大学教授には定年が無いので、学生にアンケートを取り、結果が悪ければ引退して後任に譲るべきだという提案はいつも現役の教授達に却下されて、決まらないということだった。
しかしそれがこのたび無事に決まった、そしてその第一条件としてあげられたのは
「今いる教授にはそのルールはあてはまらない!」
ということ。 最初に聞いた時には呆れたけどその後にずっと考えていると、この判断は悪くないということ。
以下は私の妄想だから本当ではないけど
世の中には歯が3回生えかわる薬が作れなくは無いかもしれないしかしなぜその研究がなされないかと言うと、その研究を行うと全国の歯医者さんが仕事を失うのでタブーとされているとのことだ。
最近クリスマスでいろいろなところでイルミネーションが美しいけど、その時にふと思ったのが、LED電球は長持ちして環境にも優しいということだけど、そもそも本当に 優秀な人なら電気を使わなくても光る電球をつくることができるのではないか?
ガンの治療だって、もしすべての癌に効く斬新な治療法が発見されたら、これまで日本の医療の中心だったガン治療に携わるすべての医学者が職を失ってしまう。
波の力だけでものすごい量の電気が発電できるようになれば原子力やガソリンを使って発電所のタービンを回す必要がなくなるので、ガソリンの価値は下がるし、それまで原子力発電に関わって働いてくれていた人達は職を失ってしまう。
世界がもっと平和になって軍隊はもういらないとなったら、軍事産業に関わっていた人たちは職を失うかもしれない。
だからあまりにも大きなマーケットで社会にインパクトのある発明に対しては暗黙の力で
タブーとされているのかもしれない。
日本のように転職が難しく、終身雇用で働いていると自分のいる業界が無くなってしまうことは生きるすべを失うことになるのだと思う。
でもそれが人類にとって良いことなのかというと長いビジョンでは自分たちの生活の首を絞めている。
本当に自衛隊のいらない社会ができたなら、自衛隊は解散するけど、これまで日本を守ってきてくれた自衛隊員の生活は今後もすべて社会が保障という判断が必要だし、癌の革命的な治療薬がつくられたとしても、これまで多くの人の命を救ってきた癌治療に携わる人の人生や生きがいは社会が責任をもって守るべきだし、そういう判断をしていかないと本当に良い社会にはならないかもしれない。
そう思うと大学教授たちが新しく作ったルールは素晴らしい決断なのだと思う。
今まで貢献してきた人達を追い出すのではなく、その人達の幸せもきちんと考えた上での判断ができる、そういう判断ができる人が出てこないかな?
最初は「えっ!」と感じた判断ですが、やはり大学教授は一歩先を進んでいるのかもしれません。
2014年12月25日木曜日
2014年12月21日日曜日
グローバル人材は誰?
「グローバル人材」について先日に聞いた話
以下の誰がグローバル人材かというと困るよね
・アメリカのスーパーでレジ係をしているメキシコからの移民
・いもと あやこ
・国際線のスチュワーデスさん( 言い方が古くてごめんなさい)
・5か国後を話せる人
・ニューヨーク株式市場で働いてるディーラー
・日本のユニクロで働いている外国人
・青年海外協力隊のボランティア
・イチロー選手や本田選手
・宇宙人が現れた時に地球人代表として話せる人
・黒澤 明、村上 春樹
どれも当てはまるようで、何か違うような気がします
グローバル人材って誰だろうね?
以下の誰がグローバル人材かというと困るよね
・アメリカのスーパーでレジ係をしているメキシコからの移民
・いもと あやこ
・国際線のスチュワーデスさん( 言い方が古くてごめんなさい)
・5か国後を話せる人
・ニューヨーク株式市場で働いてるディーラー
・日本のユニクロで働いている外国人
・青年海外協力隊のボランティア
・イチロー選手や本田選手
・宇宙人が現れた時に地球人代表として話せる人
・黒澤 明、村上 春樹
どれも当てはまるようで、何か違うような気がします
グローバル人材って誰だろうね?
