こんな僕でも一時期は大学院に行ってもう一度勉強しようと思った時期があって
それなりに人に相談させてもらったことがあって、その時に言われた言葉は
あなたの年でもう一度勉強するなら、その大学院をでたあとで確実に仕事
になるものを出ないといけない。知的好奇心を満たしたいだけで大学院に行くのは
あなたの年ではもう遅いよ、もし知識を得たいなら今はインターネットでも
そこらへんの公民館でも無料で勉強できるツールはいくらでもある。
大学院に行くのはその分野で何年も仕事をしていて、院をでたらさらにその分野
で活躍できる人だけがいけばよいものだ。
って言われました。その時に意外と納得したんだよね、そう言えば僕は
知的好奇心派だなって、あのアドバイス的確だったと思った感謝しています。
もう一つこれはもっと前に聞いた話なんだけど、国際協力の世界は院を出ている
ことが最低条件だけど、結局は院をでるってことはパスポートを取るのと同じ
ことであって、それがあれば外国にいって仕事をする権利は得れるけど、
だからと言って仕事がすぐにできるわけではない。院を出てからが大切だ。
と言われたこともあります。
なるほどねー、ってこっちもとても良い情報でした。
いろんな人の話を聞いておいて良かったって思います。
もちろん専門分野が決まってる人とか、若い人はドンドン進学して欲しいです!
2012年4月2日月曜日
2012年3月28日水曜日
地球市民に疑問
ちょっと過激に書いてみると、
グローバル化とか「地球市民」なんていう言葉があって、
みんな世界を助けよう!みたいな感じになってるけど、
世界は日本人が思っているほど甘くはないという目線から書いてみようと思います。
今の日本人は、謙虚に、我慢ず良く、努力して、自己犠牲を払って、
世のため人のために使命感をもって生きることが大切、震災もあり、
ボランティアをしたり人助けをすることはとても大切だという考え方が流れています。
でも震災のボランティアはお互いに日本人同士、
される側も感謝してくれるし、
東北の人は感謝の気持ちを絶対に忘れないと思います。
近いうちに関東に震災がきたら、今度は神戸の人、
東北の人みんながまた助け合って、生活レベルは少しくらい下がっても、
助け合う日本人の心のふれあいや、
失われつつあった日本人の良さを再確認できる良い機会だと思います。
もちろん震災は来ないに越したことないけど、自然には逆らえないからね
でももし電力が今の半分になっても、みんなで助け合えば心の豊かさは半分には
ならないと思います。
お父さんが早く家に帰ってきて、家族みんなが暖房費節約で炬燵に集まったり、
テレビや携帯が使えないから本当の人と人、
家族のコミュニケーションが増えたりして、自殺者も減るかも知れません。
アンゴラの教員養成校でボランティアしているとき、
8時くらいになってみんな好きなところで勉強してたり、
テレビ見てたりするけど、ラジエーターが壊れて、
何もすることがななくなって、一人、二人といすを持って外に出てきて、
みんなで暗闇のなか勉強もテレビも中止で星を眺めてた時って、
やっぱりそれは良いものだったからね。
その前にいたバヌアツでも電力がなくなって停電が続くと
10ヶ月後には出産ラッシュが来る!
とうそのような嘘でも無いような話がありました。
でも震災で日本のなかでの助け合いは良いと思うけど、
それが違う文化のだったらどうなるか、少し真剣に言うと。
イギリスで僕の先生だったスウェーデン人だったオーサは
スウェーデンはとても素晴らしい福祉国家で、年金、医療、
教育も高い税金のですべて安定してまかなわれていたし、
(税率50パーセントくらいだったと思う)
みんなそれで良いと思っていた、逆に生活保護甘えるような風潮は無かったし、
高額所得者も安全な治安を保つためには結果的には
格差をなくすことと教育を充実させることが大切だと理解していた。
ユーロに入るときにスウェーデン人が「地球市民」すなわち、
人類みな兄弟なのだから、他のヨーロッパの国を助けよう。と思ったのか、
何故ユーロに参加したのかはわからないけど、
結局それまで充実していたスウェーデンの福祉は、
ギリシャやポルトガルを中心とする、
ヨーロッパの途上国と呼ばれる国に食い物にされて、
スウェーデンの年金を中心とする福祉は崩壊してしまった。
僕が思うにそのお金は結局はギリシャとかポルトガルなんかのラテンな感じの
いい加減な国の人達、お金は自分たちで稼ぐよりも持っている国から
交渉術で奪ってくればよいのだ!
