2010年7月27日火曜日

インド人の10倍論


 協力隊に行く前の訓練で言われた事があった、

 インド人は自分が10した仕事を100したって言います。

 だから彼らの話は10分の1だと思って聞かないと、後で痛い思いをしますから

気をつけてください。

 逆に日本人は10した仕事を1しかしてないと言います。

日本人にとってはそれは美徳なのかもしれませんが、

世界の中ではそれはインド人が自分の仕事を10倍にしていうのと

同じだけ迷惑になります。

 日本人の中では美徳であっても、そんなわかりにくい美徳は通用しないし、

もしそれが通用するのなら、我々はインド人の価値観も受け入れなければいけません。

 10した仕事は普通に10だと言ってください。

少しずつそうやって言うことに慣れていってください。

あの話を聞いてから4年が過ぎたけど、自分なりに考えたら、

10したことを10したって言うことも大事だけど、

10したことを8くらいしました。って言うほうが外国の人からしたら

 「やっぱり彼ら日本人は謙虚で嘘をつかない」

って思ってくれてるみたいだし。8くらいがちょうど良いレベルなのかな? 

って思います。

 ヨーロッパの人が日本ん人を評価する時に一番良く耳にするのは

「モラル」って言う言葉です。

 「日本人はモラルが高い」

ってよく言われます。 僕も子供のころに習った記憶があります。

 「例え自分の部屋が汚くても、公共の場はきちんときれいにしなくてはいけません。」

 そういうところが個人主義の国とは違うのかな? って思います。

 でも世界共通の意識としては

 「両方きれいでなくてはいけません」

 なのだと思います。 

 ちなみにイギリスのインド人はみんなとても優しいです。今度また書きますね!
 

2010年7月25日日曜日

選択肢と豊さの話し




<写真は掃除機の音を聞いているのかと思ったら、掃除機で耳掃除をして
 いた男ブラジル人アルツーです、ハートのある良い男です>




 今朝のミーティングはポルトガル人のルイ―スの提案で

「人間の選択肢は昔に比べて増えたけど、それは幸せなことなのか?」

 ということでした。

 みんなでユーチューブの映像を見ました。その映像の中で

 昔はジーンズの種類はそれほどなかった、だから単にジーンズを買えた

だけで嬉しかった、でも今は町を歩けば500種類はある、金額、デザイン、サイズ、

ブランド、選ぶだけでも疲れるし、

結局その中から自分に一番合ったものを選んだつもりでも、

その選択肢があっていたのかをさらに思い悩むことになる、

昔のように選択肢が無ければ、ジーンズを買えたというだけで幸せだったのに・・・

 
 とまあそういう感じの提案でした。

 もうひとつの説明は三つの絵が書いてあって

①一番右側の人はゴルフをしています、でも頭の中では自分の彼女との

デートの事を考えています。


②真ん中の絵は彼女とデートしている時の絵です、

でも頭の中は仕事の事を考えています。


③一番右側の絵は仕事をしている時の絵です、

でも頭の中はゴルフの事を考えています。



 結局は沢山の選択肢をこなさなくてはならない現代人は常に他の事が気になって、

人生を楽しむことができていない。ということを表しています。



「我々は選択肢を増やすことが豊かになることだと信じてきた、

実際にそれは良かったのか?」

 
 デンマーク人んの先生60歳のカリンの意見は

 
 「わたしは30年前に先生になることに決めた、あれから30年経つけど、

後悔してないし、正しい選択だったと思ってる。 

結局選択した時にはそれが正しいかどうかはわからない、

その後に一生懸命に努力して、良い結果を出せば、

結果的には良い選択をしたことになる。」


 でもそれはジーパンには当てはまらないよね?