2014年11月23日日曜日
それでも人は生きていく
自分を含めていろいろな人の話をまとめて作った作り話です。
子供の頃から正義感が強く、優しい性格で、困っている人を助けたい。と大学を卒業して、社会経験を積んで、アフリカに国際協力のボランティアに行った人が居るとします。
地方の農村に入り、自給自足の生活をしている人達と一緒に暮らします。優しい村人に出会いそこが第2の故郷となります。
援助は必要だけれでも、そうでない事に関しては自給自足が成り立っていて彼らが満足しているのなら、先進国のライフスタイルに合わせる必要は無いということでした。
だって彼らはすでに何百年もそこで持続可能な生活をしているからです。
優秀だった彼は、そのまま国際協力の道に入りました。
45歳になり子供が二人、そのうち一人は体が弱く海外への転勤には一緒に行けません。
両親もすでに年金暮らしです。
そんな時にフランス語ができて農業が専門だった彼が人事異動で任されたのは、まさしく20年前に、自分がボランティアとして2年間お世話になったアフリカの第2の故郷で開発される大規模プランテーションでした。
その土地は土壌が良く、人口密度も低く、水も豊かな土地なので、日本と現地の政府に よって開発が進められようとしています。
しかし彼には一つ疑問がありました。
プランテーションが出来れば雇用が生まれて現金収入が入ると言われているが、彼らはすでに現金がなくても自給自足が成り立っている。
もしプランテーションで働けたとしてもそれは雇用主に使われるだけ、搾取される側になる。そしてもし何かの理由で働けなくなってしまったら土地を奪われた後では自給自足にもどれない。
過去の同じような状況を見てきた彼は、その計画に賛成できませんでした。
しかし周りの同僚に言われます。
「お前がやらなくても、現地の政府との合意ができている限り、誰かがやるだけだ。」
公務員は国の政策には逆らえません
結果的には20年前に自分を家族として受け入れてくれた人たちは、開発によって住む場所を奪われ政府にあてがわれた家に住み、プランテーションで働く労働者になります。読み書きのできない彼らには選択肢はありませんでした。
彼にとっても日本の家族を守るためにはその選択肢しかありませんでした。
そこで組織に逆らって、プロジェクトから抜けてしまえば、その後はさらに環境の悪い国への選択肢はありませんでした。
「自分の家族を幸せにできない人は他人を幸せにすることはできない」
ミスチルの歌にありました。
「夢追い人は、旅路の果てにいったい何を見つけるんだろう? 嘘や矛盾を両手に抱え、それも人だよって悟れるの?」
40歳になって思うことは、みんな正しいことをしているとは思っていなくても、家族を守るために頑張っている。
たとえ世の中の為に良いことではないかもしれないけど、自分に害が及ばない為にはとりあえずいま少しでも出世してお金をためておくことである、ということなのかもしれません。
そうやって準備しているうちに、いつか人生が終わっていくのかもしれません。
誰も悪くないのに、どうしてなのかと感じることがあります。
子供の頃から正義感が強く、優しい性格で、困っている人を助けたい。と大学を卒業して、社会経験を積んで、アフリカに国際協力のボランティアに行った人が居るとします。
地方の農村に入り、自給自足の生活をしている人達と一緒に暮らします。優しい村人に出会いそこが第2の故郷となります。
援助は必要だけれでも、そうでない事に関しては自給自足が成り立っていて彼らが満足しているのなら、先進国のライフスタイルに合わせる必要は無いということでした。
だって彼らはすでに何百年もそこで持続可能な生活をしているからです。
優秀だった彼は、そのまま国際協力の道に入りました。
45歳になり子供が二人、そのうち一人は体が弱く海外への転勤には一緒に行けません。
両親もすでに年金暮らしです。
そんな時にフランス語ができて農業が専門だった彼が人事異動で任されたのは、まさしく20年前に、自分がボランティアとして2年間お世話になったアフリカの第2の故郷で開発される大規模プランテーションでした。
