2010年7月8日木曜日

ロンドンでの募金活動


 
  <写真はロンドンの凄く有名な広場です、みんなが大道芸していました。
 タンクトップの男の人が観客を巻き込んで、僕がイリュージョンを見せます。
 空中を飛んで下の男性にも触れずにチェーンを超えることができます。

 「もしできたら拍手とコインを!」

 と言いだしてから30分くらいマエフリがあって、最初から居る人は
「これだけ待ったから何がおこるのか見ないと」
って思うし、途中からきた人は
「これだけ人が集まっているってことは凄いのだろう」
 という感じで期待するし、
結局はこの男の人は体操か何かをしてるみたいで、手前から踏み切ってひねりを加えた
空中回転で見事に寝ている男の子にも触れずに着地しました。
 でも少し長すぎたみたいで、あまりの一瞬の出来事に
「やっぱりそういうことか、タンクトップの体つきが良いものね」
 ってみんなが納得して、おわりました。お金を集めるところまで見なかったけど
 きっと結構もらっていたと思います >



 ロンドンで募金活動しました、一人で行って、バス停の隣の

 電話ボックスが二台並んでいる横におもむろに折りたたみの椅子を組み立てて

 一分で準備完了!すぐに実行です。セリフは二言!

 「ハロー、ハブ ア ナイスデイ!」 こんにちは 良い一日を!

