2010年5月27日木曜日

日本と海外 (個人と組織の続編です)


 
  <小学校6年生、僕も同じレベルでした>




組織と個人 海外編

 別に海外の組織と個人では無いのですが、それに似た状況を書くと

日本の管理社会やくだらないルールは大嫌い、

海外みたいにもっと合理的で自分の意見をズバズバ言える環境の

ほうが自分にはあっているし、自分の能力を発揮できる!

 と思って海外に飛び出す人は居ると思います。

でも気をつけないといけないのは

日本では自分だけがズバズバ発言してヒンシュクを買って

浮いていたかもしれないけど、海外ではみんながズバズバ言うから、

一向に結論にはたどり着かずに話せば話すほど問題は大きくなります。

みんな自分の意見を通そうと、元のスタートとは全く次元の違う例えとか方向性に

話を持って行ってしまうからです。



 結局3時間話しても次の日には何も解決されないまま同じ

スタートラインから論争が始まるだけです。 いつもそんな感じです。

 それに比べると日本はキッチリとしています。

今ある問題の枠の中だけで話すからね、

とんでもなく大きな例題と比較したりすると、みんなから馬鹿にされたり失笑されるからね。

そしてお互いに相手の話をきちんと聞いてから次の人が話し出すから、

相手の話と自分の話が被らないから言い争いにもなりにくいと思います。

 朝まで生テレビはそういう面では海外の人のやり方を日本人がまねている気がします。

ショーとしては面白いけど、あの場ではあまり物事は決まらないと思います。

 テレビとしては面白いけど、昼間にやらないのはそうゆう理由もあるのかな?

 単にタイトルのせいかな? 「夜まで生テレビ」だと普通になっちゃうもんね!


 3年前にバヌアツに行く前に感じていた日本社会の堅苦しさ、

そしてバヌアツに行ってから感じた、不平等感といい加減さ、

どれほど日本が良いかと思ったことか。

 しかし昨年日本の学校で働いていて感じた公務員の難しさ、

税金を使っているから説明責任がある、

人間として正しい事をしようとすると、組織としては認められないこともある。

他の先生との足並みをそろえなければいけないし、

でる杭は打たれるし、でない杭は腐っていく、

そのジレンマのなかで毎日夜の8時、9時まで職員室に残って仕事をしている先生達。

 必ずしも生徒に人気のある先生が公務員として高い評価を得ている訳では無い、

という現実があることも確かだと思います。
 
それでもみんな頑張って居るのはヤッパリその中でも

子供の成長を感じる瞬間があるからだと思います。

日本の学校の先生は本当に素晴らしいと思いました。



 じゃあ何故今自分はここに居るのかというと、それは難しいけど、

一つの理由としては2,3年頑張るだろうと思っていた親父が、

あっけなく一学期で亡くなったこと、

2,3年も大阪で先生をしていれば、

そのまま大阪で教員を続けることになるだろうとなんと

なく思っていました。 実家のマンションもあるしね。

 でもその親父が一学期で亡くなって、姉は山口、母親は離婚して東京、

しかも自分自身は大学からすでに15年以上も大阪を離れていたし、

しかも所属していたフットボールのチームも関東だったことを考えると、

誰も家族の居ない大阪でこの先55歳まで20年近く教員をする

ことを少し戸惑ったこと。

 後は日本と同じように古い物とか

、伝統、文化を尊重するヨーロッパに何かこの先の日本の

目指すべき答えのようなものがあるのではないか? 