その土地は土壌が良く、人口密度も低く、水も豊かな土地なので、日本と現地の政府に よって開発が進められようとしています。
しかし彼には一つ疑問がありました。
プランテーションが出来れば雇用が生まれて現金収入が入ると言われているが、彼らはすでに現金がなくても自給自足が成り立っている。
もしプランテーションで働けたとしてもそれは雇用主に使われるだけ、搾取される側になる。そしてもし何かの理由で働けなくなってしまったら土地を奪われた後では自給自足にもどれない。
過去の同じような状況を見てきた彼は、その計画に賛成できませんでした。
しかし周りの同僚に言われます。
「お前がやらなくても、現地の政府との合意ができている限り、誰かがやるだけだ。」
公務員は国の政策には逆らえません
結果的には20年前に自分を家族として受け入れてくれた人たちは、開発によって住む場所を奪われ政府にあてがわれた家に住み、プランテーションで働く労働者になります。読み書きのできない彼らには選択肢はありませんでした。
彼にとっても日本の家族を守るためにはその選択肢しかありませんでした。
そこで組織に逆らって、プロジェクトから抜けてしまえば、その後はさらに環境の悪い国への選択肢はありませんでした。
「自分の家族を幸せにできない人は他人を幸せにすることはできない」
ミスチルの歌にありました。
「夢追い人は、旅路の果てにいったい何を見つけるんだろう? 嘘や矛盾を両手に抱え、それも人だよって悟れるの?」
40歳になって思うことは、みんな正しいことをしているとは思っていなくても、家族を守るために頑張っている。
たとえ世の中の為に良いことではないかもしれないけど、自分に害が及ばない為にはとりあえずいま少しでも出世してお金をためておくことである、ということなのかもしれません。
そうやって準備しているうちに、いつか人生が終わっていくのかもしれません。
誰も悪くないのに、どうしてなのかと感じることがあります。
お勧めの婚約指輪の選び方
結婚指輪の金額を気にする人に対して感じることがある。
この人は宝石店に行って、自分の好きなデザインの指輪を 選んでのではなくて、指輪の値札を毎回ひっくり返して、
「この指輪は素敵だけど、5万円だから、ダメ」
「この指輪は私の好みではないけど、値段的には合格」
などと考えているのかな?と思うと結婚指輪の意味ってなんなのだろう?と思ってしまう。自分の気に入ってデザインではダメなのかな?
昔に太平洋の小さな島の誰もいない美しい海岸で自分の気に入った石を探した時には、値段なんて気にしないでその砂浜にある何億もの石の中で一番気に入ったものを自由に選ぶことが出来ました。いま思えばとても贅沢です。
同じように物を選ぶだけなのに、値段を気にしなければならないのは逆に悲しく感じます。
一番良い方法は宝石店の指輪の値札を全部外してもらって、床一面に指輪をランダムに並べてもらい、浜辺で石を選ぶように 一番自分の気に入った指輪を選んでもらうことだと思います。
その場合には女性が選んだ指輪がいくら高くても逆に安くてもそこは文句を言わずに男性はお金を払う。それが一番の指輪の選び方だと思います。
そのほうがロマンティックだと思いますが、どうでしょうか?
2014年11月18日火曜日
平成32年東京オリンピック
名刺の渡し方について話していて
相手より下に出すとか、
その次に営業マンが信頼できる人間かどうかが大切だと思うからです。
逆を考えると答えは簡単です。
外国人にとってはペコペコして名刺を渡すことよりもきちんと相手の目を見て握手するほうが大切だそうです。
そうやって考えると日本のビジネスの文化は少しずつ変わっていく のではないか?
と思います。
たとえば印鑑を使うかサインをするか?
外国人の研修生を受け入れている職場の上司が言っていたのは
印鑑よりサインのほうが良いこと
「デストラーデ」「メッセンジャー」「ゴンザレス」 とか明らかに印鑑作りにくいし
たとえば ドーランド・パパ というアルバニア人が
印鑑を「父」としてもOKなのか? 「葉葉」のほうがわかりやすいのか?
