた虹をだれかに教えたくなるか?

 さりげなく近づいてきてくれた犬の頭を無意識になでることができるか?

 毎日通る道で例え小さな花でも咲いたことに気がつけるか?

 誰かが作ってくれた美味しい料理を、「美味しい!」って気がつけるか?

 

 何でも良いのだと思います。自分の中で感動することができれば。

  
 
 そういう感情って日本人んの中にはとても強くあると思うし、

 イギリス人の中にもとても強くあると思います。

 
  その日、一日だけの事を考えたら、そんな余計なことを考えるよりも

 仕事に集中したほうが良いのかもしれないけど、

 5年とか10年の単位で考えたら、そういう気持ちを持っているか

 どうかはとてもとても大切で、正しい判断ができる人は心の中に

 美しい物を美しいと感じることができる人だと思います。

 伊達君子さんが言っていました。

 
「普段の生活で正しい判断ができなければ、コートの中でも正しい判断はできない」

 普段の生活の中での正しい判断はどうやってできるのかというと、

 やっぱりそれは綺麗な物をみて綺麗と思えるかどうかだと思います。

 何かに感動した時、人の心の中に正義感みたいなものが産まれるのだと

 僕は思います。そういう気持ちは大切だと思います。

 だから少しでも意識して生活したいとおもいます。

2010年7月18日日曜日

銀河系植民地支配計画



  <教室の写真が無かったので、変わりにキッチンの写真です、毎日三回、
  ローテーションでみんなが料理をします、多国籍料理過ぎて、
  味は良く分かりませんが、みんなが順番に料理するので文句は言えません>

  今週のテーマはアフリカのそれぞれの国の植民地政策と独立について、

4人のチームを8個作って、それぞれの国の独立の歴史をプレゼンテーションします。

僕らのテーマはマラウイですが、僕は準備の時に仕事で居なかったので、

ハンガリア人のベロニカが僕の為の資料を作ってくれました。

 それを持っていざ発表ですが、30分前に英語で書かれた資料を

もらっても僕の頭では上手く処理できませんでした。

 そこで一つのひらめきが浮かびました。

500年くらい前の植民地支配を今に置き換えたらどうなるのか?

 まず500年まえのヨーロッパを今の地球と考えます。

それぞれの国が限られた資源と土地の奪い合いで窮屈な生活をしています。

 しかし、航海技術が発達して、コロンブスとかマゼランとか

ガリレオみたいな人達が、言いだします。

 「ヨーロッパの皆さん、チョト待ってください、

最近にイロイロト旅してわかったけど、世界はもっと広いみたいです、

ヨーロッパの中だけで闘うよりも、アフリカとかアメリカ大陸とかに

攻め込んであそこを支配してしまえば、

お互いにこれ以上戦争しなくて済みそうですよ!」

 
って提案します。

 現在に例えるとこんなかんじです。


 
 2010年以降に宇宙船の航海技術が発達して、

火星とか、木星、金星、水星、なんかをそれぞれの国が探索しだします。
 
 そして何処かの国が言いだします

「地球の皆さん、今まで地球だけで色々なものを奪いあっていたけど、

銀河系はもっと広くて、沢山の資源がまだあります、

そして征服するのは結構簡単みたいです、とりあえずどこの星でも

よいから攻め込んで、そこに自分の国の国旗を掲げれば、

その日からその星はあなたの国の植民地(この場合は植民星か)にできますよ。

これ以上地球の中だけで争うのはやめましょう!

