2013年4月5日金曜日

名言で振り返る2年間(長くなってスイマセン)

 協力隊のボランティアの哲学は

「魚を与えて一日を養うのではなく、漁法を伝えて一生を養う」

  相手の国の自立を助けるというものです。

 僕の要請の体育に例えると

 僕が2年間現地の生徒に体育の授業を直接するだけでは、


  2年後僕が帰国する

  
 時には新しく日本からボランティアが来なければならないという

  「甘やかしの援助」 になってしまう。からならず2年間で現地の先生達

  から体育の指導をできる人を育てて、将来的には援助がなくても自立


  できるようにすることであった。

  
  ボランティアとして僕の心にいつもあったのは

 東京都庁で働いていた方の言葉で


 「正しいと言うことは正しいという理由だけで実現されるものではない

  それをいかに実現するかを考えることが我々の仕事である」

  だった。


  今後バヌアツ共和国が先進国に近づいていく為には

 「規律」 「ルールを守る」「チームワーク」
 
 「正しい生活習慣 (運動⇒栄養⇒休養のトライアングル)」

  などが必要になるだろうし、

  学校でそれを学ぶには体育はもってこいだと僕は思っていた。


  僕の中には「正義感」が燃えさかっていたのだ。
  
  現地の先生にいくら嫌がられても逃げられても、

  根気よく諭して諦めないでアプローチし続ける。


   同時に生徒たちへの巡回指導で自分が実践してみせる。


  「して見せて、やらせて見せて、褒めてやらねば人は育たず」 

   山本 五十六 


  例えみんなに理解してもらえなくても自分の中には

   「正義感」と「使命感」」がみなぎっていた。

  先生達に馬鹿にされたり、失礼な行動をとられても妥協はゆるさず
  
  「やらない理由は自分が決める」

  「ボランティアだからと行って自分の気分が乗らないから

  辞めてしまうようでは結局は日本からの現実逃避になる」


  「お金の為に働いているのではない」
 
  「持続する情熱」

  と思って頑張ってやってきた。

  

   誰にも理解されなくても

   ・ローマ時代のイエスキリストも

   ・死んでから認められたゴッホも

   ・「それでも地球は回っている」 のガリレオ・ガリレイも

   ・アテネの政府に死刑にされたソクラテスだって

   みんなパイオニアは周りに理解されずに、孤独に死を迎えるものなのだ、


   だから自分も妥協せずに

   「耐えざるを耐え、忍びざるを忍び」

   自分の信じる「正義」を突き進むのだ!


   バヌアツの人達もいつか気がつくはずだ、

   たとえそれが僕の帰国後であっても・・・・


  
    「強者はひとり孤独に耐える」

    はじめの8ヶ月は島に1人しか日本人が居なかったし、まさしく孤独でした。

   

    しかし一年が過ぎたあたりで体調がおかしくなってきた、

  朝起きれなかったり、起きても授業に対する


  イマジネーションとモチベーションが全く沸かなかったり・・・・


   引きこもり状態になってしまった。

    しかしそこでも引き下がれない、

    だってフットボール選手だったころも毎日そうだった

 
    疲れが溜まりぎて朝起きれない。モチベーションが上がらないのは

     現役の頃は当たり前でした。


   「NO PAIN  NO GAIN」 (痛み無くして得るものなし)


   「志あれば、そこに道あり」

 
   「負けたから終わったのではなく、諦めたから終わったのだ」

   「人生には一度妥協すると二度と戻れない道があるのだ!」

    