と感じた事もあります。

 
なんでも合理的で新しい物好きなアメリカ式に少し疲れていたのかもね。

その答えを探して納得するとともに、

教育界にこれだけ遅れて入れてもらえるとしたら、

後5年ほど遅れても許されるだろう。なんて甘い事を考えてしまったこともあります。

 でも日本で良い教育者になるためには

自分をもう少し鍛えてからのほうが良いとも思っています。


 もう一つはまだ国際協力にたいして未練があったこと、

日本で仕事するよりももっと自分の個性を生かせる仕事があるかもしれない、

と考えました。大人になったら自分のやりたいことが見つかるだろう、

って思っていた10代の頃から全く何も変わっていません。

おそらく一生何がしたいか探しているうちに人生が終わってしまうの

かもしれません。 


「振り返ってみれば結果的にはまんざら悪くもない人生になっていた」


となることを期待しています。 「人生後付け論」 なのです。

 すいません、自分の事ばかり書いて脱線しました。

 何か言いたかったというと、

「組織と個人」「日本と海外」どっちも素晴らしいということです。
 
 そして、その両方を行ききしている自分は結局こらえ性が無いだけなのだ、

ともいえます。

 日本に居る時には海外のほうが良いと思い、海外に出ると日本が素敵!

と言っているからね。

結局は自分が変わらないといつまでたっても大人にはなれませんよ!

と言いたかったのでした。 
 

 

2010年5月23日日曜日

一体あなたは誰ですか?」

 ポルトガルからきたルイ―スとソフィアの二人は良く働くし人生経験も凄く豊富、

そして品があって、食事中もナイフとフォークを上手に使って、

 メロンやオレンジまで完璧にカットして食べます。
 
 僕も挑戦したけど、二日であきらめてしまいました。

 このプログラムに参加したきっかけは何か新しいチャレンジをしたかった。

 ということみたいです。

 すでに一緒に生活しだして一カ月近くが経ちましたが、たまに思う事があります。

 「あなたは一体何者ですか?」 って

 先日にネットでみせてもらったのはルイ―スの家のエンブレムっていうか

 家紋っていうか紋章っていうので、1000年以上前から使われているそうです。

 ポルトガルの1000年前って映画になってるような人達だよね?

 それでさらに子供のころから家には召使がいて、

テーブルマナーをきちんと習うまでは親と一緒に食事はさせてもらえなかった。

 って言ってました。 家は三階建てでトイレもベッドルームも沢山あって、

 三人兄弟の長男だけど、私はあまり家系の事に興味は無かったので、

自分の好きな道を歩んできた。 と言っていました。

  おそらく本物の貴族何だと思います。

日本語でいう貴族とはまた違ったヨーロッパならではの独特な階級の人みたいです。

 彼の面白いところは、自分は平民とは違う家系で育ったということを

きちんと学んでいて、その中で自分がどういうふうに人をまとめたり、

一緒に働いたりすべきなのかを子供のころからきちんと学んで居ることだと感じます。

 そしてこれもまた面白いのは一生懸命働くことにプライドを持っていて、

自分の基準がきちんとあり、楽しようとしないところです。

 先週は100人以上の人のピザを奥さんと二人で前日の夜からこねて、

20段くらい入るオーブンで一気に焼いて、みんなに振る舞ってくれました。
 
 ピザ回しのコンテストみたいに、ピザをほおり投げて空中で回転させていました。
 
  今の僕のクラスは14人いて、国籍も年齢もバラバラです。
 
 しかも意外とみんなたいして人生経験もないのに、

自己主張することはしっかりと学んでいます。

だからなかなかまとまらない。 ルイ―スはそういう自分とは次元の違う「平民」

 の人達と上手くやっていく事を真剣に考えているし、

きちんと自分のレベルと立場をキープしながらみんなをどうやって

導いていくかを考えています。おそらく貴族としての教育が彼を

 そういう風にさせているのだと思います。
 
  日本的に言うと「貴族道」 っていうのかな? 
 