 そしてみんなでそれぞれの星の取り合いが始まります。

 そして後になって気がつきます。

「すいません、それぞれの星には先住宇宙人のエイリアン達が住んでますけど、
 
    彼らはどうしますか?」

 「彼らは英語もフランス語もはなさない、大した兵力もないし、

第一に人間ではないんだ、とりあえず反抗するなら殺してしまえ。

それは殺人では無いのだ、使えそうなら捕まえてきて奴隷にして

売り飛ばしてしまえ、ためらってはいけない、

今ためらうとよその国から出遅れる、どうせ何処の国も殺しまくってるんだから、

我々にも罪はない」
 
 その後に何年か経ってから彼らは再び気がつきます。

 エイリアン達は我々が持っていなかった、素晴らしい文化や伝統、

習慣を持っていて、彼らの歴史は時には地球よりも古く、

そういった彼らの生活やプライドを地球人達のエゴで台無しにしてしまったことを。

 そしてとても後悔します。
 
 そして、銀河系独立運動がそれぞれの星で始まり、

みんな独立して元の生活に戻ろうとします。

しかし彼らは地球人達からお金という価値を植え付けられてしまったし、

地球人達が去った後には彼らの中の強い物たちが、

今まで地球人達がしてきたような搾取する立場を保ちたい為に、

いつまでたっても国が発達しません、

そこに地球からボランティアなどがきますが、

同時に色々なビジネスの会社も入り込んできて、

いつまでも地球人達の利益の為に銀河系の人達は苦しい生活をしなくてはなりません。

 それが今のアフリカの現状、それが人間、それが私達なのです。

 「僕達はボランティアとして何ができるんだろう?」

 でも500年前の状況はなんとなく理解できる。仕方なかったでは済まされないけど、

 彼らはにそれほど罪の意識は無かったのだろう、

だってヨーロッパの中で今までずっと殺しあってきたのだから、

アフリカに行って彼らを殺してもそれが悪いとか気が付くことは難しい。

  
 お昼休みにポルトガル人のルイ―スとソフィアにいわれました

 「お前の発表はその通りだ、昔ポルトガルはスペインに回りを全て囲まれていた、

残っていた脱出ルートは海だけだったんだ、

だから我々は海から世界に進出していった。

あの時にはそれしか方法が無いと信じていたのだ」

 何が正しくて何が間違ってるのかは時代によって違うし、

判断するのはとても難しいといつも感じます。

2010年7月16日金曜日

ワールドカップと植民地


 <写真はポルトガル 対 ブラジル戦です。右はブラジルのピエトロ、
 左は何故かアルバニアのドーランド、後ろはみんなブラジル人達です、
 どこからかブラジルの旗を持ってきてみんなで大騒ぎしていました。
 ちなみに写真には映っていませんが、コの字になっているソファーの
左側にはポルトガル人達が支配していた者たちのプライドをかけてとても真剣な顔をして試合を見ていたので、そちらにはカメラを向けることができませんでした。 確か引き分けて万事休すだったと思います>


少し話が遅れたけど、ワールドカップ中はみんな盛り上がりました。

 特に植民地対決は熱い物がありました。

 ブラジル 対 ポルトガル

 ブラジル人達はポルトガルにリベンジする!

 といって熱く燃えていました。

 
 そして意外とイギリス 対 アメリカ もなんとなくライバル心

 があることにきがつかされました。イギリス人は普段は無視してる

けど、意外とアメリカのことを良く思ってないみたいです。ヨーロッパ全体

的にいえることですが・・・

 
 でも偉いところは普段は無視してるところです、相手にしてない

 というのが本音かもしれませんが、ヨーロッパの中だけで十分に沢山の国が

あるので、そこまでアメリカの事考えてないのかもしれません。

 イギリス(イングランド)がドイツに負けた時、僕はイギリスのパブに居まし

たが、イギリス人達の落ち込みぶりは凄かったです。みんな頭を抱えていました。

 結局はこの学校に一人も生徒がいないスペインとドイツが決勝に行ったので

何の問題もおきませんでした。

 普段はフランス人だといっているセリーヌがその時だけは

私はフランスでそだったけど、お父さんはスペイン人でお母さんはポルトガル人

だから私のパスポートはスペインのもので、私はスペイン人なのよ、と急に

国籍を変えたことに驚きました。

 日本の評価はとても高かったです。次回も頑張って欲しいと思います。
 
 その時僕はどこに居るのかな?

