100円のグラスに入った酒の味と10000円グラスに入った酒の味は違うのか?
どうなんだろうね? でも違う角度から見ると、一人で寂しく飲む酒よりも仲の良い
友達と飲む酒のほうが絶対上手いし。一日ダラダラしていて、やることがないから
飲みだしたお酒よりも、一日一生懸命働いて疲れた体で飲み干す酒の味の
ほうが圧倒的においしいと思います。
「このグラスは10000円するのよ。」
といわれて飲む酒は多分あんまりおいしくないだろうね。
実家には高級なコーヒーカップがあって、それは普段は使わないようにして
茶だんすの奥に入っているけど、孫ぐらいしか遊びに来ないのに
いつ使うのだろうね?
引き出物でもらった高級なお皿はしまってあって、山崎パンのシールを集めて
もらったお皿で朝ごはんを食べている日本人をみると、「節約」の意味を
履き違えてると思うのだよね。
ここまで書いて気がついたのだけど
100円のグラスか10000円のグラスかはあまり関係なくって
その中に入っているお酒の質のほうが大切なのだよ! となりますね・・・
しかしここでもう一つ問題があるのだよね。本当に10000円大吟醸は1000円の
紙パックの酒より上手いかどうか? ということ
だって正月に人が来たときの為に! といってとってある
高級なお酒は対しておいしいと思わないものね。やっぱりいつも飲み慣れたもの、
食べなれたものを気の合う仲間と食べるのがおいしいのだと思います。
今は1月末だけど、何処の家の冷蔵庫にも正月に空けた「高級」といわれる食べ物が
その後に手を着けられることもなく、賞味期限が迫っていると思います。
俺は何回飲んでも100円の器で1000円の普通の酒のほうが上手いと思うのだよね。
そして一緒に飲むのはもちろん、その価値を分かち合える人。
10000円のグラスに10000円の酒を入れて世間で言う一流の人達と酒を飲む
ことが良いとあこがれている人は、逆にそういった世界の馬鹿馬鹿しさに
を知らない人なのだとおもいます。
人間の価値観ってそういうものだと思うのだよね。
もちろん本当に良くて自分に必要なものなら百万円出してもよいとは思うけどね。
お金の使い方は人それぞれだと思うけど、普通に考えればお金はなくても幸せには
なれると思います。
2013年1月24日木曜日
承認の欲求
タケシの「日本のミカタ」というテレビをみて思ったのだけど
昔の日本人は生活が向上できること、今より良いデザイン、機能的なもの、高級なもの、
ブランド物をもつことが良いとおもっていたけど、景気が悪くなって今時の若者はそういったものを
買えないし、もともとそういうものが良いとも思わない、
ユニクロに行けば安くて良いものが打っているし、ニトリに行けばそこそこの家具が揃う、
100円均一に行けば十分に生活していけるだけのアイディア商品が揃っている、
そういう安っぽい価値観しかもっていない若者をみて大人たちは
「失われた20年」とか言ってるけど、もしかしたらそれは文化人類学者が未開の地に
行ったらそこの人たちは幸せそうに暮らしていて、そっちの価値観に染まってしまう。
というのと同じようなもので、実際に安くてそこそこのもので満足している若者の人生
は全く惨めでも失われてもいないと思う。
若者は若者でフェイスブックで「良いね!」をもらえればブランド品を買って自慢しなくても
他人からの承認の欲求は満たされるので、お金はかける必要はないし、
人間の承認の欲求は形を変えて満たされているのだ。
みんながグッチをもっていればそれが良いと思う時期もあるだろうし、いま思えば
グッチのカバンでも無印良品のカバンでもタグをみなければあんまり変わらない
気がするのだよね? それは僕がグッチのよさを分からない失われた価値を持った人間
なのだからかな?
