日本には自由が無い、窮屈だ、もっと自分を試したいという気持ちでバヌアツやアンゴラに行ったけど、そこで感じたことは
「自由を得たいなら、リスクも覚悟しなければならないということ」
バヌアツに派遣される前の研修で、色々な立場のプロが途上国で起こることに対するレクチャーをしてくれる。
衛生に対するレクチャーでは
「現地の人の家の呼ばれて食事をするときは、もし現地の人が手を洗わずに食事の準備をしていたり、まな板が汚れていたり、水が無いので生野菜を洗っていなかった場合は、衛生上断るべきである」
と言われたり、
「現地の足と言われているバイクの2人乗り、3人乗りのタクシーは隊員は乗ってはいけない、時にはドライバーが酔っぱらっていることもあるし過去に事故が多く報告されている」
「現地ではトラックの荷台に人が乗ることが許されているが、あれは振り落とされるので危険である。」
「現地のレストランで出された水は飲んではいけない、必ず下痢をする、しかしコーラなどの加工されている飲み物は安全である、でももしコーラがグラスにつがれていて、その中に氷が入っていた場合、氷は生水からつくられているので、残念ながら飲んではいけない」
などとそれぞれの立場からそれぞれの専門家が連日レクチャーしたあとに異文化理解の教授がきてこう言っていた
「協力隊の隊員としては現地の人と同じものを食べて、同じものを着て、同じ生活をしなくては誰もあなたの事を信頼して一緒に働いてはくれません。どこまで現地に溶け込めるかが信頼を得るには大切なのです」
それぞれの自分の専門分野で真面目に考えた結果がこういう矛盾をになるのだろうし、結局人間は一人一人がとても真面目で良い人だけど、多くの人が組織を構成していて、その人たちの安全を守る為に、過去に起こった事件、事故を繰り返さないようルールを作っていくと今度は禁止事項ばかりで何もできなくなってしまう。
結局は途上国の人に
「日本人みたいにはなりたくないよー!人生楽しめてないじゃん!自分の良心よりもルールが優先なんだ!」
って言われちゃうかもね?
現地に行って感じたことは、日本で聞いている時には馬鹿らしいと思っていたこういうアドバイスも、現地の医療設備や日本とは違う常識に当てはめると
「なるほどな」
と思わされることもあります。 でもこのアドバイスをすべて守っていたら窮屈過ぎて何も生活できません。
だってペットボトルの水が手に入らなくて、煮沸することが困難だった場合、生水を飲んで下痢をするか、我慢して脱水症状になるかの選択になるからです。
現地のお母さんが一生懸命作ってくれたご飯を遠回しでも断ることはボランティアとして以前に人間としていかがなものか?ということになるしね。
下痢する自由ってもんがあっても良いよね?
自分の判断で下痢したならその下痢には意味があるし、プライドを持てると思います。
そこでダメなのは?
「下痢したー、ジャイカの人助けてー、協力隊なんて来なければ良かった」
っていう人だと思います。
そういう人には「自由」を求める権利は無いよね。
自由が欲しいならそれによって起こったことには自分で責任とらないとね
責任は取らない、でも自由は欲しいでは矛盾してるよね。
その選択を自分ですることが「自由がある」ということなのだと思います。
日本では最初からルールと規制か過剰すぎて、危険だからルールを守らなきゃ!って思う前に、警察に捕まるから守らなきゃ!
ってことになってるよね。 そういう環境で育った人が考えることは
「ルールの範囲内でやれることはどんな汚いこともやらなきゃ損!
法律や規制が追いついていないグレーゾーンならとりあえずやったもん勝ち」
になってしまってるところもあると思います。
資本主義が行きづまっているのもそういう考え方が一部の頭の良いと言われる
ビジネスマンの中で「自由」という言葉を盾にして広がりすぎたからだと思います。
ルールや規制ではなくって「ジャングルのオキテ」が守られていたころのほうが
人間は純粋だったのではないかな?