    
   しかし一年が過ぎて自分の中にも変化が出てきました。

   
   ・「働きすぎるな」と会うたびにアドバイスしてくれる老人達

   ・僕の体を気遣ってくれるお母さん達

   ・僕がバイクで走っていると飛び跳ねてあいさつしてくれる子供達

   ・バイクが壊れて連絡手段も無く授業をサボってしまった僕を

   責めるどころか「大変だったね」とやさしくし声をかけてくれる校長先生   

   ・病気になって死が迫っているのに穏やかに死を待つ老人


   ・笑顔と鼻水が常に全快な子供達

  
     「足るを知る」 

     「幸せは 自分の心が決める」


   南の島の幸せな国の人達はすでに

   人生に必要なもの全て持っているようでした。


   「日本ではどうして昨日と今日が同じことの繰り返しではいけないの?」

   と言われて、日本では


   「向上心の無い人間はバカである」

   「現状維持では下降と同じ」

   という言葉を胸に抱きながらも、

   自分の中での「正義」の意味がぐらつき始めました。


  
   「途上国の人は困っている」

   という勝手な思い込みでここまできてしまった自分のなかの

     「正義」と「使命感」にすがりつく毎日。   
  
  
   「初心忘れるべからず」

   
 という言葉を胸に何とかたまたま読んでいた本の中で見つけた言葉
 

   「お前達の愛するというのは神が人間を愛するような、

   金持ちの奥様が自分の犬を愛するようなそういう愛である、

   なにもしれくれるな、我々はただほっておいて欲しいのだ」
 
    (殺される側の理論 本多勝一)
 
  
   先生達にしてみれば

  「本気で体育を広めたいというのなら、何故2年間で帰国するのだ、


   協力隊の2年間が終わっても日本から戻ってきて、

  10年、20年我々と一緒に働いてくれれば

  こっちだって本気になるかもしれないが、


  2年間での本気には付き合えない、残される我々の事も考えて欲しい

   お前にとっては経験でもこちらにとっては現実なのだ」

   実際に言われたわけではないけど


  みんなはそう思っているのではないか?


   と感じるようになりました。



   自分が信じていた「正義」とか「使命感」は間違っていたのか? 
 
  
    「過去の成功体験が足を引っ張ることもある」
 
  たいした成功体験もないけれど方向転換してもよいのかな?

   と考えるようになりました。 

      
  
  そして結果的には相手の気持ちをとことん考えて

   僕の考える「正義」の押し付けは辞めることにしました

   

   そのとき考えて自分なりの「言い訳」は

    もしもタイムマシーンがあって100年先の人がやってきて

  「日本人はかわいそうだね。平均寿命が85歳なんだ、

   癌も糖尿病もエイズも治せないなんて・・・・

   100年後の平均寿命は120歳だよ癌は治る病気だし、


   HIVはすでに撲滅したよ


   僕達が君達の生活を改善してあげよう」

   といって彼らの「正義」と「使命感」によって

  僕のこれまでの人生が否定され、


  惨めなものだと決め付けられプライドを失っていくくらいだったら、

  このまま胸をはって自分の人生を歩みたい。

  平均寿命が85歳で何が悪い? とおもったこと


 それと同じことを今自分がバヌアツで行っていて


 勝手に行き詰っているのだ、  と気がついたからです。   


    
  そこまで来るのに大分と苦しんだから

  答えが出てからは気持ちは楽になりました。

  
    甘やかしの援助でもいいから先生達へのアプローチはもうしない。
  
   一番最初の言葉  

  「正しいと言うことは正しいという理由だけで実現されるものではない

  それをいかに実現するかを考えることが我々の仕事である」


  バヌアツで体育を広めることは「正しい」ことであり、

 いかに実現するのかを一生懸命考えていた自分の中の


   「正しさ」の意味が変わってしまったのだと思います。


  それに気がつけたのが自分の偉かったところかもしれませんし、


  自分の弱さに助けられたのかもしれません。

  僕がもっと強い人間だったり、強くて大きな組織を持っていたら


  方向転換できずに

 
   植民地支配だったり、ヒトラーだったり、

  日本の第2次世界大戦への開戦を実行していたかもしれないしね。

 
  
 「正しい」「正義」「使命感」という言葉に自分が酔っていたのかもしれないし、
 
   34歳でそれに気がついたのかもしれません。

   僕の立場がボランティアで、

  離島で1人で頑張っていたから僕1人が方向性を変えても


  誰にも迷惑がかからなかった事もよかったのだと思います。
 
  ボランティアだったから数字的な結果よりも正しいことを突き進んで
 
  良かったのだと思います。仕事だったらそうはいかないよね。


   あのまま頑張っていたら結局は

   自分が一番不幸になっていたのだと思います。


   「正義を疑え」 

   「人間は完璧を求めすぎるともっとも大切なものを失うことになる」
  
   あの2年間で多くのことを学びました。 

   こうやって大人になっていくのかな?


