2011年4月12日火曜日

言葉と行動



 <写真は海で泳いでいた子供たちです、みんないつも砂まみれです> 
 

朝の6時に生徒は起きて学校のまわりの掃除を始めますが、

レベッカとクラウディオがとても深刻そうな顔で何かを話しています。

ポルトガル語だから内容はわからないけど何やらとても深刻そうでした。

 月曜の朝だから憂鬱なのかな?それとも何かあったのかな?

 って思って見守っていると、急に二人で大爆笑しました。

 何これ? なんでこの雰囲気でこうなるの?今までの深刻さは何だったの?

 アンゴラでは結構こういうことがあります。

イギリスでも何言ってるのかわからないことが多かったけど、

アンゴラみたいに急に場の雰囲気が変わることはなかったです。


 昨日も海で、僕たちは人の少ないところを選んで泳いでいたのですが何やらその場所は遊泳禁止だったみたいで、監視員みたいな人が来て、

僕たちの隣で泳いでいた若者7,8人のグループに

遊泳禁止だということを伝えていました。

 僕はすでに砂浜に上がっていたので、その様子を見ていましたが。

若者達はいっこうに監視員の言うことを聞きません。

 30代くらいで、ものすごく体の大きい監視員の人は若者達に辛抱強くお願い

しているような感じでしたが。彼らは人数が多いからか、海の中から言い返すば

かりで、泳ぐのをやめようとはしませんでした。

 怒った監視員が一番いいわけをしている男の子を指さして、

「お前ちょっと上がってこい!」

 といって人差指で指図しました。

僕は殴り合いでも始まるのか?と様子をみていましたが。

 海から上がってきた20歳くらいのその男の子は180センチくらいある

監視員のおじさんよりもさらに5センチくらい体が大きくて、たくましい体をし

ていました。

 「監視員のおじさん勝てるのかなー?」

 少し緊張して様子を見ていると。

その青年はものすごく言い訳しながら、急に監視員に右手を差し出して握手しま

した。そして

「オブリガード」 (ありがとう)

 と言いました。

「え!なんで?」

 って思ったけど、結局二人は2分くらい話してから、

それで分かれてしまいました。

そのグループは海からは上がらずに少しだけ横にずれましたが。

結局はほぼ同じ所で泳いでいました。

 それにしてもあんな凄い勢いで言い合っていたのに、

結局は事態は全く変化なかったのはなんでなのかな?
 
って不思議に感じましたが、アンゴラでは結構そういうことがあります。

 ちなみにそこが遊泳禁止なのは海底に船着き場だったころの

鉄の柱がまだあって、それで怪我をしないためだよ。
 
とその監視員の人が僕たちに丁寧に説明してくれました。

 
学校でも生徒もものすごく言い合いをした後に、

結局は何も解決しないまま、終わることが多いです。

 
ちなみに日本人の話し方の意味がわからない僕が言われた時に経験を一つ。

 イギリスの学校からデンマークの学校を訪問した時の空港で、

暇だった僕がケイタに

「何か本を持ってない?待ち時間が長くて退屈してしまった」

 と尋ねました。ケイタは

「ウラサン、これどうですか?リーダーシップとマネージメントの本です」

 っていって僕に一冊の本を貸してくれました。僕が

「どんなことが書いてあるの?ケイタはどこがおもしろかったの?」

と目次を見たり、中に書いてあるグラフをみたり、

面白そうなところを少し読んだりしていました。

 ケイタも熱心に内容について説明してくれました。
 
おそらく5分くらいは話していたと思います。
 
それを空港の待合席の向かいで60歳の女の先生のカリンがずっと

観察していたみたいで。

 「ウラは本を読んでいる、ケイタはウラに一生懸命話しかけている。

ウラは本を読みながら話を聞いていて、たまにケイタを見ては頷いている、

私にはウラがとてもいい加減なことをしているように見えるし、

ケイタが自分を無視しているウラに何を一生懸命に話しているのか

全く理解できない?」 
 
と尋ねられたことがありました。

 ケイタと僕は顔を見合わせてしまいましたが、カリンに

「二人でこの本について話しているんだよ」

 と説明すると、何となくわかったような、

でも何か納得いかないような感じでした。

 でも言葉が理解できないと、人の行動ってこれほどおかしく感じるんだな。

と感じました。

 たとえば字幕なしで全くしらないドイツ語の映画を見ていると

何がおこっているのか全く理解できないのと同じ感時なのかもしれません。
 
 言葉と行動って密接に絡み合ってるんだなーっていつも思います。

 