 そういうのをきちんと知っているのが彼だとおもいます。

日本ではなかなか会えない人だしもしあっても僕と一緒に働いてくれることは

無いと思います。

 「あなたは人生経験が豊富だからみんなよりも常に一歩先をみている、

みんなにそれを伝えようと思っても、若いみんなはそれを理解するのは難しい、

それが大変そうですね?」

 って言ったら、満足げにうなずいていました。

  なかなか日本には居ないタイプです。

 昔にビートたけしがテレビで言っていたことですが、たけしが大橋きょせんに

 「キョセンさんは本当に偉そうですね、なんでそんなに偉そうなんですか?」

 って聞いたら、キョセンが

 「いいか、たけし、俺は偉そうなんではなくて、本当に偉いんだ、

沢山のキャッチコピーを作って会社を儲けさせたし、沢山のテレビも成功させた、

今までの経歴を考えたら、俺は本当に偉いんだ、

 偉そうなのではなくて、本当に偉いからこういう態度でいいのだ!」

 って言っていたそうです。

 まああの二人はどっちも偉すぎるから何とも言えませんが・・・・

 
  ちなみに来週にルイ―スとソフィアの今の新しいチャレンジをポルトガルの

新聞なのかニュースなのかは知らないけど、取材にくるらしいです。

 本当に誰なんだろうね? って思ってしまいます。

2010年5月18日火曜日

 世界のシステム

  今日の朝のミーティングの議題はガーナのダイアモンドとか金を

採掘するところに白人の若者がいって、一日体験入学みたいなのをして

「辛い!」

 って愚痴る番組を15分くらい見て、それについてどう思うか?

 という話でした。

 「先進国の人達がアクセサリーを買うのがいけないんだ!」

 「それを商品化して売ってる会社が悪い」

 「買う消費者がわるい」
 
 「でもやめたらガーナの人達の仕事が無くなる」

 「もともと彼らは自分達だけで幸せに暮らしていたのに、植民地

 支配をして違う価値観を植え付けた我々が悪い」

 
 ブラジルのアルツーが少し興奮気味に

 「ヨーロッパの人達がそう言った価値観を植え付けた、我々ブラジルは

 とても貧乏だ」

 カメルーンのアーネスティーンがアルツーに耳打ちした後アルツーが

 「アーネスティーンはイギリスに来て初めてバナナを食べた、でも

 今俺達が毎日ここで食べているバナナはカメルーンから来ている、

 なぜ自分達の国で食べるものを自分達で作らないのか?」

 
 すかさずポルトガルのルイ―スは

 「アルツーはブラジルは貧乏でヨーロッパの人達は金持ちだって言う

 けど、我が国ポルトガルは近年ヨーロッパでもっとも貧乏な国だった

 だから俺は知っている、貧困の苦しさを」

  
 スウェーデン人のオーサは

 「私達スウェーデン人は福祉国家で私はずっと年金で生活できると思っていた、しかし近年になってヨーロッパがヨーロッパユニオンとして統合して、
私達の国の税金はポルトガルなどの貧乏な国に流れて行ってしまって、
今は私達の年金制度は崩壊してしまった、私は個人的に年金に入らないといけなくなってしまった。」

 
 なんか怪しい雰囲気になってきました・・・

 アルツーが

「例をあげると先週の金曜日にオーサはアイスクリームとケーキを買って
いた、ブラジルでアイスクリームを買えるひとは金持ちの人だけだ、だからあなたたちは年金制度がどうだとか言うけど、その前に金持ちだと思う」

 オーサ
「金持ちの定義をブラジルと比べられては困る、スウェーデンでは私は決して金持ちでは無いし、私は途上国を見てきたから、今はこうやってイギリスに住んで途上国の為の仕事をしているし、私はシングルマザーだから
誰も助けてくれない、おまけに年金制度はUKユニオンのせいで崩壊してしまった、私は決して金持ちでは無い!」

 ルイ―スは

「結局はガーナの人達も一生懸命働いているけど、あれは自分の為ではなくて、自分の子供たちに教育を受けさせるためなんだ、彼らは自分達が貧乏なのは教育を受ける機会が無かったからだ、子供達にはそういう思いをさせたくない、だから子供の為に自分達は犠牲になってでもお金の為に働く、そう信じて働いているんだ」

