2010年7月10日土曜日

シャンプーと言う犬の話⑥(最終回)



<写真はシャンプーを追いかけて我が家までたどり着いた子犬です。優しい表情
 のシャンプーから僕はなぜか強さをもらった気がします>


 その後に僕は一度もシャンプーの子供を見に行ったことは無かったのですが、

途中で気がついたのはシャンプーは育児の手を休めるためにウチにきて

くつろいでいることでした。

一週間くらい経つと少し大きくなったシャンプーの子供達が一匹、

これもまたガリガリに痩せて、シャンプーを探して我が家に来るようになりました。

100Mくらいの距離ですが、よろよろとシャンプーを探して歩いてきます。

 シャンプーからミルクをもらおうと一生懸命にまとわりつきますが、

シャンプーもすでにガリガリでおそらくミルクはでないと思います。

子供も一生懸命ですがシャンプーもどうしようもできない様子でした。

 ただ一生懸命に子供の顔や体を舐めてあげていました。



 ある程度まで大きくなった子供は既に自分で食べ物を探さなければ

バヌアツでは生きていけないし、その能力が無い子供は生き残ることができない

という自然淘汰の中に居るのだと思いました。

優しそうなシャンプーが普通にその掟を理解して子供を甘やかさない姿勢に

僕は少し感動しました。


 そんなシャンプーの子供達も、人間の都合で勝手に犬の欲しい

家に引き取られていって、僕から見たらシャンプーはなんでこんなに

つらい思いをして子供を産んだのかな?

って思ってしまったけど、それはシャンプーにとっては普通の事

なのだとも思いました。

 結局はそういう同情みたいなものは野性の掟の中で生きている

彼女にとっては意味はないし、それをコントロールしようとか

勝手な同情で助けるのは人間のエゴなのだと感じました。

 「金持ちの奥様が自分の犬を愛すような、神様が人間を愛すような、
       そんな愛なら私達は必要ない」
 
バヌアツの図書館にあった本多勝一さんの本に書いてありました。

「ひざまずいて生き延びるくらいなら、自分の足で立ったまま死にたい」

 これは何故かオーシャンズ13の映画の中のセリフだったと思います。
 
バヌアツでの自分のボランティア活動がそういった間違った

姿勢になってないなかったか、これから行くアフリカで自分がそういう風な同情

にたよった「自己満足」なボランティア活動にならないか、

しっかりと考えようと思います。


 僕がバヌアツを去ったのは2009年の一月、それから一年以上たった先日、

協力隊の活動が終わってバヌアツを去ることになった

後輩隊員のヒロがバヌアツから最後のメールとして僕に送ってきたメールに、

追申として

 「シャンプーは今でもおしとやかに頑張っていますよ」

という一文が加えられていました。

 バヌアツ、タンナ島は治安の問題で男性隊員だけ、

僕一人から始まった最終的に5名でした。

その5名の隊員がみんな尊敬して、いつも気にかけていた犬、

それがシャンプーです、過酷な状況のなかで、恋人のスパイダーを失い、

ガリガリになって産んだ子供達も、すぐに人間達に持っていかれてしまった

シャンプー、そんな状況のなかでもおしとやかに、自分のペースで

決して餌の為にだけ生きているのではない彼女の姿勢は、

なぜか僕ら5人の心に訴えるものがありました。

きっと彼女は僕ら5人がどれほど彼女について話し合ったかは知らないし、

そんなことは興味はないのかもしれませんが、

僕ら5人は10年後にあってもやっぱりシャンプーの事は忘れないと思います。

 これがシャンプーと言う犬のお話です。 高貴ということばを犬に使ってよいのか

わかりませんが、彼女こそ本当に高貴な存在なのだと感じました。

 