って僕は思っていました。


ジーパンのデザインはその後に努力してもあまり関係ないものね。

 豊かさの定義は難しい

 

 たとえばうちの親父世代は高度成長期だったから、

選択肢無しにひたすら働いて、20代で結婚して、30歳で家を買って、

ていう道が決まっていたからそれほど迷わなかったけど、

第二次ベビーブームの僕は、仕事や人生にたいする選択肢が増えたことで、

みんなが迷って、


 「今の人生であってるのかな?」

ってみんなが思ってるのが僕らの世代だと思います。


「結婚だってそうだよね、結婚相手の選択肢が沢山あった人が必ずしも

幸せな結婚をしているかと言えばそうではないし・・・・」

 それにたいするデンマーク、カリンの意見


 「90歳になるわたしのお母さんがこの歳になってわたしに伝えた事がある、

実は彼女はお父さんの事が大嫌い、

もし選択肢があれば離婚したかったと後悔している、

なぜ90歳の彼女が60歳のわたしに今になってそのことを

伝えたのかはわたしにはわからないけど、選択肢の話になると、

昔のデンマーク人は離婚は絶対にできなかった、それを思うと、

今の人は離婚する選択肢があるから幸せなのかもしれない」
 
 でもそれはまたさらに難しい問題で



 離婚という選択肢がありながら結婚生活を送ると、本当に離婚するかもしれない。

でも絶対に離婚できない、という事を心に誓って生活すれば、

結果的にはその結婚は上手く行くこともあるかもしれない


 このレベルになると個人の価値観によって全く違ってくるから

これ以上は話してもきりはないとおもいます。


 その場にいた20人のそれぞれの年代、国籍、結婚、未婚、性別

によって選択肢って違ってくると思います。


 正しい選択ってないと思うけど、自分らしい選択ができる

センスを磨くことって人生にとって大切だと思いました。

 そして自分で決めたら後悔しないことも大事です。

 だって自分で決めたのだから!