結局は人間の物に対しての価値は変わらなくても他人から承認されたい
という承認の欲求は永遠に変わらないとおもうのだよね。 金額よりもそちらが大切
だと思う今日この頃です。
2012年10月21日日曜日
亡くなった親父に連絡したいこと
今から3年ほど前に親父が亡くなる時、ウチの姉は三人目を妊娠していてちょうど
5カ月くらいだった。
長男、次男のときは早めに親父に知らせていたし、親父もそれを生きがいにしていた、でも三人目の時は
僕も姉も親父には伝えないというのがなんとなく二人の暗黙の了解になっていた。
親父に伝えても体の弱っていた親父はその子に会うことができないだろうという気持ちと、
家族の優先順位のなかで新しい子供のことよりも親父の最後のほうが大切な気持ちがしていたのかもしれない。
だから無くなった親父の中では自分の孫は姉の産んだ二人の男の子だけになっている。
親父が無くなった後に無事に三人目が生まれ。これもまた男の子で元気に育っている。
その子が産まれたばかりの頃に姉は
「赤ちゃんがずっと天井を眺めているときがある、私には亡くなったお父さんと話しているように見える」
と言っていた。 一人がこの世を去れば、新しくまた一人が産まれてくる。
自分もそのサイクルの中にいるのだな。 と思うと少し安心したような気持になる。
そしてその姉は今日4人目の子供を産んだ。待望の女の子だった。
親父は僕が海外にいるときにいつもこのブログを見ていてくれた。
だからここに書けば親父が何処かで見ているような気が今でもしている。
お父さん、孫の数はお父さんの知っている倍の人数になりましたよ・・・・・
5カ月くらいだった。
長男、次男のときは早めに親父に知らせていたし、親父もそれを生きがいにしていた、でも三人目の時は
僕も姉も親父には伝えないというのがなんとなく二人の暗黙の了解になっていた。
親父に伝えても体の弱っていた親父はその子に会うことができないだろうという気持ちと、
家族の優先順位のなかで新しい子供のことよりも親父の最後のほうが大切な気持ちがしていたのかもしれない。
だから無くなった親父の中では自分の孫は姉の産んだ二人の男の子だけになっている。
親父が無くなった後に無事に三人目が生まれ。これもまた男の子で元気に育っている。
その子が産まれたばかりの頃に姉は
「赤ちゃんがずっと天井を眺めているときがある、私には亡くなったお父さんと話しているように見える」
と言っていた。 一人がこの世を去れば、新しくまた一人が産まれてくる。
自分もそのサイクルの中にいるのだな。 と思うと少し安心したような気持になる。
そしてその姉は今日4人目の子供を産んだ。待望の女の子だった。
親父は僕が海外にいるときにいつもこのブログを見ていてくれた。
だからここに書けば親父が何処かで見ているような気が今でもしている。
お父さん、孫の数はお父さんの知っている倍の人数になりましたよ・・・・・
2012年10月17日水曜日
10年前を考えれば10年後が読めるかも
世の中は便利になっているのか、窮屈になっているのかはわからないけど、
大きな変化はなくても小さな変化はたくさんあるものだなー、と振り返ってみたくなった。
今では意外とあたりまえだけど、コンビニやファミレスのレジの前には必ずと言ってよいほど
不要なレシート入れがある。 街中にレシートを捨てる人が少なくなることはまあ良いこと
なのだろうね。 あとはレジの前に小さな棚というかハンドバックを置ける場所ができている
ところも多い。財布を出す時には便利だものね。
そういえば昔は缶ジュースのプルタブは完全に取れるようになっていた。だからプルタブが
街の中に散乱していた、いつの間にかプルタブは折り畳み式のような形になっている。
最初は違和感があったけど、もうすっかり慣れてしまった。
そういうと昔はバイクもヘルメットは必要なかったし、シートベルトも義務付けされてなかった
今はタクシーの後部座席にのってもシートベルトする時代になってしまったね。