「弱肉強食」っていう言葉は野蛮ではなくてもしかしたらバランスのとれた
素晴らしい「オキテ」だったのではないかと思います。
2012年2月14日火曜日
2012年2月11日土曜日
準備ばかりの日本人
小・中学校時代は高校受験に向けて、
高校三年間は大学受験に向けて、
大学4年間は少しゆとりを持ちながらも就職に向けて準備して
社会人になったら年金制度の崩壊を恐れて老後の為にせっせと貯金、
60歳で定年すると同時に病気で死んでしまったり、
定年した瞬間に奥さんに逃げられたり、
仕事一筋だったので社会に居場所がなかったり、
それでも周りに迷惑かけてはいけないと一生懸命に医療保険を
払い続けて何時病気になってもよいように準備して
日本人の「人生の本番」は何時だったのか?
と思うこともあります。
外国人の自由すぎにもどうかな?と不安になることもあるけどね!
高校三年間は大学受験に向けて、
大学4年間は少しゆとりを持ちながらも就職に向けて準備して
社会人になったら年金制度の崩壊を恐れて老後の為にせっせと貯金、
60歳で定年すると同時に病気で死んでしまったり、
定年した瞬間に奥さんに逃げられたり、
仕事一筋だったので社会に居場所がなかったり、
それでも周りに迷惑かけてはいけないと一生懸命に医療保険を
払い続けて何時病気になってもよいように準備して
日本人の「人生の本番」は何時だったのか?
と思うこともあります。
外国人の自由すぎにもどうかな?と不安になることもあるけどね!
協力隊員の親達
留学するかどうか迷っている高校生に、大人は良いよ、
自分の責任で何でもできるからね。って言った時に思い出して話したことがあって、
協力隊に一緒にいった隊員にも二つのタイプがありました。
一つは親から反対されている人、親からの理解を受けられず、
それでも自分の人生を進みたいと思って会社を辞めてでも参加する人。
もう一つは親から
「ダメだったらいつでも帰っておいで、私達はいつでも待っているよ」
と応援してもらって参加する人です。
何をしようが親は無関心という人もいますが・・・
親の理解が得られないまま参加している人は、
やっぱり頭のはじっこで親の事がちらつくし意地になるから、
どんな辛いことがあっても弱音を吐かずに頑張ると思います。
そうなると時には仕事に心のゆとりがなくなってしまうこともあると思います。
弱音を吐いてしまって親から
「だから言ったじゃないか、お前には無理んだったんだ!」
と言われるのがいやで頑張りすぎて抱え込んでしまう人も結構いると思います。
でも協力隊の場合は行った現地と自分の能力や技術、
人との出会いなどの運によるものが7割くらいを占めてるとおもうので、
自分のせいにしすぎないほうが良いと僕は思います。
そこに親の反対を押し切ったという変なプレッシャーがかかると
判断を間違いやすいと思います。
親から
「いつでも待っているよ、自分のやり方でベストを尽くしておいで!」
と応援された人は、辛い現状になっても心が安定して弱音も吐けるし、
頑張らないといけないところ、妥協すべきところの判断も素直にできるのだと感じます。
最後に僕が最も好きなパターンは
親に反対されてきた隊員が現地に親を呼んで自分の生活や
現地の人達にどれくらい信頼され良い関係を作っているかを見てもらうことです。
親からしたら
「子供の頃から何を考えているか理解できないし、
何をやっても中途半端だと思っていたし、
ろくに相談もしないで勝手に協力隊に申し込んで飛び出していった自分の子供が、
ボランティアとしてこれほど輝いているとは」
と理解して、親自身の人生観もかえてしまう瞬間を見たときです。
仕事一筋で真面目だった親のほうがそういう気持ちになると思います。
あといつも驚かされるのは、隊員として一緒に活動していたり普段生活していると、
「この人どんな親に育てられたのかな?なんでこんなに自由すぎるのかな?」
って疑問に思ってしまう日本社会に不適合そうな隊員の親にあってみると、
メチャクチャしっかりしていて、優しくて、気が利いて良い人だったりします。
そういうときに何かとてもうれしい気持ちになります。
それってウラさん自分の事でしょ。と思う人もいるかも知れませんけど、
僕はしっかりしているつもりです。
自分の責任で何でもできるからね。って言った時に思い出して話したことがあって、
協力隊に一緒にいった隊員にも二つのタイプがありました。
一つは親から反対されている人、親からの理解を受けられず、
それでも自分の人生を進みたいと思って会社を辞めてでも参加する人。
もう一つは親から
「ダメだったらいつでも帰っておいで、私達はいつでも待っているよ」
と応援してもらって参加する人です。
何をしようが親は無関心という人もいますが・・・
親の理解が得られないまま参加している人は、
やっぱり頭のはじっこで親の事がちらつくし意地になるから、