難しいけど現実的なこと



 <写真はアンゴラの女性がよくやってる頭にものをのっけて運んで
 居る所です、写真は生徒のリンダ、年は二十歳くらいだとおもうけど
 ものすごい貫禄です。アンゴラの女性はつわものぞろいです>

昔バヌアツでみてコマーシャルなんだけど、

20歳くらいの女の子が椅子に座っていて、大学入学の推薦状を持ってい

ます。カメラがその推薦状からドンドンと引いていくと、椅子に座ってい

るその女の子はお腹が大きくて妊娠していることがわかります。
 
 その子は大学に行くチャンスを逃してしまったというストーリーです。

 初めてみた時、悲しい出来事だし良くできたコマーシャルだと思いまし

た。バヌアツにはピッタリだとおもいました。

 一方アンゴラ、このコマーシャルはあまり受けないと思います。

 あまりにも先進国にあわせてつくったコマーシャルに感じます。

 
途上国の問題は女性が10代から子供を産み始めて、

一人の女性が5人以上の子供を持つと、子供の学費が払えなくなる。

だから教育が受けれなくてますます貧困が広がっていく。
 
 一人につき2、3人くらいの子供にして、

教育をきちんと受けされるべきだ。

 ということが叫ばれていますが、
 
アンゴラの女性の立場から言えば、 頑張って教育を受けたって、

アンゴラは仕事してお金をもうけているわけではなくて、

石油とダイアモンドを輸出してお金をもうけているだけだから、

女性のつける仕事なんて無い。

そもそも兄弟が5人以上いたら、親は男の子に優先的に教育を受けさす。
 

 だったら今好きな人と子供を作って30歳までに5人から10人の子供

がいれば、学力なんて無くても社会が自分をほっておくわけがない。 

結局は誰かが面倒を見てくれる。という現実もあるのだと思います。

アンゴラで学歴があっても30歳で子供2人しかいない女性は少しさみしい気がします。

もちろん素敵な旦那さんがいて、しっかり守ってくれるのなら話は別ですが、

なかなかそういう雰囲気ではなさそうです。

 だからある意味こちらでの
 
 「子供作ろう」

 は純粋でまじめです。

 先進国みたいに快楽のための遊びや商売ではないようです。

2011年4月1日金曜日

「熟成」させること


<写真はプレファラトリオと呼ばれる、来年に入学予定ですが、すでに
学校で生活して準備をしている生徒たちです、約25名ですが、彼らが
一か月前に学校に来た時にすでに僕は学校にいたので、とても僕になついて
くれていて、とりあえず可愛い生徒たちです。みんな田舎の子が多くていつも
仲良くしていて微笑ましいです。一日に何度もこうやって水を汲みに行きます>
 

 イギリスの学校でも、今のアンゴラの学校でも、

何かを変える前には少しだけ

「熟成」させることが大切だな。 と感じています。

 たとえばイギリスの学校は食事の後の皿洗いを生徒がしますが、

食堂とキッチンが違うビルにあるので、食べ終わったお皿はプラスティッ

クのコンテナに入れて、カートで運んでいました。

 でも皿をきちんと重ねて入れないと、運んでいるときに

コンテナの中でお皿が崩れて、割れたりしてしまいます。

 マグカップは取っ手が取れてしまってよく湯のみのようになった

 マグカップで、コーヒーを飲んでいました。


  掃除に使うモップやホウキ、チリトリや水きりなどもトイレの角にま

とめて立てかけているので、

特にモップなどはいつも湿ってしまって不潔でした。

 トイレから持ってきたモップで食堂を掃除するのは誰もが

疑問に思っていましたが、みんなが日々の生活の追われてしまって、

忘れているか
 
「誰かが言いだすのを待っている」

 という感じでした。

 
でもそういうの変えるのって、その状況が悪いとみんなが感じてから、

しばらく「熟成」させて方が良いのだと思います。

 3割くらいの人が危機感を持っているときに変えてしまっても。

あとの7割の人は、

 「そうなんだ、やりかたが変わったんだ、でもなんで変えたのかな?
    