チャイルドシートも義務付けだものね。
高速道路のETCもなかったら降り口はいつも渋滞していたのを思い出す。
スイカもなかった。 昔は早く電車に乗りたいのに、切符売り場が並んでいてイライラすること
があったものね。 やっぱり世の中は便利になっているんだろうね。
そのうちに車もハンドルの部分にナビだけが付いていて、場所を打ち込むと
そこまで連れて行ってくれるようになるのだろうね。 どのルートを通るのが一番車が
混んでいないか計算してくれるから渋滞はもっと無くなるのかもしれない。
駅まで子供を迎えにいくのもドライバーが必要いらないなら携帯電話で行き先だけ打ち
込んで送信すれば駅まで無人の車を迎えに行かすことくらい簡単になるのかもしれない。
タバコを吸う人もドンドン少なくなっているよね。今は街中で歩きながら煙草を吸えないのだから昔では考えられないよね。 でも喫煙所でタバコを吸っている人達はなんとなく一体感
があって幸せそうに見える時もあります。
そのうちに歩きながら携帯電話をいじっていてぶつかったり、駅のホームで電車と接触したりして
問題になって、「歩きながらの携帯電話取締り条例」みたいなのができて、罰金とられるかもね。
「人生の免許書」みたいなものができて、例えば歩きながらのタバコで減点2点、歩きながらの
携帯で減点1 、信号無視も減点1、自転車二人乗りも減点1、電車の中での音楽大音量は減点1、優先座席に健常者が座っていて見つかったら減点1、酔っぱらい歩行も迷惑だから減点1、オナラ減点1、大便したトイレを流し忘れると減点1、ゴミのポイ捨て減点1、
立ちションベンは減点3、などと運転免許以外のことでも減点がとられる時代が来るかもね。
10年間無事故、無違反で「人生のゴールドカード」みたいなことをになるかもね。
そしたら納税額減らしてくれるとよいね。
日本はそういう国だものね。だって「路上駐車禁止」となったら本当に路上駐車無くなる国だ
ものね。 都内ではいたるところにタイムスができてるよね。 あの会社は儲かってるだろうね。
設備投資にお金かからないものね。
飲酒運転もなくなったね。それは良いことだね。
ひとはそうやって少しづつ進歩しているのだろうね。
でも実は進歩しているように見えて、便利になりすぎると生活のなかで工夫したり応用したり
(例えば自動車の運転の技術を身につけたり)する必要が無くなって、パソコンとスマホだけ
いじって生活するようになるのかな?
前から思っていたのだけど、体が丈夫そうで、ガッシリしている男性が持てるのは、女性が
本能的に「この男性ならたくさん獲物を取ってきてくれそう、世の中を生きる力がありそう」
と思うからだとしたら、そのうちに食糧調達もコンピューターで操作できるようになって、人間が
肉体労働しなくてよくなったら、今度は逆に小さくて頭でっかち(見た目も中身もね)な男性が
もてるようになるのかな? だって肉体労働しないのなら体が丈夫なことよりもビル・ゲイツ
みたいに頭の良いほうがお金を稼げるわけだし、女性が本能的にそういう男性のほうが
時代を生き抜く力があると思ったらそういう男性に魅力を感じるようになるのかもね。
でかい男は場所もとるし、雑で頭も悪いというレッテルを貼られて邪魔者扱いされる世の中が来るかもね。 人間にもコンパクトで高性能がもとめられる日が来るのだろうね。
結婚条件は3低
低身長、低燃費(大食いしないということね)、低姿勢
そういう男が理想の男性になる日がくるかもね。
まあ仕方ないか。 だいぶ話が飛びまわってしまってごめんなさい。
でもたまに意識して世の中がどれほど便利になってどういう部分が変わったのか認識して
おくことって大切だと思うのだよね。だから自分の中で少しまとめてみました・・・・
大きな変化はなくても小さな変化はたくさんあるものだなー、と振り返ってみたくなった。
今では意外とあたりまえだけど、コンビニやファミレスのレジの前には必ずと言ってよいほど
