2012年2月1日水曜日

なるほど、って思ったこと

現役教員の友人に今の日本の教育現場の体罰について聞きました。

  昔みたいに

 「ウチの子がおかしかったらぶん殴ってやってもらって結構です!」

   みたいなこと言ってくれる親っていないの? って聞いたら

 「もちろん今でもそういう親はいますよ、

  でも実際はそういうことが言える親に育てられてる子供は

  初めから殴る必要は全くないんですよね、そういう子は口で言えば理解しますから、

  殴るべき子供は言い訳ばっかりする甘えた子供です、

  親を見れば一発でわかりますね。

  だって親自信が言い訳ばっかりで社会に甘えてますからね、 

    とりあえず親からぶん殴らないとっておもいますね・・・・」

  なるほどね、学校現場は今でも素敵な人が多いな!って嬉しくなりました。

アラフォーの言い訳

協力隊で一緒にバヌアツにいた、ヒロが言ってたんだけど、

 「戦後生まれのウチの親父が働きだした頃は、40年働いてカブ(新聞配達の人達が
  
よく乗ってるバイク)一台買えたら良いなー、くらいに思っていた。でも実際は

 定年するころには、車も実家の軽トラを含めて3代、バイクもトラクターも

 持っている。まさかこんな風になるとは思っていなかった」

 と言っていたそうです。

 この40年てそういうものだったよね。

 でもこの先40年はどうかな?って考えると、そういう時代ではなくなってきた

 のだと思います。

 親達がしてくれたことが自分の子供にできるのかな?

 って考えると、現状維持はできても、それ以上は難しい時代だと思います。

 
でも最近気がついたのだけど、そういう喪失感みたいなものは第2次ベビーブーム

 でバブルの最後を少し見た僕の世代

(ジュリアナに行く年ではなかったけど、テレビで見たことはある世代、30代後半)

しか持っていないのかもなということです。

 今の20代の人達ってもともとバブルも知らないし、ゆとり教育をうけて、

就職も最初から無いし、終身雇用も崩壊、年金も崩壊、就職したら車を買って

ドライブするというよりは、電車で近場に行く、そもそも人数が少ないから

何をしたって社会現象として取り上げられにくかった世代だと思います。

 ある意味そういう世代の人達のほうが今の世の中の現状にマッチしていて

地に足がついている気もします。

 焦りがあるのは僕の世代(38歳くらい)親達がたどってきた成長が望めない

という世代だけなのかもしれません。

 こういうこと考えるのって40前にして同じ世代の勝ち組、負け組が決まって

 きたからなのかな?

惨敗組の自分はどうやって這い上がるべきなのかね・・・

2012年1月25日水曜日

グローバルって意外と簡単

グローバルスタンダードとかグローバリゼーション

 とか聞くと語学が苦手な日本人としては何か自分達の知らないところで
 
そういう流れがあって、取り残されている。みたいな焦りが気がするけど、

 それは幻想であると思います。

 結局はグローバルな世界で通用する人間とは自分の国の文化をきちんと言葉で

 説明できるかどうかなのだと思います。

  僕の経験からいうと


  ・ハンガリア人に

 「私は村上春樹の小説が大好きです。あなたはどの本をお読みになりましたか?」

 
  ・空手をやっていたブルガリア人に
 
 「葉隠は最高!」 って涙ぐまれた時
 
 
 ・スペイン人に

 「イソロク ヤマモト尊敬してる!」

 
 ・イタリア人に

 「クロサワ映画、全部見たよ、お前はどれが好きか?」

 
 ・バヌアツ人に

 「何故日本人は拾った財布を警察に届けるの?自分の国なら見ないふりするか

   現金だけ抜き取るのが普通だよ、落し物センターとかないよ」

 
 ・ポルトガル人に

 「クジラ食べないといけないほど日本に食べ物ないの?
   俺もちょっと興味あるんだけど、本当に美味しいの?」

 
 ・世界中で

 「なんで戦争で何もなくなったのに、たった50年で日本は復活したの?
    
