協力隊に合格したのは2006年の3月くらいだったと思います。
事前の研修は2006年の10月からスタートです。
会社を辞めたのは4月だったのですが、10月まで親父が4回目になる
癌の転移の手術だったので、大阪に帰って一緒に過ごしていました。
「犬のおまわりさん」
というブログを書いた頃はちょうどその頃だったと思います。
最初に舌癌になってから3年後にリンパ、その後一年半で肺に転移、
5年間で三か所の転移です。しかも転移の間隔は短くなってきている。
これから研修も含めて2年半の間、親父は頑張ってくれるだろうか?
でももしここで合格した協力隊をあきらめてしまったら、会社もすでに
辞めているし、32歳で親の看病をしながらバイト暮らしをするのかな?
って漠然と考えていました。
親父の手術の前に大阪大学の放射線科の先生のところの親父が僕を
連れて行ってくれました。 すでに親父は手術が決まっていたので、
放射線の治療は今回はしませんが、過去の手術の前には放射線を当てて
癌を小さくしてから手術をするというようなことをした為に、その時も
手術の前に相談に行きました。
その時にうちの親父が先生にうれしそうに
「これがうちの息子です。うちの息子は来年の一月から南太平洋にボラン
ティアに行くんです。今は私の面倒をみるために大阪に戻ってきています。」
と紹介してくれました。僕が
「親父の病気の事があるから、少し心配なんです」
というとその先生は
「心配なのはわかるけど、あなたは行くべきです、お父さんは頑張ります。
それは僕が一番良く知っている、放射線治療の副作用はきつい、でもお
父さんは良く頑張ってくれた。
だから大丈夫です、家族がやりたいことを
やってくれていたほうが患者さんも頑張れるものです。」
と親父と僕の前で話してくれました。
僕は前から
「協力隊に受かって喜んでいる自分を親父はどう思っているのかな?」
と心配していたのですが、それを親父に直接聞いたことはなくて、
なんとなくモヤモヤしていたのですが。先生にうれしそうに僕の事を
話している親父と、その先生のアドバイスでなんとなく心が落ち着きました。
お父さんを癌で亡くした友達にも言われました。
「もし協力隊をあきらめて日本に居ても親の死に目に会えることは
殆どないと思う。たいていは病院で意識が無くなって家族が呼ばれて、
そのまま三日ほどして意識は戻らないままに亡くなることが多い、だから
日本に居て親が無くなるのを待つような人生を送るよりも、自分の好きな
事をして輝いてる自分を親に見せたほうが親も長生きする」
とアドバイスしてくれました。
2006年の7月に親父は手術を受けて、二週間ほどで退院、僕は10
月から研修で長野に行きました。
11月頃に親父からメールで電話が欲しいとのこと
長野の研修所は前にある大きな駐車場でしか携帯の電波が入らないので、
薄暗くて寒い中、駐車場から親父に電話しました。
「せっかく手術したけど、逆の肺にも転移が見つかってしまった。
体力の回復をまってもう一度手術するかもしれないしもう手術はしない
かもしれない、自分でもどうしたらよいかわからない」
という事でした。
研修が始まって一カ月、大阪に帰ったほうが良いかな?と考えていまし
た。協力隊はまたテストを受けて受かればよいか! と考えていました。
数日後に姉から電話があり、今回の手術は姉と叔母さんの二人で
看病するから、テルはそのまま研修受けてバヌアツ行って大丈夫。
という連絡をもらいました。
無事に研修が終わって1月8日に僕は大阪の伊丹空港から成田に向かいました。
見送りにきた友達に気を使いながら、2年後に親父はどうなっているのかな?
人生で親父を見るのはこれが最後かな?
もしかしたら今この瞬間は人生の大きな節目なのかもしれない。
と空港のゲートで親父の姿を目に焼き付けようとしていました。
その4ヶ月後
僕は親父に再び会いました。
5回目の手術の日程を2007年の6月と決めた親父は、
手術をして体力が落ちたらバヌアツには行けない。
といって手術の日程をきめてから5月の連休
をつかって、僕の中学校時代の同級生とそのお父さんという3人で
バヌアツにやってきました。
僕が子供に体育を教えているのを見て、
「テルはアメフトを引退したけど、次の道を見つけたようだ」
と満足して帰国して行ったのだと思います。
その後の6月の手術も無事に終わり、僕が帰るまでの間は必ず生きて待
っている!
という一心で2009年の一月の僕の帰国まで頑張ってくれていました。
その後6カ月は子供のように僕に甘えて旅立って行きました。
喧嘩ばかりだったけど、良い親孝行をさせてもらったと本当におもっています。
もし親父が僕がバヌアツに行っている間に、亡くなって居たら、おそらく
親戚みんなから説教されていたと思います。
本当にできた親父でした。気合いと根性の人でした。
親離れ、子離れ、自分探しの旅。って言うテーマでしたが。
僕の場合は家族の理解があっていままで頑張ってこれたと思います。
2010年5月27日木曜日
組織と個人
個人と組織 日本
大企業でバリバリ働いている人がいる、大企業はそれだけ多くの人を管理しないと
いけなくなるので、出勤時間、退社、残業からはじまって、領収証、上司への相談、
根回し、その他もろもろで仕事がなかなか前進しない。
何かトラブルが起こるたびに対策委員会みたいなものができて、
再びおこらないように対策を練る、対策を練る人は練ったことが大切なのであって、
次に再びその問題がおこったときに責任を取らされたくないので、
あまり現場向きではなくて、強引にきめてしまう。
現場で使えるルールかどうかは関係ない、
自分の出世の為には現場でそのルールが守られようが、そうでなかろうが関係ないのだ、
守られなかった場合には、守らなかった現場のせいにしてしまえ!