2010年7月9日金曜日

募金されて感じた事


 
 <写真は町に行く途中のバスから撮ったものです、有名な二階建のオープンバスと
 すれ違いました。>



前回の続きです。

 ロンドンには一週間ほど居ました。

 基本的には休暇で来ているので何をしても自由ですが、ロンドンで募金活動ができるか

を視察したかったこともあり、チャレンジしたのが前回の話です。

 
 ロンドンでビックリしたのが、無印良品とユニクロがロンドンの一等地にあること、

 懐かしかったので入ってみました。

 ユニクロのTシャツ一枚6ポンド(800円)、無印の防水の小物入れがセールで500円

 でした、日本だったらすぐに買います。

 もちろんイギリスでも募金のお金と自分の財布は全く別なので、500円は決して高い

買い物では無いです。 でも買えなかった。

 1000円入れてくれたおじさんとか、50円入れてくれた学生とか、イスラムの人、

 インド人、老人、若い兄ちゃん、ベビーカーの主婦とかみんながの大切なお金

 面識のない僕が単に「たずねた」だけなのに入れてくれたお金、もちろん財布は違うから

 それを買うのは僕の勝手だけど、500円を入れてくれた少年に

 「本当にありがとう」

 って本当にうれしくて笑顔でほほえんだ自分の笑顔が嘘にならない為には、

「必要のない物は買わない!」

 って思えました、ちなみに懺悔するとイギリスでビール二杯飲みました。イングランド対

 ドイツの試合でイングランドが負けたときです、これはパブでみんなで見たし、

 3か月禁酒してたから、これは必要なお金だと思いました。もちろん募金のお金ではなくて

 自分のお金です。

 お水もペットボトルに自分で水道水を入れて持っていくようになりました。

 ちなみにロンドンの水は意外と美味しいです。

  
  もうひとついつも迷うことがあって、

 汚い格好をしていないと、みんな

 「あいつは絶対に募金のお金を生活費にまわす」

 って疑われるし、逆にきれいな格好をしていると

 「あいつは俺達の金で素敵な服を買っている」

 って思われうかもしれないし、ビミョーなレベルの服装が必要だと思います。

 でも基本的には清潔ならそれで大丈夫です。ちなみにイギリスは雨が多いので

 レインコートは必需品です。

 
 イギリス人の友達に

 「なんで募金くれるの?」

 ってきいたら

 「半分はカトリックだし、そういう文化がある、もう一つは植民地支配にたいする

 罪の意識が私達にはある、考え方は世代によって違う」

 「日本人はそういう文化は無いんだよね」

 っていったら、少し嬉しそうな顔をしていましたが、僕の考えでは日本人は

 「もしお金が必要で8時間募金で町に立っているのだったら、

  その8時間をきちんと働いて、まっとうなお金で社会に貢献しなさい、

  いくら自分の活動が正しい事だとしても人からもらったお金で行ったのでは
 
 意味が無い」

 っていう考え方があると思うし、それは僕の中では大賛成な正論だと思ってます。

 僕は学生のビザだからイギリスでは働けないから仕方ないけどね。

 
  まあでも、罪の意識のあるイギリス人が直接アフリカに行かずに、アジア人の僕が

 イギリス人から募金をもらって、アフリカを助ければ結局はイギリス人が間接的に

 アフリカを助けたことになるから、意外と良いかな?

  と勝手に思っています。

 やっぱりイギリス人は直接アフリカに行くことはまだ難しいのかもしれません。

 そういう面では日本人であることは凄く便利です。 だって

 戦争に負けて原爆を落とされた唯一の国であるか、胸を張って平和大切!って言えるし、

 実際に長い事戦争をしていないから、説得力があるし、

海外にでてもみんなきちんと仕事をしているから、信頼されているし、

それでいてみんなきちんと謙虚だから敵が少なく、

 アフリカ人も日本人には恨みは全くなく、しかも車でも家電でも技術はトップだから

 文句の言いようが無いし、なんといっても僕らは偉くなっても偉そうにしないか

 らね、そういう謙虚さの美学が根底にあることってとても大切だと思います。
 
 「稲は実れば実るほど頭を低くする」

 でしたっけ、そういう文化は世界的にとても大事です、

外国人は誰も気がついてくれないからたまに淋しいけどね・・・
 (でも韓国人は気がつ入れくれます、偉いぞ儒教)

 おそらくそういう気持は

 外国人には無いと思います。

 頑張ったから偉そうで良いんだ! って世界では普通です。全くそのとうり!