 話がいろんな方向に行ってしまって、まとまらなくなってゴメンナサイ。

 それが今朝のミーティングでした。

2010年7月23日金曜日

憎めない社会主義国家の男について



アルバニアから来たバレラは独立前はソビエト連邦の男、

社会主義国家の男なのです。

 一般的に僕達の思い描く白人は明るくて、陽気なかんじですが、
バレラはアジア人以上に笑いません、

ネットで見たらリトアニア自殺者が世界一だったこともあるようです。

少し暗い民族なのです。

そんなバレラがなぜボランティアプログラムに参加してアフリカ

に行こうと思ったのかはよく分かりませんが、

やっぱり彼も自分の人生にたいしてイロイロト考えることが

あったのだと思います。

アジア人よりも英語が堪能な彼も時にヨーロッパの人達の

文化や習慣に戸惑っているように感じます。
 
「ロシア人とドイツ人(ゲルマン)の人達は正直すぎて嫌われるんだ」

ってイギリス人から聞いたことがあります、イギリス人も日本人の僕から

みたら相当正直で合理的だとおもうけど、

その彼らが言うのならそれは相当なのだと思います。

 そんなバレラはロボットのように働きます。

掃除でも仕事でも徹底的に合理的、そして絶対に時間内に終わろうとしますし、

遅い人を助けるようなことは絶対にしません。自分の時間内で、

自分のできる範囲の中でベストを尽くすのが彼です。

 だからある意味ではとても信用できるけど、

たまに合理的すぎて腹が経つことがあるし、融通が利かないので、

トラブルがおこったときには困ります。

一緒に車に乗っていても運転の仕方がとても合理的、譲り合いの精神はあまりありません。

助手席に乗っていてヒヤヒヤすることもあります。


 食事の時間が7時から8時と決まっていたら、

8時になったらまだみんなが食べていても普通に片づけだすのがバレラです、

誰かがにこやかに
 
「バレラ、ちょっとだけ待ってよ」

っていっても、普通に真顔で

「8時だから!」

 というのが彼です。でも自分が逆の立場になっても絶対に文句を言わないのも彼です、

そういう面では筋は通っているのです。

 そんな彼もここにきて既に8カ月、戸惑いながらも大分変化してきてと思います。

 人に助けれもらってうれしいという感情を出すようになったし

「アリガトウ」

って小さな声で恥ずかしそうにいうようにもなりました。

 基本的に彼は日本人であるケイタと僕にはとても親しみを持っていて、友好的です。

 たまに困るのは助ける方法も彼の独特の方法なので、

こちらのやり方を無視して、助けてくれるので、嬉しいのだけど、戸惑います。

 でもそれがバレラだと、助けてくれる行為だけでも嬉しいので、

ケイタも僕も我慢できます。

 不器用な男が一生懸命に助けようとしてくれていることに何故か感動できるからです。

 そして実は彼はとても二枚目です。

 イギリス人のユアン・マクレガー という俳優と、

ハリウッドのジュード・ロウ を足して二で割ったような顔をしています。

 そして無口で良く働く、もう少し自分の優しい感情を表現できれば

きっと女性にも持てると思います。



 そんな彼と先日に車で一日働いた時の出来事、
とても暑い一日だったので、夕方になって彼は

スーパーでイギリスでは結構メジャーな4リットルの水と

オレンジジュースをかって車に戻ってきました。

 おそらくオレンジジュースは今飲みたくって、

水は学校に持って帰って飲もうと思っていたようです。
 
でもその時に僕は気がつきました。 そのオレンジジュースには

「コーディアル」
って書いてあることを、それは日本で言うカルピスみたいな水で薄める

為のシロップなのです、でも金額が70円と安かったので、

彼はただのジュースだと思ったようです。

それを一口飲んで、あまりにも濃すぎるその味に、彼の顔がゆがみました。

「なんだこれ?メチャクチャ濃いぞ!」

「バレラ、それはきっと水で薄めるんだよ、コーディアルって書いてるでしょ」

「そうなのか、だから冷蔵庫に入ってなかったのか」

 ということで、彼はさっそく4リットルの水のほうを空けてそれを

グビグビと飲みだしました、そして空いたスペースにシロップを

入れて一生懸命振っています。

 そしてためしにふた口ほど飲んでみましたが、

4リットルの水ではまだまだ薄かったみたいで、

 「駄目だ」

と言ってもう二口ほど飲んで、それからまたシロップを注ぎました。

 それで既に彼は相当にお腹がいっぱいになっていると思いましたが、

 どうしても味が濃くなったジュースを飲みたかったようで、

シロップを足しては飲み、また足しては飲みしていました。
 
それを隣で見たいた僕は普段は殆どミスをしない彼が珍しく

可愛い失敗をしたことが嬉しくて、

「きっとお腹いっぱいだけど、味が濃いのが飲みたいんだろうな、

そういうところ妥協しない男だよなー」

って思いながら見ていました。

 憎めないソビエトの男、それがバレラです。

2010年7月21日水曜日

美しい物



<この塔をみて、美しさとその歴史の古さ、どんな人達がどんな目的で建てたのか?
 そんな事を考えると、自分の今の悩みなんて本当に小さなものに感じました>


仕事が上手く行かなくて、イライラしている時、イギリスの田舎町で突如として大きな

塔が見えた、おそらく高さは100M以上あると思う、

とても広い平原にポツンと一つだけ立っている、相当古いみたいだ、

 凄くきれいだなと感じる、そういう風に感じる気持ちは大切だと思う、

例え仕事が上手く言っていなくても、一緒に車に乗っているミンジーと言葉も通じず、

お互いに気まずい雰囲気でも、きれいな物をみて、感動する気持ちは、

その後の仕事を助けてくれるような気がする。


 先日も朝一番の仕事初めの時、僕らは商店を一件ずつ訪ねて、

古着集めのコンテナを置かせてもらえないか尋ねるのだけど、

一つの教会が今までその教会で結婚した人達の為の記念式典をしていた。

 なんとなく興味があったので、恐る恐る入ってみた、

「160年間の間に、沢山の人がここで結婚しました、
今日はその人達の為の会なのです、どうぞ見ていってください」


 何人かの老夫婦が自分達の結婚した時の写真を見ていた、

急に入ってきたアジア人に驚くこともなく、みんな普通に笑顔だった」

教会をでるときい入り口で無料のコーヒーとケーキを勧められた、

何故かとても感動した。

 その日に僕たちは4件の契約を取った。それは最高記録だった、

 朝一番の教会が僕たちの気持ちを変えたのだと思う。


 
 朝一番に家の周りの走っているウサギを見て可愛いと思えるか?

