先日にアフリカから帰ってきた協力隊員に話を聞いたら
日本の凄いところは旅行に行く時に
(例えば東京から東北に行くとして)
その間にまったく誰にも道を尋ねずに行けてしまうところだ。
と話していました。
看板がきちんと整備されていて、切符だって新幹線やバスのシステムだって統一化されているし、いざとなればスマートフォン見れば人に聞くよりも早くて確実な情報が入ってくるものね。
アフリカならいろいろな人に聞きながら、一緒に考えてもらったり助けてもらったりして目的地にたどり着くので、その感動も大きいし、到着を待ってくれている友人との再会も感動的だし、一つの旅で経験することも多くなる。
日本人の追求してきた便利さにアフリカから帰国してきたばかりの私は今は違和感と物足りなさを感じている。
と話していました。
なるほどー、確か自分にもそういうことを感じた時期があったなー、と日本社会にどっぷりつかってしまっている自分が少しさみしくなってしまいました・・・
2012年8月11日土曜日
金メダルかジャイアンツの選手か?
先日に後輩が言っていた
「ジャイアンツの選手よりもオリンピックの金メダリストのほうがよっぽど素晴らしいけど、今の物質主義の中では結果的にお金を多く稼ぐプロ野球選手のほうが勝ち組になれるのはおかしい」
この話を聞いた時になるほどなー、とは思ったけど、まあ僕の素直な気持ちとしてはプロ野球選手もオリンピック選手もどっちも同じくらい素晴らしいのに、入ってくるお金の額が圧倒的にプロ野球選手が多いということに不満を感じるのだろうな、と思いました。
でも金メダリストの良いところは日本人の好きな
「パッと咲いて、パッと散る」
という面もあるよね。意外とみんな普通の人、だからメダルをとった時にインタビューなんかもプロ選手とは違って言葉になってなかったりする。それが日本人の感動を呼ぶのだと思います。ある意味高校野球みたいな感動があるよね。
応援していた家族もみんな普通の人、どこにでもいるような田舎の人で、この人はきっと子供がオリンピックに出なかったら一生海外旅行なんて行かないのだろうなー。っていう見ていて微笑ましい家族もいるよね。
でもトータルするとどっちが良いのかな?って考えると
また不思議な気持ちになります。
プロ野球選手は引退後はみんなどんなことをしているのだろうね。
年収とか高いから現役の頃は良い生活しているけど、引退後
にそれと同じ収入が得られるわけではないし、今までのプロ選手としての充実した生活は終わってしまって、普通の人になってしまう。プロ野球選手だったから仲良くしてくれていた知り合いなんかも少なからずいるだろうから「元プロ野球選手」になってしまうと離れていく人もいるだろうね。
子供の頃から野球中心の人生だったから野球という土俵の上では強いけど、それ以外の仕事の場所ではどうなのかな?
元プロ野球選手だったという「ピエロ」的な仕事はあるだろうけど、そんな見せ物的な仕事で満足するような事はないだろうしね。
まあどちらもスポーツ選手である前に自分という一人の人間である。という気持ちが無いといけないのだろうね。
スポーツは自分の人生の大切な部分ではあるけれど、家族があって仕事があってスポーツがあるという三本柱を形成することを忘れない事が大切なのだと思います。
ここではやっぱり前回にも書いた「武道」というスポーツを通じて以下に人格形成をしておくか、が引退後の人生を左右するのだと思います。
「ジャイアンツの選手よりもオリンピックの金メダリストのほうがよっぽど素晴らしいけど、今の物質主義の中では結果的にお金を多く稼ぐプロ野球選手のほうが勝ち組になれるのはおかしい」
この話を聞いた時になるほどなー、とは思ったけど、まあ僕の素直な気持ちとしてはプロ野球選手もオリンピック選手もどっちも同じくらい素晴らしいのに、入ってくるお金の額が圧倒的にプロ野球選手が多いということに不満を感じるのだろうな、と思いました。
でも金メダリストの良いところは日本人の好きな
「パッと咲いて、パッと散る」
という面もあるよね。意外とみんな普通の人、だからメダルをとった時にインタビューなんかもプロ選手とは違って言葉になってなかったりする。それが日本人の感動を呼ぶのだと思います。ある意味高校野球みたいな感動があるよね。
応援していた家族もみんな普通の人、どこにでもいるような田舎の人で、この人はきっと子供がオリンピックに出なかったら一生海外旅行なんて行かないのだろうなー。っていう見ていて微笑ましい家族もいるよね。
でもトータルするとどっちが良いのかな?って考えると
また不思議な気持ちになります。
プロ野球選手は引退後はみんなどんなことをしているのだろうね。
年収とか高いから現役の頃は良い生活しているけど、引退後
にそれと同じ収入が得られるわけではないし、今までのプロ選手としての充実した生活は終わってしまって、普通の人になってしまう。プロ野球選手だったから仲良くしてくれていた知り合いなんかも少なからずいるだろうから「元プロ野球選手」になってしまうと離れていく人もいるだろうね。
子供の頃から野球中心の人生だったから野球という土俵の上では強いけど、それ以外の仕事の場所ではどうなのかな?