   自分の限界を知った2年間でした。 

   僕が体育の教員を育てられなかったことに対して

  現地の人が最後に言った言葉は


  「最初から体育なんてどうでもよかった、

  ただ日本人の友達が欲しかっただけなんだ

 
  だからお前は最高のボランティアだった、

   胸を張って日本に戻って欲しい」


   という言葉でした。

  
  帰国後にJICA職員からのアドバイスは
 
   国際協力の為に協力隊に行って、

   結果的に2年後に国際交流になってしまっても


  それはしかたの無いこと

  10年後にあなたの教え子が教員になったとき


   初めてあなたの活動が花開くかもしれません。
 
   もちろん2年間で結果を出す人い居る、

  しかし援助とはそれほど簡単でないことは職員はみんな理解している。


       「2年間本当にお疲れ様でした。」


   

   もう一度同じ気持ちで挑むことはできないし、

  答えが見えなかったから常に全力で頑張れたのだと思います。 


   これからの人生も沢山悩んで


   自分の正義と正しさを常に考えながら成長したいと思います。 


    やばいね・・・  またここで「成長」という言葉を使ってしまった・・・


   現状維持でも良いと学んできたはずなのに、 

 
   でもやっぱり自分は日本人だから「人生の道」というのを考えたいです。

   効率化とか経済成長ではなくて「人としての成長」


    これは全世界共通ですよね。  (長くなってスイマセン・・・・)


     


   

   

  

  
 

2013年3月24日日曜日

人も国も年を重ねます

 先日に団塊世代の人(65歳くらい)と話していたときに
 「日本は内向きになって良くない、中国や韓国に負けてしまう、
 経済成長しなくてはならない」

 というような話を熱心にされていました。その人は3年ほど海外に出ていて
 数ヵ月前に帰国したからなのかもしれないけど、僕はその意見には疑問を持ちました。
 経済成長も大切だと思いますが、それが「唯一」の豊かさへの道だという考え方は
 少しずつ改めていくべきだと思っているからです。
 
 「失われた20年 」という言葉をよく聞くけど、第2次ベビーブームに産まれて
 今39歳の僕は何も失てはいないしね。おそらく何かを失ったと思っている人達は 
 団塊世代の男性に多いのだと思います。 
女性の価値観は団塊世代でも今の若い世代でも男性ほどは変わらないと思います。

  国を人間に例えるとこれからの日本は勢いだけで突き進んだ20代、30代ではなく
 40代にはいってきたのだと思います。
 若いことのようになんでも挑戦できるわけではなくて、
 人生の方向性のようなものが必要になってきている時期です。
  中国、韓国は今まさに20代、伸び盛りです。勢いがあります。
 アメリカはいつまでたっても大人になれないまま40歳になってしまった感じです。
彼らは勢いのある20代が人生で一番輝いていると勝手に勘違いしていて、
若さにしがみつこうとしているように見えます。
 強くて、頼りになるヒーローでいたいのです。
寛容さが無くライバルはすべて倒さないと自分たちの価値が下がると勝手に
思い込んでいる感じです。
 ヨーロッパはすでに60代、自分のスタイルがほぼ固まってやや保守的ですが
 もう無理はしない成熟した国に見えます。 
 アフリカは10代です、みんなで見守っていく必要があります。
 今後に悪い道に進むのか、正しい大人になってくれるのかは
 周りの大人たちが与える環境しだいで変わっていくと思います。

 日本は40代はどうなるのかな? 20代の若者と張り合うようなまねはしないで、
「成熟した国」になるための意識改革が必要だと思います。
「失われた20年」という期間は次の段階になるための大切な20年であったと思います。
 日本はさらなる「豊かさ」を手に入れるために日々進歩している国であると思います。
 