 日本だったら誰も振り向かないよね。

 でもイギリス人は習慣的に

 「何のチャリチーかな?」

 って確認します、そして興味があるとよってきます。

  そういう人にだけ、僕はボードに張ってあるバヌアツの写真を見せて

 「これは僕です、体育を教えています。11月にアフリカに行きます。

 だからサポートしてください」

 って普通の事を普通に言います。 すると僕の写真をじっくり見てから

 「この写真はあなたじゃないの?」

 って聞いてきます。基本的に僕の英語はいつも全く通じていません。だから

僕は説明したいことは全てボードに張ってあります。 アフリカの地図を見せて

  「ボク、ココ、11月 イク スポーツ オシエル 」

 って言ってニヤッと笑います。
 

 そこでたいてい質問は二つに分かれます。

 「何のスポーツ教えるの?」  「あなたアフリカに戻りたいの?」

 基本的に外国って「体育」っていう科目はあまり一般的では無いです。だから

 ピント来ないみたい。

  アフリカに戻りたいの?っていう質問が一番説明が難しくて、

 「これは南太平洋です(英語でサウス・パシフィック)僕はそこにある

 トンガとかフィジーとかニューカレドニアの近くにあるバヌアツっていう

 国に二年間行っていました、次の目標はアフリカなんです」

 って言います。 みんなの理解度は20%くらいだと思います。

 「ああ、南アフリカに行ってきたのね!」 っていう人も結構います。

 ちなみに僕はいつも偉そうに外国の話をブログに乗っけていますが、
 
 人生の中で英語のテストで100点を取ったことは一度もないし、

 英検を受けたことも一度もないし、トーフルとかそういう感じの英語の検定

 を受けたことも一度もなく、英語力は中三レベルにビシュラマ・イングリッシュ

 というバヌアツの言葉とハワイでアメフトしてたときに覚えた

 「英語が喋れなくても場を持たせるスキル」

 っていうか単に黙って話を聞いてるだけで生き延びています。

 なんで英語の能力を証明するもの何もないのに学生ビザがとれたのかは

 自分でも不思議なのです・・・

 
 「言葉の意味は良く分からんが、とにかく凄い自信だ!」

 っていうセリフが昔に筋肉マンでありましたが、まさにそんな感じだとおもいます。

 ロンドンの人は写真と僕の片言の英語を聞いて

  「じゃあ募金!」

 って言ってお金を入れてくれます、ちなみに僕の仕事は学校の活動のマガジンを

 200円で売ることで、その為のライセンスは持っていますが、募金は他のライセンス

 が居るので基本的には非合法です、でもみんな

 「そのマガジンは要らないけどあなたにお金は渡したい!」

 って言ってくれるので、募金いただいています。

 困るのは子供と学生です。

 本当はもらってはいけないんだけど、子供はみんな僕のボードに興味があって

 見に来るし、基本的に募金してるときってお金の為に挨拶してる訳ではなくて

 単に僕がロンドンの人に「良い一日を!」って言いたいだけだから、

 人を選んで挨拶したくないので、子供にも学生にも挨拶しています。

 すると学生などは戻ってきてお金を入れてくれたりします。

 でもたぶんこれも非合法だと思います。

 でもたとえ20円でも入れてくれようとしている中学生に

 「君からはもらえない」

 って片言の英語で伝えるのが良いのか、それとも

 「本当にありがとう!」 って満面の笑みを返すのが学生にとって良いのか

 って思ったら、100円以下の募金なら罪は無いかな?っておもいますが、

 回りの大人の目が気になります。 

  
 ロンドンで良かったことは彼らは片言の英語に素晴らしく慣れていて、しかも普段

 生活しているHULLという町よりも英語の発音がきれいでした。だから意外と

 会話が成り立ちました。

 全て説明が終わると、もう一度僕の顔を見直してから

 「君の行ってることはたぶんあってるし面白い、ボランティアに行くのに、

 自分でお金を稼いでいるって面白いね。頑張ってね」

 って言って朝の一番に自転車にのった60代くらいのおじさんが1000円

 を箱に入れてくれました。札をもらったことは初めてだったので、相当驚きました。

 「風でお札が飛んだらどうしよう?小銭で飛ばないようにしておかないと・・・」

 ってそんなことばかり考えながら、

 「ロンドン恐るべし!」

 って思いました。

 ちなみにその日は3時間で4000円くらいでした。

 途中で何度かホームレスが寄ってきて僕の募金箱を覗きだしたので、

 怖くなってたいさんしました。 

 次回は募金されてどういうことが自分の中で変わったかを書こうと思います。

2010年7月5日月曜日

シャンプーという犬の話し⑤



 <写真は僕が空気を入れすぎて割れてしまったボールをかぶっている
クリンクリンです。途中まで女の子だと思っていたけど、男の子でした、
声もとても可愛くて、行動も面白くていつも楽しませてくれました>

 シャンプーの様子を心配しながら週週間が経ち、夕方になっても彼女が

現れない日が続いてある日、子供たちがやってきて、

 「ウラ、犬の子供が沢山居るぞ、7匹も居る!」

とみんなで僕のところに報告に来ました。

 「シャンプーはジョンの家に戻ってそこで主産したんだな」

とわかって、少しほっとしたというか、ヤッパリ彼女のなかでは飼い主

はジョンなんだな。 とおもいながら、なんとなく自分の役目は終わった

ような気もしていました。

 子育てが忙しくて、彼女はもう家には来ないだろうというきもちでした。

 

 その二日後、シャンプーが幽霊のようにフラフラと家にやってきました。

 ガリガリに痩せて、毛並みはドス黒く、アバラが丸見え、出産したので

お腹の皮がたるんで、背骨というサオ竹に毛皮のシーツがかけられてるみ

たいに、まさに骨と皮だけになっていました。

 僕の顔を少し懐かしそうに見ると、すでに顔を上にあげることすらおっくうな感じで、

そのまあ家のベランダの一番風の良く通る、

冷たいセメントの上に横になって、ピックリとも動かずに眠ってしまいました。

 僕があわてて冷蔵庫から残り物を持ってきて、

彼女の鼻の前に並べてみましたが、優しい目でちらっと見ただけで、

口にすることはなく、死んでしまったのか?というくらいに静かに眠っていました。

 