 「結局はバナナにしても、ダイアモンドにしても、安い人件費を使ってお金儲けをしている奴らが悪いんだ、ガーナの人達は決して正当な給料をもらっているとは思えない」

 「社会のシステムが悪い、でも誰もこれを変えることはできない、でも我々はあきらめないからここに居るのだ!」

 でもアルツーはずっと言っていました

「結局あなたたちは金持ちだからそういうことが言えるんだ、本当の貧困を知らないのだ」

 初めて僕の意見

 「言いにくいけど、その悪い社会のシステムを使ってお金を沢山吸い上げてのし上がったのは僕達日本人だと思う、中間に入ってお金を吸い上げるの上手だからね、でも仕方なかったんだよ、僕たちも第二次世界大戦に負けて、早く先進国に追いつかないといけないって思って必死だったんだ、そして世界一の経済大国になった日本人たちは、何の為の人生なのか思い悩んで自殺者が凄い数だ、そして僕たちはエコノミックアニマルなんて呼ばれて、人生を楽しむことよりもお金の事を優先する、人間ではなくて動物だと言われている、僕にしてみたらブラジルの人はお金もちではないけど、サンバとか踊ってみんな情熱的だし日本人よりもよっぽど人生を楽しんでいると思うよ」

 すかさずオーサが

「そうだ!そうだ!」

 アルツーは

「ウラの意見は面白い、ブラジル人の俺がアフリカに行ったときに、アフリカの人はお金無いのに、何でみんなこんなに幸せそうなんだろう?って思ったもの、それと同じことをウラは俺に思ったってことだろ」


 「結局は誰も勝者は居ないのかな?」

 「この社会のシステムが悪い!」

 「でも作ったのは我々だ」

 「ブラジル人とか日本人、ポルトガル、スウェーデンとかは関係ない

結局は人間がやったんだ、価値観とか国ではなくて全ては人間の問題なん

だ」

 
 ということでなんとなくここでおしまい。

 先生のオーサが

「この問題はエンドレスです、だから今日はここまでね!」

って言って終わりました。朝一番からみんな鼻息が荒かったです。

  

飛行機事故の死亡率

 朝一のミーティングでの議題は飛行機事故で100人以上の

 人が亡くなったのに、子供だけが助かることがある。

 それはなぜか?

  幸運か? それとも体のサイズとか柔らかさの問題か?

 という話でした。

 ポルトガル人のルイ―スは

 「親がとっさに子供を抱くからだと思う」

 ブラジル人のアルツーは
 
 「神が誰が生き残るべきか決めているからだと思う」

 すかさず先生のオーサ(スウェーデン人)は

 「それは無い、この場合に限っては神は居ない、なぜなら車の事故では圧倒的に

 子供が犠牲になっている、もし神様が決めているのなら、車の事故

 でも同じ結果が出ているはずだ。」

  誰かが言った
 
 「子供は車を運転しないから、車から飛び出してしまって、犠牲に

 なる、飛行機は基本的にはパイロット以外は運転しないからみんな平等

 な立場になる、だから神がいるかも」

 その時に僕がボンヤリと考えていたのは

 
 「ルイ―スは親が子供を抱き締めるからだ、っていうけど、抱きしめる

 ってことはシートベルトをはずすってことかな? 
 
 隣に座ってれば頭は抱けるけど、どうなのかな?」

 って思っていました、言わなかった理由は、もしそれを言った時に

 「何故日本人は数分後に死ぬかもしれないときに、人間としての

 行動ではなくて、規則を守ろうとするのか? どうせ死ぬなら子供

 を守るろうとするのが人間ではないか?」

 って言われるかな? そこらへんの取り違えが怖かったのと、朝一番

 であんまり、発言する気が無かったからです。

 でもきっと自分だったらシートベルトを最後まで締めると思います。

 やっぱりそういうところ日本人だよね。

  ソフィアは

 「子供は死ぬことをあまり恐れてないから、体がリラックスしている

 からではないかな?大人は死ぬのを怖がるから、パニックを起こしたり

 体に力が入りすぎるのがいけないのではないかな」

 という意見でした。

  司会をしていたオージリアが僕が真面目に聞いているふりして彼女の顔を

一生懸命みていたから、急に

 「ウラはどう思うのか?」

 って振られました。 ヤバい、実はあまり考えてなかった?