 って言いたくなるけど、そうじゃない文化があるところが日本の良いところだと

 思います。

 

2010年7月8日木曜日

ロンドンでの募金活動


 
  <写真はロンドンの凄く有名な広場です、みんなが大道芸していました。
 タンクトップの男の人が観客を巻き込んで、僕がイリュージョンを見せます。
 空中を飛んで下の男性にも触れずにチェーンを超えることができます。

 「もしできたら拍手とコインを!」

 と言いだしてから30分くらいマエフリがあって、最初から居る人は
「これだけ待ったから何がおこるのか見ないと」
って思うし、途中からきた人は
「これだけ人が集まっているってことは凄いのだろう」
 という感じで期待するし、
結局はこの男の人は体操か何かをしてるみたいで、手前から踏み切ってひねりを加えた
空中回転で見事に寝ている男の子にも触れずに着地しました。
 でも少し長すぎたみたいで、あまりの一瞬の出来事に
「やっぱりそういうことか、タンクトップの体つきが良いものね」
 ってみんなが納得して、おわりました。お金を集めるところまで見なかったけど
 きっと結構もらっていたと思います >



 ロンドンで募金活動しました、一人で行って、バス停の隣の

 電話ボックスが二台並んでいる横におもむろに折りたたみの椅子を組み立てて

 一分で準備完了!すぐに実行です。セリフは二言!

 「ハロー、ハブ ア ナイスデイ!」 こんにちは 良い一日を!