って言うことになる。
フェミレスで働いていた頃に肉類は20分以上常温放置してはいけない、
っていう規則があった、それを全国に1000店以上ある
ファミレスで統一することは難しい、夏にできたであろうそのルールは
冬になっても全国で守られている。バイトの人に言われた
「ウラさん冬になったら冷蔵庫は5度だけどキッチンの朝一番は0度以下ですよ、
冷蔵庫の中のほうが暖かいです、それでも20分のルール守るのが社員の仕事ですか?」
たぶんそれを守ると会社の中では一流になれたかもしれないけど、
人間としては三流になっていただろうと思う。
何か新しい規則ができるたびにまたあたらしい抜け道を誰かが考え出し、
結局はその規則を守るための規則がまたできていく、実力があって、
自分で何でも判断できる自信のある人にしてみれば、
歯がゆい事が多くなって独立したり、多少小さい会社でも、
もっとクリエイティブに仕事ができて、上司にイチイチ相談しなくても
自分に決定権がある職場に移りたくなることもあるだろうし、移る人もいると思う。
「事件は会議室でおこってるのではない、現場でおこってるんだ!」
って名セリフだと思います。
しかし移った先では自由が利くが、予算の管理がずさんだったり、
自分を評価して引き抜いてくれた社長が意外とワンマンで合理的よりも
自分の機嫌で物事を判断するから、常にご機嫌を取らなければならずに、
個性的で独創性のある引き抜かれた従業員と、
保守的で気分屋の社長が5年ぐらい経つとお互いにぶつかり合うことは良くあると思う。
逆に自分で独立して会社を立ち上げて、それが上手く軌道に乗ると、
今度は自分が人を管理しなければならなくなり、
会社が成功して大きくなればなるほど、
もともと自分が大企業に居たころに悩まされたくだらない
規則や管理を自分自身でまた作らなければならず、
昔の自分のような独創性があって、
多少は組織にはなじまないが一匹狼でと結果を出すような
社員が少し面倒くさくなることもあるかもしれない。
管理について昔読んだ本に
「管理するとは5匹のトラをトラのまま自分の支配下に置くことであって、
5匹のトラを羊に変えて支配下に置くことではない」
って書いてました。
巨人の監督の難しいところはそこなんだろうなー、って思います。
せっかく良いトラと契約しても、それをトラのまま巨人で使うことって難しいよね。
そこで大切なのは巨人軍としての誇というかロイヤリティーみたいな、
トラ達が本来持っているはずの忠誠心みたいなものを上手く監督が表現して、
しかも監督自信が謙虚で献身的であることだろうね。
原監督ってそういうところ上手だな。と思います。
松井はジャイアンツむきだし、シンジョーは向かないだろうし。
イチローに関しては自分を客観視する能力が凄すぎるから、
おそらく巨人軍にもしはいっていたらそれに
あった選手像に自ら変化していくかもしれないね。
まあみんな偉大すぎて、凡人では想像できませんが。
ということで次回は続編で海外と日本編を書こうと思います。
大企業でバリバリ働いている人がいる、大企業はそれだけ多くの人を管理しないと
いけなくなるので、出勤時間、退社、残業からはじまって、領収証、上司への相談、
根回し、その他もろもろで仕事がなかなか前進しない。
何かトラブルが起こるたびに対策委員会みたいなものができて、
再びおこらないように対策を練る、対策を練る人は練ったことが大切なのであって、
次に再びその問題がおこったときに責任を取らされたくないので、
あまり現場向きではなくて、強引にきめてしまう。
現場で使えるルールかどうかは関係ない、
自分の出世の為には現場でそのルールが守られようが、そうでなかろうが関係ないのだ、
守られなかった場合には、守らなかった現場のせいにしてしまえ!
って言うことになる。
フェミレスで働いていた頃に肉類は20分以上常温放置してはいけない、
っていう規則があった、それを全国に1000店以上ある
ファミレスで統一することは難しい、夏にできたであろうそのルールは
冬になっても全国で守られている。バイトの人に言われた
「ウラさん冬になったら冷蔵庫は5度だけどキッチンの朝一番は0度以下ですよ、
冷蔵庫の中のほうが暖かいです、それでも20分のルール守るのが社員の仕事ですか?」
たぶんそれを守ると会社の中では一流になれたかもしれないけど、
人間としては三流になっていただろうと思う。
何か新しい規則ができるたびにまたあたらしい抜け道を誰かが考え出し、
結局はその規則を守るための規則がまたできていく、実力があって、
自分で何でも判断できる自信のある人にしてみれば、
歯がゆい事が多くなって独立したり、多少小さい会社でも、
もっとクリエイティブに仕事ができて、上司にイチイチ相談しなくても
自分に決定権がある職場に移りたくなることもあるだろうし、移る人もいると思う。
「事件は会議室でおこってるのではない、現場でおこってるんだ!」
って名セリフだと思います。
しかし移った先では自由が利くが、予算の管理がずさんだったり、
自分を評価して引き抜いてくれた社長が意外とワンマンで合理的よりも
自分の機嫌で物事を判断するから、常にご機嫌を取らなければならずに、
個性的で独創性のある引き抜かれた従業員と、
保守的で気分屋の社長が5年ぐらい経つとお互いにぶつかり合うことは良くあると思う。
逆に自分で独立して会社を立ち上げて、それが上手く軌道に乗ると、
今度は自分が人を管理しなければならなくなり、
会社が成功して大きくなればなるほど、
もともと自分が大企業に居たころに悩まされたくだらない
規則や管理を自分自身でまた作らなければならず、
昔の自分のような独創性があって、
多少は組織にはなじまないが一匹狼でと結果を出すような
社員が少し面倒くさくなることもあるかもしれない。
管理について昔読んだ本に
「管理するとは5匹のトラをトラのまま自分の支配下に置くことであって、
5匹のトラを羊に変えて支配下に置くことではない」
って書いてました。
巨人の監督の難しいところはそこなんだろうなー、って思います。
せっかく良いトラと契約しても、それをトラのまま巨人で使うことって難しいよね。
そこで大切なのは巨人軍としての誇というかロイヤリティーみたいな、
トラ達が本来持っているはずの忠誠心みたいなものを上手く監督が表現して、
しかも監督自信が謙虚で献身的であることだろうね。
原監督ってそういうところ上手だな。と思います。
松井はジャイアンツむきだし、シンジョーは向かないだろうし。
イチローに関しては自分を客観視する能力が凄すぎるから、
おそらく巨人軍にもしはいっていたらそれに
あった選手像に自ら変化していくかもしれないね。
まあみんな偉大すぎて、凡人では想像できませんが。
ということで次回は続編で海外と日本編を書こうと思います。
日本と海外 (個人と組織の続編です)
<小学校6年生、僕も同じレベルでした>
組織と個人 海外編
別に海外の組織と個人では無いのですが、それに似た状況を書くと
日本の管理社会やくだらないルールは大嫌い、
海外みたいにもっと合理的で自分の意見をズバズバ言える環境の
ほうが自分にはあっているし、自分の能力を発揮できる!