って思っている人のところに行ったのだと思います。
ギリシャ人の多くは公務員らしいからね、
あの人たちの給料はもしかしたらスウェーデンの人達が、
世のため、人のため、地球市民として貢献しようとしたお金だったのかもしれません。
日本も何故かグローバル化なんていって、
すでに世界に追い付いてるのに変な劣等感からそういう風にお金をばらまいて、
しまうのはどうかと思います。
ちなみにもう一つの被害国はドイツで彼らもそういうところは
変にまじめでユーロに参加したのだろうけど、
結局はユーロの価値を維持するために他の国の借金を自分達が
肩代わりするようなことになっているのだと思います。
そういうとやはり賢くてしたたかなのがグレートブリテン、すなわちイギリス
彼らはどういうくくりだったかは忘れたけど、
たぶんヨーロッパユニオンには入っているはず、
だからヨーロッパのパスポート持ってればビザもなしに入国できるし、
自分達もヨーロッパに自由にいける。ようはアジアユニオンみたいなのができたら、
日本人、中国、韓国、シンガポールとかそれに参加した国はみんなどこにいって
働いてもOKなんだよね。だから移民も沢山来るし、逆に海外進出も意外と簡単です。
イギリスはそういう利点を得ながらもでもユーロには参加していない。
ようはポンドの価値を保つためにはポンドのままにいたほうが良い
とわかっていたんだよんね。だから今でもポンドの価値は常に安定している。
もちろんわれらが円も安定してるけどね。
それに比べるとアメリカドルはダメだよね、不安定で。
「地球しみん」もちろん良い言葉だよ、文化の交流という面ではね、
でも政治的に使われたりして、日本のお金を海外に流出させたり、
変に移民を受け入れすぎるのは良くないと思います。
もちろん困っている外国人を助けるのは裕福な国の義務だとは思うけど、
冷静に考えてほしいのは、今の日本の富はもともとは開国してから今まで、
僕達の祖先達が日本人の為にと思って身を削って自己犠牲をいとわずに
次の世代の為に教育を受けさせたり、
経済力をつけたりしてくれたから身についた国力なのだと思います。
それに甘やかされた育ってきた今の世代が、
外国人とまじまる事がカッコイイ!
みたいな商売主義の留学情報とか英会話教室に流されて、
スウェーデンみたいんいなっていくのは本当の姿ではないのだと思います。
もっと日本の技術とか考え方とかを伝えることが大切なのだと思います。
「地球市民」「グローバル」っていう言葉はバブルで日本が踊らされていた
時と同じように使い方を間違えるとあとからそのバブルがはじけた
お金も威厳もなくなって日本はすっからかんという風になってはいけないと思います。
外国人の気ままさとか自由さって普段我慢ばかりしている日本人からみたら
カッコよく見えるのかもしれないけど、彼らは彼ら同士で喧嘩も沢山しているのです。
日本にはそういうのは合わないと僕は思ってます。
グローバル化とか「地球市民」なんていう言葉があって、
みんな世界を助けよう!みたいな感じになってるけど、
世界は日本人が思っているほど甘くはないという目線から書いてみようと思います。
今の日本人は、謙虚に、我慢ず良く、努力して、自己犠牲を払って、
世のため人のために使命感をもって生きることが大切、震災もあり、
ボランティアをしたり人助けをすることはとても大切だという考え方が流れています。
でも震災のボランティアはお互いに日本人同士、
される側も感謝してくれるし、
東北の人は感謝の気持ちを絶対に忘れないと思います。
近いうちに関東に震災がきたら、今度は神戸の人、
東北の人みんながまた助け合って、生活レベルは少しくらい下がっても、
助け合う日本人の心のふれあいや、
失われつつあった日本人の良さを再確認できる良い機会だと思います。
もちろん震災は来ないに越したことないけど、自然には逆らえないからね
でももし電力が今の半分になっても、みんなで助け合えば心の豊かさは半分には
ならないと思います。
お父さんが早く家に帰ってきて、家族みんなが暖房費節約で炬燵に集まったり、
テレビや携帯が使えないから本当の人と人、
家族のコミュニケーションが増えたりして、自殺者も減るかも知れません。
アンゴラの教員養成校でボランティアしているとき、
8時くらいになってみんな好きなところで勉強してたり、
テレビ見てたりするけど、ラジエーターが壊れて、
何もすることがななくなって、一人、二人といすを持って外に出てきて、
みんなで暗闇のなか勉強もテレビも中止で星を眺めてた時って、
やっぱりそれは良いものだったからね。
その前にいたバヌアツでも電力がなくなって停電が続くと
10ヶ月後には出産ラッシュが来る!
とうそのような嘘でも無いような話がありました。
でも震災で日本のなかでの助け合いは良いと思うけど、
それが違う文化のだったらどうなるか、少し真剣に言うと。
イギリスで僕の先生だったスウェーデン人だったオーサは
スウェーデンはとても素晴らしい福祉国家で、年金、医療、
教育も高い税金のですべて安定してまかなわれていたし、
(税率50パーセントくらいだったと思う)
みんなそれで良いと思っていた、逆に生活保護甘えるような風潮は無かったし、
高額所得者も安全な治安を保つためには結果的には
格差をなくすことと教育を充実させることが大切だと理解していた。
ユーロに入るときにスウェーデン人が「地球市民」すなわち、
人類みな兄弟なのだから、他のヨーロッパの国を助けよう。と思ったのか、
何故ユーロに参加したのかはわからないけど、
結局それまで充実していたスウェーデンの福祉は、
ギリシャやポルトガルを中心とする、
ヨーロッパの途上国と呼ばれる国に食い物にされて、
スウェーデンの年金を中心とする福祉は崩壊してしまった。
僕が思うにそのお金は結局はギリシャとかポルトガルなんかのラテンな感じの
いい加減な国の人達、お金は自分たちで稼ぐよりも持っている国から
交渉術で奪ってくればよいのだ!