2010年7月3日土曜日

シャンプーという犬の話し④



  <写真は2008年、2009年頃に、どういうわけか、タンナ島にボランティア
  として、流されてきたボランティア達です、たぶん僕たちはあそこで一つの時代を
  作ったような気がします。いつもこの5人に優しくいたわられ、そしてこの5人
  を優しい目で眺めていたのがシャンプーでした。 そして写真のように後輩4人は
  良く僕の面倒を見てくれました。みんな写真かってにアップしてゴメンネ!この
  秋には右から2番目に居るヨリが日本に帰国して、僕がいたころの隊員は全員
  タンナ島を去ることになります、俺達良く頑張ったよね!>



その約一ヶ月後、なぜかシャンプーの体は一回り大きくなっていました。

バヌアツは夏真っ盛り、僕は毎日子供達と海に飛び込んであそんでいましたが、

シャンプーはうちの裏庭の手入れされていない木陰の雑草の中に、

埋もれるように毎日いました。

 食欲もなく、あまり動かず、

いつもより大きく息をしているシャンプーは夏バテではなくて、

妊娠しているのだと気がつきました。

 犬につわりがあるのかはわからないけど、お腹は一回り大きくなっても、

もともとが細い体のシャンプーにはとても苦しそうな毎日が続いていました。

 雄犬が守ってくれるわけでもなく、

自分の家よりも安全な僕の家の隅でひたすら苦しそうに横たわっているシャンプは、

すでに食事もあまりとらなくなっていました。

 最初は

「スパイダーのこどもかな?」

 と少し期待しましたが、時期的に見ておそらくそれは期待できないだろうな?

とおもいながらも、あまりにも苦しそうなその姿に、

メス犬の苦労とオス犬のいい加減さに腹をたてながら、

ただ僕はシャンプーの生命力に期待するだけで、

何も助けてあげられない自分にもどかしさを感じながらも、

協力隊の隊員としてのバヌアツでの活動で感じるもどかしさと

同じような気持ちをシャンプーにも感じていました。

 結局は人が人を助けることはできないし、

野生の掟に逆らうことは良い事ではないのかも?
 
 と思いながらも、目の前にいるシャンプーを何とかしてあげたい

気持ちもやはりありました。

 シャンプーは自分が不憫だとは感じていなかったと思うし、

そんな同情は彼女には必要無かったのだと今は感じています。

 可哀そうだとか、惨めだとか言って、中途半端に他人の人生を手助けして、

自己満足することは結局はさらに相手を傷つけることもある。
 
 とバヌアツに2年間居で感じました。

 自分の今まで過ごしてきた人生や文化、習慣にプライドを持てることは、

生活が便利になることよりも大切なことなのだと思います。

日本人の良いところ。


 
 <僕は5月チームですが、写真は3月チームです、デンマークの演劇のコンテストに参加して2週間ぶりに帰ってきた時の写真です。この中だけでも10カ国は居ます、3月チームには日本人はいません>


バヌアツで帰国する前に一人のおばさんに言われた

「浦はバヌアツに何も残せなかったって言ってるみたいだけど、

あなたが自分の洗濯物を

自分で洗って干している姿はとても感心したわよ、あなたにとっては普通の事

かもしれないけど、西洋文化の男の人がそういうことをしているのをみて私達は

うれしかったわ」

 と言われた事があった、そういえばバヌアツに居たころ何度か近所の親父達に

「ウラ、家の嫁が洗濯するからお前しなくて良いよ!」

 って言われた事ありました。僕は別に洗濯は嫌いでは無かったし、

 結構洗濯ものは持っていかれることがあると聞いていたので、その人がせっかく

干してくれてる時に誰かが持って行ってしまったら、責任感じるだろうし、

 やっぱり下着とかお願いするのなんか恥ずかしいし、でも下着だけ自分で洗うと

それもまた変だし、

結局バヌアツの時はパンツとシャツ以外はほとんど洗濯してなかったし、

(基本的に夏だし、サンダルだから靴下ははかないしね)