と思って海外に飛び出す人は居ると思います。
でも気をつけないといけないのは
日本では自分だけがズバズバ発言してヒンシュクを買って
浮いていたかもしれないけど、海外ではみんながズバズバ言うから、
一向に結論にはたどり着かずに話せば話すほど問題は大きくなります。
みんな自分の意見を通そうと、元のスタートとは全く次元の違う例えとか方向性に
話を持って行ってしまうからです。
結局3時間話しても次の日には何も解決されないまま同じ
スタートラインから論争が始まるだけです。 いつもそんな感じです。
それに比べると日本はキッチリとしています。
今ある問題の枠の中だけで話すからね、
とんでもなく大きな例題と比較したりすると、みんなから馬鹿にされたり失笑されるからね。
そしてお互いに相手の話をきちんと聞いてから次の人が話し出すから、
相手の話と自分の話が被らないから言い争いにもなりにくいと思います。
朝まで生テレビはそういう面では海外の人のやり方を日本人がまねている気がします。
ショーとしては面白いけど、あの場ではあまり物事は決まらないと思います。
テレビとしては面白いけど、昼間にやらないのはそうゆう理由もあるのかな?
単にタイトルのせいかな? 「夜まで生テレビ」だと普通になっちゃうもんね!
3年前にバヌアツに行く前に感じていた日本社会の堅苦しさ、
そしてバヌアツに行ってから感じた、不平等感といい加減さ、
どれほど日本が良いかと思ったことか。
しかし昨年日本の学校で働いていて感じた公務員の難しさ、
税金を使っているから説明責任がある、
人間として正しい事をしようとすると、組織としては認められないこともある。
他の先生との足並みをそろえなければいけないし、
でる杭は打たれるし、でない杭は腐っていく、
そのジレンマのなかで毎日夜の8時、9時まで職員室に残って仕事をしている先生達。
必ずしも生徒に人気のある先生が公務員として高い評価を得ている訳では無い、
という現実があることも確かだと思います。
それでもみんな頑張って居るのはヤッパリその中でも
子供の成長を感じる瞬間があるからだと思います。
日本の学校の先生は本当に素晴らしいと思いました。
じゃあ何故今自分はここに居るのかというと、それは難しいけど、
一つの理由としては2,3年頑張るだろうと思っていた親父が、
あっけなく一学期で亡くなったこと、
2,3年も大阪で先生をしていれば、
そのまま大阪で教員を続けることになるだろうとなんと
なく思っていました。 実家のマンションもあるしね。
でもその親父が一学期で亡くなって、姉は山口、母親は離婚して東京、
しかも自分自身は大学からすでに15年以上も大阪を離れていたし、
しかも所属していたフットボールのチームも関東だったことを考えると、
誰も家族の居ない大阪でこの先55歳まで20年近く教員をする
ことを少し戸惑ったこと。
後は日本と同じように古い物とか
、伝統、文化を尊重するヨーロッパに何かこの先の日本の
目指すべき答えのようなものがあるのではないか?
と感じた事もあります。
なんでも合理的で新しい物好きなアメリカ式に少し疲れていたのかもね。
その答えを探して納得するとともに、
教育界にこれだけ遅れて入れてもらえるとしたら、
後5年ほど遅れても許されるだろう。なんて甘い事を考えてしまったこともあります。
でも日本で良い教育者になるためには
自分をもう少し鍛えてからのほうが良いとも思っています。
もう一つはまだ国際協力にたいして未練があったこと、
日本で仕事するよりももっと自分の個性を生かせる仕事があるかもしれない、
と考えました。大人になったら自分のやりたいことが見つかるだろう、
って思っていた10代の頃から全く何も変わっていません。
おそらく一生何がしたいか探しているうちに人生が終わってしまうの
かもしれません。
「振り返ってみれば結果的にはまんざら悪くもない人生になっていた」
となることを期待しています。 「人生後付け論」 なのです。
すいません、自分の事ばかり書いて脱線しました。
何か言いたかったというと、
「組織と個人」「日本と海外」どっちも素晴らしいということです。
そして、その両方を行ききしている自分は結局こらえ性が無いだけなのだ、
ともいえます。
日本に居る時には海外のほうが良いと思い、海外に出ると日本が素敵!
と言っているからね。
結局は自分が変わらないといつまでたっても大人にはなれませんよ!
