2014年11月23日日曜日

お勧めの婚約指輪の選び方

 
結婚指輪の金額を気にする人に対して感じることがある。

この人は宝石店に行って、自分の好きなデザインの指輪を 選んでのではなくて、指輪の値札を毎回ひっくり返して、

  「この指輪は素敵だけど、5万円だから、ダメ」

  「この指輪は私の好みではないけど、値段的には合格」

などと考えているのかな?と思うと結婚指輪の意味ってなんなのだろう?と思ってしまう。自分の気に入ってデザインではダメなのかな?

   


   
昔に太平洋の小さな島の誰もいない美しい海岸で自分の気に入った石を探した時には、値段なんて気にしないでその砂浜にある何億もの石の中で一番気に入ったものを自由に選ぶことが出来ました。いま思えばとても贅沢です。
   
同じように物を選ぶだけなのに、値段を気にしなければならないのは逆に悲しく感じます。
一番良い方法は宝石店の指輪の値札を全部外してもらって、床一面に指輪をランダムに並べてもらい、浜辺で石を選ぶように 一番自分の気に入った指輪を選んでもらうことだと思います。
その場合には女性が選んだ指輪がいくら高くても逆に安くてもそこは文句を言わずに男性はお金を払う。それが一番の指輪の選び方だと思います。
そのほうがロマンティックだと思いますが、どうでしょうか?

2014年11月18日火曜日

平成32年東京オリンピック

名刺の渡し方について話していて

相手より下に出すとか、
もらった名刺は基本的には机の上座に置くとか

話し合いが終わった時には床に置いた鞄にしまってはいけなくて、

鞄を腰より上に持ち上げてからしまうほうが良いとか、

日本はやはり面倒だなー、って思ってしまいました。

もし自分が営業マンで、自分の先輩がそういうのを凄く気にする人でお得意先を回った後で、

「お前はそういうことが出来ていないから仕事が取れないのだ!」

と言われたら、結構嫌な気分だろうな・・・・ と感じました。

自分だったら名刺の渡し方より営業している商品の良さと金額がまず第一で

その次に営業マンが信頼できる人間かどうかが大切だと思うからです。

逆を考えると答えは簡単です。
商品が悪くて、金額が高いものを、営業マンが信頼できるからと取引を続けることは持続可能性はありません。
   
 まあバランスが大切だとは思いますが。
 
外国人にとってはペコペコして名刺を渡すことよりもきちんと相手の目を見て握手するほうが大切だそうです。
       
そうやって考えると日本のビジネスの文化は少しずつ変わっていくではないか?
と思います。

たとえば印鑑を使うかサインをするか?

外国人の研修生を受け入れている職場の上司が言っていたのは

印鑑よりサインのほうが良いこと

「デストラーデ」「メッセンジャー」「ゴンザレス」とか明らかに印鑑作りにくいし

たとえば ドーランド・パパ というアルバニア人が 

印鑑を「父」としてもOKなのか? 「葉葉」のほうがわかりやすいのか?

そういうことを考えると印鑑よりサインのほうが良いのでは?

と思ってしまう。   

また山田、鈴木、中村さんの印鑑は本人の了解さえ取れば他人の印鑑をいくらでも代用できてしまう。
 
もう一つは和暦と西暦、

海外でお酒を買おうとして、IDの代わりにドライバーズライセンスでも良いと言われたけど、日本の免許書だと僕の生年月日は昭和49年となっていて、

「お前は絶対に1949年生まれではない。」

と拒否されたことがありました。
     
しかも現在は平成だと26年、西暦だと2014年と表示だからこの2年差はとてもややこしく、年に数回「今って平成24年だよね?」と思ってしまうこともある。

例えば、お金への印刷はいつまでも日本らしく和暦にしてもらいたいけどもし今後移民などを受け入れていくなら西暦に統一しないと履歴書とかみんなバラバラになってしまうと思います。

「2020年東京オリンピック」とはいえるけど

「平成32年東京オリンピック」となるかどうかは今はまだわからないしね。

 年度の途中で年号が変わるのも外国人にとってはわかりにくいと思います。

 日本のアイデンティティー、文化として残すと事

 世界基準に合わせていく事のバランスは大切だと思います。

2014年9月29日月曜日

気合、根性は34%で良い論

巨人の星から始まる日本スポーツ界の

 「気合と根性論」について 

野球の日本シリーズや高校野球の決勝、オリンピックの柔道決勝、相撲の優勝がかかった大一番では最後の最後に勝負を決めるのは「心・技・体」の「心」の部分であり、「勝つことへの強いきもち」だと思う