どんな辛いことがあっても弱音を吐かずに頑張ると思います。
そうなると時には仕事に心のゆとりがなくなってしまうこともあると思います。
弱音を吐いてしまって親から
「だから言ったじゃないか、お前には無理んだったんだ!」
と言われるのがいやで頑張りすぎて抱え込んでしまう人も結構いると思います。
でも協力隊の場合は行った現地と自分の能力や技術、
人との出会いなどの運によるものが7割くらいを占めてるとおもうので、
自分のせいにしすぎないほうが良いと僕は思います。
そこに親の反対を押し切ったという変なプレッシャーがかかると
判断を間違いやすいと思います。
親から
「いつでも待っているよ、自分のやり方でベストを尽くしておいで!」
と応援された人は、辛い現状になっても心が安定して弱音も吐けるし、
頑張らないといけないところ、妥協すべきところの判断も素直にできるのだと感じます。
最後に僕が最も好きなパターンは
親に反対されてきた隊員が現地に親を呼んで自分の生活や
現地の人達にどれくらい信頼され良い関係を作っているかを見てもらうことです。
親からしたら
「子供の頃から何を考えているか理解できないし、
何をやっても中途半端だと思っていたし、
ろくに相談もしないで勝手に協力隊に申し込んで飛び出していった自分の子供が、
ボランティアとしてこれほど輝いているとは」
と理解して、親自身の人生観もかえてしまう瞬間を見たときです。
仕事一筋で真面目だった親のほうがそういう気持ちになると思います。
あといつも驚かされるのは、隊員として一緒に活動していたり普段生活していると、
「この人どんな親に育てられたのかな?なんでこんなに自由すぎるのかな?」
って疑問に思ってしまう日本社会に不適合そうな隊員の親にあってみると、
メチャクチャしっかりしていて、優しくて、気が利いて良い人だったりします。
そういうときに何かとてもうれしい気持ちになります。
それってウラさん自分の事でしょ。と思う人もいるかも知れませんけど、
僕はしっかりしているつもりです。
高校生は大変
先日に高校に講演に行った時に高校生に相談されたんだけど、
海外に留学しようと思っているけど親の理解を得られない、
でも今のまま学校に通うモチベーションが上がらなくって困っている、
とりあえず留学しないと何もかもが前進しないような気がしてしまっている。
って言っていました。
よく気持ちわかるなー、って思いました。
自分も大学受験を決めたとき、フットボールでプロのリーグに行こうと思った時、
社会人のチームの移籍を考えたとき、協力隊に行こうと思った時、
それぞれのタイミングで人生の転機があって、迷いました。
大人になると親に相談しなくて決めれたけど、
学生だと金銭的にも親の助けが必要だからやっぱり親の意見は絶対です。
その子も「親にまだ留学する必要はない」
と言われているみたいでした。
でも自分では足踏みしているような毎日は嫌だと言っていました。
僕は親の気持ちもわかったし、その子の気持ちもわかったし、
「うーん難しいなー」
って本気で思ってしまったので思わず。
「上手くアドバイスできないけど、僕から言わせると大人は良いよ!
自分で何でも決めれるしどこに行ってもよいし、金銭的にも親から自立できるからね。
高校生はそこが難しいよね、
結局はお金の事が絡むと親の意見を聞かなければいけないからね。
早く大人になれたらよいねー、俺も2度と高校生にはなりたくないよ」
って言ってしまいました。でもなんとなく説得力があったみたい。
周りの先生も笑っていました。
何の自信もなくも目標も希望もなかった自分の高校時代を思い出すと、
つくづく人生は面白いものだな。何とか生きてる自分に感謝です。
だからこそ人の為になるような仕事したいなともおもいます。
高校生にも頑張ってほしいです。
海外に留学しようと思っているけど親の理解を得られない、
でも今のまま学校に通うモチベーションが上がらなくって困っている、
とりあえず留学しないと何もかもが前進しないような気がしてしまっている。
って言っていました。
よく気持ちわかるなー、って思いました。
自分も大学受験を決めたとき、フットボールでプロのリーグに行こうと思った時、
社会人のチームの移籍を考えたとき、協力隊に行こうと思った時、
それぞれのタイミングで人生の転機があって、迷いました。
大人になると親に相談しなくて決めれたけど、
学生だと金銭的にも親の助けが必要だからやっぱり親の意見は絶対です。
その子も「親にまだ留学する必要はない」
と言われているみたいでした。
でも自分では足踏みしているような毎日は嫌だと言っていました。
僕は親の気持ちもわかったし、その子の気持ちもわかったし、
「うーん難しいなー」
って本気で思ってしまったので思わず。
「上手くアドバイスできないけど、僕から言わせると大人は良いよ!
