最近は学校でバヌアツの事について講演させてもらう機会が結構あるんだけど、
そこで思うことは、日本の教育は記憶力をつけさせるものなんだなー、ってことです。
頭の中のハードディスクにいかに多くの情報を詰め込むかを
競い合っているのだと思います。
たとえば偏差値75の東大生の頭には750ギガバイトくらいの情報量が入っていて、
そこから偏差値順に600ギガの大学、
500ギガの学生のいる大学となっているような感じ。
昔はそれでよかったんだと思うんだよね、
まいあさ新聞読んで不特定多数な情報を頭に叩き込んでその中で
勝負してればよかったんだと思います。
でも今ってインターネットがあるから個人がそれほど多くの情報を頭の中に
叩き込まなくても生活で必要な300ギガくらいの「基本知識」だけ頭に入ってれば、
必要な時にネットにつないでわからないことは
グーグルとかウィキペティアで調べることができるんだよね。
だってネットの中にはすでにギガレベルではなくてその何百倍もの情報が入っていて、
いつでもそこから情報や知識は引っ張り出せるものね。
そうなると偏差値30の学校出てても60出ててもたいして変わらないよね。
必要なのはどのタイミングでどの情報を引っ張ってくるかの「ひらめき」
と「情報処理」的な能力のほうなんだと思います。
ネットで調べられる情報をわざわざ記憶する必要はないと思います。
情報を分析して、文章や形にして外に発表する能力だよね。
もう一つの問題は現場の生成達はすでにそれに気が付いていることだと思います。
みんなわかってるんだよね、
わかっているけど上が変わらないから現場ではどうしようもない。
あんまり簡単に今までの日本の教育を変えることは危険だと思うけど、
現場でそう言った矛盾に悩みながらも毎日頑張っている先生達は偉いな、
とも感じます。
2012年2月11日土曜日
2012年2月4日土曜日
トイレの手洗いセンサー
トイレの洗面所によくある手をかざすとセンサーで水が出る水道があるけど、
最近あれとの愛称が悪い、手をかざすと一瞬ビュッと水が出てくる、
でも僕はけっこうしっかりと手を洗いたいタイプなのでもう一度かざす、
でも水は出てこない、手をヒラヒラさせる、でも反応がないので仕切り直して
一度ひっこめてみる、するとその瞬間にビュッとでる、あわてて手を出すと
その時には止まってしまうというモグラたたき状態になる。
先日八王子でそれが起こったのだけど、昨日も青梅線で同じことが起こった。
JRつながりだけど、まあ僕が駅のトイレばかり使ってるからかな?
駅のトイレって入り口に扉がないから入りやすいんだよね。
居酒屋やスタバは個室になっていてドアをいちいち開けたり閉めたりするの
面倒なんだよね、きっと女性にはわからない感覚だろうなー
駅だとトイレに入って用をたしてから出てくるまで男なら一切なににも触れ
ずにその一連の動作を終わらすことができるという気軽さが
唯一よいところなのです。最近は小便器の水もセンサーで流れるし、
あれは多少反応が悪くても男は誰もきにしてないしね、
もちろん清潔さではスタバやデパートには負けますけど。
話をセンサー付きの洗面台に戻すと、
すいている駅とか誰もいないデパートなんかで一人でやってる分には
良いけど、後ろで人が待っていたりするとけっこう気を使ってしまう。
こんなことならセンサーなんて使わないで、蛇口をつけてくれたほうが
よっぽど良い気がする、中に入ってる乾電池がきれてるのかな?
(電池なんて使ってないか?)
一度アンゴラから帰ってくるときにドバイの空港で27時間乗り換え待ちと
というのをやって事があったのだけど、もともとアンゴラとドバイだけでも
6時間くらいの時差がある、アンゴラの夕方に飛行機に乗ったけどドバイ
に着いた時にはすでにドバイの太陽が朝日なのか夕日なのかもわからなくなってい
た。とりあえずガラス張りの空港に真横から突き刺してくる太陽光線は非常に眩し
い、日本でいったら西日的な光だけど、ドバイでも西日イコール夕日になるのかな?
それは世界中で変わらないか?
世界中どこでも太陽は西に沈むんだよね?