元プロ野球選手だったという「ピエロ」的な仕事はあるだろうけど、そんな見せ物的な仕事で満足するような事はないだろうしね。
まあどちらもスポーツ選手である前に自分という一人の人間である。という気持ちが無いといけないのだろうね。
スポーツは自分の人生の大切な部分ではあるけれど、家族があって仕事があってスポーツがあるという三本柱を形成することを忘れない事が大切なのだと思います。
ここではやっぱり前回にも書いた「武道」というスポーツを通じて以下に人格形成をしておくか、が引退後の人生を左右するのだと思います。
2012年8月9日木曜日
「勉強道」なのか「勉強術」なのか?
スポーツマンっていう言葉だったり、スポーツしてる人間はさわやかでハキハキしているべきだという意見があったりして、
子供の頃は漠然と「そうあるべきなんだ」みたいな気持だったけど、
実業団でフットボールを長くやったり、海外でプレーしたりするうちにスポーツは礼儀や人間性を育てるものだ。
という気持ちを忘れていったような気がする。
ある時に空手をしている先生に
「空手の世界ではそこらへんはどうなっているのですか?」
と聞いたら、
「それには明確な答えがあって、日本では武術と武道にわけている。武術は自分のテクニックをあげて強くなること、試合に勝つかに優先順位を置いている。
逆に武道というのは空手を使って人間としての道を極めることに優先順位がある。だから勝ち負けに優先順位はない」
なるほどなー
って思ったのだけど、最近オリンピックを見ていて思うのは日本のスポーツは武道と武術の比率がどうしても武道のほうに偏りがちなのだと思いました。(ほかの国と比べてね)
負けた選手が泣いていたり、必要以上に感謝の気持ちを述べたりするのは日本独特のものだと思います。
(それが良い悪いは関係なくです)
特にオリンピックはアマチュアリズムにのっとっているからどちらかと言えば大会の趣旨も「武道」ということなのかもしれないけど、実際には「参加することに意味がある」という気持ちでオリンピックに参加している人はすでにいないよね?
そして今日書きたかったことはもう一つあって、日本の教育についても同じような事が言えると思います。
学校は勉強しながら社会性や人間性を学ぶところ、という「武道」の精神だとおもうのだけど、いつの間にか評価の基準は「受験に勝つため、学力の向上」
という武術になっているのだと思います。
それで言うと塾は最初から勉強だけという「武術」の世界なのでスッキリしてるよね。
こちらはお金を払って、先生は勉強を教えるというプロの世界。塾の先生は能力が低ければ生徒がこなくなって失業するだけだからね。
でも学校は難しい、武道ですよというスローガンを掲げながら、評価の基準はあくまでも勉強という「武術」になってしまっている。本当は「勉強」というツールを通じて子供に「人間としての道」を教えるはずの「勉強道」であるべきものがテストや受験で良い点数をとるためのテクニックを教える「勉強術」になっているのだろうね。
それでも良いと思うのだよね。だって僕は小学校の頃にやっていて「スポーツごっご」よりも実業団でやっていて
「勝つためのスポーツ」から多くの事を学んだからね。
有名な関西のアメフトの監督も言っていました
「スポーツは勝つことが全てではない、参加することに意義があるなどというトロい取り組み方をしていては、勝つこと以上に大切なことも手に入れることはできない」
やっぱり「ごっこ」では人は本当の意味での強い人間は育たないのかもね。 もちろんその子供の年齢とか能力にも関係するだろうけどね。
日本の学校ってそこらへんが明確ではないのではないかな? だから先生達が迷ってしまう。人間性を育てろという大きなスローガンがあるけど、実際にそれはできない。
武道と武術が混同しているのだろうね。分かっていてやっているのとなんとなく矛盾を感じながら教えているのでは少し伝わり方が違うと思います。教えているほうが迷ってしまうのではないかな?
