話は少し変わりますが
良くこちらの先生が言っていました。
「我々はキチンを教育された人達なのだ、
しかしアフリカでは低い教育しか受けていない人にであうかもしれない、
彼らは尋ねることもなくあなたのストレートの髪を触るかも知れないし、
恥ずかしげもなく物乞いしてくるかもしれない、
賄賂は生活の中では当たり前だし、何かあっても警察に頼ることもできない、
警官は事件が発生したら知らぬふりしてそこから
一番に立ち去ることが仕事なのだ、
だから我々の常識は通用しない、最初は驚くかもしれないが、
彼らを教育することが私達の目的であり、仕事であるので、
それに染まってはいけない」
まあそんな感じだったと思います。
でもキチンと教育された人間である我々は低い教育しか受けていない彼らに
染まってはいけない。というのであれば日本人は西洋人よりもさらに
高い教育と文化を持っているのでは?
と疑問に思ったこともありました。
基本的に会話をするときに
「相手の気持ちを考えながら話す」
という技術は相当に高度なことなのだと聞いたことがあります。
確かに外国の人と話していると
「この人は場の空気読まないな・・・」
って思うことあります。僕個人としてはそういう人が意外と
好きだから良いし日本にもそういう人が沢山いることはみなさん
知ってのとおりだとおもいますし、
そういう自分が一番空気が読めない人間だということも
僕自身も十分に存じておりますが、
日本には僕を中心として2割くらいの人が空気が読めないとすれば、
西洋では4割くらいとその比率は倍になります。
そして意外と空気を読むのがインド人だと僕は思います。
イギリスで出会ったインド人達は最初にキチンと相手の話を
聞いてからそれに対して返事をします。
「一方的に話してから相手の反応を待つ」
という西洋的な話し方をする人は少なかったです。
特にイギリスに移民としてわたってきて苦労して生活を築いてきた
人達だから謙虚なのかも知れませんが、
僕が以前に持っていたインド人のイメージはイギリスで変わってしまいました。
話を戻して、低い教育の人に染まってはいけないと
西洋軍団が日本人に言うのであれば、僕は小さな声で言いたい
「私たちはあなた達のような思いやりのない文化に染まる気はないのだ!」
うーん、絶対に口に出して言えない、でもたまに思いました。
いくら自己主張しないといわれて
「耐えざることにも耐え、忍びざることにも忍んだ時・・・」
絶対にあなた達のような下品な文化は受け入れない
だって日本の技術は世界一だし、ビジネスでもしっかりと結果出してるし、
戦争に負けても、なんと批判されようと結局は私たちは勝者なのだ、日本には
「沈黙は金なり」
という言葉があるのだ!
ってそういうときだけ負け惜しみのように一瞬思いました。
あくまでも僕の負け惜しみですどちらが良いのかはまだわかりません。
2010年11月10日水曜日
2010年11月9日火曜日
半年のまとめ②
次に行きます。
それでは日本の文化は受け入れられないのか?我々の美徳はどうなるのか?
ということですが、それは受け入れられます。
西洋の人達は自分達の自己主張の強さ、
いつまでたってもお互いに足を引っ張り合う文化、
他人のことを思いやりたくても、
自分が敗者になって搾取される側には絶対になれない。
そういう文化にうんざりしています。
だから日本人が持っている
「いたわり、無念さ、弱者に対する思いやり、敗者の美学、情け」
といった感情にとても興味を示します。
自分達の社会の矛盾の答えがこう言った感情の中にあるのでは?
と感じるのだと思います。
でも敗者にはなれない。だから絶対的優位な立場に自分を守りながら、
「募金」という形で、敗者への「情け」の感情を表します。
日本人みたいに「一庶民」として生きていくにはリスクが高い社会だからです。
ではどうやってそういった感情を西洋の人に対して
態度で理解してもらうようにできるのか?