   でもまたすぐに戻るだろう」
 
 くらいの感じなのだと思います。

 皿洗いの仕方でも、モップのかたずけ方も、みんなが不便だなー。

 って思いだしてから、しばらく待っていると、

 何となくみんなの中の共通意識で。
 
「やっぱり変えないとな」

 みたいなものが生まれてきて、7割くらいの人が、

 その必要があると感じたころに、さりげなく。

 「実はさー、気になってたんだけどさー、俺はさー、もしみんながよかったらさー、お皿の入れるコンテナを、コップ用とお皿と分けいのだけど協力してくれるかな?」

 とか

「モップを壁に掛けられるようにホック作ったから、
 みんなに使ってほしいのだけどよいかなー、
 あとトイレ用のモップには赤いビニールテープ張ってみたから、
 試しに使ってみて、赤いのはトイレ用だから、
 食堂はそれ以外ので掃除してね」

 みたいな感じに、全員がいる前できちんとした改善策を持ってプレゼンすれば意外と組織って変わるものだと思います。

 でもポイントは7割の人が危機感を持つまでその問題を
 
 「熟成」させることだと僕は思っています。

 よくあるよね。気の付く人が何でも早々と変えてしまって、

周りの人はなぜそれを変えなければいけないのかよく理解していなくて、

新しいシステムが徹底されなくて、

常に中途半端な改善になってしまうことが。 

 
 あとこれは自分によくあることなのだけど、変えようかな?って

「熟成」させているうちに、ほかの人が気がついて、変えてくれるとき。

 そういうときには喜んでその人の意見を聞くべきだと思うし、

協力できます。
 
「俺もそう思ってたんだよね!」

 っていってその人のフォローするときに方が自分としては気が楽です。

 自分が言いだしっぺだと何となく荷が重いしね。


 まあいずれにしても改善策を誰かが打ち出したなら、

絶対にみんなに徹底させるまで、新しい状態を保つこと、

モップがフックにかかっているか1日何回もチェックすべきだし。

お皿の仕分けは誰かが混ぜてしまったら、すぐに戻しておくこと。 

不思議なことに最初の10人がきちんと分けて下げればあとの

100人はそれに従って無意識に分けてくれます。
 
だから最初の10人が下げたときに一度きちんと整頓しておけば

あとは何もしなくても問題はなしです。
 
それを2週間続ければあとは習慣化されます。

 ・熟成させること

 ・キチンとした改善策と一緒に全員の前でキッチリと伝えること

 ・その後の2週間はあきらめずに徹底して管理すること

  その三つができれば

 「あの人が言い出したことは常に実行される」

 という認識がみんなに伝わるものだと思います。

 

二か月が経って・・・


 <写真はビルディングウェークエンドといってみんなで学校の掃除、
農作業、雑草刈り、ペンキ塗りなどをするときのものです。
こういう状況に出くわしたら、
自分もクワを握って半日一緒に働いてみるとよいと思います。
午後には必ずこうなります。怒るべきところかもしれないけど、
一緒に働いていると怒れなくなるし、
逆に僕が一緒に働くと生徒も時には僕の言うことを聞いてくれるようになります>
 