時差ボケ、アフリカボケの頭でそんなこと考えてました。
ちなみにドバイは昼間に2時間くらい全く飛行機が飛ばない時間があって、
超巨大な体育間50個くらいある清潔なワンフロアーの空港に、
とても素敵な男性の声のコーランが大音量かつ神聖に流れて、従業員はみんな
何処かに消え去ってしまって、空港は静まり返ってひっそりとした場所になる。
これだけ天井が高くて大きな建物にほとんど人影がなく、そこにコーランが
流れていて、しかも全体がガラス張りの空港の建物の周りには広大な滑走路が
広がっていてその先は砂漠が広がっていると、なんか火星にできた宇宙ステーショ
ンの中にいるような気分で、今までに見たこともない景色がアラブにはあったのだ
なー、などと圧倒されてしまった。
この静かな時間利用して、贅沢にトイレと歯磨き、洗顔を済ませようと
これもまた大小のトイレがそれぞれ30個くらいずつ並んでいる
広大なトイレに荷物を持ち込んだ、トイレだけでも山手線2車両分くらいある
もちろん独り占めだから下着もひととおり着替えたけど、
すでにほとんどの荷物はアンゴラでチェックインする時に
預けてしまっているから、パンツ、靴下、本とラップトップくらししかカバンに
ははいっていない。
普通は27時間も待ち時間があるのなら、何処かホテルにはいったり空港内にも
シャワーや休憩所など色々な設備があるのだろうけど、こっちは貧乏
ボランティアなので、とりあえず空港の床で本を読めば良いのだ。
と思っていたので何の準備もない。
歯を磨いて口をゆすぐ時になって気がついたのだけど、ここの便所の
手洗いセンサーもメチャクチャ反応が悪い。
でも手洗い場だけでも30個以上あるのだこっちも安心だ。
一つが反応が悪ければ隣に移ればよいからね。しかし中には全く反応もしない
水道もあって、しかもどれも平均2秒ほどしか水がでない、
その時に気がついた、
ドバイにはガソリンは豊富にあっても水はないのだということ
口をゆすぐだけで15台くらいの洗面台を次々に隣に移動しないといけなかった
そのあと顔を洗い終わるのにさらに15台の洗面台を移動してやっと終了、
気がついたら自分の荷物ははるか遠くのトイレのはじにあって、
かばんの上に自分が置いたタオルまで濡れた顔をふくためにたどり着くのに
15メートルはあるく事になってしまった。
まあ時間はたっぷり27時間あるし、
トイレは貸し切りだし、あと一日で成田に着けばそこは一年ぶりの日本だし
だからすべてが許せたけど、
あの洗面台を次々に移動する日本人の姿をドバイの人にみられなくてよかったなー、
監視カメラ見てる人に笑われてるだろうなー、って思いながら日本行きの飛行機を
待っていた思い出があります。
八王、青梅、ドバイと変なところで繋がったけど、公共交通機関のトイレの
手洗いセンサーはどこも反応が悪いということなのですね・・・
最近あれとの愛称が悪い、手をかざすと一瞬ビュッと水が出てくる、
でも僕はけっこうしっかりと手を洗いたいタイプなのでもう一度かざす、
でも水は出てこない、手をヒラヒラさせる、でも反応がないので仕切り直して
一度ひっこめてみる、するとその瞬間にビュッとでる、あわてて手を出すと
その時には止まってしまうというモグラたたき状態になる。
先日八王子でそれが起こったのだけど、昨日も青梅線で同じことが起こった。
JRつながりだけど、まあ僕が駅のトイレばかり使ってるからかな?
駅のトイレって入り口に扉がないから入りやすいんだよね。
居酒屋やスタバは個室になっていてドアをいちいち開けたり閉めたりするの
面倒なんだよね、きっと女性にはわからない感覚だろうなー
駅だとトイレに入って用をたしてから出てくるまで男なら一切なににも触れ
ずにその一連の動作を終わらすことができるという気軽さが
唯一よいところなのです。最近は小便器の水もセンサーで流れるし、
あれは多少反応が悪くても男は誰もきにしてないしね、
もちろん清潔さではスタバやデパートには負けますけど。
話をセンサー付きの洗面台に戻すと、
すいている駅とか誰もいないデパートなんかで一人でやってる分には
良いけど、後ろで人が待っていたりするとけっこう気を使ってしまう。
こんなことならセンサーなんて使わないで、蛇口をつけてくれたほうが
よっぽど良い気がする、中に入ってる乾電池がきれてるのかな?
(電池なんて使ってないか?)