って思っている人のところに行ったのだと思います。
ギリシャ人の多くは公務員らしいからね、
あの人たちの給料はもしかしたらスウェーデンの人達が、
世のため、人のため、地球市民として貢献しようとしたお金だったのかもしれません。
日本も何故かグローバル化なんていって、
すでに世界に追い付いてるのに変な劣等感からそういう風にお金をばらまいて、
しまうのはどうかと思います。
ちなみにもう一つの被害国はドイツで彼らもそういうところは
変にまじめでユーロに参加したのだろうけど、
結局はユーロの価値を維持するために他の国の借金を自分達が
肩代わりするようなことになっているのだと思います。
そういうとやはり賢くてしたたかなのがグレートブリテン、すなわちイギリス
彼らはどういうくくりだったかは忘れたけど、
たぶんヨーロッパユニオンには入っているはず、
だからヨーロッパのパスポート持ってればビザもなしに入国できるし、
自分達もヨーロッパに自由にいける。ようはアジアユニオンみたいなのができたら、
日本人、中国、韓国、シンガポールとかそれに参加した国はみんなどこにいって
働いてもOKなんだよね。だから移民も沢山来るし、逆に海外進出も意外と簡単です。
イギリスはそういう利点を得ながらもでもユーロには参加していない。
ようはポンドの価値を保つためにはポンドのままにいたほうが良い
とわかっていたんだよんね。だから今でもポンドの価値は常に安定している。
もちろんわれらが円も安定してるけどね。
それに比べるとアメリカドルはダメだよね、不安定で。
「地球しみん」もちろん良い言葉だよ、文化の交流という面ではね、
でも政治的に使われたりして、日本のお金を海外に流出させたり、
変に移民を受け入れすぎるのは良くないと思います。
もちろん困っている外国人を助けるのは裕福な国の義務だとは思うけど、
冷静に考えてほしいのは、今の日本の富はもともとは開国してから今まで、
僕達の祖先達が日本人の為にと思って身を削って自己犠牲をいとわずに
次の世代の為に教育を受けさせたり、
経済力をつけたりしてくれたから身についた国力なのだと思います。
それに甘やかされた育ってきた今の世代が、
外国人とまじまる事がカッコイイ!
みたいな商売主義の留学情報とか英会話教室に流されて、
スウェーデンみたいんいなっていくのは本当の姿ではないのだと思います。
もっと日本の技術とか考え方とかを伝えることが大切なのだと思います。
「地球市民」「グローバル」っていう言葉はバブルで日本が踊らされていた
時と同じように使い方を間違えるとあとからそのバブルがはじけた
お金も威厳もなくなって日本はすっからかんという風になってはいけないと思います。
外国人の気ままさとか自由さって普段我慢ばかりしている日本人からみたら
カッコよく見えるのかもしれないけど、彼らは彼ら同士で喧嘩も沢山しているのです。
日本にはそういうのは合わないと僕は思ってます。
2012年3月23日金曜日
大学の学費を無料にするとおこること
ヨーロッパの多くの国は大学まで学費無料のところが多いと思います。
特に旧社会主義、共産主義はもともと無料だったからね。
フランスとかもそうだったんじゃないかな?イギリス国民はメチャクチャ安い金額でした。
日本も消費税20%でも良いからそうすれば良いと思うんだよね。
これは僕の世代(38歳第2次ベビーブーム)個人的な意見も結構入っています。
だって結婚して子供が二人できたらやっぱり教育費が恐ろしいものね、僕の世代は潜在的に、
「親がしてくれたぐらいの事は子供にもしてあげなくては」
って思ってしまうよね、もし自分の親が高校まで行かせてくれたのなら、
やっぱり子供にも高校まで行ってほしいし、大学まで行かせてもらったのなら、できれば子供にも行ってほしい。
でも行動成長で終身雇用で、給料が安定して上がっていた僕らの親父世代とは違って、
今の僕らはそうとは限らないものね。今の給料のままで子供が18歳になって大学に行きたいって言ったら?
なんて思うと、親がしれくれたことができないなら、子供は作らない。
と思う人が多くなるの自然だと思います。「
でも、もしも学費がタダだったら、子供二人とか三人できても食べることはできるから子供作れるよね。
飯だけしっかり食べさせてあげれば、子供の努力次第でどこの大学にでも進学できるなら、
3人でも子供作ろうかな!って思えると思います。
40歳で子供作っても子供が20歳で自分が60でも学費さえ無料なら、
勉強したい子供はバイトしながらでも勉強続けられると思います。
あとはイギリスではもはや当たり前すぎて誰も言わないけど、
大学とか大学院は別に高校でたら直ぐに行くわけではなくって、
その後に社会にいったん出て、3年とか5年とか働いてから、
「自分なやっぱりこういうことが勉強したかったんだ!」
「今の仕事でもっと必要な知識を伸ばしたい!」
とかっていってみんな大学に戻ってくるんだよね。日本でそれをしようとすると新規採用に漏れるのと
もう一つの大きな課題は「学費」
でももし大学がタダなら、一度社会人になっても生活費だけバイトして大学に通えばまったく問題なしだし、
そういった学生は良く勉強すると思います。
今みたいに22歳までに自分に意味があるのか無いのかわからない学歴を無理やりつけるよりも、
本当に必要になった時に必要な人が学校に行って勉強すれば、大学のレベルも上がるし、
学歴は若いうちに着けるもの!チャンスは一度だけ!って思ってたら、
とりあえずみんな意味もなく名前の通った大学に行きたいと思うかもしれないけど、
「いくつになっても取れる学歴」
ならとりあえず今本当に研究したい環境の整った大学に行くようになるのだと思います。
そうすることによって大学のレベルも質も上がるし、
無意味な学歴社会や経済格差によって学歴が決まってしまうという変な仕組みもなくなるんだよね。
それほど難しいこととは思わないけどね。
特に旧社会主義、共産主義はもともと無料だったからね。
フランスとかもそうだったんじゃないかな?イギリス国民はメチャクチャ安い金額でした。
日本も消費税20%でも良いからそうすれば良いと思うんだよね。
これは僕の世代(38歳第2次ベビーブーム)個人的な意見も結構入っています。
だって結婚して子供が二人できたらやっぱり教育費が恐ろしいものね、僕の世代は潜在的に、
「親がしてくれたぐらいの事は子供にもしてあげなくては」
って思ってしまうよね、もし自分の親が高校まで行かせてくれたのなら、
やっぱり子供にも高校まで行ってほしいし、大学まで行かせてもらったのなら、できれば子供にも行ってほしい。
でも行動成長で終身雇用で、給料が安定して上がっていた僕らの親父世代とは違って、
今の僕らはそうとは限らないものね。今の給料のままで子供が18歳になって大学に行きたいって言ったら?