不要なレシート入れがある。 街中にレシートを捨てる人が少なくなることはまあ良いこと
なのだろうね。 あとはレジの前に小さな棚というかハンドバックを置ける場所ができている
ところも多い。財布を出す時には便利だものね。
そういえば昔は缶ジュースのプルタブは完全に取れるようになっていた。だからプルタブが
街の中に散乱していた、いつの間にかプルタブは折り畳み式のような形になっている。
最初は違和感があったけど、もうすっかり慣れてしまった。
そういうと昔はバイクもヘルメットは必要なかったし、シートベルトも義務付けされてなかった
今はタクシーの後部座席にのってもシートベルトする時代になってしまったね。
チャイルドシートも義務付けだものね。
高速道路のETCもなかったら降り口はいつも渋滞していたのを思い出す。
スイカもなかった。 昔は早く電車に乗りたいのに、切符売り場が並んでいてイライラすること
があったものね。 やっぱり世の中は便利になっているんだろうね。
そのうちに車もハンドルの部分にナビだけが付いていて、場所を打ち込むと
そこまで連れて行ってくれるようになるのだろうね。 どのルートを通るのが一番車が
混んでいないか計算してくれるから渋滞はもっと無くなるのかもしれない。
駅まで子供を迎えにいくのもドライバーが必要いらないなら携帯電話で行き先だけ打ち
込んで送信すれば駅まで無人の車を迎えに行かすことくらい簡単になるのかもしれない。
タバコを吸う人もドンドン少なくなっているよね。今は街中で歩きながら煙草を吸えないのだから昔では考えられないよね。 でも喫煙所でタバコを吸っている人達はなんとなく一体感
があって幸せそうに見える時もあります。
そのうちに歩きながら携帯電話をいじっていてぶつかったり、駅のホームで電車と接触したりして
問題になって、「歩きながらの携帯電話取締り条例」みたいなのができて、罰金とられるかもね。
「人生の免許書」みたいなものができて、例えば歩きながらのタバコで減点2点、歩きながらの
携帯で減点1 、信号無視も減点1、自転車二人乗りも減点1、電車の中での音楽大音量は減点1、優先座席に健常者が座っていて見つかったら減点1、酔っぱらい歩行も迷惑だから減点1、オナラ減点1、大便したトイレを流し忘れると減点1、ゴミのポイ捨て減点1、
立ちションベンは減点3、などと運転免許以外のことでも減点がとられる時代が来るかもね。
10年間無事故、無違反で「人生のゴールドカード」みたいなことをになるかもね。
そしたら納税額減らしてくれるとよいね。
日本はそういう国だものね。だって「路上駐車禁止」となったら本当に路上駐車無くなる国だ
ものね。 都内ではいたるところにタイムスができてるよね。 あの会社は儲かってるだろうね。
設備投資にお金かからないものね。
飲酒運転もなくなったね。それは良いことだね。
ひとはそうやって少しづつ進歩しているのだろうね。
でも実は進歩しているように見えて、便利になりすぎると生活のなかで工夫したり応用したり
(例えば自動車の運転の技術を身につけたり)する必要が無くなって、パソコンとスマホだけ
いじって生活するようになるのかな?
前から思っていたのだけど、体が丈夫そうで、ガッシリしている男性が持てるのは、女性が
本能的に「この男性ならたくさん獲物を取ってきてくれそう、世の中を生きる力がありそう」
と思うからだとしたら、そのうちに食糧調達もコンピューターで操作できるようになって、人間が
肉体労働しなくてよくなったら、今度は逆に小さくて頭でっかち(見た目も中身もね)な男性が
もてるようになるのかな? だって肉体労働しないのなら体が丈夫なことよりもビル・ゲイツ
みたいに頭の良いほうがお金を稼げるわけだし、女性が本能的にそういう男性のほうが
時代を生き抜く力があると思ったらそういう男性に魅力を感じるようになるのかもね。
でかい男は場所もとるし、雑で頭も悪いというレッテルを貼られて邪魔者扱いされる世の中が来るかもね。 人間にもコンパクトで高性能がもとめられる日が来るのだろうね。