一度アンゴラから帰ってくるときにドバイの空港で27時間乗り換え待ちと
というのをやって事があったのだけど、もともとアンゴラとドバイだけでも
6時間くらいの時差がある、アンゴラの夕方に飛行機に乗ったけどドバイ
に着いた時にはすでにドバイの太陽が朝日なのか夕日なのかもわからなくなってい
た。とりあえずガラス張りの空港に真横から突き刺してくる太陽光線は非常に眩し
い、日本でいったら西日的な光だけど、ドバイでも西日イコール夕日になるのかな?
それは世界中で変わらないか?
世界中どこでも太陽は西に沈むんだよね?
時差ボケ、アフリカボケの頭でそんなこと考えてました。
ちなみにドバイは昼間に2時間くらい全く飛行機が飛ばない時間があって、
超巨大な体育間50個くらいある清潔なワンフロアーの空港に、
とても素敵な男性の声のコーランが大音量かつ神聖に流れて、従業員はみんな
何処かに消え去ってしまって、空港は静まり返ってひっそりとした場所になる。
これだけ天井が高くて大きな建物にほとんど人影がなく、そこにコーランが
流れていて、しかも全体がガラス張りの空港の建物の周りには広大な滑走路が
広がっていてその先は砂漠が広がっていると、なんか火星にできた宇宙ステーショ
ンの中にいるような気分で、今までに見たこともない景色がアラブにはあったのだ
なー、などと圧倒されてしまった。
この静かな時間利用して、贅沢にトイレと歯磨き、洗顔を済ませようと
これもまた大小のトイレがそれぞれ30個くらいずつ並んでいる
広大なトイレに荷物を持ち込んだ、トイレだけでも山手線2車両分くらいある
もちろん独り占めだから下着もひととおり着替えたけど、
すでにほとんどの荷物はアンゴラでチェックインする時に
預けてしまっているから、パンツ、靴下、本とラップトップくらししかカバンに
ははいっていない。
普通は27時間も待ち時間があるのなら、何処かホテルにはいったり空港内にも
シャワーや休憩所など色々な設備があるのだろうけど、こっちは貧乏
ボランティアなので、とりあえず空港の床で本を読めば良いのだ。
と思っていたので何の準備もない。
歯を磨いて口をゆすぐ時になって気がついたのだけど、ここの便所の
手洗いセンサーもメチャクチャ反応が悪い。
でも手洗い場だけでも30個以上あるのだこっちも安心だ。
一つが反応が悪ければ隣に移ればよいからね。しかし中には全く反応もしない
水道もあって、しかもどれも平均2秒ほどしか水がでない、
その時に気がついた、
ドバイにはガソリンは豊富にあっても水はないのだということ
口をゆすぐだけで15台くらいの洗面台を次々に隣に移動しないといけなかった
そのあと顔を洗い終わるのにさらに15台の洗面台を移動してやっと終了、
気がついたら自分の荷物ははるか遠くのトイレのはじにあって、
かばんの上に自分が置いたタオルまで濡れた顔をふくためにたどり着くのに
15メートルはあるく事になってしまった。
まあ時間はたっぷり27時間あるし、
トイレは貸し切りだし、あと一日で成田に着けばそこは一年ぶりの日本だし
だからすべてが許せたけど、
あの洗面台を次々に移動する日本人の姿をドバイの人にみられなくてよかったなー、
監視カメラ見てる人に笑われてるだろうなー、って思いながら日本行きの飛行機を
待っていた思い出があります。
八王、青梅、ドバイと変なところで繋がったけど、公共交通機関のトイレの
手洗いセンサーはどこも反応が悪いということなのですね・・・
2012年2月1日水曜日
苗字の違う家族
年末に二人の甥っ子が山口県から飛行機で送られてきて、僕が羽田に迎えに
いって、レンタカーを借りてウチの母親と4人でスキーにいきました。
甥っ子の苗字はアキモト、僕はウラ、母親は離婚してるから旧姓
なんだよね、レンタルスキーとウエアーのカウンターで一人ずつ名前書いて
申し込んだのだけど、そこのお兄さんが
「とりあえず息子さんウエアーがこれで、お父さん(僕のことね)のスキーが
こちらで」
なんて言って説明したあとに、子供と僕の名字が違うのを知って、
少しあわててたけど、まあいまどきそういうこともあるから許してね!
って思ってたんだけど、その後に靴を履いていた母親に僕が
「お母さん」
って呼んだときに自分の中で何か違和感が・・・
もしかして、ウチの母親と僕が夫婦だと思われてる?
もしくは僕がバツ一で子供を二人引き取って育てていると思われてる?