 アンゴラに来て早2ヶ月。ブログも書こうと思ったんだすけど、

 何か頭が回らないと言うか、考えがまとまらないというか、

 書く気が起きませんでした。

 たぶん2か月経って、、この環境に慣れてきて、

体も心もホッとしてるのだと思います。

 最初は生徒の名前を覚えて、自分のできる仕事を探して、

学校の1日の流れ、自分が手伝えるところ、割りこめるところ、

 難しくて今はできないところなどを探っていましたが。

 ようやく、そういうのが落ち着いて、心と体が安心して、

落ち着いた感じがあります。しばらくボーっとしていました。

 それが2カ月という感じです。

 ちなみにこの2カ月で僕ができたことと言えば、

 ポルトガル語の基本がわかって、

あとは聞き取りと自分が使える単語の量を増やしていくこと。

 ほかの先生達がどれくらいのペースで働いているのかを見ること。
 
生徒の行動パターン、ポルトガル圏特有の自己主張の仕方になれること。

 買い物、水汲みなど自分の生活に必要なことを整えること。

 アンゴラの暑さと昼と夜の気温差に慣れること。
 
 生徒が1日どういう流れで食事を作っているのかということ。

 まあそんな感じです。

 一番勉強したのは食事のことです。

これは週に一度のローテーションで、6人チームですが、

3人の男子が三食に使う水をそのつど運んできて、

女子がおもに洗い物、そして女子男子ともに、料理をする。

 という流れです。 改善できるのは豆もコメも水に浸さずに、

いきなり煮始めるので、マメもコメも底は焦げて、

 上のほうは芯が残ってしまうことです。
 
芯があるのに焦げくさい。という

「ワイルドなのにまだケツの青い」

みたいな何とも不思議なご飯が炊きあがります。

 少しずつですが改善すべきところですが、今のところ許容範囲です。

僕はたまにいって皿洗いを手伝ったり、金タワシを買ってきて、まっくろ

だった鍋の外側を磨いたりしました。 

 キッチンにはギダさんというおばさんが生徒の面倒を見ながら、

料理の指導をしているので、ギダさんと一緒に働いています。

とても良いおばさんで僕のよき理解者です。

 生徒にきちんと怒れるのもギダさんの良いところです。

ちなみにギダさんは僕のこと大好きです。行く手放しで喜んでくれます。

生徒は僕が鍋を洗ったり、ゴミをマメに捨てたり、

女子しかしないような床の掃除とか、洗い物とかをしているのを見て、

安心感をもったくれたし。1日に6人ずつのグループで一緒に働くので、

 仲良くなれるし、とても親切にしてくれますし。少しずつですが、

僕の意見に耳を傾けてくれるようになりました。

 僕のほうもなにか改善しようかな?って思いながらも、

みんなと一緒に働いていると、まあこれでよいかな?

なんて、ミイラ取りがミイラになるように、

改善点を言えずにいたりもしています。

 でもそれで許せるなら良いよね。なんて思いながらも、

 最近は1日姿を見せないと、

「ウラ、なんで昨日はいなかったの?」

なんてみんなに聞かれたりして。少しうれしくなったりもします。

 ちなみに本日金曜日の午後から祝日の月曜日まで生徒たちは

家に戻れるようです。

みんなうれしそうに朝から溜まった洗濯物を洗って

帰宅に備えているようでした。 僕もゆっくりしようと思います。

2011年3月21日月曜日

少ない情報からですが地震について

 地震の情報は今の僕の生活ではほとんど入ってきません。

 写真の多いホームページやユーチューブはここで見ることは難しいです。

 民間のテレビを見た生徒やラジオ、家族、友人からのメールで情報が入って

 来ました。

 この大切な時期に日本にいなかったことは、今後日本人が共通認識として

持ち続ける今回の地震に対する意識を自分は持てないことになり。

 日本人としての何かが自分に欠けてしまったような気もしています。


 
 「世界からみれば秩序を維持しながら、

    懸命にたちむかっているというところだと思います」

 という連絡が人生の大先輩からあり。

 その一文だけでも、さすがに日本だな。 と感じました。

  災害に便乗して、商店を荒らしたり、人々が暴徒化している映像を見るのは

 日本では無いのだな。 と改めて感じます。

  もちろん必要に迫られて必要な水や食糧を多少もらうことはあるとは

思いますが、普段から仲の悪かった移民の店を荒らしたり、食糧以外の宝石や

貴金属をとったり、さらにマスコミがそういう状況を煽るように、

自国の恥を面白おかしく報道したりするような風潮は

今の日本の社会では許されないのだと思うと。安心します。

それと同時に今回の震災がそれほど深刻なものだということも

感じることができます。
 
 特に北の人達は我慢強いのかな?

 などと思いながらも、早く安定した生活に戻ってほしいと思います。

 
 10年後20年後に、

 「震災の後で日本はさらに強く美しくなった」

 と言われる日が来るまで、我慢強く頑張ることしかできないと思います。

 もちろん失ったものの大きさは計り知れないと思いますが。

 やっぱりそこは黙ってやるしかないのだと思います。


 とりあえず安定した生活に早く戻って欲しいと思います。

 不便でも安定してほしいと思います。

  
 