自分で何でも決めれるしどこに行ってもよいし、金銭的にも親から自立できるからね。
高校生はそこが難しいよね、
結局はお金の事が絡むと親の意見を聞かなければいけないからね。
早く大人になれたらよいねー、俺も2度と高校生にはなりたくないよ」
って言ってしまいました。でもなんとなく説得力があったみたい。
周りの先生も笑っていました。
何の自信もなくも目標も希望もなかった自分の高校時代を思い出すと、
つくづく人生は面白いものだな。何とか生きてる自分に感謝です。
だからこそ人の為になるような仕事したいなともおもいます。
高校生にも頑張ってほしいです。
日体大の意味付けが難しかった頃
教育の現場の変化について前回書いたのだけど、思い出したことが一つ。
僕が日体大を卒業した97年ってバブルがちょうど終わるころで、
しかも日体大生もそれまでの好景気で民間企業に入る人が多かった時期です。
もう一つの理由は第2次ベビーブームが終わってから子供の数が減ってるので、
教員の採用が全くなくなってしまったんだよね。
日体大は基本的には体育の教員を育てる大学として有名だったんだけど、
その時期って授業で勉強して教員免許をとっても、
教員になる人はほとんどいない状態でした。
学校のカリキュラムと生徒が必要なことがマッチしてなかったんだと思います。
でも日体大はそれを変えなかった、単科大学だから帰るのは難しいし、
(今はユニバーシティーだけどね)
そしたら最近はまた教員の採用が増えてきて、
本当になりたい人は教員に慣れるようにもなってきたしね。
時代の流れってあるもんだなー、と感じています。
僕が日体大を卒業した97年ってバブルがちょうど終わるころで、
しかも日体大生もそれまでの好景気で民間企業に入る人が多かった時期です。
もう一つの理由は第2次ベビーブームが終わってから子供の数が減ってるので、
教員の採用が全くなくなってしまったんだよね。
日体大は基本的には体育の教員を育てる大学として有名だったんだけど、
その時期って授業で勉強して教員免許をとっても、
教員になる人はほとんどいない状態でした。
学校のカリキュラムと生徒が必要なことがマッチしてなかったんだと思います。
でも日体大はそれを変えなかった、単科大学だから帰るのは難しいし、
(今はユニバーシティーだけどね)
そしたら最近はまた教員の採用が増えてきて、
本当になりたい人は教員に慣れるようにもなってきたしね。
時代の流れってあるもんだなー、と感じています。
記憶力と想像力のバランス
最近は学校でバヌアツの事について講演させてもらう機会が結構あるんだけど、
そこで思うことは、日本の教育は記憶力をつけさせるものなんだなー、ってことです。
頭の中のハードディスクにいかに多くの情報を詰め込むかを
競い合っているのだと思います。
たとえば偏差値75の東大生の頭には750ギガバイトくらいの情報量が入っていて、
そこから偏差値順に600ギガの大学、
500ギガの学生のいる大学となっているような感じ。
昔はそれでよかったんだと思うんだよね、
まいあさ新聞読んで不特定多数な情報を頭に叩き込んでその中で
勝負してればよかったんだと思います。
でも今ってインターネットがあるから個人がそれほど多くの情報を頭の中に
叩き込まなくても生活で必要な300ギガくらいの「基本知識」だけ頭に入ってれば、
必要な時にネットにつないでわからないことは
グーグルとかウィキペティアで調べることができるんだよね。
だってネットの中にはすでにギガレベルではなくてその何百倍もの情報が入っていて、
いつでもそこから情報や知識は引っ張り出せるものね。
そうなると偏差値30の学校出てても60出ててもたいして変わらないよね。
必要なのはどのタイミングでどの情報を引っ張ってくるかの「ひらめき」
と「情報処理」的な能力のほうなんだと思います。