だから勝利インタビューで

「最後は気合いで勝ちました」

というコメントは間違っていない。

日本シリーズで勝負を決めるホームベース上でのクロスプレーではホームに突っ込んでくるランナーと阻止しようとする


キャッチャーは激しくぶつかるし、高校野球の最後のランナーは一塁ベースに向かってヘッドスライディングする。

ロサンゼルスオリンピックの柔道の山下は怪我をしながらも決勝戦に出場し金メダルを取ったし。

勝つだけで無くて人としての生き方も横綱には求められる相撲も科学的トレーニングよりも昔ながらの根性論が好きだ。

相撲に関して言えば、もし海外にも広まってオリンピック競技になれば、もっと相撲を精神論を打ち破るようなトレーニングが外国で開発されて、日本選手が勝てなくなれば

日本の相撲界にも新しい考えが広まるのかもしれないけど、日本だけでしか行われていないので、しばらくは変わらないのだろうな。と思う。

何となく日本人としては相撲だけは変わってもらいたくない気もするし・・・


(もともと太った人しかできないスポーツということで自分がその競技に参加するという意識が全くないから他人事なのかもしれません。)


相撲で少し脱線したが、日本シリーズの決勝や高校野球、柔道などのインタビューを見て感動した指導者や選手が

「やはり気合いと根性だ!」


と勘違いして、高校野球に一回戦から一塁ベースにヘッドスライディングさせたり、肉離れをしているふくらはぎを引きずってまで柔道の練習をさせたりしたらどうなるだろうか?
あくまでも最後の最後は「気合と根性」なのであって、高校野球の一回戦から「気合と根性」で勝とうと思っているようなチームが高校野球の地方予選から勝ち抜いて決勝まで行くとは思えないです。
  
やはり「心・技・体」

   「心」 気合、根性 33%

   「技」 テクニックや戦術 33%

   「体」 持久力やその競技で必要な筋力 33%

が必要であり、最後の1%が気合としても「気合」は34%くらいでよいと思います。

イチローがよく日本人のインタビューで


「やはり最後は気合いで打ちましたか?」

と聞かれて

「テクニックで打ちました・・・」

と答えるのは当たり前なのだと思います。

「心・技・体」のバランスは競技にとっては大切なことです。

2014年9月26日金曜日

イギリスの市場から学んだお金の感覚





             【写真は何時も買い物に行っていた市場です】


イギリスの卸市場で週に10万円ずつ買い物をしている時期があったレストランをしていたわけではなくて、国際協力のNGOの学校に所属したからだ。

 僕は料理の知識があるが、英語ができないので、市場ではいつも親切なジョンという市場の兄ちゃんに相談しながら何を買うか決めていた
ジョンを紹介したのは僕の前任のイタリア人、フランチェスカ。他の市場のオッサンイギリス人は英語の訛りが強く、見た目も怖いので、いつもジョンにお願いしていた。

ズッキーニだったり、ブロッコリーだったり、洋ナシ、プラム、おいしくないイギリスの紫のキャベツ、
リンゴなどリヤカーにどんどん乗せていく。

ジョンは腐りかけのバナナをひと箱くれたり、傷の付いたリンゴを安くしてくれたり、お買い得の野菜を勧めてくれたり、その場で食でナイフで切って食べさせてくれる良い奴だった。

60人分の食事で一人の予算は一日300円だから一日18000
一週間で126000だけど、イギリスのパンは一週間もたないので週のまんなかでもう一度買い足しに行く、 
お金を管理しているA先生は10万円を5人の僕ら食事スタッフにわたし、26000円を足りない時に追加でくれるシステムだった。

シルビア(イタリア)、エリック(メキシコ)、ソフィア(
ポルトガル)ウラ(ニホン)、アルツー(ブラジル) の5人がそのメンバーだったが、 僕とアルツー以外の3人は自分がお金の管理をすると本気で喧嘩を初めて、その理由がよくわからずに僕は戸惑った。

結局はみんながお金を着服したいのではなくて、相手が着服すると思っているようだった。

エリックとシルビアが仲が良いこと、ソフィアがポルトガル語しか話せないことでシルビアがお金を管理することになった。

   
買い物係はバンに乗れるのが4人なので大体いつも4人だったが、
僕は運転できるのと料理の知識があったので、いつも買い出し組だった。

最初に市場に行って、野菜と果物を箱で買い、4万使って、
その後にアスダ、テスコ、センスブリーズなどの大型スーパーマーケットでパン、ハム、チーズ、冷凍食品などを買う流れだった。
 
ちなみにイギリスでは生活水準によって行くスーパーが違っていて低レベルから順番に
1、アスダ
2、テスコ
3、センスブリーズ

という感じ、日本で言うとダイエー、イオン、成城石井というようなランキングになる。 
 
それぞれのスーパーが自社のオリジナルブランドだけ半額以下で売っているのでお金の無い僕らはいつもそればかりを買っていた。

   
ブラジル人のアルツーは何時も買い物してる途中でスーパーの商品を食べていて
、ジュースやチョコレートの食べかすをカートに入れる、レジの人はその食べたグミとかペットボトルとかのバーコードを読み取り生産してくれるという事後申告でOKだったが、そのルールはブラジルでは通用してもイギリスでは通用しないきがして、共犯と思われることにいつも焦っていた。