ということになりますが、
たとえば映画や本のようにコンパクトに一つのものとして
まとまっている場合には2時間で理解してもらえますが。
今の僕のように一緒に生活しながら理解してもらうには少し時間がかかります。
もちろん言葉の壁もあります。
でもこの半年で僕が感じたことは、粘り強く頑張れは、
それはキチンと評価されるし、日本人への信頼は僕らが思っている以上に高い。
ということです。
僕も一度はこう思いました。
もっと英語が話せて、自分がもっと若くて、日本で働いたことも、
日本人の文化についてもたいして知らなくって、二十歳前後でここに来たら、
簡単に西洋人みたいになって、自己主張してそれが良い、
日本人の謙虚さは意味が無い! って思ってたかもしれないでも
でも僕は日本で10年間社会人してたし、
その間に日本人として日本社会で学んだことは沢山あるし。
大学の体育会4年、実業団のフットボール9年で嫌というほど
身に着いた日本の上下関係、縦割り社会、個人と組織、情と知、自己犠牲、
終終身雇用制度にいたるまで、
深く自分の魂に刻み込まれてきた感情とそれによって得た
成功体験から逃れることはできなくって、不器用だけどでも頑固に、
そのスタイルを貫いてきました。
結果的に今思うことは、半年の時間をもらって、教室以外の仕事、
募金活動、掃除、食事の用意、部屋の改装やペンキ塗り、
畑仕事など実生活の中で見せることができる自分のライフスキル、
生活力と衣食住みたいなことから表現される実力が
結果的には僕を助けたとおもいます。
西洋の強烈な自己主張は最初の一カ月間は通用しますが、
それが継続されると口だけでは通用しなくなり、敵が沢山できて、
お互いに権力の取り合いになり、それが決着するまでは話が全く前進しなくなります。
「船頭多くして船山登る」
もう一人の日本人の啓太が先日教えてくれました。
西洋文化を表すのにぴったりだと思います。
みんなが自分の全体像を描くので、話が全く進みません。
(逆に日本人は全体像を描いて主張することが上手くないと思います。
物事が良く分かっている人に限ってこういう人が良くいます。)
日本にはこういう言葉があります
「人を相手にするな、天を相手にしろ」
権力を気にするあまり、相手を倒すことばかりに能力を使ってしまって
本当にしなければならないことを見失ってしまうこと良くあると思います。
プログラムが始まった最初の二カ月くらい良くこの言葉を思い出しました。
もちろんこれはうちの学校という入学試験もなく、申し込みだけで入ってこれる
学校の中で起こったことであり、もっとキチンとしたヨーロッパのあると思います。
それでは日本の文化は受け入れられないのか?我々の美徳はどうなるのか?
ということですが、それは受け入れられます。
西洋の人達は自分達の自己主張の強さ、
いつまでたってもお互いに足を引っ張り合う文化、
他人のことを思いやりたくても、
自分が敗者になって搾取される側には絶対になれない。
そういう文化にうんざりしています。
だから日本人が持っている
「いたわり、無念さ、弱者に対する思いやり、敗者の美学、情け」
といった感情にとても興味を示します。
自分達の社会の矛盾の答えがこう言った感情の中にあるのでは?
と感じるのだと思います。
でも敗者にはなれない。だから絶対的優位な立場に自分を守りながら、
「募金」という形で、敗者への「情け」の感情を表します。
日本人みたいに「一庶民」として生きていくにはリスクが高い社会だからです。
ではどうやってそういった感情を西洋の人に対して
態度で理解してもらうようにできるのか?