 日本だったら誰も振り向かないよね。

 でもイギリス人は習慣的に

 「何のチャリチーかな?」

 って確認します、そして興味があるとよってきます。

  そういう人にだけ、僕はボードに張ってあるバヌアツの写真を見せて

 「これは僕です、体育を教えています。11月にアフリカに行きます。

 だからサポートしてください」

 って普通の事を普通に言います。 すると僕の写真をじっくり見てから

 「この写真はあなたじゃないの?」

 って聞いてきます。基本的に僕の英語はいつも全く通じていません。だから

僕は説明したいことは全てボードに張ってあります。 アフリカの地図を見せて

  「ボク、ココ、11月 イク スポーツ オシエル 」

 って言ってニヤッと笑います。
 

 そこでたいてい質問は二つに分かれます。

 「何のスポーツ教えるの?」  「あなたアフリカに戻りたいの?」

 基本的に外国って「体育」っていう科目はあまり一般的では無いです。だから

 ピント来ないみたい。

  アフリカに戻りたいの?っていう質問が一番説明が難しくて、

 「これは南太平洋です(英語でサウス・パシフィック)僕はそこにある

 トンガとかフィジーとかニューカレドニアの近くにあるバヌアツっていう

 国に二年間行っていました、次の目標はアフリカなんです」

 って言います。 みんなの理解度は20%くらいだと思います。

 「ああ、南アフリカに行ってきたのね!」 っていう人も結構います。

 ちなみに僕はいつも偉そうに外国の話をブログに乗っけていますが、
 
 人生の中で英語のテストで100点を取ったことは一度もないし、

 英検を受けたことも一度もないし、トーフルとかそういう感じの英語の検定

 を受けたことも一度もなく、英語力は中三レベルにビシュラマ・イングリッシュ

 というバヌアツの言葉とハワイでアメフトしてたときに覚えた

 「英語が喋れなくても場を持たせるスキル」

 っていうか単に黙って話を聞いてるだけで生き延びています。

 なんで英語の能力を証明するもの何もないのに学生ビザがとれたのかは

 自分でも不思議なのです・・・

 
 「言葉の意味は良く分からんが、とにかく凄い自信だ!」

 っていうセリフが昔に筋肉マンでありましたが、まさにそんな感じだとおもいます。

 ロンドンの人は写真と僕の片言の英語を聞いて

  「じゃあ募金!」

 って言ってお金を入れてくれます、ちなみに僕の仕事は学校の活動のマガジンを

 200円で売ることで、その為のライセンスは持っていますが、募金は他のライセンス

 が居るので基本的には非合法です、でもみんな

 「そのマガジンは要らないけどあなたにお金は渡したい!」

 って言ってくれるので、募金いただいています。

 困るのは子供と学生です。

 本当はもらってはいけないんだけど、子供はみんな僕のボードに興味があって

 見に来るし、基本的に募金してるときってお金の為に挨拶してる訳ではなくて

 単に僕がロンドンの人に「良い一日を!」って言いたいだけだから、

 人を選んで挨拶したくないので、子供にも学生にも挨拶しています。

 すると学生などは戻ってきてお金を入れてくれたりします。

 でもたぶんこれも非合法だと思います。

 でもたとえ20円でも入れてくれようとしている中学生に

 「君からはもらえない」

 って片言の英語で伝えるのが良いのか、それとも

 「本当にありがとう!」 って満面の笑みを返すのが学生にとって良いのか

 って思ったら、100円以下の募金なら罪は無いかな?っておもいますが、

 回りの大人の目が気になります。 

  
 ロンドンで良かったことは彼らは片言の英語に素晴らしく慣れていて、しかも普段

 生活しているHULLという町よりも英語の発音がきれいでした。だから意外と

 会話が成り立ちました。

 全て説明が終わると、もう一度僕の顔を見直してから

 「君の行ってることはたぶんあってるし面白い、ボランティアに行くのに、

 自分でお金を稼いでいるって面白いね。頑張ってね」

 って言って朝の一番に自転車にのった60代くらいのおじさんが1000円

 を箱に入れてくれました。札をもらったことは初めてだったので、相当驚きました。

 「風でお札が飛んだらどうしよう?小銭で飛ばないようにしておかないと・・・」

 ってそんなことばかり考えながら、

 「ロンドン恐るべし!」

 って思いました。

 ちなみにその日は3時間で4000円くらいでした。

 途中で何度かホームレスが寄ってきて僕の募金箱を覗きだしたので、

 怖くなってたいさんしました。 

 次回は募金されてどういうことが自分の中で変わったかを書こうと思います。

2010年7月5日月曜日

シャンプーという犬の話し⑤



 <写真は僕が空気を入れすぎて割れてしまったボールをかぶっている
クリンクリンです。途中まで女の子だと思っていたけど、男の子でした、
声もとても可愛くて、行動も面白くていつも楽しませてくれました>

 シャンプーの様子を心配しながら週週間が経ち、夕方になっても彼女が

現れない日が続いてある日、子供たちがやってきて、

 「ウラ、犬の子供が沢山居るぞ、7匹も居る!」

とみんなで僕のところに報告に来ました。

 「シャンプーはジョンの家に戻ってそこで主産したんだな」

とわかって、少しほっとしたというか、ヤッパリ彼女のなかでは飼い主

はジョンなんだな。 とおもいながら、なんとなく自分の役目は終わった

ような気もしていました。

 子育てが忙しくて、彼女はもう家には来ないだろうというきもちでした。

 

 その二日後、シャンプーが幽霊のようにフラフラと家にやってきました。

 ガリガリに痩せて、毛並みはドス黒く、アバラが丸見え、出産したので

お腹の皮がたるんで、背骨というサオ竹に毛皮のシーツがかけられてるみ

たいに、まさに骨と皮だけになっていました。

 僕の顔を少し懐かしそうに見ると、すでに顔を上にあげることすらおっくうな感じで、

そのまあ家のベランダの一番風の良く通る、

冷たいセメントの上に横になって、ピックリとも動かずに眠ってしまいました。

 僕があわてて冷蔵庫から残り物を持ってきて、

彼女の鼻の前に並べてみましたが、優しい目でちらっと見ただけで、

口にすることはなく、死んでしまったのか?というくらいに静かに眠っていました。

 

2010年7月3日土曜日

シャンプーという犬の話し④



  <写真は2008年、2009年頃に、どういうわけか、タンナ島にボランティア
  として、流されてきたボランティア達です、たぶん僕たちはあそこで一つの時代を
  作ったような気がします。いつもこの5人に優しくいたわられ、そしてこの5人
  を優しい目で眺めていたのがシャンプーでした。 そして写真のように後輩4人は
  良く僕の面倒を見てくれました。みんな写真かってにアップしてゴメンネ!この
  秋には右から2番目に居るヨリが日本に帰国して、僕がいたころの隊員は全員
  タンナ島を去ることになります、俺達良く頑張ったよね!>



その約一ヶ月後、なぜかシャンプーの体は一回り大きくなっていました。

バヌアツは夏真っ盛り、僕は毎日子供達と海に飛び込んであそんでいましたが、

シャンプーはうちの裏庭の手入れされていない木陰の雑草の中に、

埋もれるように毎日いました。

 食欲もなく、あまり動かず、

いつもより大きく息をしているシャンプーは夏バテではなくて、

妊娠しているのだと気がつきました。

 犬につわりがあるのかはわからないけど、お腹は一回り大きくなっても、

もともとが細い体のシャンプーにはとても苦しそうな毎日が続いていました。

 雄犬が守ってくれるわけでもなく、

自分の家よりも安全な僕の家の隅でひたすら苦しそうに横たわっているシャンプは、

すでに食事もあまりとらなくなっていました。

 最初は

「スパイダーのこどもかな?」

 と少し期待しましたが、時期的に見ておそらくそれは期待できないだろうな?