なんて思うと、親がしれくれたことができないなら、子供は作らない。
と思う人が多くなるの自然だと思います。「
でも、もしも学費がタダだったら、子供二人とか三人できても食べることはできるから子供作れるよね。
飯だけしっかり食べさせてあげれば、子供の努力次第でどこの大学にでも進学できるなら、
3人でも子供作ろうかな!って思えると思います。
40歳で子供作っても子供が20歳で自分が60でも学費さえ無料なら、
勉強したい子供はバイトしながらでも勉強続けられると思います。
あとはイギリスではもはや当たり前すぎて誰も言わないけど、
大学とか大学院は別に高校でたら直ぐに行くわけではなくって、
その後に社会にいったん出て、3年とか5年とか働いてから、
「自分なやっぱりこういうことが勉強したかったんだ!」
「今の仕事でもっと必要な知識を伸ばしたい!」
とかっていってみんな大学に戻ってくるんだよね。日本でそれをしようとすると新規採用に漏れるのと
もう一つの大きな課題は「学費」
でももし大学がタダなら、一度社会人になっても生活費だけバイトして大学に通えばまったく問題なしだし、
そういった学生は良く勉強すると思います。
今みたいに22歳までに自分に意味があるのか無いのかわからない学歴を無理やりつけるよりも、
本当に必要になった時に必要な人が学校に行って勉強すれば、大学のレベルも上がるし、
学歴は若いうちに着けるもの!チャンスは一度だけ!って思ってたら、
とりあえずみんな意味もなく名前の通った大学に行きたいと思うかもしれないけど、
「いくつになっても取れる学歴」
ならとりあえず今本当に研究したい環境の整った大学に行くようになるのだと思います。
そうすることによって大学のレベルも質も上がるし、
無意味な学歴社会や経済格差によって学歴が決まってしまうという変な仕組みもなくなるんだよね。
それほど難しいこととは思わないけどね。
2012年3月22日木曜日
知識として情報を持つということ
僕のブログだってそうだし、世の中色々な情報が流れてるよね。
最近おもんだけど、みんなそういう情報をウノミにしすぎているのだと思います。
前も書いたけど
大人と子供の違いは、大人は自分の価値観がしっかりしているから、他人と比べない、
でも子供は自分の価値観が定まっていないから、他人と比べる。
人より高学歴だから自分は良い。人より大きい家に住んでいるから自分は幸せだ、
自分がどう感じるかではなくって人とばっかり比べるんだよね、
その理論で言うと井の中の蛙になって周りにくだらない人ばっかりがいて、
その中で自分が一番だったらそれでとりあえず幸せになってしまうよね。
そんな自己満足な人生ではなんとなく寂しいとも思ってしまうよね
せっかく地球に産まれてきたんだしね
もう一つ自分の価値観が無い人の困ったところは、本を読んだり、
テレビを見た入りした時にその情報がそのまま
100%自分の価値観になってしまうのではないかな?という恐ろしさです。
あるていど自分の価値観が決まっていれば
「まあこういう意見もあるけども、自分はこう思っている、
だから賛成も反対もしないけど、意見としてはとても価値があるから
今後自分が物事を判断する時にには参考にしよう」
というふうに一つの「知識として」「考え方の引き出しをふやす」
という感覚で情報を自分に取り入れられるのだとおもいます。
でも最近は、ネットでみた情報とか
カリスマって言われている人が書いた本とか、演出の凄いテレビとか見ると
自分の中で消化して「知識」として使うのでは無くって、
「洗脳」っていうか自分が他人の意見になりきってしまうこと多いと思います。
自分で考えて消化できないんだよね。
日本の詰め込み教育のせいもあると思います。
そうじゃだめだよね、やっぱり入った情報は自分の体で消化されて吸収されて、
身となり、骨となり、血となってこその情報だし、
さらに「新しい知識への食欲」につながるよね。
子供のころからコンピューターゲームばっかりしていて、
何もかもがすでに決められていて、
自分で考えて遊びを作ってこなかった人っていうのは素直になりすぎているのかな?
結局はそういう人が最後に頼る絶対的な価値観って「お金」に行きがちだよね。
だってコンピューターゲームを作っている人達の一番の理由はお金になるからだもんね、
2番目は「夢」とか「想像力」なのだろうけど。
基本はゲーム以外でも服でもアイドルでも車でも保険でもなんでもお
金が儲かるから作りだされてお金儲けの上手な人達が勝者になってるわけだからね。
情報社会の世の中だからこそみんな情報を上手く自分で消化しなくてはいけないのに、
情報の量とスピードが速すぎてみんな消化不良になっちゃってるのかな?