ということになりますが、
たとえば映画や本のようにコンパクトに一つのものとして
まとまっている場合には2時間で理解してもらえますが。
今の僕のように一緒に生活しながら理解してもらうには少し時間がかかります。
もちろん言葉の壁もあります。
でもこの半年で僕が感じたことは、粘り強く頑張れは、
それはキチンと評価されるし、日本人への信頼は僕らが思っている以上に高い。
ということです。
僕も一度はこう思いました。
もっと英語が話せて、自分がもっと若くて、日本で働いたことも、
日本人の文化についてもたいして知らなくって、二十歳前後でここに来たら、
簡単に西洋人みたいになって、自己主張してそれが良い、
日本人の謙虚さは意味が無い! って思ってたかもしれないでも
でも僕は日本で10年間社会人してたし、
その間に日本人として日本社会で学んだことは沢山あるし。
大学の体育会4年、実業団のフットボール9年で嫌というほど
身に着いた日本の上下関係、縦割り社会、個人と組織、情と知、自己犠牲、
終終身雇用制度にいたるまで、
深く自分の魂に刻み込まれてきた感情とそれによって得た
成功体験から逃れることはできなくって、不器用だけどでも頑固に、
そのスタイルを貫いてきました。
結果的に今思うことは、半年の時間をもらって、教室以外の仕事、
募金活動、掃除、食事の用意、部屋の改装やペンキ塗り、
畑仕事など実生活の中で見せることができる自分のライフスキル、
生活力と衣食住みたいなことから表現される実力が
結果的には僕を助けたとおもいます。
西洋の強烈な自己主張は最初の一カ月間は通用しますが、
それが継続されると口だけでは通用しなくなり、敵が沢山できて、
お互いに権力の取り合いになり、それが決着するまでは話が全く前進しなくなります。
「船頭多くして船山登る」
もう一人の日本人の啓太が先日教えてくれました。
西洋文化を表すのにぴったりだと思います。
みんなが自分の全体像を描くので、話が全く進みません。
(逆に日本人は全体像を描いて主張することが上手くないと思います。
物事が良く分かっている人に限ってこういう人が良くいます。)
日本にはこういう言葉があります
「人を相手にするな、天を相手にしろ」
権力を気にするあまり、相手を倒すことばかりに能力を使ってしまって
本当にしなければならないことを見失ってしまうこと良くあると思います。
プログラムが始まった最初の二カ月くらい良くこの言葉を思い出しました。
もちろんこれはうちの学校という入学試験もなく、申し込みだけで入ってこれる
学校の中で起こったことであり、もっとキチンとしたヨーロッパのあると思います。
2010年11月8日月曜日
この半年間のまとめ①
32ooパウンド、約45万円の募金活動が無事に終了しました。
心配と応援してくれた皆様、あと日本から募金しましょうか?
と提案してくれた方々、本当にありがとうございました。
終わってみればメンバー10名の中で最も早く終わることができました。
そろそろこの半年のまとめをしようと思います。
まずは
「ノーと言える日本」
について、
「日本人はノーと言わない」
これはこちらの先生達が日本人を褒めるときにも、けなすときにも使う言葉です。
嫌なことはキチンと断ってくれないと困る
というのが彼らの意見ですが。
この半年で気がついたことは、
日本人は相手の気持ちをとても考えて質問するので、その場でとっさに
「ノー」
ということに慣れていません。
相手が受け入れにくい質問は最初からしないのです。
ずうずうしい質問をすることを恥じるので、キチンと相手が
「イエス」
って言ってくる質問をします。だから聞かれたほうほ
「良いよ!」
っていうのが普通になっています。
特に日本人の中でも生真面目で普段からみんなに尊敬されている人に対しては、
こちらもあまり失礼なお願いはしないので、
そういう人はさらに「ノー!」ということに慣れていません。
(別に自分がそうとは決して言ってません)
相手の理由はどうであれ、 誰から自分に対して助けを求めているのなら、
すでに相手は相当思案した上で訪ねてくれているのだろう。
だから答えは即答で「イエス!」なのです。
そこでいちいち相手を疑って
「なんで僕の助けが必要なの?どういう理由で?」
などと聞くことは下品なことだと思っているのです。
それが一流の日本人、外国の人みたいに
言ったもの勝ち、主張したもの勝ち、実力はその次、
ずうずうしくないと生き残れない、ヨーロッパは昔からいろいろな国の文化、
習慣、言語がミックスしているので、
相手の気持ちなんて察しようと思っても全くわからないのです。
だからとりあえず明確にストレートに自分の主張を通すことが普通なのです。
ということになります。
だから一流の日本人が外国人と接するときに、その人が立派な日本人であり、
謙虚で律義で誠実で
耐えざることに耐え、忍びざることを忍べば忍ぶほど、
海外で短期間のうちに活躍することは難しくなると思います。
高倉健ではだめなのです。
「私は不器用なので、ご自由にしてください」
という僕たちの美徳は彼らにとっては「わかりにくい」のです。
心配と応援してくれた皆様、あと日本から募金しましょうか?