でもその場合だと子供と僕の名字が違うのはおかしいから
状況的には嫁さんが二人の子供を引き取っていて、
スキー旅行は子供との面会日みたいな感じで、
僕が母親に連れ添ってもらって今ここにいると思われてる?
でも甥っ子達は僕の事を「お父さん」ではなくて「てるくん」
と呼んでいる。
レンタルスキーのお兄さんにどういう風に解釈されているのか
とても気になってしまいました。
むかしソフトバンクに家族割を申し込んだときもそうだったんだよね。
「みんな苗字違うでしょ。でも昔はみんなウラっていう名前で家族だったの!」
だから割り引いて! って説明しました。
でも向こうの人も結構慣れてるみたいで大丈夫でした。
まあいまどきけっこう当たり前か・・・
いって、レンタカーを借りてウチの母親と4人でスキーにいきました。
甥っ子の苗字はアキモト、僕はウラ、母親は離婚してるから旧姓
なんだよね、レンタルスキーとウエアーのカウンターで一人ずつ名前書いて
申し込んだのだけど、そこのお兄さんが
「とりあえず息子さんウエアーがこれで、お父さん(僕のことね)のスキーが
こちらで」
なんて言って説明したあとに、子供と僕の名字が違うのを知って、
少しあわててたけど、まあいまどきそういうこともあるから許してね!
って思ってたんだけど、その後に靴を履いていた母親に僕が
「お母さん」
って呼んだときに自分の中で何か違和感が・・・
もしかして、ウチの母親と僕が夫婦だと思われてる?
もしくは僕がバツ一で子供を二人引き取って育てていると思われてる?
でもその場合だと子供と僕の名字が違うのはおかしいから
状況的には嫁さんが二人の子供を引き取っていて、
スキー旅行は子供との面会日みたいな感じで、
僕が母親に連れ添ってもらって今ここにいると思われてる?
でも甥っ子達は僕の事を「お父さん」ではなくて「てるくん」
と呼んでいる。
レンタルスキーのお兄さんにどういう風に解釈されているのか
とても気になってしまいました。
むかしソフトバンクに家族割を申し込んだときもそうだったんだよね。
「みんな苗字違うでしょ。でも昔はみんなウラっていう名前で家族だったの!」
だから割り引いて! って説明しました。
でも向こうの人も結構慣れてるみたいで大丈夫でした。
まあいまどきけっこう当たり前か・・・
なるほど、って思ったこと
現役教員の友人に今の日本の教育現場の体罰について聞きました。
昔みたいに
「ウチの子がおかしかったらぶん殴ってやってもらって結構です!」
みたいなこと言ってくれる親っていないの? って聞いたら
「もちろん今でもそういう親はいますよ、
でも実際はそういうことが言える親に育てられてる子供は
初めから殴る必要は全くないんですよね、そういう子は口で言えば理解しますから、
殴るべき子供は言い訳ばっかりする甘えた子供です、
親を見れば一発でわかりますね。
だって親自信が言い訳ばっかりで社会に甘えてますからね、
とりあえず親からぶん殴らないとっておもいますね・・・・」
なるほどね、学校現場は今でも素敵な人が多いな!って嬉しくなりました。
昔みたいに
「ウチの子がおかしかったらぶん殴ってやってもらって結構です!」
みたいなこと言ってくれる親っていないの? って聞いたら
「もちろん今でもそういう親はいますよ、
でも実際はそういうことが言える親に育てられてる子供は
初めから殴る必要は全くないんですよね、そういう子は口で言えば理解しますから、
殴るべき子供は言い訳ばっかりする甘えた子供です、
親を見れば一発でわかりますね。
だって親自信が言い訳ばっかりで社会に甘えてますからね、
とりあえず親からぶん殴らないとっておもいますね・・・・」
なるほどね、学校現場は今でも素敵な人が多いな!って嬉しくなりました。
アラフォーの言い訳
協力隊で一緒にバヌアツにいた、ヒロが言ってたんだけど、
「戦後生まれのウチの親父が働きだした頃は、40年働いてカブ(新聞配達の人達が
よく乗ってるバイク)一台買えたら良いなー、くらいに思っていた。でも実際は
定年するころには、車も実家の軽トラを含めて3代、バイクもトラクターも
持っている。まさかこんな風になるとは思っていなかった」
と言っていたそうです。
この40年てそういうものだったよね。
でもこの先40年はどうかな?って考えると、そういう時代ではなくなってきた
のだと思います。
親達がしてくれたことが自分の子供にできるのかな?