と言いたかったのでした。
2010年5月23日日曜日
一体あなたは誰ですか?」
ポルトガルからきたルイ―スとソフィアの二人は良く働くし人生経験も凄く豊富、
そして品があって、食事中もナイフとフォークを上手に使って、
メロンやオレンジまで完璧にカットして食べます。
僕も挑戦したけど、二日であきらめてしまいました。
このプログラムに参加したきっかけは何か新しいチャレンジをしたかった。
ということみたいです。
すでに一緒に生活しだして一カ月近くが経ちましたが、たまに思う事があります。
「あなたは一体何者ですか?」 って
先日にネットでみせてもらったのはルイ―スの家のエンブレムっていうか
家紋っていうか紋章っていうので、1000年以上前から使われているそうです。
ポルトガルの1000年前って映画になってるような人達だよね?
それでさらに子供のころから家には召使がいて、
テーブルマナーをきちんと習うまでは親と一緒に食事はさせてもらえなかった。
って言ってました。 家は三階建てでトイレもベッドルームも沢山あって、
三人兄弟の長男だけど、私はあまり家系の事に興味は無かったので、
自分の好きな道を歩んできた。 と言っていました。
おそらく本物の貴族何だと思います。
日本語でいう貴族とはまた違ったヨーロッパならではの独特な階級の人みたいです。
彼の面白いところは、自分は平民とは違う家系で育ったということを
きちんと学んでいて、その中で自分がどういうふうに人をまとめたり、
一緒に働いたりすべきなのかを子供のころからきちんと学んで居ることだと感じます。
そしてこれもまた面白いのは一生懸命働くことにプライドを持っていて、
自分の基準がきちんとあり、楽しようとしないところです。
先週は100人以上の人のピザを奥さんと二人で前日の夜からこねて、
20段くらい入るオーブンで一気に焼いて、みんなに振る舞ってくれました。
ピザ回しのコンテストみたいに、ピザをほおり投げて空中で回転させていました。
今の僕のクラスは14人いて、国籍も年齢もバラバラです。
しかも意外とみんなたいして人生経験もないのに、
自己主張することはしっかりと学んでいます。
だからなかなかまとまらない。 ルイ―スはそういう自分とは次元の違う「平民」
の人達と上手くやっていく事を真剣に考えているし、
きちんと自分のレベルと立場をキープしながらみんなをどうやって
導いていくかを考えています。おそらく貴族としての教育が彼を
そういう風にさせているのだと思います。
日本的に言うと「貴族道」 っていうのかな?
そういうのをきちんと知っているのが彼だとおもいます。
日本ではなかなか会えない人だしもしあっても僕と一緒に働いてくれることは
無いと思います。
「あなたは人生経験が豊富だからみんなよりも常に一歩先をみている、
みんなにそれを伝えようと思っても、若いみんなはそれを理解するのは難しい、
それが大変そうですね?」
って言ったら、満足げにうなずいていました。
なかなか日本には居ないタイプです。
昔にビートたけしがテレビで言っていたことですが、たけしが大橋きょせんに
「キョセンさんは本当に偉そうですね、なんでそんなに偉そうなんですか?」
って聞いたら、キョセンが
「いいか、たけし、俺は偉そうなんではなくて、本当に偉いんだ、
沢山のキャッチコピーを作って会社を儲けさせたし、沢山のテレビも成功させた、
今までの経歴を考えたら、俺は本当に偉いんだ、
偉そうなのではなくて、本当に偉いからこういう態度でいいのだ!」
って言っていたそうです。
まああの二人はどっちも偉すぎるから何とも言えませんが・・・・
ちなみに来週にルイ―スとソフィアの今の新しいチャレンジをポルトガルの
新聞なのかニュースなのかは知らないけど、取材にくるらしいです。
本当に誰なんだろうね? って思ってしまいます。
そして品があって、食事中もナイフとフォークを上手に使って、
メロンやオレンジまで完璧にカットして食べます。
僕も挑戦したけど、二日であきらめてしまいました。
このプログラムに参加したきっかけは何か新しいチャレンジをしたかった。
ということみたいです。
すでに一緒に生活しだして一カ月近くが経ちましたが、たまに思う事があります。
「あなたは一体何者ですか?」 って
先日にネットでみせてもらったのはルイ―スの家のエンブレムっていうか
家紋っていうか紋章っていうので、1000年以上前から使われているそうです。
ポルトガルの1000年前って映画になってるような人達だよね?
それでさらに子供のころから家には召使がいて、
テーブルマナーをきちんと習うまでは親と一緒に食事はさせてもらえなかった。
って言ってました。 家は三階建てでトイレもベッドルームも沢山あって、
三人兄弟の長男だけど、私はあまり家系の事に興味は無かったので、
自分の好きな道を歩んできた。 と言っていました。
おそらく本物の貴族何だと思います。
日本語でいう貴族とはまた違ったヨーロッパならではの独特な階級の人みたいです。
彼の面白いところは、自分は平民とは違う家系で育ったということを
きちんと学んでいて、その中で自分がどういうふうに人をまとめたり、
一緒に働いたりすべきなのかを子供のころからきちんと学んで居ることだと感じます。
そしてこれもまた面白いのは一生懸命働くことにプライドを持っていて、
自分の基準がきちんとあり、楽しようとしないところです。
先週は100人以上の人のピザを奥さんと二人で前日の夜からこねて、
20段くらい入るオーブンで一気に焼いて、みんなに振る舞ってくれました。
ピザ回しのコンテストみたいに、ピザをほおり投げて空中で回転させていました。
今の僕のクラスは14人いて、国籍も年齢もバラバラです。
しかも意外とみんなたいして人生経験もないのに、
自己主張することはしっかりと学んでいます。
だからなかなかまとまらない。 ルイ―スはそういう自分とは次元の違う「平民」
の人達と上手くやっていく事を真剣に考えているし、
きちんと自分のレベルと立場をキープしながらみんなをどうやって
導いていくかを考えています。おそらく貴族としての教育が彼を
そういう風にさせているのだと思います。
日本的に言うと「貴族道」 っていうのかな?