と提案してくれた方々、本当にありがとうございました。
終わってみればメンバー10名の中で最も早く終わることができました。
そろそろこの半年のまとめをしようと思います。
まずは
「ノーと言える日本」
について、
「日本人はノーと言わない」
これはこちらの先生達が日本人を褒めるときにも、けなすときにも使う言葉です。
嫌なことはキチンと断ってくれないと困る
というのが彼らの意見ですが。
この半年で気がついたことは、
日本人は相手の気持ちをとても考えて質問するので、その場でとっさに
「ノー」
ということに慣れていません。
相手が受け入れにくい質問は最初からしないのです。
ずうずうしい質問をすることを恥じるので、キチンと相手が
「イエス」
って言ってくる質問をします。だから聞かれたほうほ
「良いよ!」
っていうのが普通になっています。
特に日本人の中でも生真面目で普段からみんなに尊敬されている人に対しては、
こちらもあまり失礼なお願いはしないので、
そういう人はさらに「ノー!」ということに慣れていません。
(別に自分がそうとは決して言ってません)
相手の理由はどうであれ、 誰から自分に対して助けを求めているのなら、
すでに相手は相当思案した上で訪ねてくれているのだろう。
だから答えは即答で「イエス!」なのです。
そこでいちいち相手を疑って
「なんで僕の助けが必要なの?どういう理由で?」
などと聞くことは下品なことだと思っているのです。
それが一流の日本人、外国の人みたいに
言ったもの勝ち、主張したもの勝ち、実力はその次、
ずうずうしくないと生き残れない、ヨーロッパは昔からいろいろな国の文化、
習慣、言語がミックスしているので、
相手の気持ちなんて察しようと思っても全くわからないのです。
だからとりあえず明確にストレートに自分の主張を通すことが普通なのです。
ということになります。
だから一流の日本人が外国人と接するときに、その人が立派な日本人であり、
謙虚で律義で誠実で
耐えざることに耐え、忍びざることを忍べば忍ぶほど、
海外で短期間のうちに活躍することは難しくなると思います。
高倉健ではだめなのです。
「私は不器用なので、ご自由にしてください」
という僕たちの美徳は彼らにとっては「わかりにくい」のです。
2010年11月2日火曜日
時が経つと変われること

<写真は小学校3年生くらい、真ん中でビニール袋を持っているのが僕です。何をやっても自信が持てなくて、さえない子供でした。だから忍耐強く続けることができなくて、でもみんなに認めてもらいたい気持ちは沢山あって、子供だったから気がつかなかったけど、一生懸命にもがいていた時期だと思います。でもそういう経験があるからこそ、人にやさしくなれるのかな?とも思います、何事も経験しておいてそんはないですよね>
子供のころからあまり
「ウラ」っていう名前好きではなかったような気がします。
学校で先生が
「コラ!」
って怒ったらなんか自分が怒られてるような気がするし、そのたびにドキッとするし、
「山本リンダのファンですか?」
「ジャングルクロベエの主題歌を歌って!」
「下の名前はビデオくんですか?」
っていじめられるし、もっと「三浦」とか「杉浦」
とかそういうカッコよくてバランスの良い名前がよいなー!
って思っていました。
でも男だし一生この名前なんだな。って思ってました。
でもバヌアツ、イギリスなどの海外に出来て思ったけど、
「ウラ」っていう発音、意外と外人は覚えやすいみたいです。
明らかに下の名前の「テルヒロ」よりは発音しやすいし、
北欧のほうでは嬉しい時に 日本でいう「ヤッター」みたいな意味で
「ウラー!」 とか「ウララー」 とか「フラー」
とかっていうらしくて、その動作と一緒に自己紹介するとみんな覚えてくれます。
そして結構それは前向きな意味なので、みんなな喜んでくれいます。
ウチのチームで韓国人の女の子で
「スッキー」
っていう子がいるんだけど、毎日
「スッキー!」
って読んでるとなんか僕はこの子のことスキなのかな?