 でもこういうときにきちんと発言しないと

 「日本人の男は馬鹿だ、自分の意見が無いんだ!」

 ってなるのが怖いのとっさに

 「僕もソフィアの子供はリラックスしてるからだという意見に似てるよ、

おそらく子供の気持ちとしては、親と一緒に飛行機に乗って居れば

 親が守ってくれると思ってるし、安心してるから、体に力が入らないの

ではないかな?もちろん実際に親がかばってくれることもあると思うし

でももし10歳くらいの子供が一人で飛行機に乗っていたとしたら、

不安で大人と同じようにパニックになると思う

死ぬ前にもう一度だけでも親に会いたい!って願うだろうしね」

 それに対するみんなの答えは
 
「・・・・・・・・・」

 何それ? 英語が伝わってないのか、それとも根本的に何か違うセンス

だったのか? それともなんとなくみんなけっこう喋ったからもう気が

すんでたのかな?

 なんとなくしらけた感じでその後は先生のオーサがまとめて

 朝のミーティングは終わりました。

 たぶん英語が伝わらなかったのが50%でそれ以外が50%で沈黙

 になったんだと思うけど、どうだったのかな?って思ってます。

 

2010年5月15日土曜日

多国籍なキッチン


 
 <真はマーケットです、毎週水曜日の朝の7時に行って、野菜とフルーツを買う
 っていうか「仕入れ」ます。いつも空気がひんやりと冷たくて、なんとなく緊張感
 があって僕は好きです。>


住んでる寮とか教室を綺麗にしたり、キッチンで料理を作ったり、毎日の

 食事の準備とか掃除とか、ここではみんなが仕事をしないといけません。

 
 そういう共同生活を色々な国の人と学ぶことが大事だ!

 という建前と、経費を浮かすという両方の意味がありますが。

 僕はそういう実践的な仕事を色々な国の人とするのが楽しいので、結構楽しんで

やっています。 学校みたいに「ごっご」ではあまり真剣になれません。

 
 一番大変なのがキッチン、みんなは勝手に食べ物持って行ってしまうし、

 予算を決めて、次の週に何人の人が居るのかを火曜日にカウントして、一人につき一日3ポンド(たぶん400円くらい)の予算を決めて、先生に相談。

 水曜日の朝にお金をもらって週に20万近くの買い物をスーパーでします。

 大体平均50人くらいの人がここにはいます。

 
 キッチンの仕事はみんなから文句言われるし、たいして感謝されないし、大変な

仕事。
 
 というとで、ファミレスに9年いた僕はなんとなくそこになってしまいました。

 本当は芝刈りの仕事したかったんだけどね・・・

一人でできるしね、あのカートみたいなやつに乗って芝かるのかっこ良いものね!

ということでキッチンメンバーは最強メンバーにしないといけない!

 ということで、立候補者を募りました。


メキシコ代表エリック、ブラジル代表アルツー、ポルトガル代表ソフィア、

 イタリア代表シルビア、日本代表の僕です。

 

 ちなみにイタリア人はリゾット作れるけど、白米は炊けません。

 日本人はみんなが朝に食べてる玄米といろんな種がまじってるみたいな

お粥みたいな味のない食べ物作り方も知らないし、作ったとしてもそれが上手く

できてるのか、それとも失敗なのかもわかりません。

 メキシコ・エリックはパソコン使えるし、ミーティングしきれるけど、

料理はあんまり。ポルトガル・ソフィアは英語が駄目だけど料理は相当な腕、

そして彼女が唯一UK(ヨーロッパ)の免許をもっているので8人乗りのシート

の車を運転できます。それは保険の問題。

 日本人、南アメリカ人は8人乗りの車は運転できません。

 でもサイズはでかいのでもなんでもOKです、

ただ人数が多いと駄目みたいです。



 みんで今日からミーティング


 メニュー、買い物、朝飯、昼飯、晩飯、ベジタリアン、皿洗いのローテーション、洗剤とかスポンジ、オーブンの使い方、どうやって50人分の米を炊くのか?