そういうのをきちんと知っているのが彼だとおもいます。
日本ではなかなか会えない人だしもしあっても僕と一緒に働いてくれることは
無いと思います。
「あなたは人生経験が豊富だからみんなよりも常に一歩先をみている、
みんなにそれを伝えようと思っても、若いみんなはそれを理解するのは難しい、
それが大変そうですね?」
って言ったら、満足げにうなずいていました。
なかなか日本には居ないタイプです。
昔にビートたけしがテレビで言っていたことですが、たけしが大橋きょせんに
「キョセンさんは本当に偉そうですね、なんでそんなに偉そうなんですか?」
って聞いたら、キョセンが
「いいか、たけし、俺は偉そうなんではなくて、本当に偉いんだ、
沢山のキャッチコピーを作って会社を儲けさせたし、沢山のテレビも成功させた、
今までの経歴を考えたら、俺は本当に偉いんだ、
偉そうなのではなくて、本当に偉いからこういう態度でいいのだ!」
って言っていたそうです。
まああの二人はどっちも偉すぎるから何とも言えませんが・・・・
ちなみに来週にルイ―スとソフィアの今の新しいチャレンジをポルトガルの
新聞なのかニュースなのかは知らないけど、取材にくるらしいです。
本当に誰なんだろうね? って思ってしまいます。
2010年5月18日火曜日
世界のシステム
今日の朝のミーティングの議題はガーナのダイアモンドとか金を
採掘するところに白人の若者がいって、一日体験入学みたいなのをして
「辛い!」
って愚痴る番組を15分くらい見て、それについてどう思うか?
という話でした。
「先進国の人達がアクセサリーを買うのがいけないんだ!」
「それを商品化して売ってる会社が悪い」
「買う消費者がわるい」
「でもやめたらガーナの人達の仕事が無くなる」
「もともと彼らは自分達だけで幸せに暮らしていたのに、植民地
支配をして違う価値観を植え付けた我々が悪い」
ブラジルのアルツーが少し興奮気味に
「ヨーロッパの人達がそう言った価値観を植え付けた、我々ブラジルは
とても貧乏だ」
カメルーンのアーネスティーンがアルツーに耳打ちした後アルツーが
「アーネスティーンはイギリスに来て初めてバナナを食べた、でも
今俺達が毎日ここで食べているバナナはカメルーンから来ている、
なぜ自分達の国で食べるものを自分達で作らないのか?」
すかさずポルトガルのルイ―スは
「アルツーはブラジルは貧乏でヨーロッパの人達は金持ちだって言う
けど、我が国ポルトガルは近年ヨーロッパでもっとも貧乏な国だった
だから俺は知っている、貧困の苦しさを」
スウェーデン人のオーサは
「私達スウェーデン人は福祉国家で私はずっと年金で生活できると思っていた、しかし近年になってヨーロッパがヨーロッパユニオンとして統合して、
私達の国の税金はポルトガルなどの貧乏な国に流れて行ってしまって、
今は私達の年金制度は崩壊してしまった、私は個人的に年金に入らないといけなくなってしまった。」
なんか怪しい雰囲気になってきました・・・
アルツーが
「例をあげると先週の金曜日にオーサはアイスクリームとケーキを買って
いた、ブラジルでアイスクリームを買えるひとは金持ちの人だけだ、だからあなたたちは年金制度がどうだとか言うけど、その前に金持ちだと思う」
オーサ
「金持ちの定義をブラジルと比べられては困る、スウェーデンでは私は決して金持ちでは無いし、私は途上国を見てきたから、今はこうやってイギリスに住んで途上国の為の仕事をしているし、私はシングルマザーだから
誰も助けてくれない、おまけに年金制度はUKユニオンのせいで崩壊してしまった、私は決して金持ちでは無い!」
ルイ―スは
「結局はガーナの人達も一生懸命働いているけど、あれは自分の為ではなくて、自分の子供たちに教育を受けさせるためなんだ、彼らは自分達が貧乏なのは教育を受ける機会が無かったからだ、子供達にはそういう思いをさせたくない、だから子供の為に自分達は犠牲になってでもお金の為に働く、そう信じて働いているんだ」
「結局はバナナにしても、ダイアモンドにしても、安い人件費を使ってお金儲けをしている奴らが悪いんだ、ガーナの人達は決して正当な給料をもらっているとは思えない」
「社会のシステムが悪い、でも誰もこれを変えることはできない、でも我々はあきらめないからここに居るのだ!」
でもアルツーはずっと言っていました
「結局あなたたちは金持ちだからそういうことが言えるんだ、本当の貧困を知らないのだ」
初めて僕の意見
「言いにくいけど、その悪い社会のシステムを使ってお金を沢山吸い上げてのし上がったのは僕達日本人だと思う、中間に入ってお金を吸い上げるの上手だからね、でも仕方なかったんだよ、僕たちも第二次世界大戦に負けて、早く先進国に追いつかないといけないって思って必死だったんだ、そして世界一の経済大国になった日本人たちは、何の為の人生なのか思い悩んで自殺者が凄い数だ、そして僕たちはエコノミックアニマルなんて呼ばれて、人生を楽しむことよりもお金の事を優先する、人間ではなくて動物だと言われている、僕にしてみたらブラジルの人はお金もちではないけど、サンバとか踊ってみんな情熱的だし日本人よりもよっぽど人生を楽しんでいると思うよ」
すかさずオーサが
「そうだ!そうだ!」
アルツーは
「ウラの意見は面白い、ブラジル人の俺がアフリカに行ったときに、アフリカの人はお金無いのに、何でみんなこんなに幸せそうなんだろう?って思ったもの、それと同じことをウラは俺に思ったってことだろ」
「結局は誰も勝者は居ないのかな?」
「この社会のシステムが悪い!」
「でも作ったのは我々だ」
「ブラジル人とか日本人、ポルトガル、スウェーデンとかは関係ない
結局は人間がやったんだ、価値観とか国ではなくて全ては人間の問題なん
だ」
ということでなんとなくここでおしまい。
先生のオーサが
「この問題はエンドレスです、だから今日はここまでね!」
って言って終わりました。朝一番からみんな鼻息が荒かったです。
採掘するところに白人の若者がいって、一日体験入学みたいなのをして
「辛い!」
って愚痴る番組を15分くらい見て、それについてどう思うか?