自分の好きなことにじっくりと取り組んで、軽くてどうでもよいような情報は
気にしないのが良い生き方だと思います。
ちなみにこの事に気がついたのは、ウチの母親と会話していてです。
決して若い人だけではないんだよね、ちょっとテレビで詐欺の話をみたとか、
ちょっと世紀末が来るとか聞いただけで。
「この先どうしようか?」
などといって結局お金使わされてるところあります。
でも本人は自分がテレビで見た情報を僕に語るときにはあたかも自分が
考えたかのように、語るんだよね。 聞いてるとなんか白けてきます・・・・
やばいメッチャ家庭の愚痴になってきた。ボロが出る前にアップします!
最近おもんだけど、みんなそういう情報をウノミにしすぎているのだと思います。
前も書いたけど
大人と子供の違いは、大人は自分の価値観がしっかりしているから、他人と比べない、
でも子供は自分の価値観が定まっていないから、他人と比べる。
人より高学歴だから自分は良い。人より大きい家に住んでいるから自分は幸せだ、
自分がどう感じるかではなくって人とばっかり比べるんだよね、
その理論で言うと井の中の蛙になって周りにくだらない人ばっかりがいて、
その中で自分が一番だったらそれでとりあえず幸せになってしまうよね。
そんな自己満足な人生ではなんとなく寂しいとも思ってしまうよね
せっかく地球に産まれてきたんだしね
もう一つ自分の価値観が無い人の困ったところは、本を読んだり、
テレビを見た入りした時にその情報がそのまま
100%自分の価値観になってしまうのではないかな?という恐ろしさです。
あるていど自分の価値観が決まっていれば
「まあこういう意見もあるけども、自分はこう思っている、
だから賛成も反対もしないけど、意見としてはとても価値があるから
今後自分が物事を判断する時にには参考にしよう」
というふうに一つの「知識として」「考え方の引き出しをふやす」
という感覚で情報を自分に取り入れられるのだとおもいます。
でも最近は、ネットでみた情報とか
カリスマって言われている人が書いた本とか、演出の凄いテレビとか見ると
自分の中で消化して「知識」として使うのでは無くって、
「洗脳」っていうか自分が他人の意見になりきってしまうこと多いと思います。
自分で考えて消化できないんだよね。
日本の詰め込み教育のせいもあると思います。
そうじゃだめだよね、やっぱり入った情報は自分の体で消化されて吸収されて、
身となり、骨となり、血となってこその情報だし、
さらに「新しい知識への食欲」につながるよね。
子供のころからコンピューターゲームばっかりしていて、
何もかもがすでに決められていて、
自分で考えて遊びを作ってこなかった人っていうのは素直になりすぎているのかな?
結局はそういう人が最後に頼る絶対的な価値観って「お金」に行きがちだよね。
だってコンピューターゲームを作っている人達の一番の理由はお金になるからだもんね、
2番目は「夢」とか「想像力」なのだろうけど。
基本はゲーム以外でも服でもアイドルでも車でも保険でもなんでもお
金が儲かるから作りだされてお金儲けの上手な人達が勝者になってるわけだからね。
情報社会の世の中だからこそみんな情報を上手く自分で消化しなくてはいけないのに、
情報の量とスピードが速すぎてみんな消化不良になっちゃってるのかな?
自分の好きなことにじっくりと取り組んで、軽くてどうでもよいような情報は
気にしないのが良い生き方だと思います。
ちなみにこの事に気がついたのは、ウチの母親と会話していてです。
決して若い人だけではないんだよね、ちょっとテレビで詐欺の話をみたとか、
ちょっと世紀末が来るとか聞いただけで。
「この先どうしようか?」
などといって結局お金使わされてるところあります。
でも本人は自分がテレビで見た情報を僕に語るときにはあたかも自分が
考えたかのように、語るんだよね。 聞いてるとなんか白けてきます・・・・
やばいメッチャ家庭の愚痴になってきた。ボロが出る前にアップします!
2012年3月20日火曜日
良いリーダーはマダマダいます
最近感じるけど、政治家も、会社の社長も、学校の先生も、
みんなほんとうは10年先とか100年先の日本の将来の事を考えているのだけれども、
会社の社長は本当に会社の為ではなくって、
自分が社長でいる数年間だけは株が下がらないようにして、
株主に怒られなければ社長としてやり手だと言われるようになったし、
学校の先生は生徒の将来よりも目の前の受験が大切だし
政治家だって政権を取るにはとりあえず選挙に勝たなくてはいけないので、
みんなが喜ぶような「増税は絶対にしません」というような甘いことを政策に掲げて、
とりあえず目先の政権を取らないと、相手側に政権を取られてしまう。
本当は政治家も、社長も、先生もきちんとしたビジョンを持っている人が
多いのだとも思います。
でもお金を持っていればそれで幸せとう世の中では
長期的なことは発言できないのが現状です、
国の将来を語ることは現在の国民の個人の自由を
奪うことになりかねないからね。
そろそろ何か変化が必要なのだと思います。
政治家も社長達も先生達もみんな正しいことわかっているのに、
一年だけで評価されるのはかわいそうです。
良い政治家、良い社長、良い先生がいるうちにこの窮屈な制度を変えたいよね
少しずつだけど日本はそういう方向に動いていくのだと僕は思っています。
みんなほんとうは10年先とか100年先の日本の将来の事を考えているのだけれども、
会社の社長は本当に会社の為ではなくって、
自分が社長でいる数年間だけは株が下がらないようにして、
株主に怒られなければ社長としてやり手だと言われるようになったし、
学校の先生は生徒の将来よりも目の前の受験が大切だし
政治家だって政権を取るにはとりあえず選挙に勝たなくてはいけないので、
みんなが喜ぶような「増税は絶対にしません」というような甘いことを政策に掲げて、
とりあえず目先の政権を取らないと、相手側に政権を取られてしまう。
本当は政治家も、社長も、先生もきちんとしたビジョンを持っている人が
多いのだとも思います。
でもお金を持っていればそれで幸せとう世の中では
長期的なことは発言できないのが現状です、
国の将来を語ることは現在の国民の個人の自由を
奪うことになりかねないからね。
そろそろ何か変化が必要なのだと思います。
政治家も社長達も先生達もみんな正しいことわかっているのに、
一年だけで評価されるのはかわいそうです。
良い政治家、良い社長、良い先生がいるうちにこの窮屈な制度を変えたいよね
少しずつだけど日本はそういう方向に動いていくのだと僕は思っています。
空気読めない言い訳
空気を読むのがへたくそな人の理由の一つは
読むのが上手な人は、空気が読みにくい状況だったり
すこしおかしい雰囲気だった時には、空気を読もうとしないで
黙っているのだと思います。
結果としてはそれが結局は空気がよめてるということになるのではないかな?