そういうことを考えると印鑑よりサインのほうが良いのでは?
と思ってしまう。
また山田、鈴木、 中村さんの印鑑は本人の了解さえ取れば他人の印鑑をいくらでも代用できてしまう。
もう一つは和暦と西暦、
海外でお酒を買おうとして、IDの代わりにドライバーズライセンスでも良いと言われたけど、日本の免許書だと僕の生年月日は昭和49年となっていて、
「お前は絶対に1949年生まれではない。」
と拒否されたことがありました。
しかも現在は平成だと26年、西暦だと2014年と表示だからこの2年差はとてもややこしく、年に数回「 今って平成24年だよね?」と思ってしまうこともある。
例えば、お金への印刷はいつまでも日本らしく和暦にしてもらいたいけどもし今後移民などを受け入れていくなら西暦に統一しないと履歴書とかみんなバラバラになってしまうと思います。
「2020年東京オリンピック」とはいえるけど
「平成32年東京オリンピック」 となるかどうかは今はまだわからないしね。
年度の途中で年号が変わるのも外国人にとってはわかりにくいと思 います。
日本のアイデンティティー、文化として残すと事
世界基準に合わせていく事のバランスは大切だと思います。
相手より下に出すとか、
もらった名刺は基本的には机の上座に置くとか
話し合いが終わった時には床に置いた鞄にしまってはいけなくて、
鞄を腰より上に持ち上げてからしまうほうが良いとか、
日本はやはり面倒だなー、って思ってしまいました。
もし自分が営業マンで、 自分の先輩がそういうのを凄く気にする人でお得意先を回った後で、
「お前はそういうことが出来ていないから仕事が取れないのだ!」
と言われたら、結構嫌な気分だろうな・・・・ と感じました。
自分だったら名刺の渡し方より営業している商品の良さと金額がまず第一で
話し合いが終わった時には床に置いた鞄にしまってはいけなくて、
鞄を腰より上に持ち上げてからしまうほうが良いとか、
日本はやはり面倒だなー、って思ってしまいました。
もし自分が営業マンで、
「お前はそういうことが出来ていないから仕事が取れないのだ!」
と言われたら、結構嫌な気分だろうな・・・・ と感じました。
自分だったら名刺の渡し方より営業している商品の良さと金額がまず第一で
その次に営業マンが信頼できる人間かどうかが大切だと思うからです。
逆を考えると答えは簡単です。
商品が悪くて、金額が高いものを、営業マンが信頼できるからと取引を続けることは持続可能性はありません。
まあバランスが大切だとは思いますが。
外国人にとってはペコペコして名刺を渡すことよりもきちんと相手の目を見て握手するほうが大切だそうです。
そうやって考えると日本のビジネスの文化は少しずつ変わっていく
と思います。
たとえば印鑑を使うかサインをするか?
外国人の研修生を受け入れている職場の上司が言っていたのは
印鑑よりサインのほうが良いこと
「デストラーデ」「メッセンジャー」「ゴンザレス」
たとえば ドーランド・パパ というアルバニア人が
印鑑を「父」としてもOKなのか? 「葉葉」のほうがわかりやすいのか?
そういうことを考えると印鑑よりサインのほうが良いのでは?