  何故それが自分達の国ではできないと思う?」

 
 ・これも世界中で

 「なんでアメリカに原爆落とされたのに今でも仲良しなの?」

 
   遠慮しながら
 
 「ハラキリ(切腹)のこと聞いてもよい?」

  

 こういうことを聞かれた時にきちんと説明できるのがグローバル化していく中で

 もっとも大切なことだと思います。(僕も答えるの苦手だけど)
 
 自分の国がどういう国か、どういう文化でどういう歴史なのかをきちんと
 
 理解していて言葉で説明できることが大切なのだと思います。


 
 そして実は日本が世界中で唯一それが苦手な国だと思います。

  大陸文化と島文化でいうと、日本は島だからよその国と自分の国を

 比較することになれていない、

  でも島国って世界中であるじゃない! って言われるかもしれないけど、

 ほとんどの国は基本的に一度植民地になっていて、好む好まざる関係なしに、

 一度自分達の文化と言葉を完全否定されて、他の国の文化を強制的に

 受け入れさせられている、その過程で自分達の文化についてじっくりと考える

 作業が行われている。

 日本はそういう経験少ないんだよね。アジアのはずれの島国で、他の国の文化を

 はじき返せるくらいに国力と軍事力のあった日本はそういう意味では特殊なのです。

 必要なのは世界を知ることではなくて、とりあえず自分達が何者なのかを知ること

  それを説明できるようになって世界に出ていかないと、

 出て行った先で

 「あなたは何者?どういう文化でどういう歴史?人生でもっとも大切なことは?」

 って聞かれて答えを持っていないと、そっちのほうが問題です。

 グローバルっていう国があればそこに留学してグローバル国の勉強すれば

 グローバル化できるのだろうけど、グローバルスタンダードっていう基準は無いから

 必死でみんなが模索しているのであって、

 模索することがグローバル化することだということになると、

 結局は自分の国のことをキッチリわかっていることが一番なのだと思います。

 
 難しく書いたけど、日本のことを勉強するだけだから意外と簡単かもしれません。

 
ちなみにグローバルとインターナショナルの違いは
主に国家と国家の間ならインターナショナルで世界規模ならグローバルというのが
適正なのだということでした。(ウィキペチティアありがとう)