 ということでいつも断っていました。

 ちなみにバヌアツで女の子が男の子に
 
 「誰があなたの洗濯をしてるの?」

 って聞かれたらそれはきっと

 「彼女居るの?」

 っていう意味だったと記憶しています。 たぶんね・・・

 
 
 先日スウェーデン人のオーサに

 「やっぱりウラとかは日本で健康な食事に対する教育とか受けてるの?」

 って聞かれたけど、ただ母親に出された豆腐とか焼き魚とかお浸しとか

 味噌汁を普通に食べてただけだから、
 
 「そんなの習わないよ、スポーツしてたからサプリメントの事は勉強したけどね」

 ってったら、失望されました。 

なんか食にたいするポスター作って欲しかったみたい。

 和食の評価はヨーロッパでは相当高いです。


 ちなみにイギリス人の友達も、

 「政府が毎日5種類の野菜を食べろって言ってるから頑張って食べてるの」

 って言ってたけど、そんなの政府が言うことなの?

 って少し驚いたし、イギリス人は意外と政府のいうことを素直に聞きます。

 真面目です。

 
  自分の国の人達が意識してない習慣って

他の国の人から見たら評価されることあるんだな?

 って思いました。

 
  今週は天気が良かったので日焼けした僕の腕を見て、イギリス人が

 「良いな、きれいに日焼けして、私達は赤くなるだけだからきれいに焼けないのよね」

 って言われて、そんなこと意識してなかったし、一般的にアジア人は日焼けは嫌いだよ

 って言ったら、「それは知ってるけど、やっぱり日焼けした肌は素敵だと思う」

 って言ってました。

  
 僕からしたら外国の人って髪が薄くなったり白髪が増えてもなんか素敵な感じだけど、

そういうのっておそらく本人達はあまり意識していないような気もします。

 
 ちなみに今の学校には僕とケイタの二人が所属していますが、

二人とも結構頑張っています。

 先日にみんなが

 「ケイタとウラは良く働くしみんながしたがらない仕事でもして偉いね!」

 って話しだしました。そうでしょ!俺達は偉いでしょ!っておもっていたら

 その中の一人が

 「だって彼らは日本人だからだよ」

 って言ってました。

 決して悪い意味では無いです、でもちょっと心の中で

 「日本人だからっていうだけで片づけて欲しくないなー!」

 って思ったけど、やっぱりうれしかったです。

 
 ちなみにこの学校のプログラムの勧誘の話しの時に先生が言っていました。

 日本人は5人がコンタクトを取ってきたら1人は参加してくれる、

 韓国人は20人に一人、

 イタリアなら50人に一人、ポルトガル、フランスは100人くらい、

 ブラジルなら200人。

 だから世界基準は大体80人に一人くらいが来てくれます。だからみんな

できるだけ宣伝してください。
 
 って言ってました。しかも日本人は参加を決めたら絶対にやり遂げる、辞める人は

ほとんど居ない、それも断トツにトップ!

 って言ってました。 まあヨーロッパの人は家が近いから気に入らないとすぐ

 帰っちゃうよね。旅費も安いしビザ要らないしね。

 ちなみに日本からは飛行機だけで16時間、少しくらい学校が辛くても残るよね・・・

 
 もしこのプログラムに興味のある人はメールください

 urablog1974@gmail.com

です、決して僕はお勧めしてませんけど、僕みたいに変わり者の人がいたら

きっとこのプログラムは相当楽しめます。ヨーロッパの人とふれあえるし、

 結構きちんと仕事とか募金活動とかあるから、学校で学ぶよりも深く人間関係が

持てるからね、僕向きです。でも勉強したい人はきちんと留学することを勧めます。

 話しそれましたけど、日本人の評価は素晴らしく、僕達が意識してない事が

結構評価されてますよ!って言うことでした。

ちなみにこちらでもワールドカップの日本チームの評価は高く、

 PKは運だから残念だった、もっと日本の試合が見たかった!