しかしアルツーから

「このグミうまいよ!」
などと渡されれて一緒に食べていたが・・・

A先生はレシートを見て怒ったりしたが、あまり本気ではなくって僕はその感覚がいつも不思議だった (グミも一緒に食べたし・・・)

会計前の商品をスーパーの中で食べることもブラジルでは当たり前
のようだった。


そんなある日いつも買い出しに行かなかったソフィアが買い出しに
ついてきた。市場でジョンと相談しながら買い物をしている僕の隣で、一緒に品定めしていた。

ソフィアは旦那さんのルイーズと一緒にそのNGOに来たが、
二人とも45歳くらいだったのだと思う。ポルトガルの貴族みたいで、とてもきっちりした夫婦だったが、ポルトガルの貴族独特のエラそうなところもあった。

しかし、彼らの傲慢さはただ偉そうという非常にわかりやすいものだったので、僕にとっては付き合いやすく、ルイーズもソフィアも僕とは仲が良かった。

ソフィアのアドバイスを聞きながら商品をリアカーに乗せて、最後に会計をして、そのままトラックの荷台に積むのだが、
驚いたことにソフィアはその日に帰ってから、すべての箱と交渉した値段をチェックして35ポンド(2010年当時では5000円くらい)多く払っていることを突き止めてうれしそうに僕に報告してきた。

     
今すぐジョンに取り立てに行くから運転しろと言われて僕はうんざ
りした。

往復で1時間30分はかかる。

結局来週の買い出しの時にマイナスすることになったらしいが何度もジョンのボスに片言の英語で電話していた。
時には旦那のルイーズも加わっていた。

ジョンがチップとして毎週少し多めにとっていたのか、
単純に今回だけのミスだったのかはわからないが、自分のなかでもしかしたらジョンは毎週僕からお金をかすめていたのかな?だからいつも愛想が良く、率先して僕らの担当を引き受けてくれていたのかな?と思うと、次回から気まずいな・・・

と感じて、次の週には言い訳をした買い物係に行くのを避けた。
     
それと同時にソフィアの行為に何のプラスも感じなかった・・・・

だから日本人の男はダメだと言われるのかもしれないけど

     
僕はなるべく8万以内に買い物を終わらせて2万くらいは余裕を持
たせようと節約していたが、そのことも後から問題になった、毎月26000円のお金がA先生に残っていた、次の月でもそのお金は使えると思っていたが、A先生は次の月には繰り越せない。
と言って、26000円はどこかに行ってしまい、次の月もまた10万円しかくれなかった。

結局その月も僕は8万円に抑えていたので、
週の途中にパンとその他を買い足しても100000円で収まった。

そしてA先生はその月にロンドンに息子と遊びに行き全寮制で敷地の中に一緒に住んでいる10歳の一人息子は新しい子
供用のマウンテンバイクに乗っているというわかりやすい現象が目の前で起きた。

ソフィア、シルビア、アルツーは猛抗議したが、認められず、来月からは最初に126000円を渡せと言ったがそれも認められなかった。

しかし恐ろしいことにソフィアは次の週にA先生に渡し
たレシートを全てコピーをとっていて、NGOのボスK先生に告発したのだ。

そのころには僕は人間不信で3か月間のこの食料係が終わることだ
けを願っていた。

A先生はNGOのボスに注意され、
先生としての立場や説得力もなくなりしばらく授業を休んでいた。 僕は可愛そうだな。 と同情したが、結局A先生はその後もお金のことで怪しい動きを見せることが多かった。

    
でもいま思えば、
これらのことはすべて海外では普通の感覚なんだと思う。

人にお金を預ければかえってこないし、
隙があればある程度のお金は着服する、周りもある程度はそれを許す。

そういうことが少ない日本のほうが珍しいという感覚でいないとい
けないのかな?

と振り返って感じています。

そして日本人が海外に居る時は少なからず

「人を見たら泥棒と思え」

という感覚で生活しないといけなくて、日本よりもオープンでフレンドりーに振るまえる海外において、頭の片隅で常に相手を疑わなくてはいけないという矛盾に疲れるのは確かです。

      
 
     

2014年9月10日水曜日

長靴を履くか、サンダルを履くか

 日本人は梅雨になると長靴をはく、濡れることは許されない

バヌアツ人はサンダル、または裸足で歩く 

 雨が降ったら濡れるのはあたり前だから

 
日本人は病気にならないように健康診断に行き予防する

バヌアツ人はその時が来たら死を受け入れる


 日本人は震災に備えて町つくりをする

 バヌアツ人は震災を受け入れて引っ越す

 
 日本人は老後に備えて蓄える

 バヌアツ人は子供が親の面倒を見るのが当たり前

 