冷凍食品の解凍は何時間前からか?


基本的には英語で話そうね!って言うとだけど途中でみんなが

 「プロセスってポルトガル語では何?」

 「スティルって盗むってこと?」

 「この場合のスティルはのマダの意味!」

 
「ミーンってどういう意味?意地悪じゃないよね?」

 「この場合のミーンはポルトガル語では(+*‘<@¥)だし英語なら

 たぶんコンセプトに近いよいみだよ」


 みたいな会話が永遠続いて、結局誰も100%理解しないまま、3時間みんなが

自分の言いたいことを話し合いました。


 おそらく他からみたら喧嘩してるみたいだったけど、本人たちはそういうつもり

は無かったです、みんな純粋に

 「本当に良くしたいなら自分の意見を言うべきだ」

 と思ってる感じでした。

 結局みんなで何が居るかのリストを作ろう!ということになり、

 みんなでパソコンを持ってキッチンに行きました。

 長ネギをもって
 
 「ウラこれはなんていうんだ?」

 「日本ではネギだけど、たぶん英語はチャイニーズオニオンだと思う」
   (辞書の答えは long green onion でした)

 「でも細いのと太いのがあるよ?」

 「とりあえずビッグとスモールって書いとけば?」

 「まって!それはポルトガル語では断固として ‘@+*:*¥・だ!だから
  そうかいてくれないと私はわからない」

 「今の英語で話した?それともポルトガル語?」

  「今のはウラに話したのではなくてアルツーに話したから気にしないで」

  「ウラこれは何?」
 
  「それは日本ではブロッコリー」
 
  「そうなんだ、私の国では ブロッコリー って言うのよ!」
   
  「だから今僕もブロッコリーって言ったつもりだけど・・・・」

  「あら、私には他の発音に聞こえたけど・・・」

 
 「ところでこの野菜はイタリアではつかったこと無いから、

  なんて名前かもイメージできない」

  「俺も知らない」
 
  「みんな知らない・・・・」

  そんな会話を一時間くらい続けながら
 
  パソコンの早いエリックがエクセルに手早く打ちこんで作業終了!

 もう十時だから今日はここまで! っていってみんなでキッチンから出てきました。

みんなけっこう疲れてたとおもいます。

 ちなみに前にキッチンを仕切っていたフランチェスカはイタリア人で、彼女から

 もらったリストは難しいところはイタリア語なので、僕らにはわかりません。

  この先この仕事は確実に2カ月はしないといけないけど、なんか面白そう

 です、頑張りますね!




 

 
 

2010年5月14日金曜日

喪中ハガキって・・・



 <写真は今から25年くらい前だと思います、僕が小学校高学年で、家族で
 志賀高原にスキーに行った時のものです、僕は親父が29歳の時に産まれている
 から、親父はちょうど今も僕よりも2歳くらい年上なのだと思います。
 そう思うと自分は何やってるんだか?って思います・・・>



親父が死んで喪中です。

って言う手紙をみんなに出すときになって気がついた。

 僕はすでに10年近く殆ど年賀状だしてないし、過去の2年間は

バヌアツだったし、その後はもといた住所でもないし、この5年間で

 会社を辞めて、東京、大阪、バヌアツ、大阪と色々と住所が変わって居るので、

 だれも僕には年賀状をくれません。 親友だけはくれますが・・・

 でも親父は会社員のころから毎年100枚以上の年賀状を出していたので、

 喪中のハガキだすのも大変です。

 
  ってここまで書いて気がついてくれた人いるかな?