とおもいながらも、あまりにも苦しそうなその姿に、

メス犬の苦労とオス犬のいい加減さに腹をたてながら、

ただ僕はシャンプーの生命力に期待するだけで、

何も助けてあげられない自分にもどかしさを感じながらも、

協力隊の隊員としてのバヌアツでの活動で感じるもどかしさと

同じような気持ちをシャンプーにも感じていました。

 結局は人が人を助けることはできないし、

野生の掟に逆らうことは良い事ではないのかも?
 
 と思いながらも、目の前にいるシャンプーを何とかしてあげたい

気持ちもやはりありました。

 シャンプーは自分が不憫だとは感じていなかったと思うし、

そんな同情は彼女には必要無かったのだと今は感じています。

 可哀そうだとか、惨めだとか言って、中途半端に他人の人生を手助けして、

自己満足することは結局はさらに相手を傷つけることもある。
 
 とバヌアツに2年間居で感じました。

 自分の今まで過ごしてきた人生や文化、習慣にプライドを持てることは、

生活が便利になることよりも大切なことなのだと思います。

日本人の良いところ。


 
 <僕は5月チームですが、写真は3月チームです、デンマークの演劇のコンテストに参加して2週間ぶりに帰ってきた時の写真です。この中だけでも10カ国は居ます、3月チームには日本人はいません>


バヌアツで帰国する前に一人のおばさんに言われた

「浦はバヌアツに何も残せなかったって言ってるみたいだけど、

あなたが自分の洗濯物を

自分で洗って干している姿はとても感心したわよ、あなたにとっては普通の事

かもしれないけど、西洋文化の男の人がそういうことをしているのをみて私達は

うれしかったわ」

 と言われた事があった、そういえばバヌアツに居たころ何度か近所の親父達に

「ウラ、家の嫁が洗濯するからお前しなくて良いよ!」

 って言われた事ありました。僕は別に洗濯は嫌いでは無かったし、

 結構洗濯ものは持っていかれることがあると聞いていたので、その人がせっかく

干してくれてる時に誰かが持って行ってしまったら、責任感じるだろうし、

 やっぱり下着とかお願いするのなんか恥ずかしいし、でも下着だけ自分で洗うと

それもまた変だし、

結局バヌアツの時はパンツとシャツ以外はほとんど洗濯してなかったし、

(基本的に夏だし、サンダルだから靴下ははかないしね)

 ということでいつも断っていました。

 ちなみにバヌアツで女の子が男の子に
 
 「誰があなたの洗濯をしてるの?」

 って聞かれたらそれはきっと

 「彼女居るの?」

 っていう意味だったと記憶しています。 たぶんね・・・

 
 
 先日スウェーデン人のオーサに

 「やっぱりウラとかは日本で健康な食事に対する教育とか受けてるの?」

 って聞かれたけど、ただ母親に出された豆腐とか焼き魚とかお浸しとか

 味噌汁を普通に食べてただけだから、
 
 「そんなの習わないよ、スポーツしてたからサプリメントの事は勉強したけどね」

 ってったら、失望されました。 

なんか食にたいするポスター作って欲しかったみたい。

 和食の評価はヨーロッパでは相当高いです。


 ちなみにイギリス人の友達も、

 「政府が毎日5種類の野菜を食べろって言ってるから頑張って食べてるの」

 って言ってたけど、そんなの政府が言うことなの?

 って少し驚いたし、イギリス人は意外と政府のいうことを素直に聞きます。

 真面目です。

 
  自分の国の人達が意識してない習慣って

他の国の人から見たら評価されることあるんだな?