という話でした。
「先進国の人達がアクセサリーを買うのがいけないんだ!」
「それを商品化して売ってる会社が悪い」
「買う消費者がわるい」
「でもやめたらガーナの人達の仕事が無くなる」
「もともと彼らは自分達だけで幸せに暮らしていたのに、植民地
支配をして違う価値観を植え付けた我々が悪い」
ブラジルのアルツーが少し興奮気味に
「ヨーロッパの人達がそう言った価値観を植え付けた、我々ブラジルは
とても貧乏だ」
カメルーンのアーネスティーンがアルツーに耳打ちした後アルツーが
「アーネスティーンはイギリスに来て初めてバナナを食べた、でも
今俺達が毎日ここで食べているバナナはカメルーンから来ている、
なぜ自分達の国で食べるものを自分達で作らないのか?」
すかさずポルトガルのルイ―スは
「アルツーはブラジルは貧乏でヨーロッパの人達は金持ちだって言う
けど、我が国ポルトガルは近年ヨーロッパでもっとも貧乏な国だった
だから俺は知っている、貧困の苦しさを」
スウェーデン人のオーサは
「私達スウェーデン人は福祉国家で私はずっと年金で生活できると思っていた、しかし近年になってヨーロッパがヨーロッパユニオンとして統合して、
私達の国の税金はポルトガルなどの貧乏な国に流れて行ってしまって、
今は私達の年金制度は崩壊してしまった、私は個人的に年金に入らないといけなくなってしまった。」
なんか怪しい雰囲気になってきました・・・
アルツーが
「例をあげると先週の金曜日にオーサはアイスクリームとケーキを買って
いた、ブラジルでアイスクリームを買えるひとは金持ちの人だけだ、だからあなたたちは年金制度がどうだとか言うけど、その前に金持ちだと思う」
オーサ
「金持ちの定義をブラジルと比べられては困る、スウェーデンでは私は決して金持ちでは無いし、私は途上国を見てきたから、今はこうやってイギリスに住んで途上国の為の仕事をしているし、私はシングルマザーだから
誰も助けてくれない、おまけに年金制度はUKユニオンのせいで崩壊してしまった、私は決して金持ちでは無い!」
ルイ―スは
「結局はガーナの人達も一生懸命働いているけど、あれは自分の為ではなくて、自分の子供たちに教育を受けさせるためなんだ、彼らは自分達が貧乏なのは教育を受ける機会が無かったからだ、子供達にはそういう思いをさせたくない、だから子供の為に自分達は犠牲になってでもお金の為に働く、そう信じて働いているんだ」
「結局はバナナにしても、ダイアモンドにしても、安い人件費を使ってお金儲けをしている奴らが悪いんだ、ガーナの人達は決して正当な給料をもらっているとは思えない」
「社会のシステムが悪い、でも誰もこれを変えることはできない、でも我々はあきらめないからここに居るのだ!」
でもアルツーはずっと言っていました
「結局あなたたちは金持ちだからそういうことが言えるんだ、本当の貧困を知らないのだ」
初めて僕の意見
「言いにくいけど、その悪い社会のシステムを使ってお金を沢山吸い上げてのし上がったのは僕達日本人だと思う、中間に入ってお金を吸い上げるの上手だからね、でも仕方なかったんだよ、僕たちも第二次世界大戦に負けて、早く先進国に追いつかないといけないって思って必死だったんだ、そして世界一の経済大国になった日本人たちは、何の為の人生なのか思い悩んで自殺者が凄い数だ、そして僕たちはエコノミックアニマルなんて呼ばれて、人生を楽しむことよりもお金の事を優先する、人間ではなくて動物だと言われている、僕にしてみたらブラジルの人はお金もちではないけど、サンバとか踊ってみんな情熱的だし日本人よりもよっぽど人生を楽しんでいると思うよ」
すかさずオーサが
「そうだ!そうだ!」
アルツーは
「ウラの意見は面白い、ブラジル人の俺がアフリカに行ったときに、アフリカの人はお金無いのに、何でみんなこんなに幸せそうなんだろう?って思ったもの、それと同じことをウラは俺に思ったってことだろ」
「結局は誰も勝者は居ないのかな?」
「この社会のシステムが悪い!」
「でも作ったのは我々だ」
「ブラジル人とか日本人、ポルトガル、スウェーデンとかは関係ない
結局は人間がやったんだ、価値観とか国ではなくて全ては人間の問題なん
だ」
ということでなんとなくここでおしまい。
先生のオーサが
「この問題はエンドレスです、だから今日はここまでね!」
って言って終わりました。朝一番からみんな鼻息が荒かったです。
飛行機事故の死亡率
朝一のミーティングでの議題は飛行機事故で100人以上の
人が亡くなったのに、子供だけが助かることがある。
それはなぜか?