2013年3月5日火曜日

男はうんこで繋がっている②


 その後アンゴラに居たとき、毎日トウモロコシを水で溶いたものと煮た豆をご飯もしくはご飯のように炊いたパスタで食べるという炭水化物100%の食事を数ヶ月していた、全寮制の学校で体育を教えていたので他に選択肢がなかった。

これはある意味人体実験のようなもので、食べることへの興味は無くなり、楽しみは食後に飲むコーヒーだけになってしまう。しかし体調はすこぶるよくウンコには全く空気が入らない、粘土のようになってしまうのだ。

空気が入らなくきめの細かい粘土のようでとても長くなる。

そして僕の住んでいた寮は水洗用便器を毎回バケツの水で流すというスタイルであったので、そのように長くて力強いウンコは流れてくれない。しかもトイレットペーパーの質が悪く、みんなには「紙は流していけない」といわれていたが、何処に紙を処理するのかは誰も教えてくれないので、そのまま流していた、そうするとトイレが詰まる。

いつか流れるだろうと思ったり、木の枝を切ってきて、それで10分くらいグルグルとかき回してみたがアンゴラは赤道より下のはずだから水の流れは右回りか左回りか分からず、両方の方向に10回ずつかき回したていた。

でも詰まっているのは便器の奥で、縦方向にS字になっていて、簡単にはとどかないのだ。
おしるこを満タンにためた洋式トイレの前に椅子を置いて、自分の便意と戦いながら夕方におしるこを永遠とかき混ぜていたことを思い出す。(実際に豆しか食べてない・・・)

結局は水は一ミリも減らず、寮の隣にすんでいたケイタの便所を内緒で使わせてもらった、ケイタにはいつでも使って下さい。とは言われていたのだがへんな意地があって借りないでいたのだ。

自分の便所はすでに三日ほど詰まっていたので、したがって自分自身も三日分詰まっていた。だからケイタの便所でもにんじんというよりも大根といったほうが良い物が出てきた。
自分で汲んできたバケツの水で流そうと思ったが、大根がなかなか折れてくれたいので、流れていかない、結局バケツで水をもう一度汲みに行って水が弾くことを気にしないで思い切り入れたが、水かさが増しただけで何も変化がなかった。 
それからケイタの便所の前で汗びっしょりでかき混ぜたが水は全く引かない。 あまりの焦りと暑さとやり切れなさで「いっそのこと腕を突っ込んで詰まってるものを引っこ抜いてしまおうか」

と思ったが、その場合は肩くらいまではおしるこに埋まるだろう・・・・
と予想され、辛うじて思いとどまった・・・・

ケイタが帰ってくる前になんとか流したくてしなりそうな木の枝をとってきて、何度も突っ込んでみたがついに流れなかった。
 
そしてついにケイタが帰って着てしまった。仕方なく白状すると
「僕は丁度ベンキの角度に合った棒を持っています」
といってどこかに行ったかと思うと、一分くらいすると使えなくなったほうきのとってが程よく曲がった棒をもってきて、すぐに詰まったベンキを直してしまった。そのまま僕の前を通って僕の部屋の便所に入ると、
 「こちらも治りました」 
と1分で出てきた。
その棒を普段何処に隠しているのかはよく分からなかったが、先が微妙に曲がった
70センチくらいのその棒を持ってさっそうと歩くケイタの姿は、それまでイギリス、アフリカと一緒に旅してきたなかで一番カッコよく見えた。 
三日ぶりに空になった自分の便器をみて、本当に嬉しかった。

その後にケイタとふたりで、アンゴラでのウンコについてとウンコ棒の曲がりの角度などについて2時間ほど白熱した議論が行われた。 

男はなぜかウンコにロマンを感じるものなのだと今でも思っている。 おしまい
  
 

2013年3月2日土曜日

男はうんこで繋がっている①

 知り合いが旅行に行ったので、我が家に一日犬がきた
 仕方ないから僕は犬の朝晩犬の散歩に行くことになった。
 犬が野グソをした、でも今の時代は持ち帰らないといけないらしい
 仕方が無いから家にもどってビニール袋を持ってきて、
強く握らないように
 やわらかくソフトに握りながら家にウンコを持ち帰った、