逆に空気の読めない人にかぎって自分は空気が読めると勘違いしているので、
何とか会話をしなくては、とおもって気を使って余計な発言をして
「あいつは空気が読めない」
と逆にみんなに失笑されてしまうようなこともあると思います。
って今日自分に対して思いました
関西人は沈黙が苦手だからついついね・・・
読むのが上手な人は、空気が読みにくい状況だったり
すこしおかしい雰囲気だった時には、空気を読もうとしないで
黙っているのだと思います。
結果としてはそれが結局は空気がよめてるということになるのではないかな?
逆に空気の読めない人にかぎって自分は空気が読めると勘違いしているので、
何とか会話をしなくては、とおもって気を使って余計な発言をして
「あいつは空気が読めない」
と逆にみんなに失笑されてしまうようなこともあると思います。
って今日自分に対して思いました
関西人は沈黙が苦手だからついついね・・・
季節、時空、次元、社会的立場によってできる人格
アンゴラ、バヌアツ、イギリスと最近は違く国に行ってきて、日本に帰ってきて思う。
自分っていう人間は季節が変わると考えてることが変わるものだって。
冬はいくらか哲学的になる、動くのがおっくうになるし、
外に出るときはきちんとマフラー巻いたり、
モモヒキをはいたりしないといけないから服装にも神経質になる、
その日の一日の外出のスケジュールを考えて、念密にその日の服装を考える、
肌はカサカサになるし、血行が悪くなるから顔色もなんとなく青白くなる、
寒いからションベンの回数も多くなるし、残尿も多くなる?
なんて思ってたのだけど、残尿については最近思った、
冬に残尿が多くなる理由は一つは寒いので男性のイチモツはとんがっているから
冷えやすいからションベンを切るというか気張るという感覚が鈍ること、
でも最近もっとよくよく考えると、本当の理由がわかってきた、
冬はみんなモモヒキを履いてしまうのがもう一つの理由なのだと思った。
モモヒキをはいてジーンズはいたり、スーツを履いたりすると、
男性はみんなわかると思うけど、トイレで立ちションをする時に
パンツのゴムとモモヒキのゴムを押し下げて、
その押し下げたゴムと開けたチャックの間というとても狭い間から
我々は出てきて仕事をしなくてはならない、
しかもスーツとかジーパンだと上にはキッチリベルトをしているから、
下からはパンツとモモヒキのゴムにボールもバットも締め付けられつつ押し上げられ、
上はキッチリベルトで固定されてその間のジッパーという
限られた空間から出てきて用を足すということは、もともと難しいのだと思います。
だから上手く水分が切れなくって、残尿して、それが不安で
冬になると年を取ったなーって男はみんな衰えたような気分になるのでしょう。
この部分は別に力説する必要は今日はなかったのだけど、
そして春になると少し心ウキウキして心もオープンなって幸せな気分になるし、
さらに夏になると、毛穴も開いてラテンな気分、
心も体もみなぎったった気分になるのだけど、
秋になると何故か急にセンチメンタルな気分になりつつも
食欲は倍増するという心と体の矛盾を抱え込んだまま
気がついてみれば急にバタバタと年を越さなければいけないという強迫観念とともに、
除夜の鐘がなって本当に年を取ってしまうというサイクルになっている。
これが日本、一年間の中で4人の自分に会える、
同じ人間が4つの考え方を持ってしまっているのです。
ちなみにアンゴラもバヌアツも熱い夏、涼しい夏、雨の降る夏の
三つの夏はあるけど、
秋とか冬とか春とはは別にないから何時も毛穴も鼻の穴も全開で
攻撃的でみなぎっている。
一方イギリスはちょっとした春のようなものはあるけど、
それは日差しがきつすぎて一瞬熱くなるときが30分とか午後いっぱいとかあるけど、
基本的には空気はとてもひんやりしているので、日差しの当たらないところは常に寒い。
日本でいう10月から3月くらいまでで
一年間の季節が説明できてしまう感じです。
だから一人のなかの季節の感覚は日本人の半分くらいだと思います。
逆に言ったらだから心が安定していて、イギリス人は冷静で合理的なのかもね?