環境を越えて世界共通な人の心



 <写真は僕の住んでいる寮から教室に向かう道です、毎朝このマンホールを踏んでから教室に向かいます。>


昔にハワイでアメフトしていたことがありました。

そこでハワイと日本の似ているところ、ヨーロッパと違うところを書きたいと思います。

 大昔からヨーロッパの人は自分の国で不満が生じたり、

なんとなく国の中で力が有り余ると、海を渡ったり、隣の国を攻めてみたりして、

 領土を拡大して、新しい土地を獲得しようとする、どちらかというと 

「領地拡大型」 の文化だと思います。


 そしてハワイや日本は島国なので、常にその島の中だけでの闘いになります。

だから常に戦いに備えて、新しい武器を作ったり、

 兵隊をトレーニングして、さらに強い軍隊にしようとします、

いわば「少数精鋭」を考えています。だって島国だから、人数を増やすことは

 できなから、でも大陸に住んでいれば、自分の兵隊をトレーニングするよりは、

隣の村に攻め込んで、その人達を自分の兵隊にしてしまえば、

 人数が増えるから、楽して強くなることができるというかんじです。


  ハワイのフットボールチームのそういうところがあって、

ハワイの高校生の優れた選手はみんな本土の大学に進学してしまう、

 逆に本土の学生は日本でいう沖縄みたいな感じで、

「独特な文化をもち、みんながプライドをもって平和に生活している」

ハワイに、フットボール選手としてくることはあまり望まない。

  ということで慢性的に人材不足なのがハワイの現状でした、

大柄な本土の選手に比べたら、体のサイズもそれほど大きくありません。

 そうなると勝つためには必然的に

 「厳しい練習」

 が必要となります。実際にハワイの練習はとても厳しかったです、

そして日本人のように「根性、忍耐」が大事とされます。

 選手たちも一般的なアメリカ人よりも忍耐強く、とても謙虚で真面目です。

 そういうところは日本人と似ています。

 おおらかで、謙虚で外国人に優しい、

それは限られた土地の中に住んでいる島国の文化だと思います。

 限られた土地の中で人々が生活すると、必然的に相手に

「気を使う」文化が生まれるのだと思います。


  ヨーロッパの人達は言葉も文化も全く違う人達と闘ったり、

占領したり、されたりで、常に自分のやり方を相手に押し付けないと

 生き残っていけない文化だとおもいます。

そして相手に支配されないためには先に相手を支配しないといけないこともあり、

必然的に強烈な自己主張が必要となります。

ヨーロッパでは負けることは相手の国にたいして奴隷になることになり、

全てを失ってしまうからです。

 (もちろん大昔の話です)

 お互いにそこが基本的に違うのだと思います。

 ぞれぞれの文化で、農民、貴族、政治家、軍隊などで違う文化があると思います。

 一般的に農民の人達は自然を相手にしているので、

問題が起こったときでも言いわけする相手が自然だから文句を言っても仕方ないし、
 
貴族や政治家は人をコントロールしようとするから、とても

「権力」にたいしてこだわりがあり、人間がどう動くか、

どうすればコントロールできるかを考えています。

だから交渉能力と自己主張が強くなります。 

軍隊は農民と比べて常に相手が「人」だからこれもまた何かもんだが

おこったときには「人間」にたいして文句を言うし、

原因は農民のように自然にあるのではなくて、誰かの過失であるということで、

誰かが責任を取らされます。


 このプログラムに参加していて、ヨーロッパのひと、アジア人、

と生活していて、なんでここまで違うのかな?
 
 って考えた時、根本的にそういう昔からの国の状況なのかな? 