 って言ってくれてます。イングランドも負けてしまったのイギリス人はみんな

「サッカーはもう忘れよう、私達は今はウィンブルドンがある!」

 って言ってました。 ちなみに先週までは誰もテニス見てなかった気がします・・・

 

2010年6月30日水曜日

シャンプーと言う犬についての話③



 <写真はシャンプーの物真似をする隣のクウィンティル、タソガレ顔が
なんとなく似ています。写真は2008年の10月だから、3歳か4歳でした、
今は小学校に通っているそうです。>


そんな彼女と僕との間に小さなもんだがおこったのは

スパイダーが死んでから一カ月くらいたったある深夜の事でした。

 眠れないのでメールのチェックをリビングでしていた時の事、

外のセンサーライトのオレンジ色の光の中で、

シャンプーが他の二匹の犬と交尾をしているのに気がつきました。

 スパイダーの支配下におかれていた、我が家の敷地の中で、

二匹のたいして品の良くもない雄犬に囲まれて、

交尾しているシャンプーのその遠い眼の先に、

一瞬でもスパイダーの事を思い出してくれているのかな?

 と少し切なくなりました。

 人間としてあまりにも守られた世界に住んでいる僕にとっては

 少しだけショックでした。

 しょせんそんなのは男のエゴだなとわかりながらも、

とても複雑な気持ちで、深夜のその光景を家の中にある

少し大きな肘置きのあるチェアーにもたれながら、

死んだスパイダーの事を思いながら、

 少し複雑な気持ちで眺めていたのを思い出します。

 
 それから三日間ほど、僕はシャンプーと口を利きませんでした。

 お前がスパイダーを待つ気が無いのならば、もう一緒にはいたくない、

もともとお前はうちの犬では無いのだ、

うちの残飯はお前には食べてほしくないし、スパイダー以外の犬を飼うきは俺には無い。
 
 そう思っていました。

 シャンプーは残飯がもらえてももらえなくても6時前後には必ずうちの

キッチンに顔をだして、座っていました。

 三日間たって、餌をあげない僕に腹を立てるでもなく、仕方が無いから

一切れだけあげた肉のかけらの匂いだけをゆっくりと嗅いで、

なぜか口に入れなかったシャンプーの姿をみて、

 「腹が減ってるから来てるわけではないんだな」

 となんと無く自分が間違っていたようなきがしました。

 「スパイダー、お前はどう思っているのか?」

 と彼に聞きたい気持ちでした。

 おそらくスパイダーは

 「そんなことは犬の世界では当たり前、人間てなんでそうなの?

   ウラのほうがおかしいよ!」

 って思っていたかもしれません。

2010年6月26日土曜日

シャンプーという犬についての話②



<写真は我が家のコンクリートの上で涼んでいるシャンプーです、
いつも落ち着いていて、優雅な感じでした。気がついたら我が家に居て、
いつの間にか去っていく、別に食事をねだりに来ている訳ではなく、
くつろぎに来ているようでした。>