と思ってしまう。
また山田、鈴木、
もう一つは和暦と西暦、
海外でお酒を買おうとして、IDの代わりにドライバーズライセンスでも良いと言われたけど、日本の免許書だと僕の生年月日は昭和49年となっていて、
「お前は絶対に1949年生まれではない。」
と拒否されたことがありました。
しかも現在は平成だと26年、西暦だと2014年と表示だからこの2年差はとてもややこしく、年に数回「
例えば、お金への印刷はいつまでも日本らしく和暦にしてもらいたいけどもし今後移民などを受け入れていくなら西暦に統一しないと履歴書とかみんなバラバラになってしまうと思います。
「2020年東京オリンピック」とはいえるけど
「平成32年東京オリンピック」
年度の途中で年号が変わるのも外国人にとってはわかりにくいと思
日本のアイデンティティー、文化として残すと事
世界基準に合わせていく事のバランスは大切だと思います。
2014年9月29日月曜日
気合、根性は34%で良い論
巨人の星から始まる日本スポーツ界の
「気合と根性論」について
野球の日本シリーズや高校野球の決勝、オリンピックの柔道決勝、相撲の優勝がかかった大一番では最後の最後に勝負を決めるのは「心・技・体」の「心」の部分であり、「勝つことへの強いきもち」だと思う
だから勝利インタビューで
「最後は気合いで勝ちました」
というコメントは間違っていない。
日本シリーズで勝負を決めるホームベース上でのクロスプレーではホームに突っ込んでくるランナーと阻止しようとする
キャッチャーは激しくぶつかるし、高校野球の最後のランナーは一塁ベースに向かってヘッドスライディングする。
ロサンゼルスオリンピックの柔道の山下は怪我をしながらも決勝戦に出場し金メダルを取ったし。
勝つだけで無くて人としての生き方も横綱には求められる相撲も科学的トレーニングよりも昔ながらの根性論が好きだ。
相撲に関して言えば、もし海外にも広まってオリンピック競技になれば、もっと相撲を精神論を打ち破るようなトレーニングが外国で開発されて、日本選手が勝てなくなれば
日本の相撲界にも新しい考えが広まるのかもしれないけど、日本だけでしか行われていないので、しばらくは変わらないのだろうな。と思う。
何となく日本人としては相撲だけは変わってもらいたくない気もするし・・・
(もともと太った人しかできないスポーツということで自分がその競技に参加するという意識が全くないから他人事なのかもしれません。)
相撲で少し脱線したが、日本シリーズの決勝や高校野球、柔道などのインタビューを見て感動した指導者や選手が
「やはり気合いと根性だ!」
と勘違いして、高校野球に一回戦から一塁ベースにヘッドスライディングさせたり、肉離れをしているふくらはぎを引きずってまで柔道の練習をさせたりしたらどうなるだろうか?
あくまでも最後の最後は「気合と根性」なのであって、高校野球の一回戦から「気合と根性」で勝とうと思っているようなチームが高校野球の地方予選から勝ち抜いて決勝まで行くとは思えないです。
やはり「心・技・体」
「心」 気合、根性 33%
「技」 テクニックや戦術 33%
「体」 持久力やその競技で必要な筋力 33%
が必要であり、最後の1%が気合としても「気合」は34%くらいでよいと思います。
イチローがよく日本人のインタビューで
「やはり最後は気合いで打ちましたか?」
と聞かれて
「テクニックで打ちました・・・」
と答えるのは当たり前なのだと思います。
「心・技・体」のバランスは競技にとっては大切なことです。
「気合と根性論」について
野球の日本シリーズや高校野球の決勝、オリンピックの柔道決勝、相撲の優勝がかかった大一番では最後の最後に勝負を決めるのは「心・技・体」の「心」の部分であり、「勝つことへの強いきもち」だと思う
だから勝利インタビューで
「最後は気合いで勝ちました」
というコメントは間違っていない。
日本シリーズで勝負を決めるホームベース上でのクロスプレーではホームに突っ込んでくるランナーと阻止しようとする
キャッチャーは激しくぶつかるし、高校野球の最後のランナーは一塁ベースに向かってヘッドスライディングする。
ロサンゼルスオリンピックの柔道の山下は怪我をしながらも決勝戦に出場し金メダルを取ったし。
勝つだけで無くて人としての生き方も横綱には求められる相撲も科学的トレーニングよりも昔ながらの根性論が好きだ。
相撲に関して言えば、もし海外にも広まってオリンピック競技になれば、もっと相撲を精神論を打ち破るようなトレーニングが外国で開発されて、日本選手が勝てなくなれば
日本の相撲界にも新しい考えが広まるのかもしれないけど、日本だけでしか行われていないので、しばらくは変わらないのだろうな。と思う。
何となく日本人としては相撲だけは変わってもらいたくない気もするし・・・
(もともと太った人しかできないスポーツということで自分がその競技に参加するという意識が全くないから他人事なのかもしれません。)
相撲で少し脱線したが、日本シリーズの決勝や高校野球、柔道などのインタビューを見て感動した指導者や選手が
「やはり気合いと根性だ!」
と勘違いして、高校野球に一回戦から一塁ベースにヘッドスライディングさせたり、肉離れをしているふくらはぎを引きずってまで柔道の練習をさせたりしたらどうなるだろうか?