なんてオリンピックを見ながら考えていました・・・
子供の頃は漠然と「そうあるべきなんだ」みたいな気持だったけど、
実業団でフットボールを長くやったり、海外でプレーしたりするうちにスポーツは礼儀や人間性を育てるものだ。
という気持ちを忘れていったような気がする。
ある時に空手をしている先生に
「空手の世界ではそこらへんはどうなっているのですか?」
と聞いたら、
「それには明確な答えがあって、日本では武術と武道にわけている。武術は自分のテクニックをあげて強くなること、試合に勝つかに優先順位を置いている。
逆に武道というのは空手を使って人間としての道を極めることに優先順位がある。だから勝ち負けに優先順位はない」
なるほどなー
って思ったのだけど、最近オリンピックを見ていて思うのは日本のスポーツは武道と武術の比率がどうしても武道のほうに偏りがちなのだと思いました。(ほかの国と比べてね)
負けた選手が泣いていたり、必要以上に感謝の気持ちを述べたりするのは日本独特のものだと思います。
(それが良い悪いは関係なくです)
特にオリンピックはアマチュアリズムにのっとっているからどちらかと言えば大会の趣旨も「武道」ということなのかもしれないけど、実際には「参加することに意味がある」という気持ちでオリンピックに参加している人はすでにいないよね?
そして今日書きたかったことはもう一つあって、日本の教育についても同じような事が言えると思います。
学校は勉強しながら社会性や人間性を学ぶところ、という「武道」の精神だとおもうのだけど、いつの間にか評価の基準は「受験に勝つため、学力の向上」
という武術になっているのだと思います。
それで言うと塾は最初から勉強だけという「武術」の世界なのでスッキリしてるよね。
こちらはお金を払って、先生は勉強を教えるというプロの世界。塾の先生は能力が低ければ生徒がこなくなって失業するだけだからね。
でも学校は難しい、武道ですよというスローガンを掲げながら、評価の基準はあくまでも勉強という「武術」になってしまっている。本当は「勉強」というツールを通じて子供に「人間としての道」を教えるはずの「勉強道」であるべきものがテストや受験で良い点数をとるためのテクニックを教える「勉強術」になっているのだろうね。
それでも良いと思うのだよね。だって僕は小学校の頃にやっていて「スポーツごっご」よりも実業団でやっていて
「勝つためのスポーツ」から多くの事を学んだからね。
有名な関西のアメフトの監督も言っていました
「スポーツは勝つことが全てではない、参加することに意義があるなどというトロい取り組み方をしていては、勝つこと以上に大切なことも手に入れることはできない」
やっぱり「ごっこ」では人は本当の意味での強い人間は育たないのかもね。 もちろんその子供の年齢とか能力にも関係するだろうけどね。
日本の学校ってそこらへんが明確ではないのではないかな? だから先生達が迷ってしまう。人間性を育てろという大きなスローガンがあるけど、実際にそれはできない。
武道と武術が混同しているのだろうね。分かっていてやっているのとなんとなく矛盾を感じながら教えているのでは少し伝わり方が違うと思います。教えているほうが迷ってしまうのではないかな?