って考えると、現状維持はできても、それ以上は難しい時代だと思います。
でも最近気がついたのだけど、そういう喪失感みたいなものは第2次ベビーブーム
でバブルの最後を少し見た僕の世代
(ジュリアナに行く年ではなかったけど、テレビで見たことはある世代、30代後半)
しか持っていないのかもなということです。
今の20代の人達ってもともとバブルも知らないし、ゆとり教育をうけて、
就職も最初から無いし、終身雇用も崩壊、年金も崩壊、就職したら車を買って
ドライブするというよりは、電車で近場に行く、そもそも人数が少ないから
何をしたって社会現象として取り上げられにくかった世代だと思います。
ある意味そういう世代の人達のほうが今の世の中の現状にマッチしていて
地に足がついている気もします。
焦りがあるのは僕の世代(38歳くらい)親達がたどってきた成長が望めない
という世代だけなのかもしれません。
こういうこと考えるのって40前にして同じ世代の勝ち組、負け組が決まって
きたからなのかな?
惨敗組の自分はどうやって這い上がるべきなのかね・・・
「戦後生まれのウチの親父が働きだした頃は、40年働いてカブ(新聞配達の人達が
よく乗ってるバイク)一台買えたら良いなー、くらいに思っていた。でも実際は
定年するころには、車も実家の軽トラを含めて3代、バイクもトラクターも
持っている。まさかこんな風になるとは思っていなかった」
と言っていたそうです。
この40年てそういうものだったよね。
でもこの先40年はどうかな?って考えると、そういう時代ではなくなってきた
のだと思います。
親達がしてくれたことが自分の子供にできるのかな?
って考えると、現状維持はできても、それ以上は難しい時代だと思います。
でも最近気がついたのだけど、そういう喪失感みたいなものは第2次ベビーブーム
でバブルの最後を少し見た僕の世代
(ジュリアナに行く年ではなかったけど、テレビで見たことはある世代、30代後半)
しか持っていないのかもなということです。
今の20代の人達ってもともとバブルも知らないし、ゆとり教育をうけて、
就職も最初から無いし、終身雇用も崩壊、年金も崩壊、就職したら車を買って
ドライブするというよりは、電車で近場に行く、そもそも人数が少ないから
何をしたって社会現象として取り上げられにくかった世代だと思います。
ある意味そういう世代の人達のほうが今の世の中の現状にマッチしていて
地に足がついている気もします。
焦りがあるのは僕の世代(38歳くらい)親達がたどってきた成長が望めない
という世代だけなのかもしれません。
こういうこと考えるのって40前にして同じ世代の勝ち組、負け組が決まって
きたからなのかな?
惨敗組の自分はどうやって這い上がるべきなのかね・・・
2012年1月25日水曜日
グローバルって意外と簡単
グローバルスタンダードとかグローバリゼーション
とか聞くと語学が苦手な日本人としては何か自分達の知らないところで
そういう流れがあって、取り残されている。みたいな焦りが気がするけど、
それは幻想であると思います。
結局はグローバルな世界で通用する人間とは自分の国の文化をきちんと言葉で
説明できるかどうかなのだと思います。
僕の経験からいうと
・ハンガリア人に
「私は村上春樹の小説が大好きです。あなたはどの本をお読みになりましたか?」
・空手をやっていたブルガリア人に
「葉隠は最高!」 って涙ぐまれた時
・スペイン人に
「イソロク ヤマモト尊敬してる!」
・イタリア人に
「クロサワ映画、全部見たよ、お前はどれが好きか?」
・バヌアツ人に
「何故日本人は拾った財布を警察に届けるの?自分の国なら見ないふりするか
現金だけ抜き取るのが普通だよ、落し物センターとかないよ」
・ポルトガル人に
「クジラ食べないといけないほど日本に食べ物ないの?
俺もちょっと興味あるんだけど、本当に美味しいの?」
・世界中で
「なんで戦争で何もなくなったのに、たった50年で日本は復活したの?