あくまでも最後の最後は「気合と根性」なのであって、高校野球の一回戦から「気合と根性」で勝とうと思っているようなチームが高校野球の地方予選から勝ち抜いて決勝まで行くとは思えないです。
やはり「心・技・体」
「心」 気合、根性 33%
「技」 テクニックや戦術 33%
「体」 持久力やその競技で必要な筋力 33%
が必要であり、最後の1%が気合としても「気合」は34%くらいでよいと思います。
イチローがよく日本人のインタビューで
「やはり最後は気合いで打ちましたか?」
と聞かれて
「テクニックで打ちました・・・」
と答えるのは当たり前なのだと思います。
「心・技・体」のバランスは競技にとっては大切なことです。
2014年9月26日金曜日
イギリスの市場から学んだお金の感覚
【写真は何時も買い物に行っていた市場です】
イギリスの卸市場で週に10万円ずつ買い物をしている時期があっ たレストランをしていたわけではなくて、国際協力のNGOの学校に所属したからだ。
僕は料理の知識があるが、英語ができないので、市場ではいつも親切なジョンという市場の兄ちゃんに相談しながら何を買うか決めていたジョンを紹介したのは僕の前任のイタリア人、フランチェスカ。他の市場のオッサンイギリス人は英語の訛りが強く、見た目も怖いので、いつもジョンにお願いしていた。
ズッキーニだったり、ブロッコリーだったり、洋ナシ、プラム、おいしくないイギリスの紫のキャベツ、 リンゴなどリヤカーにどんどん乗せていく。
ジョンは腐りかけのバナナをひと箱くれたり、傷の付いたリンゴを安くしてくれたり、お買い得の野菜を勧めてくれたり、その場で食でナイフで切って食べさせてくれる良い奴だった。
60人分の食事で一人の予算は一日300円だから一日18000 円
僕は料理の知識があるが、英語ができないので、市場ではいつも親切なジョンという市場の兄ちゃんに相談しながら何を買うか決めていたジョンを紹介したのは僕の前任のイタリア人、フランチェスカ。他の市場のオッサンイギリス人は英語の訛りが強く、見た目も怖いので、いつもジョンにお願いしていた。
ズッキーニだったり、ブロッコリーだったり、洋ナシ、プラム、おいしくないイギリスの紫のキャベツ、
ジョンは腐りかけのバナナをひと箱くれたり、傷の付いたリンゴを安くしてくれたり、お買い得の野菜を勧めてくれたり、その場で食でナイフで切って食べさせてくれる良い奴だった。
60人分の食事で一人の予算は一日300円だから一日18000
一週間で126000だけど、 イギリスのパンは一週間もたないので週のまんなかでもう一度買い足しに行く、
お金を管理しているA先生は10万円を5人の僕ら食事スタッフにわたし、 26000円を足りない時に追加でくれるシステムだった。
シルビア(イタリア)、エリック(メキシコ)、ソフィア( ポルトガル)ウラ(ニホン)、アルツー(ブラジル) の5人がそのメンバーだったが、 僕とアルツー以外の3人は自分がお金の管理をすると本気で喧嘩を初めて、 その理由がよくわからずに僕は戸惑った。
結局はみんながお金を着服したいのではなくて、相手が着服すると思っているようだった。
エリックとシルビアが仲が良いこと、ソフィアがポルトガル語しか話せないことでシルビアがお金を管理することになった。
買い物係はバンに乗れるのが4人なので大体いつも4人だったが、 僕は運転できるのと料理の知識があったので、 いつも買い出し組だった。
最初に市場に行って、野菜と果物を箱で買い、4万使って、 その後にアスダ、テスコ、センスブリーズなどの大型スーパーマーケットでパン、ハム、チーズ、冷凍食品などを買う流れだった。
シルビア(イタリア)、エリック(メキシコ)、ソフィア(
結局はみんながお金を着服したいのではなくて、相手が着服すると思っているようだった。