幸運か? それとも体のサイズとか柔らかさの問題か?
という話でした。
ポルトガル人のルイ―スは
「親がとっさに子供を抱くからだと思う」
ブラジル人のアルツーは
「神が誰が生き残るべきか決めているからだと思う」
すかさず先生のオーサ(スウェーデン人)は
「それは無い、この場合に限っては神は居ない、なぜなら車の事故では圧倒的に
子供が犠牲になっている、もし神様が決めているのなら、車の事故
でも同じ結果が出ているはずだ。」
誰かが言った
「子供は車を運転しないから、車から飛び出してしまって、犠牲に
なる、飛行機は基本的にはパイロット以外は運転しないからみんな平等
な立場になる、だから神がいるかも」
その時に僕がボンヤリと考えていたのは
「ルイ―スは親が子供を抱き締めるからだ、っていうけど、抱きしめる
ってことはシートベルトをはずすってことかな?
隣に座ってれば頭は抱けるけど、どうなのかな?」
って思っていました、言わなかった理由は、もしそれを言った時に
「何故日本人は数分後に死ぬかもしれないときに、人間としての
行動ではなくて、規則を守ろうとするのか? どうせ死ぬなら子供
を守るろうとするのが人間ではないか?」
って言われるかな? そこらへんの取り違えが怖かったのと、朝一番
であんまり、発言する気が無かったからです。
でもきっと自分だったらシートベルトを最後まで締めると思います。
やっぱりそういうところ日本人だよね。
ソフィアは
「子供は死ぬことをあまり恐れてないから、体がリラックスしている
からではないかな?大人は死ぬのを怖がるから、パニックを起こしたり
体に力が入りすぎるのがいけないのではないかな」
という意見でした。
司会をしていたオージリアが僕が真面目に聞いているふりして彼女の顔を
一生懸命みていたから、急に
「ウラはどう思うのか?」
って振られました。 ヤバい、実はあまり考えてなかった?
でもこういうときにきちんと発言しないと
「日本人の男は馬鹿だ、自分の意見が無いんだ!」
ってなるのが怖いのとっさに
「僕もソフィアの子供はリラックスしてるからだという意見に似てるよ、
おそらく子供の気持ちとしては、親と一緒に飛行機に乗って居れば
親が守ってくれると思ってるし、安心してるから、体に力が入らないの
ではないかな?もちろん実際に親がかばってくれることもあると思うし
でももし10歳くらいの子供が一人で飛行機に乗っていたとしたら、
不安で大人と同じようにパニックになると思う
死ぬ前にもう一度だけでも親に会いたい!って願うだろうしね」
それに対するみんなの答えは
「・・・・・・・・・」
何それ? 英語が伝わってないのか、それとも根本的に何か違うセンス
だったのか? それともなんとなくみんなけっこう喋ったからもう気が
すんでたのかな?
なんとなくしらけた感じでその後は先生のオーサがまとめて
朝のミーティングは終わりました。
たぶん英語が伝わらなかったのが50%でそれ以外が50%で沈黙
になったんだと思うけど、どうだったのかな?って思ってます。
人が亡くなったのに、子供だけが助かることがある。
それはなぜか?
幸運か? それとも体のサイズとか柔らかさの問題か?
という話でした。
ポルトガル人のルイ―スは
「親がとっさに子供を抱くからだと思う」
ブラジル人のアルツーは
「神が誰が生き残るべきか決めているからだと思う」
すかさず先生のオーサ(スウェーデン人)は
「それは無い、この場合に限っては神は居ない、なぜなら車の事故では圧倒的に
子供が犠牲になっている、もし神様が決めているのなら、車の事故
でも同じ結果が出ているはずだ。」
誰かが言った
「子供は車を運転しないから、車から飛び出してしまって、犠牲に
なる、飛行機は基本的にはパイロット以外は運転しないからみんな平等
な立場になる、だから神がいるかも」
その時に僕がボンヤリと考えていたのは
「ルイ―スは親が子供を抱き締めるからだ、っていうけど、抱きしめる
ってことはシートベルトをはずすってことかな?
隣に座ってれば頭は抱けるけど、どうなのかな?」
って思っていました、言わなかった理由は、もしそれを言った時に
「何故日本人は数分後に死ぬかもしれないときに、人間としての
行動ではなくて、規則を守ろうとするのか? どうせ死ぬなら子供
を守るろうとするのが人間ではないか?」
って言われるかな? そこらへんの取り違えが怖かったのと、朝一番
であんまり、発言する気が無かったからです。
でもきっと自分だったらシートベルトを最後まで締めると思います。
やっぱりそういうところ日本人だよね。
ソフィアは
「子供は死ぬことをあまり恐れてないから、体がリラックスしている
からではないかな?大人は死ぬのを怖がるから、パニックを起こしたり
体に力が入りすぎるのがいけないのではないかな」
という意見でした。
司会をしていたオージリアが僕が真面目に聞いているふりして彼女の顔を
一生懸命みていたから、急に
「ウラはどう思うのか?」
って振られました。 ヤバい、実はあまり考えてなかった?
でもこういうときにきちんと発言しないと
「日本人の男は馬鹿だ、自分の意見が無いんだ!」
ってなるのが怖いのとっさに
「僕もソフィアの子供はリラックスしてるからだという意見に似てるよ、
おそらく子供の気持ちとしては、親と一緒に飛行機に乗って居れば
親が守ってくれると思ってるし、安心してるから、体に力が入らないの
ではないかな?もちろん実際に親がかばってくれることもあると思うし
でももし10歳くらいの子供が一人で飛行機に乗っていたとしたら、
不安で大人と同じようにパニックになると思う
死ぬ前にもう一度だけでも親に会いたい!って願うだろうしね」
それに対するみんなの答えは
「・・・・・・・・・」
何それ? 英語が伝わってないのか、それとも根本的に何か違うセンス
だったのか? それともなんとなくみんなけっこう喋ったからもう気が
すんでたのかな?
