男には無性に焚き火を大きくしたい衝動に駆られる時があると思います。
また逆に
一人でこじんまりした焚き火を見つめてその火を大切に育てながら生きていきたいと感じる時もあります。
何か大きな事を達成したいと意気込む瞬間と、小さくてもよいから自分が満足できる世界を作ってそれを見つめて生きていたいと感じるときです。
乾いた枯れ草にマッチで火をつけて、その火で細い枝を燃やして最後には安定して火力を出してくれる薪を燃やします。
その過程を頭の中でイメージしながら家の回りを一回りして燃えそうな枯れ草や小さな枝を捜します。
そして着火、同じ草でもその日の風や湿度、時間などによって安定した焚き火になるまでの時間は異なります。
そういった環境を「考えるの」ではなく「感じる」ようになって、その日の自然の環境に逆らわないようにやさしい気持ちで火と向き合います、焦ったりいい加減な気持ちで焚き火を作ろうとすると失敗してマッチばかりを無駄にしてしまいます。
時に完璧な焚き火と出会い一瞬何もかもが完成された気持ちになることもありますが、それは常に見守ってあげないと気が付いた時には炎が作り出した灰で色あせてしまいます。
安定した風のおかげでいつまでの美しく燃え続けてくれるような気持になることもありますが、風はいつやむかはわからないのでやはり頼りになるのは自分になります。
「焚き火の達人は人生の達人」
そんな気がします。
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