ネットで調べられる情報をわざわざ記憶する必要はないと思います。
情報を分析して、文章や形にして外に発表する能力だよね。
もう一つの問題は現場の生成達はすでにそれに気が付いていることだと思います。
みんなわかってるんだよね、
わかっているけど上が変わらないから現場ではどうしようもない。
あんまり簡単に今までの日本の教育を変えることは危険だと思うけど、
現場でそう言った矛盾に悩みながらも毎日頑張っている先生達は偉いな、
とも感じます。
そこで思うことは、日本の教育は記憶力をつけさせるものなんだなー、ってことです。
頭の中のハードディスクにいかに多くの情報を詰め込むかを
競い合っているのだと思います。
たとえば偏差値75の東大生の頭には750ギガバイトくらいの情報量が入っていて、
そこから偏差値順に600ギガの大学、
500ギガの学生のいる大学となっているような感じ。
昔はそれでよかったんだと思うんだよね、
まいあさ新聞読んで不特定多数な情報を頭に叩き込んでその中で
勝負してればよかったんだと思います。
でも今ってインターネットがあるから個人がそれほど多くの情報を頭の中に
叩き込まなくても生活で必要な300ギガくらいの「基本知識」だけ頭に入ってれば、
必要な時にネットにつないでわからないことは
グーグルとかウィキペティアで調べることができるんだよね。
だってネットの中にはすでにギガレベルではなくてその何百倍もの情報が入っていて、
いつでもそこから情報や知識は引っ張り出せるものね。
そうなると偏差値30の学校出てても60出ててもたいして変わらないよね。
必要なのはどのタイミングでどの情報を引っ張ってくるかの「ひらめき」
と「情報処理」的な能力のほうなんだと思います。
ネットで調べられる情報をわざわざ記憶する必要はないと思います。
情報を分析して、文章や形にして外に発表する能力だよね。
もう一つの問題は現場の生成達はすでにそれに気が付いていることだと思います。
みんなわかってるんだよね、
わかっているけど上が変わらないから現場ではどうしようもない。
あんまり簡単に今までの日本の教育を変えることは危険だと思うけど、
現場でそう言った矛盾に悩みながらも毎日頑張っている先生達は偉いな、
とも感じます。
2012年2月4日土曜日
トイレの手洗いセンサー
トイレの洗面所によくある手をかざすとセンサーで水が出る水道があるけど、
最近あれとの愛称が悪い、手をかざすと一瞬ビュッと水が出てくる、
でも僕はけっこうしっかりと手を洗いたいタイプなのでもう一度かざす、
でも水は出てこない、手をヒラヒラさせる、でも反応がないので仕切り直して
一度ひっこめてみる、するとその瞬間にビュッとでる、あわてて手を出すと
その時には止まってしまうというモグラたたき状態になる。
先日八王子でそれが起こったのだけど、昨日も青梅線で同じことが起こった。
JRつながりだけど、まあ僕が駅のトイレばかり使ってるからかな?
駅のトイレって入り口に扉がないから入りやすいんだよね。
居酒屋やスタバは個室になっていてドアをいちいち開けたり閉めたりするの
面倒なんだよね、きっと女性にはわからない感覚だろうなー
駅だとトイレに入って用をたしてから出てくるまで男なら一切なににも触れ
ずにその一連の動作を終わらすことができるという気軽さが
唯一よいところなのです。最近は小便器の水もセンサーで流れるし、
あれは多少反応が悪くても男は誰もきにしてないしね、
もちろん清潔さではスタバやデパートには負けますけど。
話をセンサー付きの洗面台に戻すと、
すいている駅とか誰もいないデパートなんかで一人でやってる分には
良いけど、後ろで人が待っていたりするとけっこう気を使ってしまう。
こんなことならセンサーなんて使わないで、蛇口をつけてくれたほうが
よっぽど良い気がする、中に入ってる乾電池がきれてるのかな?
(電池なんて使ってないか?)