ちなみに僕が子供の頃に
 そらった大阪ではウンコではなくてウンチというのが子供達の間で
は主流だった
 ビニール袋一枚でウンコと僕の指は触れ合っているのだが、
子供の頃に
 「ウンコ爆弾」というのが流行った、
カラカラに乾いたウンコを拾って、友達に投げつけ
 るのだ、
何故男はあのようなおろかな行為を一緒にすることによって友情
 を深めあうのだろう? ウンコに爆竹を指してまさしくウンコ爆弾にしてたりもした。

 そのビニールに入ったウンコを家の水洗便所に流す。
ウンコの下に少しだけ
 石が突き刺さっていたけどそれを取り除く勇気は無いのでそのまま
流してしまった。
 小型犬のウンコはヒラヒラと回りながら水洗便所に吸い込まれてい
った。
 その時にまた記憶が蘇った。 子供の頃には毎回ウンコが流れていくときに
 「ウンコさんさようならー」 と手を振っていた。
  思わず心の中で「さようならー」と思ってしまった。

 バヌアツの頃に一緒に生活していたスパイダーという犬は、
僕がよその村に
 行くときは僕を守らなければいといけないと思っているようで、
常に僕の15メートル先
 まで全力で走り、
そこで振り返り僕が歩いているのを必死に見ていた。
 僕が彼に追いつくともう一度15メートル先まで全力疾走をすると
いうことを繰り返す
 犬だった。時にはいったん僕の後ろまで周り、
その後にまた15メートル先に戻ったりする
 というとても忠誠心のある犬だった。 その彼が急に30メートル先まで全力疾走する
 ことがある、ウンコのときだ、彼は僕の歩調を考えて、
僕が彼に追いつく距離を計算し
 その間にウンコを済ませようとするのだ、彼がウンコをする時間、
それが僕が30メートル
 を彼に追いつくまでに歩く時間だと彼なりに計算しているようだっ
た。
 30メートル先で始まった彼のウンコは丁度僕が彼に追いついた時
には終わるように計算
 されており、その間の彼の必死な形相にはいつも笑わされた、
 肛門をこちらに向けているのが少し気になってはいたが、
僕が近づいてくるのを振り返りながら
 必死で気張る彼の顔には危機迫るものがあり、
ついつい小走りをして、もっと追い詰めてやろうか?
 という意地悪な気持ちになったこともあった。
 だいたいは僕が追いついた瞬間に彼のウンコも終わり、
何事も無かったかのようにまた
 僕の15メートル先まで全力疾走してくれる。 
 その30メートルの間の彼の表情には飼い主を守るミッションと、
自分自身生理的欲求を満たす
 ミッションの二つのミッションのハザマで限界の勝負をしてるとい
うめんでは同じ男として
 尊敬に値する一面があった。

 その頃にロカタイ小学校に居たテツヤはカバというバヌアツ人が夕
方に好んで飲む
 木の根っこを煎じて飲むのみものと、彼の学校が長期休暇に入り、
水を止めてしまったので
 畑で使う井戸水を飲んでいたことも会って、常に腹を壊していた。
井戸の近くに豚が
 飼われていたので、
そおらく相当ヤバイ水を飲んでいたのだと思う。
  一日に何回ウンコに行ったかを報告してくれるテツヤはその顔色の
悪さに反して、
 生き生きとしているように感じた。

 テツヤの次にバヌアツにきたヒロもそうとう下痢に悩んでいた。 
 今思えばあの島は火山島だったので、地中に入った水には火山灰から入る
  カルシウム分の多い水になっていたのだと思う。ペットボトルに水をためるとふちに白い
 カルシウムのかたまりのようなものがたまっていた。
 そういう自分も一人で島に入った時には下痢に悩まされ、朝一番の体育の授業などで
 逆立ちをすると下痢のための脱水症状なのかめまいがすごくて星が回ることが
 よくあった。 一か月も下痢が続くとすでに治すことをあきらめてしまって、せめて出口くらいは
 清潔にしておきたいとおもって、出口の毛をバリカンで剃ってしまったこともあったなー
 あの頃おれたちは食べる話と出す話で友情を高めあっていたのだとおもう・・・・