っておもうことがあります。

 西洋の人は自己主張が強く、

自分が忍耐強く働くよりも相手を自分に屈服させて、

自分の今の立場をさらに良くしようと考えている人がアジア人にくれべて

多いと思います。 もちろん忍耐強く働く人も沢山います。

 
  最後に世界で圧倒的に有名なのが中国人です、

日本人んが外国人をみんなアメリカ人だと思っているようなレベルで、西洋の人は

 アジア人はみんな中国人なのだ。と思っています。

 少ししつれいな話だとおもいますが、おそらく日本に住んでいる、イタリア人とか

 フランス人に日本人が英語で話しかけた時、彼らも同じように

「なんで俺達に英語で話しかけるの?アメリカ人じゃないよ?」

 って思っていると思います。


  そして世界中に移り住んでいる中国人にたいして聞いた話があります。

 中国は昔から大きな国で、何も悪い事はしてない、

あそこで静かに暮らしていただけだった、そこに色々な国が攻め込んできて、

領土を奪おうとしてきた、彼らは何もわるくないのに、

沢山の犠牲を払った、だから彼ら自身は自分達を守るために、強くならざるを得なかった。

 
そしてバヌアツに居たころにも聞いた話、

 中国人のかなしいところは彼らは西洋の国の人に比べて、

よその国に行ってもその国を占領しようとしない、ただ移り住んで、

そこで商売をして生活をするだけだ。それを見た現地の人達は、

中国人の商売の仕方をまねて自分達も商売を始める。

でも中国人のほうが真面目で商売上手だから結局は現地の人から

ヤキモチをやかれて嫌われることもある。

 しかし最もバヌアツからお金を巻き上げているのは中国人ではなくて、

西洋人だ、彼らは決して現地の人と同じレベルで仕事をしない。

 海沿いの土地を全部買い取って、そこに大きなリゾートを建設して、

現地の人をやとって自分達はお金の管理をしているだけ、それで現地の人からは

 尊敬されるし、何のトラブルも起こらず、広大なお金を巻き上げている、

形は違うがやっぱりそれは植民地みたいなものだ。


 なるほどねー! っていつも思ってました。 

いろいろな国でそれぞれみんなが頑張った結果がこういう風になるんだなー、

って思います。

 ちなみに今のこのプログラムでも全く同じようなことが展開されています。

 僕の居る5月チームは14人いますが、

それぞれの文化によって考え方が全く違うし僕たちはアフリカに行く

お金を自分達で貯めなくてはいけません。

そのための活動についてもそれぞれの国で全く違う考え方とアプローチをしてきます。

 全般的に助け合おうとするのがアジア人ですし、

そういった考えが全く通用しない西洋の人もいます。

 そして持っている人が持っていない人に分け与えることが普通である、

という文化があるアフリカ出身者は、全く違う感覚でここに居ます。


 そして最後に強烈に思うのは、これだけ書いてきてなんですが、

やっぱり最終的にはどこの国の、どういう文化だ、というのではなく、

 その人の個人的な魅力とか、誠実さとかが出身国を越えて大切なのだとも思います。

  国、文化、年齢、性別とかよりもやっぱり人間としての

魅力に勝るものは無いのだとかんじています、そこだけは

「世界共通」

 なのだと僕は最近かんじます、国に関係なく、世界はそういう人を評価します。

だから今以上に真面目に頑張らなくてはとおもいます。




 