一度アンゴラから帰ってくるときにドバイの空港で27時間乗り換え待ちと
というのをやって事があったのだけど、もともとアンゴラとドバイだけでも
6時間くらいの時差がある、アンゴラの夕方に飛行機に乗ったけどドバイ
に着いた時にはすでにドバイの太陽が朝日なのか夕日なのかもわからなくなってい
た。とりあえずガラス張りの空港に真横から突き刺してくる太陽光線は非常に眩し
い、日本でいったら西日的な光だけど、ドバイでも西日イコール夕日になるのかな?
それは世界中で変わらないか?
世界中どこでも太陽は西に沈むんだよね?
時差ボケ、アフリカボケの頭でそんなこと考えてました。
ちなみにドバイは昼間に2時間くらい全く飛行機が飛ばない時間があって、
超巨大な体育間50個くらいある清潔なワンフロアーの空港に、
とても素敵な男性の声のコーランが大音量かつ神聖に流れて、従業員はみんな
何処かに消え去ってしまって、空港は静まり返ってひっそりとした場所になる。
これだけ天井が高くて大きな建物にほとんど人影がなく、そこにコーランが
流れていて、しかも全体がガラス張りの空港の建物の周りには広大な滑走路が
広がっていてその先は砂漠が広がっていると、なんか火星にできた宇宙ステーショ
ンの中にいるような気分で、今までに見たこともない景色がアラブにはあったのだ
なー、などと圧倒されてしまった。
この静かな時間利用して、贅沢にトイレと歯磨き、洗顔を済ませようと
これもまた大小のトイレがそれぞれ30個くらいずつ並んでいる
広大なトイレに荷物を持ち込んだ、トイレだけでも山手線2車両分くらいある
もちろん独り占めだから下着もひととおり着替えたけど、
すでにほとんどの荷物はアンゴラでチェックインする時に
預けてしまっているから、パンツ、靴下、本とラップトップくらししかカバンに
ははいっていない。
普通は27時間も待ち時間があるのなら、何処かホテルにはいったり空港内にも
シャワーや休憩所など色々な設備があるのだろうけど、こっちは貧乏
ボランティアなので、とりあえず空港の床で本を読めば良いのだ。
と思っていたので何の準備もない。
歯を磨いて口をゆすぐ時になって気がついたのだけど、ここの便所の
手洗いセンサーもメチャクチャ反応が悪い。
でも手洗い場だけでも30個以上あるのだこっちも安心だ。
一つが反応が悪ければ隣に移ればよいからね。しかし中には全く反応もしない
水道もあって、しかもどれも平均2秒ほどしか水がでない、
その時に気がついた、
ドバイにはガソリンは豊富にあっても水はないのだということ
口をゆすぐだけで15台くらいの洗面台を次々に隣に移動しないといけなかった
そのあと顔を洗い終わるのにさらに15台の洗面台を移動してやっと終了、
気がついたら自分の荷物ははるか遠くのトイレのはじにあって、
かばんの上に自分が置いたタオルまで濡れた顔をふくためにたどり着くのに
15メートルはあるく事になってしまった。
まあ時間はたっぷり27時間あるし、
トイレは貸し切りだし、あと一日で成田に着けばそこは一年ぶりの日本だし
だからすべてが許せたけど、
あの洗面台を次々に移動する日本人の姿をドバイの人にみられなくてよかったなー、
監視カメラ見てる人に笑われてるだろうなー、って思いながら日本行きの飛行機を
待っていた思い出があります。
八王、青梅、ドバイと変なところで繋がったけど、公共交通機関のトイレの
手洗いセンサーはどこも反応が悪いということなのですね・・・
最近あれとの愛称が悪い、手をかざすと一瞬ビュッと水が出てくる、
でも僕はけっこうしっかりと手を洗いたいタイプなのでもう一度かざす、
でも水は出てこない、手をヒラヒラさせる、でも反応がないので仕切り直して
一度ひっこめてみる、するとその瞬間にビュッとでる、あわてて手を出すと
その時には止まってしまうというモグラたたき状態になる。
先日八王子でそれが起こったのだけど、昨日も青梅線で同じことが起こった。
JRつながりだけど、まあ僕が駅のトイレばかり使ってるからかな?