なんてオリンピックを見ながら考えていました・・・
2012年7月30日月曜日
フェアトレード
先日にフェアトレードのイベントに行ったんだけど、
インドの人が作ったオリジナルマフラーが3000円でした。
でもフェアトレードのやっているイオンのビルの3階の
ユニクロにはもっと素敵で扱いやすいマフラーが
999円で売っていました。
フェアトレードを否定する気は全くなくって、
でもあの3000円マフラーが人助けという
付加価値がついても一日一本しか売れなくって
逆にユニクロのマフラーが一日に30本売れて売上3万円
その売りあげの5%である1500円をユニクロが
途上国に送るのと、
フェアトレードの3000円のマフラーの半額の1500円が
途上国に行くのとでは同じことなのだと思ってしまいました。
だから人の心がけ次第ではどちらもやり方でも人助けは
できるのだと思います。
インドの人が作ったオリジナルマフラーが3000円でした。
でもフェアトレードのやっているイオンのビルの3階の
ユニクロにはもっと素敵で扱いやすいマフラーが
999円で売っていました。
フェアトレードを否定する気は全くなくって、
でもあの3000円マフラーが人助けという
付加価値がついても一日一本しか売れなくって
逆にユニクロのマフラーが一日に30本売れて売上3万円
その売りあげの5%である1500円をユニクロが
途上国に送るのと、
フェアトレードの3000円のマフラーの半額の1500円が
途上国に行くのとでは同じことなのだと思ってしまいました。
だから人の心がけ次第ではどちらもやり方でも人助けは
できるのだと思います。
2012年7月23日月曜日
少子化万歳!
今日の朝に山手線を待っていたら向かいのホームから人があふれそうになっていた。
先日も渋谷から乗ったら
「現在原宿駅でホームから人があふれているので、この電車いったん停止いたします」
って言ってたけど、ホームから人があふれているなら早く電車を入れて乗せてあげないと、次から次えと人が来てますますあふれるだろうなー、
と思いながらも原宿駅の様子を想像してみました。 でもなんか原宿って常にお祭りみたいな町だからきっとみんなホームでオシクラマンジュウ ワッショイ!ワッショイ!みたいになって楽しんでるのかな? なんておかしな想像しかできませんでした。
そういうのを期待して原宿に着いたら意外と普通だったけどね。
でもその時に思ったのだけど、人がどんどん増えるなら山手線とかすべてのホームを長くして、電車とかも20両にするとか、もしくは2階建てにするとか(無理か?)なにか対策しないとこのままではいつまでたっても改善されないな。 と思う反面。
待てよ?少子化になってこれから人口がどんどん減って20年後に団塊世代が減りだしたら、高いお金を出してホームの改装工事が終わったころには日本の人口が減って寂しくなってしまうのではないかな?
とも思いました。そういえば最近は大学受験だって倍率が低くて意外と入りやすいそうだからね。 いつか東大の学生は9割が留学生!地方の大学はすべて地域のコミュニティーセンターへ!慶応大学3年連続定員割れ!みたいな日が来ないかな?
そしたら慶応に入れていただきたいです。
だから電車もこのままでよくって僕たち人間がも少し我慢すれば良いのかな?
って思いました。
家だってそうだよね。おそらく20年もしたら団塊世代の人達のもっている家がその子供達に継がれていって、しかも少子化でその次の世代の子供達は少ない。
第三次ベビーブームって言葉は日本には存在しないんだろうなー
きっと家の値段もお手頃になるんだろうな。って思いました。 そうしたらそれほどお金稼がなくても家も買えるし、そうなると逆にみんな家なんてどうでもよくなるのかもしれないし?