2010年7月14日水曜日



  今のボランティア活動は募金を集めたり、活動のマガジンを200円で売ったりするほかに

  古着を集めたりします。

  とりあえずイロイロな車を運転します。 しかもイギリスは車検ないみたいで、

古い車も沢山走ってますし、キツネやウサギ、トラクター、

時には馬も普通に街中を走っています。馬を抜かす時はこっちが緊張します。

今回はいろんな車を運転した経験を書きます。

  まず間違えてはいけないのが、日本で言う軽油はディーゼルと呼ばれていて、

レギュラーガソリンとハイオクはアンリミテッド95、

または97とい呼ばれていること、

アンリミテッド95、97は混ぜても問題はないけど、

もしディーゼル車にガソリン入れたら壊れてしまいます。
 
 だからそれは絶対に駄目、

そしてそれぞれの車で給油口が右だったり左だったりするので、

ガソリンスタンドに入る前にきちんと確認しておかないと、

一端中に入ってしまうとなかなか切り返すのは難しいです。

そしてほとんどの車がマニュアル車なので、たまにオートマチックを運転すると、

左足がクラッチを探してしまって、おかしくなります。

 そしてウィンカーがまた難しい、日本は普通は右だけど、

こっちは右ハンドルなのに、左がウィンカーで右がワイパーになっていたりします。

 「何のため?」って思うけどそうなってるから仕方が無い。
 
ウィンカー出したつもりが、ワイパーが動きます。

特に午前と午後で違う車を運転すると相当戸惑います。

頭でわかっていてもからだは自然に動いてしまいます。

 それでもまだ日本人はましです、イギリスは左側通行で日本と同じだから、

世界で左側通行なのは日本とイギリスとあとアジアにもう一つくらいありました。

でもヨーロッパは圧倒的に右側通行です。

 時々駅まで新しいボランティアの参加者を迎えに行ったりしますが、

みんな助手席に座ろうとして右側のドアに向かいます。

 ドライバーの僕も右側の運転席のドアに向かうので、

 「イギリスは運転席右なんです」

 っていうと、みんな驚くし、その後に学校に着くまでも何か変な感じみたいです。

 「日本も右だから、僕は大丈夫なんです」

 っていうと、みんなそれにもおどろきます。

 そしてイギリスの信号は黄色から赤に変わりますが、

その後に青に変わるときに、一度黄色になります。

だからもし回りに全く車が居ないときに信号が黄色だったら、それは信号が

 赤になる前の黄色なのか、青になる前の黄色なのか一瞬戸惑います。

 でもほとんどの場合は、周りの車の動きで判断できます。

  でもマニュアル車だと、サイドブレーキを引いて信号待ちをしている時など、

黄色で一度知らせてくれると、サイドブレーキをおろしてロー

に入れる時間があるので、気持ちは楽です。
 
 基本的にイギリス人は全くクラクションを鳴らさないので、

少しくらいスタートが遅れてもだれも怒ったりしません。

 オートマチック車なら問題ないけど、マニュアル車だと、

ヨーロッパ出身者は普段は右手でギアを変えているから、それは殆ど不可能になります。

 こないだ運転した古いベンツのワゴンは日本でいうセカンドギア

のところにバックギアがついていて、バックに入れる時はギアに付いているリングを

握ります、そうするとバックに入ります。

 それって外車では普通なのかもしれないけど、相当戸惑いました。




 極めつけは先日にそれぞれの町に置いてある20個のコンテナを

ナビを使って調べながら一日かけて回るときの事です、

 朝一番にその日に回るルートとランチとコーヒーを準備して、

デンマーク人のレベッカと一緒にスタート、ナビに最初に回収に

行くコンテナの郵便番号を打ち込もうとした時、画面が全てスペイン語になっていました。

 前日に運転したエリックはメキシコ人で彼は

スペイン語に設定を変えてしまっていたのです。

 言語以外の設定ならなんとなく画面でわかるけど、

完全にスペイン語の画面は何が何だかわかりません。

 食堂にいたブラジル人のアルツーはスペイン語に似ている

ポルトガル語だから少しわかるということで、20分頑張ってもらいましたが、

今度はナビがドイツ語を話しだしてしまってアルツーも断念、

ドイツ語なら読めるというルイ―スに頑張ってもらったけど、それも結局無理。

 最終的にはデンマーク人のレベッカがドイツ語なら少し理解できる、

ということでとりあえずレベッカがドイツ語のナビを僕に英語で通訳しながら

 一日働くことになりましたが、

普段の倍の時間がかかって恐ろしく疲れた一日になりました。


 

2010年7月11日日曜日

実は優しいイギリス人②



 <写真は車での移動中にいきなり現れたイギリスの墓地の中の
  建物です、あまりの素晴らしさに圧倒されましたが、どこの町にも
  こういった建物が中心にあり、近くに郵便局があり、人々が昔ながら
  の生活をしているのがイギリスです、たまに時間を忘れて見とれてしまいます>