エリックとシルビアが仲が良いこと、ソフィアがポルトガル語しか話せないことでシルビアがお金を管理することになった。
買い物係はバンに乗れるのが4人なので大体いつも4人だったが、
最初に市場に行って、野菜と果物を箱で買い、4万使って、
ちなみにイギリスでは生活水準によって行くスーパーが違っていて低レベルから順番に
1、アスダ
1、アスダ
2、テスコ
3、センスブリーズ
という感じ、日本で言うとダイエー、イオン、成城石井というようなランキングになる。
それぞれのスーパーが自社のオリジナルブランドだけ半額以下で売っているのでお金の無い僕らはいつもそればかりを買っていた。
ブラジル人のアルツーは何時も買い物してる途中でスーパーの商品を食べていて 、ジュースやチョコレートの食べかすをカートに入れる、レジの人はその食べたグミとかペットボトルとかのバーコードを読み取り生産してくれるという事後申告でOKだったが、そのルールはブラジルでは通用してもイギリスでは通用しないきがして、共犯と思われることにいつも焦っていた。
しかしアルツーから
「このグミうまいよ!」 などと渡されれて一緒に食べていたが・・・
A先生はレシートを見て怒ったりしたが、あまり本気ではなくって僕はその感覚がいつも不思議だった (グミも一緒に食べたし・・・)
会計前の商品をスーパーの中で食べることもブラジルでは当たり前 のようだった。
そんなある日いつも買い出しに行かなかったソフィアが買い出しに ついてきた。市場でジョンと相談しながら買い物をしている僕の隣で、 一緒に品定めしていた。
ソフィアは旦那さんのルイーズと一緒にそのNGOに来たが、 二人とも45歳くらいだったのだと思う。ポルトガルの貴族みたいで、とてもきっちりした夫婦だったが、ポルトガルの貴族独特のエラそうなところもあった。
しかし、彼らの傲慢さはただ偉そうという非常にわかりやすいものだったので、僕にとっては付き合いやすく、ルイーズもソフィアも僕とは仲が良かった。
ソフィアのアドバイスを聞きながら商品をリアカーに乗せて、最後に会計をして、そのままトラックの荷台に積むのだが、 驚いたことにソフィアはその日に帰ってから、 すべての箱と交渉した値段をチェックして35ポンド(2010年当時では5000円くらい) 多く払っていることを突き止めてうれしそうに僕に報告してきた。
今すぐジョンに取り立てに行くから運転しろと言われて僕はうんざ りした。
往復で1時間30分はかかる。
結局来週の買い出しの時にマイナスすることになったらしいが何度もジョンのボスに片言の英語で電話していた。 時には旦那のルイーズも加わっていた。
ジョンがチップとして毎週少し多めにとっていたのか、 単純に今回だけのミスだったのかはわからないが、 自分のなかでもしかしたらジョンは毎週僕からお金をかすめていたのかな?だからいつも愛想が良く、 率先して僕らの担当を引き受けてくれていたのかな?と思うと、 次回から気まずいな・・・
と感じて、次の週には言い訳をした買い物係に行くのを避けた。
それと同時にソフィアの行為に何のプラスも感じなかった・・・・
だから日本人の男はダメだと言われるのかもしれないけど
僕はなるべく8万以内に買い物を終わらせて2万くらいは余裕を持 たせようと節約していたが、そのことも後から問題になった、 毎月26000円のお金がA先生に残っていた、 次の月でもそのお金は使えると思っていたが、A先生は次の月には繰り越せない。
ブラジル人のアルツーは何時も買い物してる途中でスーパーの商品を食べていて
しかしアルツーから
「このグミうまいよ!」
A先生はレシートを見て怒ったりしたが、あまり本気ではなくって僕はその感覚がいつも不思議だった (グミも一緒に食べたし・・・)