2012年1月24日火曜日

ウンコパンツは当たり前だった頃

ゆうちゃんという優しいくて人を引き付ける同級生が居て

ゆうちゃんはいつもゆうちゃん軍団というガキ集団の面倒を見ていました。

 ゆうちゃんと僕が小4の時に一緒に遊んだ時だったんだけど、

 その時に引き連れいてたのは

 小3のヒデとカツ 小2のケン、小1のナオキ、あとは幼稚園くらいのシュン

 でした、

 ゆうちゃんの家の近所で遊んでたけど、歩いて10分くらいの崖に行って遊ぼう

 という話になったときに、カツが

 「シュンはちびだから家に帰れ、ついてくんな、お母さんに怒られる」

 って言ったんだけど、シュンが悲しそうになったのをみてゆうちゃんが

 「ええやん、シュンも来いよ」

 って言ってました、今思えばカツとシュンは兄弟だったのかもしれないです
 
 
  崖にいって僕達がすることは崖をひたすら削ることです、すでにみんなが削って

 洞穴みたいになってるから、そこに入ってドンドン奥に削っていきます。

 角材とか木の枝とか持ってきて、ひたすら奥へと削ります、足元にたまった土は

 洞穴から外に投げ出します。みんなで競争のように掘りすすみ、ドンドン奥へと

 入っていくのが何故か子供には面白いのです、シュンはみんなに

 「邪魔だからもっと端っこ削れ」

 っていわれて、

でもお兄ちゃん達と遊べるのがうれしいみたいで機嫌よく削ってました、

 
  そしてこれはよくあることなんだけど、必ずそういう砂地って犬とか

 猫とかのウンコがあって、その日も途中から子供の頃に砂場で良く嗅いだような

 ウンコの匂いが充満しだしました。

 
   みんながその匂いに耐え切れなくなったころに小2のケンが

 「シュンがウンコ漏らしたんちゃうか?」

 って言い出しました、

 すかさずヒデが崖を削っているシュンの長ズボンのゴムを引っ張って

 お尻をのぞきこみました、カツも一緒にのぞきこむと

  「あ、ホンマや少しウンコついてる!」

 シュンは少し下を向きながらされるがままになっていたけど、手だけは小さく

 だけど崖を削り続けていました。

  ゆうちゃんが

 「見せてみー」

 っていってシュンの長ズボンを引っ張ってのぞきこみました。

  僕もその時に一緒にのぞきこんだけど、まあウンコをもらしていた

 わけではなくって、たぶんふき残しが少しパンツについてる程度でした

 シュンはその時はうつむいていたけど、目には涙がいっぱい溜まっていて、

 本人は無意識かもしれないけど、それでも手だけはほんの小さく崖を削っていました

 「やっぱり連れてこんかったらよかった!」

 「シュンお母さんに怒られるわ」

 「めっちゃくさいなー」

  とみんながシュンに罵声を浴びせているのをみてかわいそうに思った

 ゆうちゃんが一言

 「でもこの匂いはシュンとちゃうやろ、シュンのパンツは少し汚れてるだけやしな、

  そのくらいのウンコはおれかってついてる時あるし、普通やろ」

 って言いました、それをきいたカツが、

 「そうやな、そう言えばみんなついてるわ」

と言って小1のナオキと小2のケンのズボンを引っ張ってのぞいた後に、

 ヒデ、俺のパンツにウンコついてるかみてくれ、って言って今度はみんなで

 ズボンの引っ張り合ってウンコパンツの確認をしながら大笑いしだしました。

 「お前もちょっとついてるやんけ!」

 「ゆうちゃんかってたまについてる時あるねんから

  俺かってちょっとくらいついてて当たり前やんけ」

  みたいな会話になってて、

 「ゆうちゃん軍団は笑けるなー」

 って思ったし、
   
 「うらくんもついてるか見せてーや!」

 って言われるのを少し警戒したりもしたけど、それは無くって


  
  
  そのあとに5分くらいしてシュンの事見たら

 嫌なことはすっかり忘れてまた楽しそうに崖を削っていました。


 「立ちショんした時に手を洗う水がなかったら、砂で手をこすって洗えば

 きれいになるねんぞ!」

 ってゆうちゃんが言ったので、みんなしたくもないのに無理に

 立ちションして、砂で手を洗って 「スゲー」

 っと納得していました。
 

 子供のころってそういう出来事の繰り返しが何度もあって、人の優しさとか

 人間関係みたいなのを学んでたんだなー、って思います。

 ゆうちゃん今頃出世してるんとちゃうかなー、

 いまでも周りに人あつまってるだろうね、懐かしい思い出です。

2012年1月23日月曜日

最高の飲みの誘われ方

僕の一番好きなの飲みに行く時の誘われ方は

 夕方5時から7時くらいの間に電話がかかってきて、
 
 「何してる?たまたま近くで仕事だったから飲まない?」

 「急に焼き肉食べたくなったから付き合って」

 「近所で飲んでるから暇だったら来て」

 とかそういう感じで誘われるとうれしくなります。なんか変に力まなくて良いし、

 そういうときって基本的には僕が居なくても飲みは成り立ってるけど、そこに混ぜて

 もらう感じ、助っ人的飲みというか気楽なんだよね。

 断っても問題ないしね。

 店なんかも行き当たりばったりで入っちゃって気にいらなかったらビール2,3杯

 飲んで30分で1500円くらい使って次の店に行っちゃえば良いしね。
 
 

まあ悪いなと思うのはうちの母親が晩御飯作ってるから、家に電話して

 「ごめん、ご飯食べて帰ります」

 っという作業が申し訳なさもあって、ちょっと罪悪感があります。

 母親は嫌な顔しないで許してくれるけどね、奥さんだったらダメだろうね。

  
逆のパターンは幹事というものがすでに決定されていて3週間前とか1カ月前から

 人数、時間、場所などの調整が綿密に行われている場合。

 たぶん僕だけなんだろうけど、苦手なんだよね、

   行く前とかなんかそわそわしちゃって

 何を着ていこうとか、ウコンの力飲まなきゃとか、空腹具合を考えて昼飯の時間とか

 何食べるとか色々考えちゃうんだよね。

 そういう飲みはだいたい人数も多いし、結局話す内容も広く浅くだから、

とりあえず飲んどこうという感じで、

会話の内容よりもお酒の酔いでその場が盛り上がる的な感じで。

 頭よりも胃袋を優先的に使うという飲みになります。

 それは僕の苦手な飲みです。なんでなんだろうね、

予定として入ってると緊張しちゃうんだよね。
 
 

 でも女性ってそういうのダメだって言ってました。男同士のそういう突発的、衝動的

 飲酒は受け入れがたいみたいです。

 女の人は、その日に予定の無いことがすでに自分の中で予定となっているので、

 急にさそわれて飲みに行くことはあまりうれしくない。 そうなのです。

 なるほどね、いろいろな考え方あるよねー!