駅のトイレって入り口に扉がないから入りやすいんだよね。
居酒屋やスタバは個室になっていてドアをいちいち開けたり閉めたりするの
面倒なんだよね、きっと女性にはわからない感覚だろうなー
駅だとトイレに入って用をたしてから出てくるまで男なら一切なににも触れ
ずにその一連の動作を終わらすことができるという気軽さが
唯一よいところなのです。最近は小便器の水もセンサーで流れるし、
あれは多少反応が悪くても男は誰もきにしてないしね、
もちろん清潔さではスタバやデパートには負けますけど。
話をセンサー付きの洗面台に戻すと、
すいている駅とか誰もいないデパートなんかで一人でやってる分には
良いけど、後ろで人が待っていたりするとけっこう気を使ってしまう。
こんなことならセンサーなんて使わないで、蛇口をつけてくれたほうが
よっぽど良い気がする、中に入ってる乾電池がきれてるのかな?
(電池なんて使ってないか?)
一度アンゴラから帰ってくるときにドバイの空港で27時間乗り換え待ちと
というのをやって事があったのだけど、もともとアンゴラとドバイだけでも
6時間くらいの時差がある、アンゴラの夕方に飛行機に乗ったけどドバイ
に着いた時にはすでにドバイの太陽が朝日なのか夕日なのかもわからなくなってい
た。とりあえずガラス張りの空港に真横から突き刺してくる太陽光線は非常に眩し
い、日本でいったら西日的な光だけど、ドバイでも西日イコール夕日になるのかな?
それは世界中で変わらないか?
世界中どこでも太陽は西に沈むんだよね?
時差ボケ、アフリカボケの頭でそんなこと考えてました。
ちなみにドバイは昼間に2時間くらい全く飛行機が飛ばない時間があって、
超巨大な体育間50個くらいある清潔なワンフロアーの空港に、
とても素敵な男性の声のコーランが大音量かつ神聖に流れて、従業員はみんな
何処かに消え去ってしまって、空港は静まり返ってひっそりとした場所になる。
これだけ天井が高くて大きな建物にほとんど人影がなく、そこにコーランが
流れていて、しかも全体がガラス張りの空港の建物の周りには広大な滑走路が
広がっていてその先は砂漠が広がっていると、なんか火星にできた宇宙ステーショ
ンの中にいるような気分で、今までに見たこともない景色がアラブにはあったのだ
なー、などと圧倒されてしまった。
この静かな時間利用して、贅沢にトイレと歯磨き、洗顔を済ませようと
これもまた大小のトイレがそれぞれ30個くらいずつ並んでいる
広大なトイレに荷物を持ち込んだ、トイレだけでも山手線2車両分くらいある
もちろん独り占めだから下着もひととおり着替えたけど、
すでにほとんどの荷物はアンゴラでチェックインする時に
預けてしまっているから、パンツ、靴下、本とラップトップくらししかカバンに
ははいっていない。
普通は27時間も待ち時間があるのなら、何処かホテルにはいったり空港内にも
シャワーや休憩所など色々な設備があるのだろうけど、こっちは貧乏
ボランティアなので、とりあえず空港の床で本を読めば良いのだ。
と思っていたので何の準備もない。
歯を磨いて口をゆすぐ時になって気がついたのだけど、ここの便所の
手洗いセンサーもメチャクチャ反応が悪い。
でも手洗い場だけでも30個以上あるのだこっちも安心だ。
一つが反応が悪ければ隣に移ればよいからね。しかし中には全く反応もしない
水道もあって、しかもどれも平均2秒ほどしか水がでない、
その時に気がついた、
ドバイにはガソリンは豊富にあっても水はないのだということ
口をゆすぐだけで15台くらいの洗面台を次々に隣に移動しないといけなかった
そのあと顔を洗い終わるのにさらに15台の洗面台を移動してやっと終了、
気がついたら自分の荷物ははるか遠くのトイレのはじにあって、
かばんの上に自分が置いたタオルまで濡れた顔をふくためにたどり着くのに
15メートルはあるく事になってしまった。
まあ時間はたっぷり27時間あるし、
トイレは貸し切りだし、あと一日で成田に着けばそこは一年ぶりの日本だし
だからすべてが許せたけど、
あの洗面台を次々に移動する日本人の姿をドバイの人にみられなくてよかったなー、
監視カメラ見てる人に笑われてるだろうなー、って思いながら日本行きの飛行機を
待っていた思い出があります。
八王、青梅、ドバイと変なところで繋がったけど、公共交通機関のトイレの
手洗いセンサーはどこも反応が悪いということなのですね・・・
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