今参加してるプログラムの団体は既に30年くらい続いている老舗の

ボランティアプログラムで、現在は600個もの古着集めのポストを

全国のスーパーとかパブ、商店の駐車場などに置かせてもらっています。

 今週の僕の仕事は古着集めのポスト
(と言っても幅1メートル、奥行きも一メートル、高さも1,5メートルくらいあります)

を飛び込みで

「置かしてください!」

と頼むものです、この仕事はかなり花形の仕事で、

どこの国の人もやりたがる仕事です、その名はズバリ「サイトファインディんグ」
 
チームの中でその仕事を割り当てられることは名誉なことなのです。

もちろん既に置いている場所のサンプルの写真とか広告などを見せながらですが、

正直いって

「置いて良いよ」って言われているのか

「興味無いよ」 って言われているのか

全く英語が聞き取れません。

 14人居るチームでなんでお前が選ばれたの?

 ってことになりますが、何故かは僕にも全くわからない、

おそらくこのプログラムの中では日本人はかなり優秀だという思い込みがあり、

過去の人達は実際に優秀だったようで、

プログラム開始当初の僕の人間性のメッキがはがれる前に先生が任命してくれました。

今は剥がれかけたメッキを張りなおすことに必死です。

最初から純金だったら楽だったのにね。

 ヨーロッパの人達は勝手に日本人は勤勉で良く働く、

と真剣に思っています。不思議です。

 そこでのイギリス人観察を再びレポートしたいと思います。

 日本で飛び込みの営業をすると、おそらくお店の店長は、

営業マンの笑顔が素敵だとか、対応が誠実だからとか、

人柄が良さそうで信頼できそうだから、ということで決めると思います。

 イギリス人はそういうのはあまり重要ではないみたいです。

物凄く眉間にしわを寄せて真剣に僕の説明を聞いてくれます。

それは僕の英語が片言だから、一生懸命に理解しようとしてくれているのです。

話している僕の気持ちとしては

「あ、この人怖い、断るな」

って思ってビビります。

 一通り聞き終わった後で、ゆっくりと腕を組んで、

時には手をあごの下に持ってきて、なにか一生懸命はなしています。

 断ってるのかな? っておもって少し弱気になって聞いていると

「ということは駐車場の奥ではみんなに見えにくいな、

ゴミ箱の横だと間違えてゴミを入れる奴もいるだろう、

道路から見えたほうが良いな、とりあえず一緒に駐車上に行こう」

 流れとしてはそういう会話になっていて、その間に一切笑顔なしです。

「ここならおそらくみんなが古着を入れるだろう」

 と言って、あっさり場所を提供してくれたりします。

 「お前、偉い仕事してるな」

 と真顔で褒められたりします。

 断るときもきちんと考えます。

 「うちの客はおそらく家族よりも圧倒的に男が多い。

だからせっかく置いてもらっても、君の利益になることは少ないと思う、

だから俺は断る、でもお前は良い仕事をしてる、頑張れ、すまんな」

 「あっちにスーーパーは既にビン、カンのリサイクルのポストを置いている、

おそらくあちらのほうが捨てる人は一度にまとめて捨てることができて

便利だと思うから、私は断る」

 とこちらの人間性ではなくて、

それが効率的で実用的なのかどうかを考えて返事をしてくれます。

 だからセールマンの人柄が良いからとりあえずOKしておいて、

後からヤッパリうちのお店向けではないから引き取ってくれる?