 「おはよう」 って普通に言えるか?

 時には運転しながらいつも聞いている、FM局ではなくて、
    クラッシック局に変えて気分転換することができるか?

 人の親切に反射的に「ありがとう」って言えたか?
 
 見上げた夜空に流れ星を探すか?

 みつけた虹をだれかに教えたくなるか?

 さりげなく近づいてきてくれた犬の頭を無意識になでることができるか?

 毎日通る道で例え小さな花でも咲いたことに気がつけるか?

 誰かが作ってくれた美味しい料理を、「美味しい!」って気がつけるか?

 

 何でも良いのだと思います。自分の中で感動することができれば。

  
 
 そういう感情って日本人んの中にはとても強くあると思うし、

 イギリス人の中にもとても強くあると思います。

 
  その日、一日だけの事を考えたら、そんな余計なことを考えるよりも

 仕事に集中したほうが良いのかもしれないけど、

 5年とか10年の単位で考えたら、そういう気持ちを持っているか

 どうかはとてもとても大切で、正しい判断ができる人は心の中に

 美しい物を美しいと感じることができる人だと思います。

 伊達君子さんが言っていました。

 
「普段の生活で正しい判断ができなければ、コートの中でも正しい判断はできない」

 普段の生活の中での正しい判断はどうやってできるのかというと、

 やっぱりそれは綺麗な物をみて綺麗と思えるかどうかだと思います。

 何かに感動した時、人の心の中に正義感みたいなものが産まれるのだと

 僕は思います。そういう気持ちは大切だと思います。

 だから少しでも意識して生活したいとおもいます。

2010年7月18日日曜日

銀河系植民地支配計画



  <教室の写真が無かったので、変わりにキッチンの写真です、毎日三回、
  ローテーションでみんなが料理をします、多国籍料理過ぎて、
  味は良く分かりませんが、みんなが順番に料理するので文句は言えません>

  今週のテーマはアフリカのそれぞれの国の植民地政策と独立について、

4人のチームを8個作って、それぞれの国の独立の歴史をプレゼンテーションします。

僕らのテーマはマラウイですが、僕は準備の時に仕事で居なかったので、

ハンガリア人のベロニカが僕の為の資料を作ってくれました。

 それを持っていざ発表ですが、30分前に英語で書かれた資料を

もらっても僕の頭では上手く処理できませんでした。

 そこで一つのひらめきが浮かびました。

500年くらい前の植民地支配を今に置き換えたらどうなるのか?

 まず500年まえのヨーロッパを今の地球と考えます。

それぞれの国が限られた資源と土地の奪い合いで窮屈な生活をしています。

 しかし、航海技術が発達して、コロンブスとかマゼランとか

ガリレオみたいな人達が、言いだします。

 「ヨーロッパの皆さん、チョト待ってください、

最近にイロイロト旅してわかったけど、世界はもっと広いみたいです、

ヨーロッパの中だけで闘うよりも、アフリカとかアメリカ大陸とかに

攻め込んであそこを支配してしまえば、

お互いにこれ以上戦争しなくて済みそうですよ!」

 
って提案します。

 現在に例えるとこんなかんじです。


 
 2010年以降に宇宙船の航海技術が発達して、

火星とか、木星、金星、水星、なんかをそれぞれの国が探索しだします。
 
 そして何処かの国が言いだします

「地球の皆さん、今まで地球だけで色々なものを奪いあっていたけど、

銀河系はもっと広くて、沢山の資源がまだあります、

そして征服するのは結構簡単みたいです、とりあえずどこの星でも

よいから攻め込んで、そこに自分の国の国旗を掲げれば、

その日からその星はあなたの国の植民地(この場合は植民星か)にできますよ。

これ以上地球の中だけで争うのはやめましょう!