何故それが自分達の国ではできないと思う?」
・これも世界中で
「なんでアメリカに原爆落とされたのに今でも仲良しなの?」
遠慮しながら
「ハラキリ(切腹)のこと聞いてもよい?」
こういうことを聞かれた時にきちんと説明できるのがグローバル化していく中で
もっとも大切なことだと思います。(僕も答えるの苦手だけど)
自分の国がどういう国か、どういう文化でどういう歴史なのかをきちんと
理解していて言葉で説明できることが大切なのだと思います。
そして実は日本が世界中で唯一それが苦手な国だと思います。
大陸文化と島文化でいうと、日本は島だからよその国と自分の国を
比較することになれていない、
でも島国って世界中であるじゃない! って言われるかもしれないけど、
ほとんどの国は基本的に一度植民地になっていて、好む好まざる関係なしに、
一度自分達の文化と言葉を完全否定されて、他の国の文化を強制的に
受け入れさせられている、その過程で自分達の文化についてじっくりと考える
作業が行われている。
日本はそういう経験少ないんだよね。アジアのはずれの島国で、他の国の文化を
はじき返せるくらいに国力と軍事力のあった日本はそういう意味では特殊なのです。
必要なのは世界を知ることではなくて、とりあえず自分達が何者なのかを知ること
それを説明できるようになって世界に出ていかないと、
出て行った先で
「あなたは何者?どういう文化でどういう歴史?人生でもっとも大切なことは?」
って聞かれて答えを持っていないと、そっちのほうが問題です。
グローバルっていう国があればそこに留学してグローバル国の勉強すれば
グローバル化できるのだろうけど、グローバルスタンダードっていう基準は無いから
必死でみんなが模索しているのであって、
模索することがグローバル化することだということになると、
結局は自分の国のことをキッチリわかっていることが一番なのだと思います。
難しく書いたけど、日本のことを勉強するだけだから意外と簡単かもしれません。
ちなみにグローバルとインターナショナルの違いは
主に国家と国家の間ならインターナショナルで世界規模ならグローバルというのが
適正なのだということでした。(ウィキペチティアありがとう)
とか聞くと語学が苦手な日本人としては何か自分達の知らないところで
そういう流れがあって、取り残されている。みたいな焦りが気がするけど、
それは幻想であると思います。
結局はグローバルな世界で通用する人間とは自分の国の文化をきちんと言葉で
説明できるかどうかなのだと思います。
僕の経験からいうと
・ハンガリア人に
「私は村上春樹の小説が大好きです。あなたはどの本をお読みになりましたか?」
・空手をやっていたブルガリア人に
「葉隠は最高!」 って涙ぐまれた時
・スペイン人に
「イソロク ヤマモト尊敬してる!」
・イタリア人に
「クロサワ映画、全部見たよ、お前はどれが好きか?」
・バヌアツ人に
「何故日本人は拾った財布を警察に届けるの?自分の国なら見ないふりするか
現金だけ抜き取るのが普通だよ、落し物センターとかないよ」
・ポルトガル人に
「クジラ食べないといけないほど日本に食べ物ないの?
俺もちょっと興味あるんだけど、本当に美味しいの?」
・世界中で
「なんで戦争で何もなくなったのに、たった50年で日本は復活したの?
何故それが自分達の国ではできないと思う?」
・これも世界中で
「なんでアメリカに原爆落とされたのに今でも仲良しなの?」
遠慮しながら
「ハラキリ(切腹)のこと聞いてもよい?」
こういうことを聞かれた時にきちんと説明できるのがグローバル化していく中で
もっとも大切なことだと思います。(僕も答えるの苦手だけど)
自分の国がどういう国か、どういう文化でどういう歴史なのかをきちんと
理解していて言葉で説明できることが大切なのだと思います。
そして実は日本が世界中で唯一それが苦手な国だと思います。
大陸文化と島文化でいうと、日本は島だからよその国と自分の国を
比較することになれていない、
でも島国って世界中であるじゃない! って言われるかもしれないけど、
ほとんどの国は基本的に一度植民地になっていて、好む好まざる関係なしに、
一度自分達の文化と言葉を完全否定されて、他の国の文化を強制的に
受け入れさせられている、その過程で自分達の文化についてじっくりと考える
作業が行われている。
日本はそういう経験少ないんだよね。アジアのはずれの島国で、他の国の文化を
はじき返せるくらいに国力と軍事力のあった日本はそういう意味では特殊なのです。
必要なのは世界を知ることではなくて、とりあえず自分達が何者なのかを知ること