 というようなことは少ないと思います。

逆に言えば営業に必要以上の日本人の笑顔は必要ないということでもあります。

逆に「なんでわかってるのかな?」って思われてるかもしれません。

 
お笑い芸人のホッシャンも言ってました。

 先輩に言われて外国で夜中にお酒を買いに行った、

日本人は若く見られるからパスポートをきちんと持って行った、

でもレジにお酒を持っていったら、強面の親父が凄い勢いで話しかけてくる。

 何がいけないのかな?って思ったらその人は大まじめに

「お前、こんなに沢山買って、ポイントカードは作らなくて良いのか?」

と親切で聞いてくれていたらしい。

 それはどこの国の話かはわからないけど、イギリス人にはありえます。

そういう人達です。

2010年7月10日土曜日

シャンプーと言う犬の話⑥(最終回)



<写真はシャンプーを追いかけて我が家までたどり着いた子犬です。優しい表情
 のシャンプーから僕はなぜか強さをもらった気がします>


 その後に僕は一度もシャンプーの子供を見に行ったことは無かったのですが、

途中で気がついたのはシャンプーは育児の手を休めるためにウチにきて

くつろいでいることでした。

一週間くらい経つと少し大きくなったシャンプーの子供達が一匹、

これもまたガリガリに痩せて、シャンプーを探して我が家に来るようになりました。

100Mくらいの距離ですが、よろよろとシャンプーを探して歩いてきます。

 シャンプーからミルクをもらおうと一生懸命にまとわりつきますが、

シャンプーもすでにガリガリでおそらくミルクはでないと思います。

子供も一生懸命ですがシャンプーもどうしようもできない様子でした。

 ただ一生懸命に子供の顔や体を舐めてあげていました。



 ある程度まで大きくなった子供は既に自分で食べ物を探さなければ

バヌアツでは生きていけないし、その能力が無い子供は生き残ることができない

という自然淘汰の中に居るのだと思いました。

優しそうなシャンプーが普通にその掟を理解して子供を甘やかさない姿勢に

僕は少し感動しました。


 そんなシャンプーの子供達も、人間の都合で勝手に犬の欲しい

家に引き取られていって、僕から見たらシャンプーはなんでこんなに

つらい思いをして子供を産んだのかな?

って思ってしまったけど、それはシャンプーにとっては普通の事

なのだとも思いました。

 結局はそういう同情みたいなものは野性の掟の中で生きている

彼女にとっては意味はないし、それをコントロールしようとか

勝手な同情で助けるのは人間のエゴなのだと感じました。

 「金持ちの奥様が自分の犬を愛すような、神様が人間を愛すような、
       そんな愛なら私達は必要ない」
 
バヌアツの図書館にあった本多勝一さんの本に書いてありました。

「ひざまずいて生き延びるくらいなら、自分の足で立ったまま死にたい」

 これは何故かオーシャンズ13の映画の中のセリフだったと思います。
 
バヌアツでの自分のボランティア活動がそういった間違った

姿勢になってないなかったか、これから行くアフリカで自分がそういう風な同情

にたよった「自己満足」なボランティア活動にならないか、

しっかりと考えようと思います。


 僕がバヌアツを去ったのは2009年の一月、それから一年以上たった先日、

協力隊の活動が終わってバヌアツを去ることになった

後輩隊員のヒロがバヌアツから最後のメールとして僕に送ってきたメールに、

追申として

 「シャンプーは今でもおしとやかに頑張っていますよ」

という一文が加えられていました。

 バヌアツ、タンナ島は治安の問題で男性隊員だけ、

僕一人から始まった最終的に5名でした。

その5名の隊員がみんな尊敬して、いつも気にかけていた犬、

それがシャンプーです、過酷な状況のなかで、恋人のスパイダーを失い、

ガリガリになって産んだ子供達も、すぐに人間達に持っていかれてしまった

シャンプー、そんな状況のなかでもおしとやかに、自分のペースで

決して餌の為にだけ生きているのではない彼女の姿勢は、

なぜか僕ら5人の心に訴えるものがありました。

きっと彼女は僕ら5人がどれほど彼女について話し合ったかは知らないし、

そんなことは興味はないのかもしれませんが、

僕ら5人は10年後にあってもやっぱりシャンプーの事は忘れないと思います。

 これがシャンプーと言う犬のお話です。 高貴ということばを犬に使ってよいのか

わかりませんが、彼女こそ本当に高貴な存在なのだと感じました。