 そしてみんなでそれぞれの星の取り合いが始まります。

 そして後になって気がつきます。

「すいません、それぞれの星には先住宇宙人のエイリアン達が住んでますけど、
 
    彼らはどうしますか?」

 「彼らは英語もフランス語もはなさない、大した兵力もないし、

第一に人間ではないんだ、とりあえず反抗するなら殺してしまえ。

それは殺人では無いのだ、使えそうなら捕まえてきて奴隷にして

売り飛ばしてしまえ、ためらってはいけない、

今ためらうとよその国から出遅れる、どうせ何処の国も殺しまくってるんだから、

我々にも罪はない」
 
 その後に何年か経ってから彼らは再び気がつきます。

 エイリアン達は我々が持っていなかった、素晴らしい文化や伝統、

習慣を持っていて、彼らの歴史は時には地球よりも古く、

そういった彼らの生活やプライドを地球人達のエゴで台無しにしてしまったことを。

 そしてとても後悔します。
 
 そして、銀河系独立運動がそれぞれの星で始まり、

みんな独立して元の生活に戻ろうとします。

しかし彼らは地球人達からお金という価値を植え付けられてしまったし、

地球人達が去った後には彼らの中の強い物たちが、

今まで地球人達がしてきたような搾取する立場を保ちたい為に、

いつまでたっても国が発達しません、

そこに地球からボランティアなどがきますが、

同時に色々なビジネスの会社も入り込んできて、

いつまでも地球人達の利益の為に銀河系の人達は苦しい生活をしなくてはなりません。

 それが今のアフリカの現状、それが人間、それが私達なのです。

 「僕達はボランティアとして何ができるんだろう?」

 でも500年前の状況はなんとなく理解できる。仕方なかったでは済まされないけど、

 彼らはにそれほど罪の意識は無かったのだろう、

だってヨーロッパの中で今までずっと殺しあってきたのだから、

アフリカに行って彼らを殺してもそれが悪いとか気が付くことは難しい。

  
 お昼休みにポルトガル人のルイ―スとソフィアにいわれました

 「お前の発表はその通りだ、昔ポルトガルはスペインに回りを全て囲まれていた、

残っていた脱出ルートは海だけだったんだ、

だから我々は海から世界に進出していった。

あの時にはそれしか方法が無いと信じていたのだ」

 何が正しくて何が間違ってるのかは時代によって違うし、

判断するのはとても難しいといつも感じます。

2010年7月16日金曜日

ワールドカップと植民地


 <写真はポルトガル 対 ブラジル戦です。右はブラジルのピエトロ、
 左は何故かアルバニアのドーランド、後ろはみんなブラジル人達です、
 どこからかブラジルの旗を持ってきてみんなで大騒ぎしていました。
 ちなみに写真には映っていませんが、コの字になっているソファーの
左側にはポルトガル人達が支配していた者たちのプライドをかけてとても真剣な顔をして試合を見ていたので、そちらにはカメラを向けることができませんでした。 確か引き分けて万事休すだったと思います>


少し話が遅れたけど、ワールドカップ中はみんな盛り上がりました。

 特に植民地対決は熱い物がありました。

 ブラジル 対 ポルトガル

 ブラジル人達はポルトガルにリベンジする!