会計前の商品をスーパーの中で食べることもブラジルでは当たり前
そんなある日いつも買い出しに行かなかったソフィアが買い出しに
ソフィアは旦那さんのルイーズと一緒にそのNGOに来たが、
しかし、彼らの傲慢さはただ偉そうという非常にわかりやすいものだったので、僕にとっては付き合いやすく、ルイーズもソフィアも僕とは仲が良かった。
ソフィアのアドバイスを聞きながら商品をリアカーに乗せて、最後に会計をして、そのままトラックの荷台に積むのだが、
今すぐジョンに取り立てに行くから運転しろと言われて僕はうんざ
往復で1時間30分はかかる。
結局来週の買い出しの時にマイナスすることになったらしいが何度もジョンのボスに片言の英語で電話していた。
ジョンがチップとして毎週少し多めにとっていたのか、
と感じて、次の週には言い訳をした買い物係に行くのを避けた。
それと同時にソフィアの行為に何のプラスも感じなかった・・・・
だから日本人の男はダメだと言われるのかもしれないけど
僕はなるべく8万以内に買い物を終わらせて2万くらいは余裕を持
と言って、 26000円はどこかに行ってしまい、次の月もまた10万円しかくれなかった。
結局その月も僕は8万円に抑えていたので、 週の途中にパンとその他を買い足しても100000円で収まった。
そしてA先生はその月にロンドンに息子と遊びに行き全寮制で敷地の中に一緒に住んでいる10歳の一人息子は新しい子 供用のマウンテンバイクに乗っているというわかりやすい現象が目の前で起きた。
ソフィア、シルビア、アルツーは猛抗議したが、認められず、来月からは最初に126000円を渡せと言ったがそれも認められなかった。
しかし恐ろしいことにソフィアは次の週にA先生に渡し たレシートを全てコピーをとっていて、NGOのボスK先生に告発したのだ。
そのころには僕は人間不信で3か月間のこの食料係が終わることだ けを願っていた。
A先生はNGOのボスに注意され、 先生としての立場や説得力もなくなりしばらく授業を休んでいた。 僕は可愛そうだな。 と同情したが、結局A先生はその後もお金のことで怪しい動きを見せることが多かった。
でもいま思えば、 これらのことはすべて海外では普通の感覚なんだと思う。
人にお金を預ければかえってこないし、 隙があればある程度のお金は着服する、周りもある程度はそれを許す。
そういうことが少ない日本のほうが珍しいという感覚でいないとい けないのかな?
と振り返って感じています。
そして日本人が海外に居る時は少なからず
「人を見たら泥棒と思え」
という感覚で生活しないといけなくて、日本よりもオープンでフレンドりーに振るまえる海外において、頭の片隅で常に相手を疑わなくてはいけないという矛盾に疲れるのは確かです。
結局その月も僕は8万円に抑えていたので、
そしてA先生はその月にロンドンに息子と遊びに行き全寮制で敷地の中に一緒に住んでいる10歳の一人息子は新しい子
ソフィア、シルビア、アルツーは猛抗議したが、認められず、来月からは最初に126000円を渡せと言ったがそれも認められなかった。
しかし恐ろしいことにソフィアは次の週にA先生に渡し
そのころには僕は人間不信で3か月間のこの食料係が終わることだ
A先生はNGOのボスに注意され、
でもいま思えば、
人にお金を預ければかえってこないし、
そういうことが少ない日本のほうが珍しいという感覚でいないとい
と振り返って感じています。
そして日本人が海外に居る時は少なからず
「人を見たら泥棒と思え」
という感覚で生活しないといけなくて、日本よりもオープンでフレンドりーに振るまえる海外において、頭の片隅で常に相手を疑わなくてはいけないという矛盾に疲れるのは確かです。
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