大学も入りやすいし。駅のホームもあふれることは無くなるし、日本はもっと良い国になるのかなー。
なんて思いました。
みんな年金のことばかり気にしているけど、少子化には良いこともあると思います。
先日も渋谷から乗ったら
「現在原宿駅でホームから人があふれているので、この電車いったん停止いたします」
って言ってたけど、ホームから人があふれているなら早く電車を入れて乗せてあげないと、次から次えと人が来てますますあふれるだろうなー、
と思いながらも原宿駅の様子を想像してみました。 でもなんか原宿って常にお祭りみたいな町だからきっとみんなホームでオシクラマンジュウ ワッショイ!ワッショイ!みたいになって楽しんでるのかな? なんておかしな想像しかできませんでした。
そういうのを期待して原宿に着いたら意外と普通だったけどね。
でもその時に思ったのだけど、人がどんどん増えるなら山手線とかすべてのホームを長くして、電車とかも20両にするとか、もしくは2階建てにするとか(無理か?)なにか対策しないとこのままではいつまでたっても改善されないな。 と思う反面。
待てよ?少子化になってこれから人口がどんどん減って20年後に団塊世代が減りだしたら、高いお金を出してホームの改装工事が終わったころには日本の人口が減って寂しくなってしまうのではないかな?
とも思いました。そういえば最近は大学受験だって倍率が低くて意外と入りやすいそうだからね。 いつか東大の学生は9割が留学生!地方の大学はすべて地域のコミュニティーセンターへ!慶応大学3年連続定員割れ!みたいな日が来ないかな?
そしたら慶応に入れていただきたいです。
だから電車もこのままでよくって僕たち人間がも少し我慢すれば良いのかな?
って思いました。
家だってそうだよね。おそらく20年もしたら団塊世代の人達のもっている家がその子供達に継がれていって、しかも少子化でその次の世代の子供達は少ない。
第三次ベビーブームって言葉は日本には存在しないんだろうなー
きっと家の値段もお手頃になるんだろうな。って思いました。 そうしたらそれほどお金稼がなくても家も買えるし、そうなると逆にみんな家なんてどうでもよくなるのかもしれないし?
大学も入りやすいし。駅のホームもあふれることは無くなるし、日本はもっと良い国になるのかなー。
なんて思いました。
みんな年金のことばかり気にしているけど、少子化には良いこともあると思います。
2012年7月12日木曜日
本当のプライスレスって何だろう
日本で宝石を買いに行くと気にいったデザインは大抵高い、だから安くてソコソコのをとおもって選ぶと、なんか悲しくなる、みじめになる。途中から疲れてしまって 高い物=良い物
となって自分の美的センスは関係なくなってしまう。
結局は高いのを買っても無駄使いをしたと後悔し、安いのを買うと「もっとお金があったら」と思って寂しくもなる。
バヌアツの小さな離島の海岸で綺麗な石を探したときは胸が躍った。この砂浜で一番綺麗な石を探してやろうと思って夢中で探した。どんどん良いものが見つかってポケットがいっぱいになっても何も問題はない。最後に一つを選べばよいからね。 純粋に自分の好きな石を自分の五感を使って探すことができた。
どっちもやっていることは同じ、気に入った「石」を一つ探しているだけなのだけど、金額という価値観が付いてくると純粋に自分の五感とか美的感覚を使うことができなくなってしまうのは悲しいものだと思う。
日本の生活は貨幣社会なのでお金はとても大切だと思うけど、自分が一番美しいと思うものを見つけ出せる気持ちは年をとっても持ち続けていたいと思います。
となって自分の美的センスは関係なくなってしまう。
結局は高いのを買っても無駄使いをしたと後悔し、安いのを買うと「もっとお金があったら」と思って寂しくもなる。