 死んだ人って喪中ハガキは出さないってことを? だっておかしいよね。

 死んだ人から
 
 「今年は私は喪中ですから、年賀状いりません。もしくは天国に送ってください」

 ってありえないよね。

  そんなこと気がつかないで、僕は50枚ほどハガキを買ってきてせっせと

 親父の為に喪中ハガキを作っていました。

 そして途中で気がつきました。

 「なんか変だぞ!僕の友達に親父が死んだから喪中です、って言うハガキは

 ありえるけど、死んだ人から死にましたから喪中です。って言うのは変だな」

 
 そして何人かに確認したら

 「それは必要なくって、親父の死を伝えきれてなくて、年賀状をくれた人には

 1月15日を過ぎてから寒中見舞いとしてハガキを出すものです」


 ということになりました。だから結局50枚のはがきは大切に保存して

少しずつ郵便局で手紙を送るときなどに現金として使ってます。

 
 6月19日に死んだ親父への年賀状は15枚ほど来ました。

 
 その中に一つに


 「年末に癌の手術と転移を繰り返しても、まだ10年以上も頑張ってる人の

 テレビをNHKでやっていました。浦さんに伝えようと思って、あわてて電話

したけど、繋がりませんでした。電話番号変えたのですか?

 浦さん今年も頑張ってくださいね!」

 という内容でした。

 親父の携帯は66月に亡くなってから2カ月ほどそのままにしていましたが、

 誰からも連絡が来なくなったので、解約してしまいました。

 面白かったのは僕が親父の電話に出るとみんなが100%親父だと思って

 話し出すことです。自分では思っていなかったけど、声の出し方とか話し方

 は凄く似てるみたいです。


 みんな親父が癌になってから8年間ずっと見守ってくれていて、それが今年

も続くと願っていてくれたんだな。と思うと、寒中見舞いを書くのは少し辛い

 作業でしたが、誇らしくもありました。 親父は幸せ者だったと思います。

2010年5月13日木曜日

120%では駄目ですね・・・


  お腹のすいているアフリカの人達を助けたい。

 でもアフリカって電気とか水とか無いでしょ、ネット繋がらなかったらどうしよう?

 マラリアにかかったらどうしよう。

 戦争が始まったらどうしよう? デジカメ盗まれるかな?アイポットは大丈夫かな?

  って心配する人沢山いると思います。

   正論としてはこうです。

 「自分の保身ばかり考えてる人に、

   今にも死にそうな人を助けることはできないから行かないほうが良いよ」
 
 こうやって言うのは簡単だけど、僕はそうでもないと思います。

  自己犠牲とか、献身的なことはもちろん素敵だし、正論は口にするのは

 気持ち良いけど、最近思うことは

 そうやって無理して120%の自分で全力疾走してしまって2年くらいで息切れして

 、挫折感を味わうよりも、80%くらいで走って10年つづけたほうが

 結果的には良いと思うし。基本的には80%も途上国の人に何かしてあげなくても

 20%くらいの気持ちでなんとなく世の中には困っている人もいるんだな、

 ってことを意識しな人生を生きるほうが、結果的には自分にも世界にも良いと思います。

 
自分が幸せでない人は人を幸せにはできないだろうし、

自分に体力と経済力が無ければ人には優しくできないしね。

 日本人は桜みたいに一時パッと咲いて、

 後は散ってしまうような人生が美学の中にあるけど、

 それは武士のはなしであって普通の農民は自然を相手にしながら、

 コツコツと毎日8割くらいの気持ちで働けばそれが幸せなのだと思います。

 それが人生! 国際協力もそういうものだと思います。

 日本人がそんなに自分犠牲にして燃え尽きるほど頑張らなければならないほど、

 アフリカの人達は馬鹿でもないし、弱くもないです。

 もちろん助けは必要だけどね。

 どちらかと言えばパートナーとしての助けが必要だと思います。

身を削っての人助けは間違ってると思います。

自分を削って人を助けたら、

 削った自分の体をまた他の人に治してもらわないといけなくなるからね。

 
 バランスが大切だよね。そういうバランス感覚を身につけようと思っています。