 パート②に続く・・・・
 

2013年2月17日日曜日

豚とソクラテス

「満足な豚であるより、不満足な人間である方が良い。 同じく、満足な愚者であるより、不満足なソクラテスである方が良い。 そして、その豚もしくは愚者の意見がこれと違えば、それはその者が自分の主張しか出来ないからである」 ジョン・スチュアート・ミル『功利主義』第二章
この言葉を最近知ったのだけど、前半部分の満足なブタであるより、不満足な人間、満足な人間であるよりも不満足なソクラテスという部分が面白いなー、と思います。

僕がボランティアとして2年間生活していたバヌアツの人達は
昨日と今日、今日と明日、同じ生活が60年から70年続いて人生が終わるのが一番良い人生だと思っている、どうして日本では昨日と今日が同じじゃいけないの?
 
 という素朴な疑問を持っていた。 しかも面白いことに僕のいたバヌアツは1980年までイギリスとフランスに植民地にされていて、
一度は自分たちのスローライフを否定され、島にはココナッツの畑ができたり、食品を加工する缶詰め工場ができたりしていたのだ。 今でも年配の人の中には若いことにイギリスに行って勉強したことがある人がいて、普通に英語を話す。

 彼らは一度そういう生活を経験して、でもやっぱり自分たちには争いも格差もないスローライフが向いていると判断しているところがすばらしいと思う。

 バヌアツの「毎日が同じことの繰り返しがいけないことなの?」の対極にある言葉で僕がよく紹介するのが夏目漱石が「心」のなかで言った
 「向上心の無いものは馬鹿だ」
 である
 
話の流れ的にはこの言葉は悪だと思うかもしれないけど、そうではなくって、僕はこの言葉も大好きです。

 せっかく人間として生まれてきたのから、自分の心と体が持っている能力をフルに発揮して、死ぬまで自分を限界まで高めながら生きていくことが人間として尊い生き方であると思ってしまう。 二つの道があったら困難なを選んでこそ人生は面白くなるのだと思う。

 だからこの二つの言葉で僕はいつも迷ってしまうのだけど、
最近思うことは「向上する方向性」が大切なのかな? 
 と思います。

 自分の心と体の向上を自分だけの為、有名になるため、お金持ちになるために使う「向上」なら必要ないと思うし、逆に世の為、人の為、家族の為(家族の為にひたすら金をぐというわけではなくて、愛情を捧げるという意味で)
 向上するという哲学があればそれでよいのかな?
 なんて思います。
 そういう方向に僕たちが行かなかったのは
 
 ・なんでも一番早く、一番大きく、一番強くというアメリカが近く    にいた
 ・第次、第2次 ベビーブーム右肩上がりの経済成長とと    もにもともと日本人が持っていて素晴らしい価値観を忘れ   て「道徳なき競争」に踊らされてしまったこと
  ・無意味な戦争をして、それに負けてしまったという反省と劣  等感

  などがあると思います。

大人と子供の違いは、大人は自分の価値が定まっているから人より高級だから良い、人より高学歴だから良い、人より都会に住んでいるから良い、などという価値観にとらわれず、自分の愛する人と、自分の好きな場所で、自分のペースで生きるという「足るを知る」人のことで、子供は単に他人との比較によって自分の価値を評価する人のことだ聞きました。

 満足した豚になるのか、不満足なソクラテスになるのかは難しいけど、僕は「満足した凡人」くらいが自分らしいかな? と思っています。

                   

2013年2月13日水曜日

犬は「買う」ものなのか「飼う」ものなのか?

ペットショップに行くと犬がたくさん並んでいる、

10万はざらで、20万、30万もいる、あそこで並んでいる犬の気持ちはどうなんだろう?