50万と25万

アンゴラでもバヌアツでもイギリスでもそうだったけど、

お金と時間の関係って複雑だな、って思うことがあって、

 具体的に書くと 月給25万で週休二日がキッチリ取れて、

仕事も9時から5時で終わる人と、

月給50万だけど毎日残業があって日曜日しか休みのない人とどっちが良いかな?

って感じることあります。

 僕は大阪に19歳まで、その後は関東に長くいて、バヌアツに行ったりしてたけど、

 途上国で圧倒的に良いのは時間があること、

時間があるとたとえばピクニックに行く時でも朝からお弁当を作っていける、

そうするとお弁当代がいらないし、

作ってる時からすでにピクニックは始まってるような気分になるんだよね。

 でも仕事が忙しくって日曜日しか休みが無い人は、仕事の疲れもあるし、

疲れた体で日曜日の朝に起きて、

今日は普段のストレスを発散するためにと思ってディズニーランドに出かけてしまう。

 そういう人がたくさんディズニーランドにいるからみんな疲れるし、

車は混むし、お弁当作る時間ももったいないから外食になるし、

普段の疲れがさらに増してしまう。

 日本の今までの風潮としては地元の市民公園に行くよりは

ディズニーランドに行ったほうが良い、というようなバブルのなごりがあったけど、

これからは家族で市民公園に行くことが増えるような気がします。

 景気が悪くなってお父さんがみんなもっと暇になれば良いと思います。

 まあ25万でみんなが幸せに暮らすには、教育と医療を税金で無料にすることが

 前提だと思いますけど、それだけやってくれたら後は何も不安無いものね。

 まあそういうことを実現してる国は税金高いし、消費税も20%くらいだけど、

それでみんなが安心して暮らせるならそれで良いよね。
 
 僕の考えてることは甘いのかな?

2012年1月22日日曜日

島は素敵


 <写真は12月の新島の海です、一日ゆっくり見ていたい気分でした>


先日青年海外協力隊の講演のお仕事をもらって新島の中学校に出張してきました。

 新島は東京都なので先生達はみんな東京都の職員です。

  調布からバヌアツを思い出すような30人乗りの飛行機に乗って、

 府中、読売ランドとか、町田の上を飛んで、ランドマーク、横浜を見ながら

 太平洋に飛び出すと、小さな島が点々とあってその一つの新島に到着しました。

 調布から40分でついてしまいます。

 今回は講演だったのでバヌアツの頃と違ってボールとか縄跳びとかは、

チーフに挨拶とかは無いけど、それなりに緊張しながら空港に到着。

  迎えに来てくれた先生の車で学校を見学したのに宿に案内してもらいました。
 
 先生方の優しさやこまやかな気づかい、新島のことを説明してもらいながら

 「やっぱり島って良いなー」

 などと感じました。夜には校長先生が宿に迎えに来てくれて、

校長先生の家で日本酒をふるまってもらいました。

学校の校長先生と二人でお酒が飲めるなんてとても貴重だし、

都心ではありえないなと感じながら島の人って温かいな。

「それにしても日本酒はどこで飲んでも上手いもんだなー」

とも思っていました。

 でも良く考えたらみんな東京都の教育委員会なので以前は三鷹、

    青梅、荒川などの都心で忙しく働いていた先生方です。

 校長先生も家は僕の家とご近所でした。

 
  そこで感じたことは、人間は基本的にはみんな優しくて親切、

人と会話するのがすきなんだな。

 でも都心に住んでいると忙しくってそれができない。

 こうやって島にすむからこそ時間と心にゆとりが持てるんだな。

 と感じました。そして自分がバヌアツの小さな島に2年間住んでいた時も

 そういう気持ちを持っていたなー。と思い出しました。

 昨日は別の講演で一緒だったマイクロソフトの偉い人とお話しさせてもらいましたが、

 マイクロソフトも地方に研究所をつくってそこで研究することを試みていて、

そうするとみんな時間に余裕があるからチームとしてまとまるし、都心で忙しく
 
している時には出てこない発想があり、効率がよい。都心に居ると忙しすぎて

 ダメみたいだよ。 と話していました。

 
 最近思うのはもっと、もっと景気が悪くなって、みんなの生活のレベルが一定の

 ところに落ち着いて、日本人の生活がもっとスローになったほうが心の豊かさは
 
 上がるのではないかな?って思います。

 そういう日本になって欲しいと思います。今までが過剰だったんだと思います。