結婚条件は3低
低身長、低燃費(大食いしないということね)、低姿勢
そういう男が理想の男性になる日がくるかもね。
まあ仕方ないか。 だいぶ話が飛びまわってしまってごめんなさい。
でもたまに意識して世の中がどれほど便利になってどういう部分が変わったのか認識して
おくことって大切だと思うのだよね。だから自分の中で少しまとめてみました・・・・
2012年9月24日月曜日
男の人生で最高のコーヒーの味
青年海外協力隊としてバヌアツにいたとき、僕が島に入ってすぐに先輩隊員は任期終了で
帰国してしまった。それから8ヶ月間一人で島にいた。
その次にテツヤが来た。二人になった時は本当にうれしかった、でもお互いに日本人同士で固まらないようにと週末だけ会うように心がけていた。
その6カ月してヒロが来て、タクヤがきて、最後に僕の後任のヨリがきてくれた。
ここまで書いて分かるようにウチの島には昔から女性は送らないことになっている。
タンナ島の男達はマンタンナと呼ばれてバヌアツ人の中では気性が激しいとされているから
女性はいない。
最初にタンナに行った時は自分は一人で2年間なのかもな? と思っていて。
だから食器もほとんど買わなかったし、地味な生活をしていた。でも3人4人と増えていくと
我が家が大きかったこともありみんなが集まるようになってきた。
週末にみんなで集まってそれぞれの活動の悩みを聞いた。
ある程度みんなが同じ悩みを持っていた。でも後輩たちは僕よりもたくましく活動している
ように感じた。実際にみんなよく働いていた。
4人目のタクヤが来た頃、みんなで食事ができるように椅子とテーブルを作ろうと思って
材木屋から材木を買ってきた。テーブルは簡単だけど、座り午後地の良い椅子を作るのは
とても大変だと分かった。
でもみんなでそろって食事をできるのは楽しかった。みんなと一緒にここにいたいとも思ったし。
2年間一度も帰っていない日本に戻れるうれしさもあった。
その頃は食後は焚火を囲んでコーヒーを飲むのがいつものパターンだった。
日本ではありえないくらいの安物のグラスとか100円ショップでも売っていないような
プラスティックのカップ、全員揃うと足りなくてジャムの空き瓶でコーヒーを飲んでいた。
ジャムの空き瓶は取っ手が無いし、熱が伝わりすぎるからコーヒーを入れると直接手で
もつことは難しいことも学んだりした。
なるべく新しい隊員にはきちんとしたカップで飲んでもらいたくて、古い隊員がジャムの空き瓶
でコーヒーを飲んでいた気がする。
でもそれを見て「かっこ悪いな」と思う隊員は僕達の中にはいなかったと思う。
あの時にみんなで飲んだコーヒーは間違い無く僕の人生で一番うまいコーヒーだった。
かっこ悪いとかダサいとかいう人もいるかもしれないけど、そういう人にはきっとわからない
のだろうなと思う。
みんなで一つの焚火を見つめてコーヒーを飲んでいたとき、僕たちはあの島で本当に良い
時間を過ごしていたのだと思う。
日本で一日中蛇口から水が出てきても、いつでも電気が使えても、 携帯電話で常に連絡がと
れても、立派なブランドのカップで一杯千円近いコーヒーを飲んでも。
僕の人生のなかであのコーヒーに勝るものはないと思う。
だから日本で生活しているとたまにどうしようもなくむなしくなることがある。
あの充実感は日本で味わうことは難しいのかもしれない。
すでに5人とも帰国してそれぞれの人生を歩んでいる。
人生には何もかもが便利すぎるから逆に味わえなくなってしまう「本当の味」があるのだと思う。
帰国してしまった。それから8ヶ月間一人で島にいた。
その次にテツヤが来た。二人になった時は本当にうれしかった、でもお互いに日本人同士で固まらないようにと週末だけ会うように心がけていた。
その6カ月してヒロが来て、タクヤがきて、最後に僕の後任のヨリがきてくれた。
ここまで書いて分かるようにウチの島には昔から女性は送らないことになっている。