スパイダーが事故か、他殺かで行方不明になってから二週間、夕方になるとシャンプーはう

ちにキッチンの入り口にさりげなく座っています。

 僕が肉の破片やシーチキンの空き缶などを目の前に置くと、

ゆっくりと首をもたげて優しく空き缶を舐めます。

 スパイダーが居た時はその空き缶すら彼に取られていましたが、

シャンプー以外の犬が我が家の敷地内に入ることはスパイダーが断じてゆるさなかったので、

うちのキッチンにシャンプーがいるだけでも、

それは十分にスパイダーの彼女として認められていたのでした。

 「今日もスパイダーは帰ってこなかったな、

お前も俺と一緒に彼の帰りを待っているのか、

今日はスパイダーは帰ってこなかったから、晩飯の残飯はお前にあげるよ、

そうしないと夜中に他の犬がうちのごみ箱を荒らすからな、

きれいに食べてから家に戻ってくれ」

 といって彼女に残飯を食べてもらっていました。

「でもお前はジョンの家の犬だし、スパイダーもレイモンドの家の犬だったから、

さすがにお前はうちの犬としては認められないよ、

バヌアツの人にウラは犬泥棒だと言われたくないからね、

食べたらすぐに戻るんだよ」

 そういう僕の気持ちがわかるのかどうかはわからないけど、

シャンプーは僕の晩飯の時間が終わると、気が付いたら姿を消しています。
 
 あとから気がついたんのですが、彼女はそれぞれの家の晩御飯の時間を
把握していて、夕方の4時ごろから、8時くらいにかけて、

それぞれの家を回って食事をもらったり、残飯をあさったりしているようでした。

 雄犬達は自分達の縄張りをきちんと守って生活していますが、

雌犬のシャンプーは縄張りは持たず、したたかにそれぞれの場所を回っては

食事をえているようでした、雄犬達もシャンプーにはそれほど攻撃はせず、

シャンプー自身も他の犬の嫌がるようなことは決してしない犬でした。

 他の犬に自分の食事を横取りされても、おこるそぶりも見せずに、

フラフラと去っていくような犬でした、そのけなげさで、

バヌアツで生き抜いていけるのか?隊員達のあいだでは常に不思議がられていました。

体は大きいのに、犬のくせに猫背で、まっすぐ歩いているのに、

どことなく斜めに進むその姿に、なぜか哀愁を感じるのは僕だけでは無かったと思います。

2010年6月24日木曜日

シャンプーと言う犬についての話 ①



:写真はシャンプーです、僕の部屋をのぞきに来た時です、
決して家の中には入ってきませんでした。
 いつも僕がシャンプーの姿を確認したとわかると、
静かな場所を見つけてくつろいでいました:



  もう一年以上も書かなければならないと思っている犬の人生がある、

名前はシャンプー、僕の愛犬スパイダーの彼女。突然この世を去ったスパイダーの帰りを僕と一緒に待っていた悲しきこの犬の人生を時に僕は深く考えていた。
一年以上たった今、夜の10時まで日の落ちないイギリスで彼女の話を書こうと思います。

 彼女の本名はビニーという、ジョンという高校の先生の飼い犬だった、
 なぜシャンプーと呼ばれているかというと、僕が近所の子供達に

「この犬はなんていう名前なんだ?」

 と聞いたら、子供達はジャンボという犬がビニーと良く似ていたので、僕に一生懸命

「ウラ、この犬はジャンボっていうんだ! ジャンボだよ!」

 と繰り返して教えてくれた、バヌアツにはジャの発音は無いので子供達のジャンボの発音は奥にはシャンポに聞き取れた、僕が変だな?って思いながらも

「シャンポっていうのか?」

「そうだジャンポだ」

「今、お前はシャンプーっていったのか?」

 「そうだウラ、いま、俺はジャンボっていった!」

 「シャンプーって頭を洗うシャンプーか?」

 「ウラが言ってることわからないけど、ジャンボだ、とりあえずジャンボなんだ」

  「そうかシャンプーか」

 という感じで気が付いたらみんなどうでもよくなっていて、

かってに彼女の名前は僕のなかではシャンプーでした。

 ジャンボを僕が聞き間違えてシャンプーになり、元の名前も子供達が

 ジャンボという犬と間違えて、結局ビニーは誰にも本当の名前をよんで

もらえず、そのまま僕が帰国するまでシャンプーでした。

 僕の愛犬スパイダーが愛した犬、だれも犬に餌をやらないバヌアツで、

けなげに生き抜いている彼女の姿は、悲しくもあり美しくもありました。

 
 今日から8回くらシャンプーの話になりますのでよろしくお願いします。