 日本人は誰かが責任を取らないとことがおさまらない

 バヌアツ人はみんなで我慢し時が流れるのを待つ


 

 

神奈川のビーチから300年先まで

 ビーチでお酒を飲んではいけないという条例が神奈川のいくつかのビーチでできたと聞いた。

 僕が子供のころは、銭湯に行けば入れ墨の人がいたし、新幹線や電車の中でもタバコは自由に吸っていた。

 電車のホームで二重扉なんて考えられなかったし、車に乗るときはシートベルトはしめなくてよくて、バイクもヘルメットは必要なかった。
 
公衆便所は紙など常備していなくて、必ず水を流さない人が居て下品な落書きとタバコのにおいが定番だった。

この20年間で日本は本当に変わったと感じる。

最近の若者は無理にお酒の飲むこともしないし、車を持っている人も少ない。

ラグビー、アメフト、ボクシングなどの激しいスポーツが人格形成になるといった価値観もなくなってきた。

  
このままいくと100年後にはすべての人がベジタリアンになって
いたりお酒が法律で禁止されたり、本当に男女が平等になって、総理大臣や大統領の半数が女性になるかもしれない。

さらに200年くらい進むと、国際結婚がさらに加速して、人種や国境なんてものが無くなって、一人ひとりの個性が大切になって、
そうなってくると今以上にバイセクシャルの人も増えていくのかもしれない。

みんながベジタリアンになれば自然とマッチョの人も減ってきて、筋肉質で野性的な男性がセクシーというような考え方も減って、みんながヨガの先生みたいな細い体型になっていく。

個人的には望まないけど、サッカーのワールドカップやオリンピックなども人々の関心事ではなくなり、逆に絵画とかオペラとか美しさや芸術性を表現する運動がメインになってくるかもしれない。

競馬、狩猟、闘牛などはジャンルとしては確実になくなる・・・・

    
競争がなくなり文明の進歩は望めないかもしれないけど人口も減り食べ物や資源を奪い合うことも無くなる。 

今のところアフリカを中心に右肩上がりの人口も、ある時を超えて減り始め、人口も減って人の争いも減って、平和的な社会ができるかもしれない。

   
みんながベジタリアンになると動物が増えすぎるのでは? 


とおもうけど鳥、豚、牛などは基本的に野生のものを捕まえてきて食べている訳ではなくて、食べるために人間が育てているだけなので、問題はない。

生態系はそれほど崩れないものだと思う。

神奈川のビーチでお酒が飲めなくなったところから人類の今後30
0年後くらいまでいっきにタイムスリップしてしまったけど、結果的には少しずつ世界は整っていき、人間は自然とともに暮らす時代がくるのかな?

と感じる。

2014年8月22日金曜日

コーチはシェフ

 

最近アメフトのコーチのお手伝いをしている

 コーチというのは本当に難しくて、料理人に似ている気がする。

 選手は材料で、コーチはシェフ、

 いかに今ある材料で最高の料理を作れるかが

 シェフであるコーチの腕の見せ所だと感じる。

  そしてシェフがいかに多くのレシピを持っているかはとても大切である。

  たとえばカレーには肉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、にんにくが必要だが
  毎年その具材がそろうわけではない、今年はジャガイモは無くてサツマイモだったり

  ニンジンは無くてゴーヤがあったりする。 

  

  ゴーヤはニンジンにはなれない。

  自分がサッカーの日本代表監督なら、 



 最初からカレーに必要な素材だけを選んでチームを

  つくれるが、大学の体育会では素材を選ぶことはできない。
  そこで大切なのがコーチがいかに多くのレシピを持っているかだ、

  別に例年カレーを作る必要はない、おいしければ何でもよいのだ。
 

  でもコーチがカレーのレシピしかもっていないと、毎年必要なのは

  お肉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎとなる。

 選手の中にはマグロ、シイタケ、キャビア、トマト、フォアグラ、などが居て

  せっかくチームにキャビアやフォアグラがあっても



  コーチが料理するレシピを持っていなくては
  その素材は使われないまま腐ってしまう。

   多少癖のある個性の強い食材でもシェフの使い方で立派な料理となる。

   個性的な食材にはそれにあうスパイス(技術)と絡めてやれば使い道もある。

   毎年全く変わったレシピを試す必要はないけど

   コーチも経験とともにレシピとスパイスを増やしていけば多くの素材の良さを



  引き出して最高のチームを作ることができると感じる。

   今の自分にはもやし炒めくらいのレシピしかない。


   いつかもっと経験を積んでいろいろなレシピを身につけて


   みんながハッピーになるようなチームを作りたいと思う。
 

 写真はうちのチームのキャビアとフォアグラです。最高級の選手です。