タンナ島の男達はマンタンナと呼ばれてバヌアツ人の中では気性が激しいとされているから
女性はいない。
最初にタンナに行った時は自分は一人で2年間なのかもな? と思っていて。
だから食器もほとんど買わなかったし、地味な生活をしていた。でも3人4人と増えていくと
我が家が大きかったこともありみんなが集まるようになってきた。
週末にみんなで集まってそれぞれの活動の悩みを聞いた。
ある程度みんなが同じ悩みを持っていた。でも後輩たちは僕よりもたくましく活動している
ように感じた。実際にみんなよく働いていた。
4人目のタクヤが来た頃、みんなで食事ができるように椅子とテーブルを作ろうと思って
材木屋から材木を買ってきた。テーブルは簡単だけど、座り午後地の良い椅子を作るのは
とても大変だと分かった。
でもみんなでそろって食事をできるのは楽しかった。みんなと一緒にここにいたいとも思ったし。
2年間一度も帰っていない日本に戻れるうれしさもあった。
その頃は食後は焚火を囲んでコーヒーを飲むのがいつものパターンだった。
日本ではありえないくらいの安物のグラスとか100円ショップでも売っていないような
プラスティックのカップ、全員揃うと足りなくてジャムの空き瓶でコーヒーを飲んでいた。
ジャムの空き瓶は取っ手が無いし、熱が伝わりすぎるからコーヒーを入れると直接手で
もつことは難しいことも学んだりした。
なるべく新しい隊員にはきちんとしたカップで飲んでもらいたくて、古い隊員がジャムの空き瓶
でコーヒーを飲んでいた気がする。
でもそれを見て「かっこ悪いな」と思う隊員は僕達の中にはいなかったと思う。
あの時にみんなで飲んだコーヒーは間違い無く僕の人生で一番うまいコーヒーだった。
かっこ悪いとかダサいとかいう人もいるかもしれないけど、そういう人にはきっとわからない
のだろうなと思う。
みんなで一つの焚火を見つめてコーヒーを飲んでいたとき、僕たちはあの島で本当に良い
時間を過ごしていたのだと思う。
日本で一日中蛇口から水が出てきても、いつでも電気が使えても、 携帯電話で常に連絡がと
れても、立派なブランドのカップで一杯千円近いコーヒーを飲んでも。
僕の人生のなかであのコーヒーに勝るものはないと思う。
だから日本で生活しているとたまにどうしようもなくむなしくなることがある。
あの充実感は日本で味わうことは難しいのかもしれない。
すでに5人とも帰国してそれぞれの人生を歩んでいる。
人生には何もかもが便利すぎるから逆に味わえなくなってしまう「本当の味」があるのだと思う。
2012年9月6日木曜日
自分は我慢強いと思っている人へ
普段の生活の中で自分は我慢強いとか、いつも我慢しているという人がいるけど
40歳近くになった僕が感じるのは、年をとってきても自分が我慢強いと思っている人の
多くは実は我慢強いのでは無くて、
自分の我が強すぎて物事がうまく運ばない ⇒ 結果的に自分は我慢をすることが多くなる
⇒ 本人はまわりに自分が合わせてあげていると思いこんで自分は我慢強いと勘違いしている
ということもあるのではないかな? と思ってきました。 20代なら社会に出たばっかりだし、学ぶことも多いから我慢は必要だと思うのだけど、年齢を重ねるごとに世の中をスイスイを渡っていく術というか、ある程度は流されたほうが結果的には物事は上手くいく。世の中は目先の利益だけではないということに気がつくと思うのだよね。自分のなかでこだわる部分とそうでなくて良い部分が分かるというか、世の中を信じることができるというのかな・・・・
色々な成功体験を積み重ねて、そのたびに感謝していけば、物事を長い目で見ることができるようになるのだと思います。
僕も若いころ
「若者は結果を早く求めすぎる」
と先輩にしかられたことが多くありました。そういう言葉を伝えてくれる素敵な先輩がいてくれた事はとても幸運でした。
ちかごろ 「自分は我慢強いのだ!」
と言っている人を見ると、その我慢はその人の我儘(わがまま)さや傲慢(ごうまん)さからくるものなのでは?