っていう錯覚に陥るのと同じ作用があるのだと思います。
猫も
ノラっていう名前つけると、だらしない猫が育つって言うしね。
まあ呼ぶ側の心掛けの問題だと思いますが・・・・
あとはインターネット、「浦輝大」っていう感じの組み合わせ、
ジェイリーグのサッカー選手で似た人がいるのだけど、
それ以外はほとんどいないみたいで、
グーグルでもヤフーでも結構早めに僕の名前が出てきます。
この名前嫌だな。って思っていたころにはインターネットなんてなかったし、
こんな日が来るとは思っていなかったけど、
時代が変われば価値も変わるものだな!って思います。
価値が変わった話のもう一つは昨年の中学校で非常勤講師していたとき。
支援学級っていう昔でいう養護学級って言ったらよいのか
言葉の使い方が難しいところなんだけど、
クラスに適応しにくい生徒のサポートをする教室に一年間居ました。
自分の中学校時代は暗くて悲しい時期だったので、
あまり思い出したくなかったのですが、昨年に支援学級で働いていて感じたことは、
「子供の気持ちがものすごくわかる、何をやっても自信が無いし、
周りからは認めてもらえないし、その割に自分のプライドやエゴは凄くあって、
みんなから認めてもらいたいっていう気持ちは凄くある。
でも誰にも認められない、こういう自分って嫌だな、でも変えられないな」
って思っていた時期、自分のそんな頃を自分の生徒を重ねてみると、
なぜかとても生徒に対してやさしい気持ちになれました。
おそらく他の先生からは
「浦さん体育の先生なのに、生徒に甘すぎ、なめられすぎ」
って思われていたかも知れないけど、
生徒はキチンと三学期まで楽しく学校に通ってくれました。
二度と取り戻せないと思っていた自分の中学校時代でしたが、
今思えばとり返す必要なんてなかったのかな?
って感じています。
「ウラ」っていう名前も、悲しい中学時代も、
時が経ってみればちがう見方ができて、結局は同じことなのかな?
って思いました。
「人生の苦労の数は決まってる」
って学生の時の友達がオッサンみたいに言っていました。
なるべくいろいろなことにこだわらずに自然体で生きていけたらよいなと思います。
2010年11月1日月曜日
30年で2回
<写真はバヌアツの小学校一年生。
僕は彼らの何人を励ますことができたのかな?っておもいます、
ウラに褒めてもらったから、あの後30年頑張ったよ!って言ってくれる人
は将来いないと思うけど、僕はあれから30年間頑張ったつもりです>
今から30年前、僕が大阪の吹田市、千里第二小学校に入学したとき、
当時はまだ第二次ベビーブームでマンモス校と呼ばれていて、
木造校舎に40人以上の生徒が詰め込まれて、
それが10クラス近くあって、うちの小学校はなぜか宝塚みたいに、
雪組、星組、花組、月組、みたいにクラスが呼ばれていたころ。
僕の担任の先生は当時30歳くらいだったサッカー部の顧問の先生でした。
その先生が僕に
「ウラ君、キミはサッカーが凄く上手だし体育がよくできる。
きっとよい選手になるよ!」
週末にある地元のサッカークラブを紹介してくれました。
僕はそれがとても嬉しくて、自分がサッカーが上手なんだと思い込んで、
一生懸命サッカーをしていたのを思い出します。
そう信じていたからサッカーが上手になったのだと思います。
そのまま30過ぎるまでずっとスポーツしてきたから、
あの先生の一言が僕の人生に与えた影響は大きかったと思うし。
ウチの母親もいまだにその先生のことをよく覚えています。
それから30年が経って昨年ウチ親父の看病の為に大阪に戻って
午前中だけ中学校で非常勤の先生をしていましたが。
たまたま小学校の体育科の先生と、
中学校の体育科の先生達が一緒に集まる情報交換会みたいなのがあって、
そこでその先生に30年ぶりに再開しました。
30年ぶりでしたが、全く変わっていなかったので驚きました。
中学校で非常勤をしていること、
親父が一学期で亡くなってしまったことなどを話しました。
その先生はすでに校長先生になっておられて、地元では有名な先生でした。
二学期末に教育委員会から連絡があって、
「三学期、小学校で妊娠されている女性の先生のかわりに週3回、
午後に体育教えてもらえますか?体育だけなら浦さんが小学校で教えても大丈夫です。」
という連絡があり、30年ぶりに恩師の先生の学校で働かせてもらいました。
朝礼での初めての挨拶のとこに、
「みんなの校長先生は30年前の僕が小学校一年生の時の担任の先生でした」
っていったらみんなとても喜んでくれました。
僕の人生を2回も変えてくれた先生にはとても感謝しています。
教員ってよいものだな。と改めて感じました。
2010年10月30日土曜日
哀れな日本人に愛の手を?