これに個人の経験が入るのだと思います。
「時間軸」とでも言うのかな?個人的経験と立場
僕だったらファミレスの社員だった9年間、接客していたし、
一緒に働いていた大学生とか一生懸命パートをしながら子供を育てている
お母さん達の生活をみることができました。立場は社員だから一応は責任のある立場。
でもその一方でフットボールではマダマダ試合も出ていなくって、
チームも「弱者」な立場でした、でもその後に合併して良いチームメートに巡り合い、
どんな試合でも勝てる「強者」の立場にも経ちました。
バヌアツでのボランティアの2年間はそういった勝ち負けの全く無い世界、
僕のバックグランドなど全く知らない人達のところに単身で飛びこんでいって
一から人間関係を作るから、自分の笑顔と人間性が試された2年間でした。
フェミレスの「売上第一主義」でもなくフットボールの
「勝利以外は何も認めない」 というのでも無い世界でした。
体が健康でいられるという面では僕は今のところ大きな病気はしてないから
「多数派」だし、結婚していないという面では「少数派」にはいります。
何か決断をするときにそういった過去の経験してきた
10人くらいの自分の立場というか人格みたいなものが決断を下します。
もちろんその決断は季節によっても左右されると思うんだよね。
季節 × 経験 って感じ。
でもそれともう一つ最近思うことは、
これはバヌアツとアンゴラに行って感じたのだけど、
バヌアツはジャングルだから三次元なんだよね、
森の中にすんでいるから子供の頃から木に登ったり、
遊ぶときでも道具が身の回りに豊富にある、ココナッツの実だったり、
木の枝、葉っぱ、ロープになるツル、
そういった道具に囲まれいるから常に立体的に物事を
感じたり考えたりしながら育っていくのだと思います。
一方アンゴラは水が少ないので、砂漠みたいでドライです。
ようは2次元の世界なんだよね木とが少ないから立体的な環境ではありません。
子供は他の子供と遊んだりするだけ、食べ物も豊富ではないし、
木も少ないから焚き火もしない。
バヌアツの子供達が幼いころから火を起こしたり、
動物を追い回したり、ココナッツの木に登ったりという
3次元の遊びをしているのに比べると、
平面でしか想像力を働かしていないのきがします。
海だってバヌアツの子供は入り組んだリーフの中で貝を探したり、
岩から飛び込んだりしているのに比べると、
アンゴラはだだっ広い大西洋の砂浜で水遊びといった感じです。
だからバヌアツ人とか昔の日本人みたいに「自然を相手にする」
という経験は少なく、どちらかというと「人を相手にする」
経験が多いのだと思います。
ちなみにイギリス人にとっては自然とは「征服するもの」
であって共存しようとは思っていなくて人と同じく自分たちで
コントロールできると思っていると思います。
まあ彼らならある程度はできるのかもね。
ちなみにバヌアツでいつも物足りないと思っていたのは、
日本みたいに20歳過ぎたら仕事をするわけではないので、
20歳過ぎてもみんな同じ性格のままなんだよね。
日本なら
・20代のバイブル
・男が30歳にすべきこと
・40代の中間管理職に捧ぐ本
・50代のリーダシップ論
・60代の役員の条件
みたいなそれぞれの世代の文化というか考え方があって研究されているけど、
仕事してないとそういうのも育たないのだと思いました。
だから60歳のおじいちゃんでも少年と同じ笑顔で笑えるのだけどね
そう言うと日本人ほど色々な角度から物事を考える環境が整っているし
世界のなかでは珍しい自然環境なのだと思います。
季節に関していば何度もまたその季節ごとの自分にであるののだから、
それが他の経験とか自分の職場とか家庭での環境とも複雑にまじりあって
新しい自分が構築されていくのだろうな。って思います。
繊細だったり、物事を深く考えるように日本人がなったのはそういう理由
からなのでは?という考えもあってよいのだと思います。
自分っていう人間は季節が変わると考えてることが変わるものだって。
冬はいくらか哲学的になる、動くのがおっくうになるし、
外に出るときはきちんとマフラー巻いたり、
モモヒキをはいたりしないといけないから服装にも神経質になる、
その日の一日の外出のスケジュールを考えて、念密にその日の服装を考える、
肌はカサカサになるし、血行が悪くなるから顔色もなんとなく青白くなる、
寒いからションベンの回数も多くなるし、残尿も多くなる?