 って思いました。

 
  今週は天気が良かったので日焼けした僕の腕を見て、イギリス人が

 「良いな、きれいに日焼けして、私達は赤くなるだけだからきれいに焼けないのよね」

 って言われて、そんなこと意識してなかったし、一般的にアジア人は日焼けは嫌いだよ

 って言ったら、「それは知ってるけど、やっぱり日焼けした肌は素敵だと思う」

 って言ってました。

  
 僕からしたら外国の人って髪が薄くなったり白髪が増えてもなんか素敵な感じだけど、

そういうのっておそらく本人達はあまり意識していないような気もします。

 
 ちなみに今の学校には僕とケイタの二人が所属していますが、

二人とも結構頑張っています。

 先日にみんなが

 「ケイタとウラは良く働くしみんながしたがらない仕事でもして偉いね!」

 って話しだしました。そうでしょ!俺達は偉いでしょ!っておもっていたら

 その中の一人が

 「だって彼らは日本人だからだよ」

 って言ってました。

 決して悪い意味では無いです、でもちょっと心の中で

 「日本人だからっていうだけで片づけて欲しくないなー!」

 って思ったけど、やっぱりうれしかったです。

 
 ちなみにこの学校のプログラムの勧誘の話しの時に先生が言っていました。

 日本人は5人がコンタクトを取ってきたら1人は参加してくれる、

 韓国人は20人に一人、

 イタリアなら50人に一人、ポルトガル、フランスは100人くらい、

 ブラジルなら200人。

 だから世界基準は大体80人に一人くらいが来てくれます。だからみんな

できるだけ宣伝してください。
 
 って言ってました。しかも日本人は参加を決めたら絶対にやり遂げる、辞める人は

ほとんど居ない、それも断トツにトップ!

 って言ってました。 まあヨーロッパの人は家が近いから気に入らないとすぐ

 帰っちゃうよね。旅費も安いしビザ要らないしね。

 ちなみに日本からは飛行機だけで16時間、少しくらい学校が辛くても残るよね・・・

 
 もしこのプログラムに興味のある人はメールください

 urablog1974@gmail.com

です、決して僕はお勧めしてませんけど、僕みたいに変わり者の人がいたら

きっとこのプログラムは相当楽しめます。ヨーロッパの人とふれあえるし、

 結構きちんと仕事とか募金活動とかあるから、学校で学ぶよりも深く人間関係が

持てるからね、僕向きです。でも勉強したい人はきちんと留学することを勧めます。

 話しそれましたけど、日本人の評価は素晴らしく、僕達が意識してない事が

結構評価されてますよ!って言うことでした。

ちなみにこちらでもワールドカップの日本チームの評価は高く、

 PKは運だから残念だった、もっと日本の試合が見たかった!

 って言ってくれてます。イングランドも負けてしまったのイギリス人はみんな

「サッカーはもう忘れよう、私達は今はウィンブルドンがある!」

 って言ってました。 ちなみに先週までは誰もテニス見てなかった気がします・・・

 

2010年6月30日水曜日

シャンプーと言う犬についての話③



 <写真はシャンプーの物真似をする隣のクウィンティル、タソガレ顔が
なんとなく似ています。写真は2008年の10月だから、3歳か4歳でした、
今は小学校に通っているそうです。>


そんな彼女と僕との間に小さなもんだがおこったのは

スパイダーが死んでから一カ月くらいたったある深夜の事でした。

 眠れないのでメールのチェックをリビングでしていた時の事、

外のセンサーライトのオレンジ色の光の中で、

シャンプーが他の二匹の犬と交尾をしているのに気がつきました。

 スパイダーの支配下におかれていた、我が家の敷地の中で、

二匹のたいして品の良くもない雄犬に囲まれて、

交尾しているシャンプーのその遠い眼の先に、

一瞬でもスパイダーの事を思い出してくれているのかな?

 と少し切なくなりました。

 人間としてあまりにも守られた世界に住んでいる僕にとっては

 少しだけショックでした。

 しょせんそんなのは男のエゴだなとわかりながらも、

とても複雑な気持ちで、深夜のその光景を家の中にある

少し大きな肘置きのあるチェアーにもたれながら、

死んだスパイダーの事を思いながら、

 少し複雑な気持ちで眺めていたのを思い出します。

 
 それから三日間ほど、僕はシャンプーと口を利きませんでした。

 お前がスパイダーを待つ気が無いのならば、もう一緒にはいたくない、

もともとお前はうちの犬では無いのだ、

うちの残飯はお前には食べてほしくないし、スパイダー以外の犬を飼うきは俺には無い。
 
 そう思っていました。

 シャンプーは残飯がもらえてももらえなくても6時前後には必ずうちの

キッチンに顔をだして、座っていました。

 三日間たって、餌をあげない僕に腹を立てるでもなく、仕方が無いから

一切れだけあげた肉のかけらの匂いだけをゆっくりと嗅いで、

なぜか口に入れなかったシャンプーの姿をみて、

 「腹が減ってるから来てるわけではないんだな」

 となんと無く自分が間違っていたようなきがしました。

 「スパイダー、お前はどう思っているのか?」

 と彼に聞きたい気持ちでした。

 おそらくスパイダーは

 「そんなことは犬の世界では当たり前、人間てなんでそうなの?

   ウラのほうがおかしいよ!」

 って思っていたかもしれません。