なんとなくしらけた感じでその後は先生のオーサがまとめて
朝のミーティングは終わりました。
たぶん英語が伝わらなかったのが50%でそれ以外が50%で沈黙
になったんだと思うけど、どうだったのかな?って思ってます。
2010年5月15日土曜日
多国籍なキッチン
<真はマーケットです、毎週水曜日の朝の7時に行って、野菜とフルーツを買う
っていうか「仕入れ」ます。いつも空気がひんやりと冷たくて、なんとなく緊張感
があって僕は好きです。>
住んでる寮とか教室を綺麗にしたり、キッチンで料理を作ったり、毎日の
食事の準備とか掃除とか、ここではみんなが仕事をしないといけません。
そういう共同生活を色々な国の人と学ぶことが大事だ!
という建前と、経費を浮かすという両方の意味がありますが。
僕はそういう実践的な仕事を色々な国の人とするのが楽しいので、結構楽しんで
やっています。 学校みたいに「ごっご」ではあまり真剣になれません。
一番大変なのがキッチン、みんなは勝手に食べ物持って行ってしまうし、
予算を決めて、次の週に何人の人が居るのかを火曜日にカウントして、一人につき一日3ポンド(たぶん400円くらい)の予算を決めて、先生に相談。
水曜日の朝にお金をもらって週に20万近くの買い物をスーパーでします。
大体平均50人くらいの人がここにはいます。
キッチンの仕事はみんなから文句言われるし、たいして感謝されないし、大変な
仕事。
というとで、ファミレスに9年いた僕はなんとなくそこになってしまいました。
本当は芝刈りの仕事したかったんだけどね・・・
一人でできるしね、あのカートみたいなやつに乗って芝かるのかっこ良いものね!
ということでキッチンメンバーは最強メンバーにしないといけない!
ということで、立候補者を募りました。
メキシコ代表エリック、ブラジル代表アルツー、ポルトガル代表ソフィア、
イタリア代表シルビア、日本代表の僕です。
ちなみにイタリア人はリゾット作れるけど、白米は炊けません。
日本人はみんなが朝に食べてる玄米といろんな種がまじってるみたいな
お粥みたいな味のない食べ物作り方も知らないし、作ったとしてもそれが上手く
できてるのか、それとも失敗なのかもわかりません。
メキシコ・エリックはパソコン使えるし、ミーティングしきれるけど、
料理はあんまり。ポルトガル・ソフィアは英語が駄目だけど料理は相当な腕、
そして彼女が唯一UK(ヨーロッパ)の免許をもっているので8人乗りのシート
の車を運転できます。それは保険の問題。
日本人、南アメリカ人は8人乗りの車は運転できません。
でもサイズはでかいのでもなんでもOKです、
ただ人数が多いと駄目みたいです。
みんで今日からミーティング
メニュー、買い物、朝飯、昼飯、晩飯、ベジタリアン、皿洗いのローテーション、洗剤とかスポンジ、オーブンの使い方、どうやって50人分の米を炊くのか?
冷凍食品の解凍は何時間前からか?
基本的には英語で話そうね!って言うとだけど途中でみんなが
「プロセスってポルトガル語では何?」
「スティルって盗むってこと?」
「この場合のスティルはのマダの意味!」
「ミーンってどういう意味?意地悪じゃないよね?」
「この場合のミーンはポルトガル語では(+*‘<@¥)だし英語なら
たぶんコンセプトに近いよいみだよ」
みたいな会話が永遠続いて、結局誰も100%理解しないまま、3時間みんなが
自分の言いたいことを話し合いました。
おそらく他からみたら喧嘩してるみたいだったけど、本人たちはそういうつもり
は無かったです、みんな純粋に
「本当に良くしたいなら自分の意見を言うべきだ」
と思ってる感じでした。
結局みんなで何が居るかのリストを作ろう!ということになり、
みんなでパソコンを持ってキッチンに行きました。
長ネギをもって
「ウラこれはなんていうんだ?」
「日本ではネギだけど、たぶん英語はチャイニーズオニオンだと思う」
(辞書の答えは long green onion でした)
「でも細いのと太いのがあるよ?」
「とりあえずビッグとスモールって書いとけば?」
「まって!それはポルトガル語では断固として ‘@+*:*¥・だ!だから
そうかいてくれないと私はわからない」
「今の英語で話した?それともポルトガル語?」
「今のはウラに話したのではなくてアルツーに話したから気にしないで」
「ウラこれは何?」
「それは日本ではブロッコリー」
「そうなんだ、私の国では ブロッコリー って言うのよ!」
「だから今僕もブロッコリーって言ったつもりだけど・・・・」
「あら、私には他の発音に聞こえたけど・・・」
「ところでこの野菜はイタリアではつかったこと無いから、
なんて名前かもイメージできない」
「俺も知らない」
「みんな知らない・・・・」
そんな会話を一時間くらい続けながら
パソコンの早いエリックがエクセルに手早く打ちこんで作業終了!
もう十時だから今日はここまで! っていってみんなでキッチンから出てきました。
みんなけっこう疲れてたとおもいます。
ちなみに前にキッチンを仕切っていたフランチェスカはイタリア人で、彼女から
もらったリストは難しいところはイタリア語なので、僕らにはわかりません。
この先この仕事は確実に2カ月はしないといけないけど、なんか面白そう
です、頑張りますね!
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