 といって熱く燃えていました。

 
 そして意外とイギリス 対 アメリカ もなんとなくライバル心

 があることにきがつかされました。イギリス人は普段は無視してる

けど、意外とアメリカのことを良く思ってないみたいです。ヨーロッパ全体

的にいえることですが・・・

 
 でも偉いところは普段は無視してるところです、相手にしてない

 というのが本音かもしれませんが、ヨーロッパの中だけで十分に沢山の国が

あるので、そこまでアメリカの事考えてないのかもしれません。

 イギリス(イングランド)がドイツに負けた時、僕はイギリスのパブに居まし

たが、イギリス人達の落ち込みぶりは凄かったです。みんな頭を抱えていました。

 結局はこの学校に一人も生徒がいないスペインとドイツが決勝に行ったので

何の問題もおきませんでした。

 普段はフランス人だといっているセリーヌがその時だけは

私はフランスでそだったけど、お父さんはスペイン人でお母さんはポルトガル人

だから私のパスポートはスペインのもので、私はスペイン人なのよ、と急に

国籍を変えたことに驚きました。

 日本の評価はとても高かったです。次回も頑張って欲しいと思います。
 
 その時僕はどこに居るのかな?

環境を越えて世界共通な人の心



 <写真は僕の住んでいる寮から教室に向かう道です、毎朝このマンホールを踏んでから教室に向かいます。>


昔にハワイでアメフトしていたことがありました。

そこでハワイと日本の似ているところ、ヨーロッパと違うところを書きたいと思います。

 大昔からヨーロッパの人は自分の国で不満が生じたり、

なんとなく国の中で力が有り余ると、海を渡ったり、隣の国を攻めてみたりして、

 領土を拡大して、新しい土地を獲得しようとする、どちらかというと 

「領地拡大型」 の文化だと思います。


 そしてハワイや日本は島国なので、常にその島の中だけでの闘いになります。

だから常に戦いに備えて、新しい武器を作ったり、

 兵隊をトレーニングして、さらに強い軍隊にしようとします、

いわば「少数精鋭」を考えています。だって島国だから、人数を増やすことは

 できなから、でも大陸に住んでいれば、自分の兵隊をトレーニングするよりは、

隣の村に攻め込んで、その人達を自分の兵隊にしてしまえば、

 人数が増えるから、楽して強くなることができるというかんじです。


  ハワイのフットボールチームのそういうところがあって、

ハワイの高校生の優れた選手はみんな本土の大学に進学してしまう、

 逆に本土の学生は日本でいう沖縄みたいな感じで、

「独特な文化をもち、みんながプライドをもって平和に生活している」

ハワイに、フットボール選手としてくることはあまり望まない。

  ということで慢性的に人材不足なのがハワイの現状でした、

大柄な本土の選手に比べたら、体のサイズもそれほど大きくありません。

 そうなると勝つためには必然的に

 「厳しい練習」

 が必要となります。実際にハワイの練習はとても厳しかったです、

そして日本人のように「根性、忍耐」が大事とされます。

 選手たちも一般的なアメリカ人よりも忍耐強く、とても謙虚で真面目です。

 そういうところは日本人と似ています。

 おおらかで、謙虚で外国人に優しい、

それは限られた土地の中に住んでいる島国の文化だと思います。

 限られた土地の中で人々が生活すると、必然的に相手に

「気を使う」文化が生まれるのだと思います。


  ヨーロッパの人達は言葉も文化も全く違う人達と闘ったり、

占領したり、されたりで、常に自分のやり方を相手に押し付けないと

 生き残っていけない文化だとおもいます。

そして相手に支配されないためには先に相手を支配しないといけないこともあり、

必然的に強烈な自己主張が必要となります。

ヨーロッパでは負けることは相手の国にたいして奴隷になることになり、

全てを失ってしまうからです。

 (もちろん大昔の話です)

 お互いにそこが基本的に違うのだと思います。

 ぞれぞれの文化で、農民、貴族、政治家、軍隊などで違う文化があると思います。

 一般的に農民の人達は自然を相手にしているので、

問題が起こったときでも言いわけする相手が自然だから文句を言っても仕方ないし、
 
貴族や政治家は人をコントロールしようとするから、とても

「権力」にたいしてこだわりがあり、人間がどう動くか、

どうすればコントロールできるかを考えています。

だから交渉能力と自己主張が強くなります。 

軍隊は農民と比べて常に相手が「人」だからこれもまた何かもんだが

おこったときには「人間」にたいして文句を言うし、

原因は農民のように自然にあるのではなくて、誰かの過失であるということで、

誰かが責任を取らされます。


 このプログラムに参加していて、ヨーロッパのひと、アジア人、

と生活していて、なんでここまで違うのかな?
 