<写真は募金をするときに使っている僕のオリジナルボードです、
バヌアツの時の写真が貼ってあって、次はアンゴラに行くので募金宜しく!
って言うとみんな納得してくれます。言葉よりも写真の力は大きいです>
募金活動をしていて、思うことはアフリカ出身の人は二手に分かれること。
とても喜んでくれて、協力してくれる人と、
明らかに不審感を持って気分を害する人に分かれます。
「お前は何でアフリカに行きたいんだ!」
「おれたちの写真を使って金を集めてるだけだろ」
「おれたちはほっておいてほしいだけなんだ、助けなんていらない」
「旅行者気分で人助けなんてできないよ」
って言われます。僕の答えは
「僕はスポーツを教えるのが好きだからアフリカに行きたい。
日本でも先生をしていたし、バヌアツでも体育を教えていて
自分の経験の為、楽しい時間を過ごしたいだけなんだ」
でもこの答えは僕が最初に協力隊に行く前とは全く違っています。
4年前に協力隊に行こうと思った時に感じていたのは
「困っている人を助けたい、日本人として何か貢献したい」
でした、だからバヌアツで海外のボランティアが口々に
「経験の為、自分の人生を変えたかったから」
っていうのを聞いて、少し驚いたし
「税金使って来てるのに、少し無責任だな、受け入れ国にも失礼だ」
なんて思いました、
でも今は違います。バヌアツに行って少し感じだことは
「基本的に人が人を助けることはできない」
解釈が難しいし誤解を生んだら困るけど、助けようと思って何かをしてあげると、
最初は相手も喜んでくれるけど、それが継続的に行われると、
相手もやってもらって当たり前になってくる。
こっちは助けてあげている、って思ってるけど、何の感謝もされなくなる、
別に感謝されるために初めて人助けではないけど、それが当たり前になってきたり。
「もっと助けて!」
って言われたりすると、
助けるのではなくて自立させることが大切だ。
ということに気がつくのだと思います。もちろん
「魚を与えて一日を養うのではなく、漁法を伝えて一生を養う」
「食べ物を与えて難民にするのではなく、クワを与えて自立してもらう」
この言葉は基本にあります。でもこの言葉は時に現実的ではないこともあります。
日本人は教育水準が上がれば彼らは自律して立派にほかの国と競争できる、
と思っていても、もともと途上国はそんなことを望んでいないこともあります。
また
「こんなに献身的に頑張ってる自分て素敵!」
みたいな感じで、単に自己満足になる人もいると思います。
ヨーロッパに来て思うことはボランティアって人生の中の一時期
に無給で働いてみることによって、人生観が変わったり、
給料をもらって働くことと比較できたする良い機会になるのかな?
と思いました。
またアフリカ出身の人が嫌な気分になるもう一つの理由は
たとえば満面の笑みの日本人の子供の写真をどこかの外国人が
ポスターにして持っていて、そのポスターのスローガンに
「日本を助けよう!」
「日本人に愛の手を!」
「あなたの100円で沢山の日本人の命が救えます」
「日本には教育が必要です!」
こんなのを持っている外国人の若者を海外で見たとき、
自分はどんな気持ちがするかな?って思ったら、きっと良い気分にはならないだろうな。
っておもいました。
だからアフリカ出身の人になぜアフリカに行きたいんだ?
って聞かれたら今は
「自分の経験の為です、僕が彼らを助けることなんてできないことはわかってる、
ただ僕はアフリカに行って彼らと一緒に遊びたいだけなんです」
って胸を張って言うようにしています。
そうすると相手も納得してくれます。
間違っても
「彼らを助けたいのです」
って言ってはいけない気がしてます。
それが4年前と今とで僕の中で変わったことだと思います。
それぞれの人がいろいろな思いでボランティアだったり、
人助けをするのだと思いますし、その動機は全員が違っていて良いし、
常に変わっていくものだと思いますが
2010年の僕は今こんなふうにおもっています。
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