バヌアツの小さな離島の海岸で綺麗な石を探したときは胸が躍った。この砂浜で一番綺麗な石を探してやろうと思って夢中で探した。どんどん良いものが見つかってポケットがいっぱいになっても何も問題はない。最後に一つを選べばよいからね。 純粋に自分の好きな石を自分の五感を使って探すことができた。
どっちもやっていることは同じ、気に入った「石」を一つ探しているだけなのだけど、金額という価値観が付いてくると純粋に自分の五感とか美的感覚を使うことができなくなってしまうのは悲しいものだと思う。
日本の生活は貨幣社会なのでお金はとても大切だと思うけど、自分が一番美しいと思うものを見つけ出せる気持ちは年をとっても持ち続けていたいと思います。
2012年7月10日火曜日
楽して幸せになる方法
一流のスポーツ選手が決勝戦ですごいプレーをした時に最後に言う言葉は
「気合で打ちました」
が多いよね。 だからかもしれないけどスポーツで勝つには気合が一番大切なのだと思っている人が多いと思います。
でも実際はリーグ戦の初戦から決勝に行くまではあまり気合は関係無くって、どちらかと言えば、心(気合)、技、体の三つのバランスなんだよね。
体(フィジカル)を鍛えることがまず基本、その次に技(テクニック)を身につけることが大切だよね。そして最後に心(メンタル)なのだと思います。
ようは体力がついてテクニックがつけばメンタルは最後に自然とついてくるものだと思います。(京都大学のアメリカンフットボール部の水野監督も言っていました)
だってリーグ戦の初戦から最後の決勝戦で使うのと同じくらいの気合を入れて戦っていたら途中で心が折れてしまうよね。
そんな初戦から気合だけで戦っているギリギリのチームが優勝するとは思えないよね。 マンガじゃあるまいしね。
心を33%、技を33%、体を33%鍛えて、最後に残った1%で完璧になるその最後が気合なのだというとかっこよいかもね。でもそういうものだと思います。
最後までは体と技、土壇場まで来てこれ以上は体と技で何もすることはできないというところで最後に勝負を呼び込むのは気合なのだと思います。 だからMVPをとる人は
「気合で頑張りました。」
となるのだと思います。
これを世の中に当てはめると人生にも順番というか心技体的なものがあると思うんだよね。
今の世の中って少し「お金」に対して意識しすぎだと思います。
ようはよく頑張って努力した人がお金を持っているからみんなお金があれば成功なんだ、って思ってしまってるところがあるとおもうのだよね。
MVP = 気合で頑張った
人気者 = お金があるから人が寄ってくる
でも本当はそうではないと思います。人が集まってくる人は決してお金だけではないと思うのだよね。
・体が丈夫で ・頭がよくって ・心(ハート)が良い、だから成功するのだと思います。まさに心技体だよね。
もちろん頭が20%で体が30%で心が50%とかでも良いとは思うけどね。でもバランスが良いほうが人気が持続可能なのだと思います。
お金を持っているから人が寄ってくるのであればその人のお金に寄ってくるだけで決してその人間に寄ってくるのではないと思うのだよね。
お金がある = 成功者 と思っていているのは用は気合があれば試合に勝てる。と勘違いしているのと同じだと思います。
それを言うと女性の美しさも同じだと思うんだよね。
女性のなかには
美しい = 幸せになれる と強く信じ込んでエステとか洋服にお金を使っているけど、美しさと幸せは必ずしも=ではないと思います。
女性に美しさを求めている男性はその女性の外見が好きなのであって「心」が好きなわけではないものね。こういう女性は自分自身でもうっすらとそれに気が付いていて、自分の美しさが衰える = 男性が去っていってしまう。 という頭の構造になっていて異常に美しさばかりにこだわったり、自分に自信が無くって異常に男性に尽くしたりするのだと思います。 そして自分より美しい女性が大嫌い!