それを説明できるようになって世界に出ていかないと、
出て行った先で
「あなたは何者?どういう文化でどういう歴史?人生でもっとも大切なことは?」
って聞かれて答えを持っていないと、そっちのほうが問題です。
グローバルっていう国があればそこに留学してグローバル国の勉強すれば
グローバル化できるのだろうけど、グローバルスタンダードっていう基準は無いから
必死でみんなが模索しているのであって、
模索することがグローバル化することだということになると、
結局は自分の国のことをキッチリわかっていることが一番なのだと思います。
難しく書いたけど、日本のことを勉強するだけだから意外と簡単かもしれません。
ちなみにグローバルとインターナショナルの違いは
主に国家と国家の間ならインターナショナルで世界規模ならグローバルというのが
適正なのだということでした。(ウィキペチティアありがとう)
2012年1月24日火曜日
ウンコパンツは当たり前だった頃
ゆうちゃんという優しいくて人を引き付ける同級生が居て
ゆうちゃんはいつもゆうちゃん軍団というガキ集団の面倒を見ていました。
ゆうちゃんと僕が小4の時に一緒に遊んだ時だったんだけど、
その時に引き連れいてたのは
小3のヒデとカツ 小2のケン、小1のナオキ、あとは幼稚園くらいのシュン
でした、
ゆうちゃんの家の近所で遊んでたけど、歩いて10分くらいの崖に行って遊ぼう
という話になったときに、カツが
「シュンはちびだから家に帰れ、ついてくんな、お母さんに怒られる」
って言ったんだけど、シュンが悲しそうになったのをみてゆうちゃんが
「ええやん、シュンも来いよ」
って言ってました、今思えばカツとシュンは兄弟だったのかもしれないです
崖にいって僕達がすることは崖をひたすら削ることです、すでにみんなが削って
洞穴みたいになってるから、そこに入ってドンドン奥に削っていきます。
角材とか木の枝とか持ってきて、ひたすら奥へと削ります、足元にたまった土は
洞穴から外に投げ出します。みんなで競争のように掘りすすみ、ドンドン奥へと
入っていくのが何故か子供には面白いのです、シュンはみんなに
「邪魔だからもっと端っこ削れ」
っていわれて、
でもお兄ちゃん達と遊べるのがうれしいみたいで機嫌よく削ってました、
そしてこれはよくあることなんだけど、必ずそういう砂地って犬とか
猫とかのウンコがあって、その日も途中から子供の頃に砂場で良く嗅いだような
ウンコの匂いが充満しだしました。
みんながその匂いに耐え切れなくなったころに小2のケンが
「シュンがウンコ漏らしたんちゃうか?」
って言い出しました、
すかさずヒデが崖を削っているシュンの長ズボンのゴムを引っ張って
お尻をのぞきこみました、カツも一緒にのぞきこむと
「あ、ホンマや少しウンコついてる!」
シュンは少し下を向きながらされるがままになっていたけど、手だけは小さく
だけど崖を削り続けていました。
ゆうちゃんが
「見せてみー」
っていってシュンの長ズボンを引っ張ってのぞきこみました。
僕もその時に一緒にのぞきこんだけど、まあウンコをもらしていた
わけではなくって、たぶんふき残しが少しパンツについてる程度でした
シュンはその時はうつむいていたけど、目には涙がいっぱい溜まっていて、
本人は無意識かもしれないけど、それでも手だけはほんの小さく崖を削っていました
「やっぱり連れてこんかったらよかった!」
「シュンお母さんに怒られるわ」
「めっちゃくさいなー」
とみんながシュンに罵声を浴びせているのをみてかわいそうに思った
ゆうちゃんが一言
「でもこの匂いはシュンとちゃうやろ、シュンのパンツは少し汚れてるだけやしな、
そのくらいのウンコはおれかってついてる時あるし、普通やろ」
って言いました、それをきいたカツが、
「そうやな、そう言えばみんなついてるわ」
と言って小1のナオキと小2のケンのズボンを引っ張ってのぞいた後に、
ヒデ、俺のパンツにウンコついてるかみてくれ、って言って今度はみんなで
ズボンの引っ張り合ってウンコパンツの確認をしながら大笑いしだしました。
「お前もちょっとついてるやんけ!」
「ゆうちゃんかってたまについてる時あるねんから
俺かってちょっとくらいついてて当たり前やんけ」
みたいな会話になってて、
「ゆうちゃん軍団は笑けるなー」
って思ったし、
「うらくんもついてるか見せてーや!」
って言われるのを少し警戒したりもしたけど、それは無くって
そのあとに5分くらいしてシュンの事見たら
嫌なことはすっかり忘れてまた楽しそうに崖を削っていました。
「立ちショんした時に手を洗う水がなかったら、砂で手をこすって洗えば