と感じるようになってきました。
なんとなく日本の教育の中に「我慢ずることは良いことだ」 という認識があるからかもしれないけど、でも大人になって根本的に自分が我慢しなければならない状況を未然に防ぐ技術が身につけば この世の中はそれほど難しいものでは無くなってくるのだと思います。
40歳近くになった僕が感じるのは、年をとってきても自分が我慢強いと思っている人の
多くは実は我慢強いのでは無くて、
自分の我が強すぎて物事がうまく運ばない ⇒ 結果的に自分は我慢をすることが多くなる
⇒ 本人はまわりに自分が合わせてあげていると思いこんで自分は我慢強いと勘違いしている
ということもあるのではないかな? と思ってきました。 20代なら社会に出たばっかりだし、学ぶことも多いから我慢は必要だと思うのだけど、年齢を重ねるごとに世の中をスイスイを渡っていく術というか、ある程度は流されたほうが結果的には物事は上手くいく。世の中は目先の利益だけではないということに気がつくと思うのだよね。自分のなかでこだわる部分とそうでなくて良い部分が分かるというか、世の中を信じることができるというのかな・・・・
色々な成功体験を積み重ねて、そのたびに感謝していけば、物事を長い目で見ることができるようになるのだと思います。
僕も若いころ
「若者は結果を早く求めすぎる」
と先輩にしかられたことが多くありました。そういう言葉を伝えてくれる素敵な先輩がいてくれた事はとても幸運でした。
ちかごろ 「自分は我慢強いのだ!」
と言っている人を見ると、その我慢はその人の我儘(わがまま)さや傲慢(ごうまん)さからくるものなのでは?
と感じるようになってきました。
なんとなく日本の教育の中に「我慢ずることは良いことだ」 という認識があるからかもしれないけど、でも大人になって根本的に自分が我慢しなければならない状況を未然に防ぐ技術が身につけば この世の中はそれほど難しいものでは無くなってくるのだと思います。
2012年8月27日月曜日
スポーツは笑顔でなくても楽しめる
スポーツを楽しむっていう言葉があるけど、
それには二つあるのだと思います。
一つは体を動かして、自分をリフレッシュさせるようなスポーツ
もう一つは、人生の一時期を競技に捧げるようなスポーツ
僕のやっていたアメフトなら
日本一を目指しているようなチームがついに決勝まで来て
前半を終わって14対0で負けている
(これはサッカーだと2対0くらいかな?)
後半に14点以(2タッチダウン)以上とらないと逆転できない
圧倒的な劣勢に立たされている。
それでもチームの誰もが逆転をあきらめていなくって
「自分たちは絶対に勝つのだ!」と信じ切っている
そして後半になって少しずつ差を詰めて、試合が終わった
時に結果的には勝利している。
そういう試合に味わう充実感を楽しむことことが
リフレッシュともう一つあるスポーツの楽しみ方なのだと
思います。
その時の「楽しさ」って人生のなかで最も大きな楽しみで
限りなく充実感という言葉と近いのだと思います。
一流の競技スポーツの選手はそこを「楽しんでいる」の
だよね、だからオリンピックの金メダリストが
「楽しかった」というのはそういう「究極の勝負」を楽しんでいるの
であって、ニコニコ笑って楽しんでいるのとは違う楽しみなの
だと思います。
それには二つあるのだと思います。
一つは体を動かして、自分をリフレッシュさせるようなスポーツ
もう一つは、人生の一時期を競技に捧げるようなスポーツ
僕のやっていたアメフトなら
日本一を目指しているようなチームがついに決勝まで来て
前半を終わって14対0で負けている
(これはサッカーだと2対0くらいかな?)
後半に14点以(2タッチダウン)以上とらないと逆転できない
圧倒的な劣勢に立たされている。
それでもチームの誰もが逆転をあきらめていなくって
「自分たちは絶対に勝つのだ!」と信じ切っている
そして後半になって少しずつ差を詰めて、試合が終わった
時に結果的には勝利している。
そういう試合に味わう充実感を楽しむことことが
リフレッシュともう一つあるスポーツの楽しみ方なのだと
思います。
その時の「楽しさ」って人生のなかで最も大きな楽しみで
限りなく充実感という言葉と近いのだと思います。
一流の競技スポーツの選手はそこを「楽しんでいる」の
だよね、だからオリンピックの金メダリストが
「楽しかった」というのはそういう「究極の勝負」を楽しんでいるの
であって、ニコニコ笑って楽しんでいるのとは違う楽しみなの
だと思います。
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