 って考えた時、根本的にそういう昔からの国の状況なのかな? 

っておもうことがあります。

 西洋の人は自己主張が強く、

自分が忍耐強く働くよりも相手を自分に屈服させて、

自分の今の立場をさらに良くしようと考えている人がアジア人にくれべて

多いと思います。 もちろん忍耐強く働く人も沢山います。

 
  最後に世界で圧倒的に有名なのが中国人です、

日本人んが外国人をみんなアメリカ人だと思っているようなレベルで、西洋の人は

 アジア人はみんな中国人なのだ。と思っています。

 少ししつれいな話だとおもいますが、おそらく日本に住んでいる、イタリア人とか

 フランス人に日本人が英語で話しかけた時、彼らも同じように

「なんで俺達に英語で話しかけるの?アメリカ人じゃないよ?」

 って思っていると思います。


  そして世界中に移り住んでいる中国人にたいして聞いた話があります。

 中国は昔から大きな国で、何も悪い事はしてない、

あそこで静かに暮らしていただけだった、そこに色々な国が攻め込んできて、

領土を奪おうとしてきた、彼らは何もわるくないのに、

沢山の犠牲を払った、だから彼ら自身は自分達を守るために、強くならざるを得なかった。

 
そしてバヌアツに居たころにも聞いた話、

 中国人のかなしいところは彼らは西洋の国の人に比べて、

よその国に行ってもその国を占領しようとしない、ただ移り住んで、

そこで商売をして生活をするだけだ。それを見た現地の人達は、

中国人の商売の仕方をまねて自分達も商売を始める。

でも中国人のほうが真面目で商売上手だから結局は現地の人から

ヤキモチをやかれて嫌われることもある。

 しかし最もバヌアツからお金を巻き上げているのは中国人ではなくて、

西洋人だ、彼らは決して現地の人と同じレベルで仕事をしない。

 海沿いの土地を全部買い取って、そこに大きなリゾートを建設して、

現地の人をやとって自分達はお金の管理をしているだけ、それで現地の人からは

 尊敬されるし、何のトラブルも起こらず、広大なお金を巻き上げている、

形は違うがやっぱりそれは植民地みたいなものだ。


 なるほどねー! っていつも思ってました。 

いろいろな国でそれぞれみんなが頑張った結果がこういう風になるんだなー、

って思います。

 ちなみに今のこのプログラムでも全く同じようなことが展開されています。

 僕の居る5月チームは14人いますが、

それぞれの文化によって考え方が全く違うし僕たちはアフリカに行く

お金を自分達で貯めなくてはいけません。

そのための活動についてもそれぞれの国で全く違う考え方とアプローチをしてきます。

 全般的に助け合おうとするのがアジア人ですし、

そういった考えが全く通用しない西洋の人もいます。

 そして持っている人が持っていない人に分け与えることが普通である、

という文化があるアフリカ出身者は、全く違う感覚でここに居ます。


 そして最後に強烈に思うのは、これだけ書いてきてなんですが、

やっぱり最終的にはどこの国の、どういう文化だ、というのではなく、

 その人の個人的な魅力とか、誠実さとかが出身国を越えて大切なのだとも思います。

  国、文化、年齢、性別とかよりもやっぱり人間としての

魅力に勝るものは無いのだとかんじています、そこだけは

「世界共通」

 なのだと僕は最近かんじます、国に関係なく、世界はそういう人を評価します。

だから今以上に真面目に頑張らなくてはとおもいます。