きれいになるねんぞ!」
ってゆうちゃんが言ったので、みんなしたくもないのに無理に
立ちションして、砂で手を洗って 「スゲー」
っと納得していました。
子供のころってそういう出来事の繰り返しが何度もあって、人の優しさとか
人間関係みたいなのを学んでたんだなー、って思います。
ゆうちゃん今頃出世してるんとちゃうかなー、
いまでも周りに人あつまってるだろうね、懐かしい思い出です。
ゆうちゃんはいつもゆうちゃん軍団というガキ集団の面倒を見ていました。
ゆうちゃんと僕が小4の時に一緒に遊んだ時だったんだけど、
その時に引き連れいてたのは
小3のヒデとカツ 小2のケン、小1のナオキ、あとは幼稚園くらいのシュン
でした、
ゆうちゃんの家の近所で遊んでたけど、歩いて10分くらいの崖に行って遊ぼう
という話になったときに、カツが
「シュンはちびだから家に帰れ、ついてくんな、お母さんに怒られる」
って言ったんだけど、シュンが悲しそうになったのをみてゆうちゃんが
「ええやん、シュンも来いよ」
って言ってました、今思えばカツとシュンは兄弟だったのかもしれないです
崖にいって僕達がすることは崖をひたすら削ることです、すでにみんなが削って
洞穴みたいになってるから、そこに入ってドンドン奥に削っていきます。
角材とか木の枝とか持ってきて、ひたすら奥へと削ります、足元にたまった土は
洞穴から外に投げ出します。みんなで競争のように掘りすすみ、ドンドン奥へと
入っていくのが何故か子供には面白いのです、シュンはみんなに
「邪魔だからもっと端っこ削れ」
っていわれて、
でもお兄ちゃん達と遊べるのがうれしいみたいで機嫌よく削ってました、
そしてこれはよくあることなんだけど、必ずそういう砂地って犬とか
猫とかのウンコがあって、その日も途中から子供の頃に砂場で良く嗅いだような
ウンコの匂いが充満しだしました。
みんながその匂いに耐え切れなくなったころに小2のケンが
「シュンがウンコ漏らしたんちゃうか?」
って言い出しました、
すかさずヒデが崖を削っているシュンの長ズボンのゴムを引っ張って
お尻をのぞきこみました、カツも一緒にのぞきこむと
「あ、ホンマや少しウンコついてる!」
シュンは少し下を向きながらされるがままになっていたけど、手だけは小さく
だけど崖を削り続けていました。
ゆうちゃんが
「見せてみー」
っていってシュンの長ズボンを引っ張ってのぞきこみました。
僕もその時に一緒にのぞきこんだけど、まあウンコをもらしていた
わけではなくって、たぶんふき残しが少しパンツについてる程度でした
シュンはその時はうつむいていたけど、目には涙がいっぱい溜まっていて、
本人は無意識かもしれないけど、それでも手だけはほんの小さく崖を削っていました
「やっぱり連れてこんかったらよかった!」
「シュンお母さんに怒られるわ」
「めっちゃくさいなー」
とみんながシュンに罵声を浴びせているのをみてかわいそうに思った
ゆうちゃんが一言
「でもこの匂いはシュンとちゃうやろ、シュンのパンツは少し汚れてるだけやしな、
そのくらいのウンコはおれかってついてる時あるし、普通やろ」
って言いました、それをきいたカツが、
「そうやな、そう言えばみんなついてるわ」
と言って小1のナオキと小2のケンのズボンを引っ張ってのぞいた後に、
ヒデ、俺のパンツにウンコついてるかみてくれ、って言って今度はみんなで
ズボンの引っ張り合ってウンコパンツの確認をしながら大笑いしだしました。
「お前もちょっとついてるやんけ!」
「ゆうちゃんかってたまについてる時あるねんから
俺かってちょっとくらいついてて当たり前やんけ」
みたいな会話になってて、
「ゆうちゃん軍団は笑けるなー」
って思ったし、
「うらくんもついてるか見せてーや!」
って言われるのを少し警戒したりもしたけど、それは無くって
そのあとに5分くらいしてシュンの事見たら
嫌なことはすっかり忘れてまた楽しそうに崖を削っていました。
「立ちショんした時に手を洗う水がなかったら、砂で手をこすって洗えば
きれいになるねんぞ!」
ってゆうちゃんが言ったので、みんなしたくもないのに無理に
立ちションして、砂で手を洗って 「スゲー」
っと納得していました。
子供のころってそういう出来事の繰り返しが何度もあって、人の優しさとか
人間関係みたいなのを学んでたんだなー、って思います。
ゆうちゃん今頃出世してるんとちゃうかなー、
いまでも周りに人あつまってるだろうね、懐かしい思い出です。
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