なんて思ってたのだけど、残尿については最近思った、
冬に残尿が多くなる理由は一つは寒いので男性のイチモツはとんがっているから
冷えやすいからションベンを切るというか気張るという感覚が鈍ること、
でも最近もっとよくよく考えると、本当の理由がわかってきた、
冬はみんなモモヒキを履いてしまうのがもう一つの理由なのだと思った。
モモヒキをはいてジーンズはいたり、スーツを履いたりすると、
男性はみんなわかると思うけど、トイレで立ちションをする時に
パンツのゴムとモモヒキのゴムを押し下げて、
その押し下げたゴムと開けたチャックの間というとても狭い間から
我々は出てきて仕事をしなくてはならない、
しかもスーツとかジーパンだと上にはキッチリベルトをしているから、
下からはパンツとモモヒキのゴムにボールもバットも締め付けられつつ押し上げられ、
上はキッチリベルトで固定されてその間のジッパーという
限られた空間から出てきて用を足すということは、もともと難しいのだと思います。
だから上手く水分が切れなくって、残尿して、それが不安で
冬になると年を取ったなーって男はみんな衰えたような気分になるのでしょう。
この部分は別に力説する必要は今日はなかったのだけど、
そして春になると少し心ウキウキして心もオープンなって幸せな気分になるし、
さらに夏になると、毛穴も開いてラテンな気分、
心も体もみなぎったった気分になるのだけど、
秋になると何故か急にセンチメンタルな気分になりつつも
食欲は倍増するという心と体の矛盾を抱え込んだまま
気がついてみれば急にバタバタと年を越さなければいけないという強迫観念とともに、
除夜の鐘がなって本当に年を取ってしまうというサイクルになっている。
これが日本、一年間の中で4人の自分に会える、
同じ人間が4つの考え方を持ってしまっているのです。
ちなみにアンゴラもバヌアツも熱い夏、涼しい夏、雨の降る夏の
三つの夏はあるけど、
秋とか冬とか春とはは別にないから何時も毛穴も鼻の穴も全開で
攻撃的でみなぎっている。
一方イギリスはちょっとした春のようなものはあるけど、
それは日差しがきつすぎて一瞬熱くなるときが30分とか午後いっぱいとかあるけど、
基本的には空気はとてもひんやりしているので、日差しの当たらないところは常に寒い。
日本でいう10月から3月くらいまでで
一年間の季節が説明できてしまう感じです。
だから一人のなかの季節の感覚は日本人の半分くらいだと思います。
逆に言ったらだから心が安定していて、イギリス人は冷静で合理的なのかもね?
これに個人の経験が入るのだと思います。
「時間軸」とでも言うのかな?個人的経験と立場
僕だったらファミレスの社員だった9年間、接客していたし、
一緒に働いていた大学生とか一生懸命パートをしながら子供を育てている
お母さん達の生活をみることができました。立場は社員だから一応は責任のある立場。
でもその一方でフットボールではマダマダ試合も出ていなくって、
チームも「弱者」な立場でした、でもその後に合併して良いチームメートに巡り合い、
どんな試合でも勝てる「強者」の立場にも経ちました。
バヌアツでのボランティアの2年間はそういった勝ち負けの全く無い世界、
僕のバックグランドなど全く知らない人達のところに単身で飛びこんでいって
一から人間関係を作るから、自分の笑顔と人間性が試された2年間でした。
フェミレスの「売上第一主義」でもなくフットボールの
「勝利以外は何も認めない」 というのでも無い世界でした。
体が健康でいられるという面では僕は今のところ大きな病気はしてないから
「多数派」だし、結婚していないという面では「少数派」にはいります。
何か決断をするときにそういった過去の経験してきた
10人くらいの自分の立場というか人格みたいなものが決断を下します。
もちろんその決断は季節によっても左右されると思うんだよね。
季節 × 経験 って感じ。
でもそれともう一つ最近思うことは、
これはバヌアツとアンゴラに行って感じたのだけど、
バヌアツはジャングルだから三次元なんだよね、
森の中にすんでいるから子供の頃から木に登ったり、
遊ぶときでも道具が身の回りに豊富にある、ココナッツの実だったり、
木の枝、葉っぱ、ロープになるツル、
そういった道具に囲まれいるから常に立体的に物事を
感じたり考えたりしながら育っていくのだと思います。
一方アンゴラは水が少ないので、砂漠みたいでドライです。
ようは2次元の世界なんだよね木とが少ないから立体的な環境ではありません。
子供は他の子供と遊んだりするだけ、食べ物も豊富ではないし、
木も少ないから焚き火もしない。
バヌアツの子供達が幼いころから火を起こしたり、
動物を追い回したり、ココナッツの木に登ったりという
3次元の遊びをしているのに比べると、
平面でしか想像力を働かしていないのきがします。
海だってバヌアツの子供は入り組んだリーフの中で貝を探したり、
岩から飛び込んだりしているのに比べると、
アンゴラはだだっ広い大西洋の砂浜で水遊びといった感じです。
だからバヌアツ人とか昔の日本人みたいに「自然を相手にする」
という経験は少なく、どちらかというと「人を相手にする」
経験が多いのだと思います。
ちなみにイギリス人にとっては自然とは「征服するもの」
であって共存しようとは思っていなくて人と同じく自分たちで
コントロールできると思っていると思います。
まあ彼らならある程度はできるのかもね。
ちなみにバヌアツでいつも物足りないと思っていたのは、
日本みたいに20歳過ぎたら仕事をするわけではないので、
20歳過ぎてもみんな同じ性格のままなんだよね。
日本なら
・20代のバイブル
・男が30歳にすべきこと
・40代の中間管理職に捧ぐ本
・50代のリーダシップ論
・60代の役員の条件
みたいなそれぞれの世代の文化というか考え方があって研究されているけど、
仕事してないとそういうのも育たないのだと思いました。
だから60歳のおじいちゃんでも少年と同じ笑顔で笑えるのだけどね
そう言うと日本人ほど色々な角度から物事を考える環境が整っているし
世界のなかでは珍しい自然環境なのだと思います。
季節に関していば何度もまたその季節ごとの自分にであるののだから、
それが他の経験とか自分の職場とか家庭での環境とも複雑にまじりあって
新しい自分が構築されていくのだろうな。って思います。
繊細だったり、物事を深く考えるように日本人がなったのはそういう理由
からなのでは?という考えもあってよいのだと思います。
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