「おれは20万か、隣の犬は30万だ、みんなが隣の犬の方を注目しているな・・・」

 お客の子供

「お父さんこっちの犬の方が高い!」
  
 お父さん

「でも30万は高いよ、10万の犬が3匹ぶんだぞ!」

「でも10万円だと安すぎる、30万の方が自慢できる!」

「ちゃんと大事にするか?」

「30万の方なら大事にする!でも10万なら自慢できないから大事にしない!」

 というような会話がの前で行われて、隣の30万の犬が買われていく、

 自動的に自分がその店で一番高い金額となり、その次にきた家族に

 「お父さん10万の犬より、こっちの20万の犬の方がよい!」

 と自分が買われていく、 まあ犬の性格なんてわからないから

 見た目とか犬種とかで買っていくのだろうし、犬が好きな人は僕なんかより


 もっと純粋なんだろうけど、逆に沢山の野良犬や

 飼いきれなくなった犬が保健所で殺されているのを見ると、犬を飼うことの意味

 って何なんだろう? と思ってしまう。 血統証つきでないと犬を愛せないとか

 自分には30万の犬がふさわしいなんて思っている人に犬を飼う資格はないと
 
 思う、それは「飼う」のではなくて単に「買う」だよね。

 そういう人は他人の愛情も「買う」ことができると思っているのでは?

 と感じるのは僕の想像が少し行き過ぎているのかな?

 人間にもいつかそういう時代がくるのかな? いまは養子は選べないはずだけど、

 この先は人間に値段がつく時代がくるのかな? 

  僕にはいくらの値段がつくのかな? きっと保健所で処分待ちされる檻にいれられてる

 タイプだろうね・・・  そう思うと一番誇り高き生き物を「飼われる」のでも「買われる」


 のでもなく、身の危険を感じながらでも野良犬として生きていくことだろうね。

  僕はそういう生き方に憧れます。餌は自分で探したい、みつからなければ餓死したい。

  自分に値段が付けられるくらいなら餓死したほうがましな気がします。

  犬の話から話が飛躍しすぎてまとまらなくなってしまってごめんなさい。

秋葉原から考えるグローバル化

 グローバル化と格差社会はつながっている。簡単に言うと
 みんなの買い物の仕方が秋葉原を一日歩き回る探索からインターネットネット検索に変わったこととつながる。
 20年前に僕がCDコンポを買いたかった時は一日中秋葉原を回って一番安いところで一番気に入った物を買っていた、もしかしたらほかに安い店があるのかも知れないけど、情報がチラシと自分の足しかないからそれで満足していた。
 効率化されてなかったので、買う方にも売る方にも多少の無駄があった。
 でも今はネットで検索すればどこが一番安いのかがすぐにわかる。一番安い値段を掲示できるお店に自然に人が集まる。インターネットの世界では2番、3番では相手にされない。
 必然的に一番のが一人勝ちになる。
 
 商品を提供する企業はソニーでもパナソニックでもユニクロでも、ネットで調べて世界で一番安い人件費と土地と税金の国を探してそこに大きな工場を建てて大量生産する。そうすることによってもっとも安い価格を提示できるので、さらにみんながその店に集まる。
 結果的にはその店が一人勝ちになるので、大手企業とそのトップはもうかり格差は広がる
 工場が海外に出てしまったので日本国内に工場は無くなり、今まで中間層だった人たちにお金がいかなくなり、みんなますます大量生産の低価格のものしか買えなくなる。    
 グローバル化が進むとこの現象が加速して世界中でおこる、効率が良くなりすぎて、他よりも一歩先にリードした企業や人の情報がネット検索で広がり、2番目、3番目との差は一日であっという間に広がってしまう。
 世界の富の半分以上を10名より少ないアメリカ人たちが握っている世の中になってしまった。 
ほどほどにしておかないと、取り残された人達の不満がふくらみ、それが個人的に膨らむと犯罪になるし、組織として膨らむとテロと戦争になることは歴史が証明している。
 効率化の次の段階を考え出す時代が来たのだろうね。