でも実際は
⇒ きちんとした生活習慣をもっていて
⇒ 気立てが良くって
⇒美しい
この三つのバランスで女性は幸せになるのだと思います。
それが分かっている男性と一緒になるのが一番安心で幸せです。
綺麗になる = 幸せになれる と勝手に美しさが幸せに直結すると思っていて、そこばかりに気を使っているよね。
そうやってもうけているエステ業界やそれとセットになっている広告業界に食い物にされていることに気が付けないのは悲しいよね・・・・
それでは努力の方向が間違っているからいつまでたっても自分が本当にほしいものは手に入れらないのだと思います。
・スポーツで勝つことも
・多くの友を持つことも
・幸せもつかむことも
バランスが大切、もちろん気合やお金、美しさも要素のひとつで大切ではあるけども、それが一番大切。というのは間違えだと思います。それが分かれば人生は意外と簡単でみんなもっと楽にたのしく生きれるのだと思います。
僕もそういう風に思って頑張ろうと思ってる今日この頃です。
「気合で打ちました」
が多いよね。 だからかもしれないけどスポーツで勝つには気合が一番大切なのだと思っている人が多いと思います。
でも実際はリーグ戦の初戦から決勝に行くまではあまり気合は関係無くって、どちらかと言えば、心(気合)、技、体の三つのバランスなんだよね。
体(フィジカル)を鍛えることがまず基本、その次に技(テクニック)を身につけることが大切だよね。そして最後に心(メンタル)なのだと思います。
ようは体力がついてテクニックがつけばメンタルは最後に自然とついてくるものだと思います。(京都大学のアメリカンフットボール部の水野監督も言っていました)
だってリーグ戦の初戦から最後の決勝戦で使うのと同じくらいの気合を入れて戦っていたら途中で心が折れてしまうよね。
そんな初戦から気合だけで戦っているギリギリのチームが優勝するとは思えないよね。 マンガじゃあるまいしね。
心を33%、技を33%、体を33%鍛えて、最後に残った1%で完璧になるその最後が気合なのだというとかっこよいかもね。でもそういうものだと思います。
最後までは体と技、土壇場まで来てこれ以上は体と技で何もすることはできないというところで最後に勝負を呼び込むのは気合なのだと思います。 だからMVPをとる人は
「気合で頑張りました。」
となるのだと思います。
これを世の中に当てはめると人生にも順番というか心技体的なものがあると思うんだよね。
今の世の中って少し「お金」に対して意識しすぎだと思います。
ようはよく頑張って努力した人がお金を持っているからみんなお金があれば成功なんだ、って思ってしまってるところがあるとおもうのだよね。
MVP = 気合で頑張った
人気者 = お金があるから人が寄ってくる
でも本当はそうではないと思います。人が集まってくる人は決してお金だけではないと思うのだよね。
・体が丈夫で ・頭がよくって ・心(ハート)が良い、だから成功するのだと思います。まさに心技体だよね。
もちろん頭が20%で体が30%で心が50%とかでも良いとは思うけどね。でもバランスが良いほうが人気が持続可能なのだと思います。
お金を持っているから人が寄ってくるのであればその人のお金に寄ってくるだけで決してその人間に寄ってくるのではないと思うのだよね。
お金がある = 成功者 と思っていているのは用は気合があれば試合に勝てる。と勘違いしているのと同じだと思います。
それを言うと女性の美しさも同じだと思うんだよね。
女性のなかには
美しい = 幸せになれる と強く信じ込んでエステとか洋服にお金を使っているけど、美しさと幸せは必ずしも=ではないと思います。
女性に美しさを求めている男性はその女性の外見が好きなのであって「心」が好きなわけではないものね。こういう女性は自分自身でもうっすらとそれに気が付いていて、自分の美しさが衰える = 男性が去っていってしまう。 という頭の構造になっていて異常に美しさばかりにこだわったり、自分に自信が無くって異常に男性に尽くしたりするのだと思います。 そして自分より美しい女性が大嫌い!
でも実際は
⇒ きちんとした生活習慣をもっていて
⇒ 気立てが良くって
⇒美しい
この三つのバランスで女性は幸せになるのだと思います。
それが分かっている男性と一緒になるのが一番安心で幸せです。
綺麗になる = 幸せになれる と勝手に美しさが幸せに直結すると思っていて、そこばかりに気を使っているよね。
そうやってもうけているエステ業界やそれとセットになっている広告業界に食い物にされていることに気が付けないのは悲しいよね・・・・
それでは努力の方向が間違っているからいつまでたっても自分が本当にほしいものは手に入れらないのだと思います。
・スポーツで勝つことも
・多くの友を持つことも
・幸せもつかむことも
バランスが大切、もちろん気合やお金、美しさも要素のひとつで大切ではあるけども、それが一番大切。というのは間違えだと思います。それが分かれば人生は意外と簡単でみんなもっと楽にたのしく生きれるのだと思います。
僕もそういう風に思って頑張ろうと思ってる今日この頃です。
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