 高度成長を支えてきた団塊の世代、バブルがはじけて少し自信を失い

 かけていた人達が、最後にその存在感を示し後任に自分達の仕事を仕方を現

場で教えることができる良い機会なのだとも思います。

バブルの崩壊よりも今回の震災のほうが団塊世代の使命感は強いと感じますし、

若い世代は団塊世代と一緒に意味のある仕事をできる最後のチャンスだと思

って多くを学んで欲しいとも感じます。

それが日本の今できることだと思います。

  たくさんの人が亡くなったので、情報の無い僕が多くを語ることはよくない

 と思います。

今はただ不安を口に出さずに我慢する時期なのだと僕は思います。
  

2011年3月10日木曜日

異文化理解と国際貢献


異文化理解と国際貢献

この二つの言葉が違う意味を持つのかどうかはわからないけど、

日本の中では西洋ほど使い分けができていないと思います。

 異文化理解というのは別に途上国とか先進国とか関係なく、

自分と違う文化の人達と交わって、勉強することによって、自分の

今まで育ってきた文化の良いところ、良くないところを改めて

 確認することができて、今後の人生に生かすことができるもの

だと思います。だから特に途上国に行く必要もないよね。



 国際貢献は少なからず相手の国に対して何か利益というか

「貢献」するのが目的だから、提案でも改善でも良いので、

 なにか残すことができればよいのだとおもいます。

 そうなると途上国のほうがそういった問題点は見つけやすいのかも

しれません。ここで難しいのは、単に資本主義社会側からみて

「問題点」であって、人生何が正しいのかは本当は誰も知らないの

だけどね。まあここでは一応「基本的人権」というような観点から

みた「正しさ」です。それ自体も先進国が決めたルールだけどね。

簡単に言えば基本的人権って

「なるべくみんなが笑顔になりましょう」

という風に理解してれば良いのかな?と個人的には思います。

 そして日本人は「異文化理解」という言葉が苦手なのだと思います。

 協力隊みたいに海外に2年間もいて、相手を理解して、

自分の人生観を変える?

そんな理由でリスクの大きい途上国に税金を使って行くことは許されない。

だったらその2年間は机に向かって勉強して学歴付けなさい。

 というほうがなんとなく日本社会的だよね。

 だから協力隊も「異文化理解」の要素が大きいけど、表向きは

「国際貢献」という感じになっているのだと思います。

 でもアメリカのボランティアもヨーロッパのボランティアも

それほど国際貢献とは思っていなくて、

「自分の人生観を変えたい、空っぽな人生に刺激が欲しい」

 というようなことを普通にみんな話しています。

 最初から異文化理解をしに着ているんだよね。

  募金活動をしている僕に対するイギリス人の励ましの言葉は

「良い経験してきてね」 

 であって、決して

 「途上国の人を助けてきてね」

 では無かった気がします。みんなわかってるんだよね。僕みたいな

 若者が(自分で若者って言ってしまった・・・)アフリカに半年間行っ

たって何も変えられない、

変わるのはせいぜい自分自身くらいだってことを・・・・

 協力隊に話をもどすとそのバランスはとても難しくて、

本当にスキルがあって言葉も話せて、

そして2年間という長い時間があれば

「国際貢献」してしまう人も結構いるのだと思います。

 そして最初から「異文化理解」といって人を集めたら、

2年間税金を使って遊ぶ人もたくさんいると思います。

だから「国際貢献」ということで志の高い人達に集まってもらって、

その人達が現場で一緒に働きながら、色々と経験してもらって、

2年後に帰国したときに得たものは結果的に50%は「

異文化理解」で50%は「国際貢献」であった。

というバランスが日本的なのかも知れません。


 ちなみに今回の僕のアンゴラでの半年は「異文化理解」だと

自分では思っています。日本の税金ではなくてイギリス人の

「良心」からくる募金できているから胸張ってそういえます。

 だから生徒と一緒に泥臭く働いて、生徒が歴史の勉強をしていれば、

その隣でポルトガル語の勉強を一緒に座って自習して。

 時には一緒に海に言ったり、料理したり、同じもの食べて。

日本人だってアンゴラ人と同じ生活できるし.

日本人がみんな算数ができて、車が作れてパソコンいじれるという

彼らの勘違いを正そうと思います。そういう僕の100%

「異文化理解」的行動が、彼らの心の中に

「日本人には泥臭い奴もいるし、俺達と変わらない」

ということをしってもらって、

10年後20年後にそういう彼らの気持ちが結果的には

「国際貢献」になっていた。ということになればメデタシ!メデタシ!

なのかな?っておもいます。
 
 先日学校の用事で町にコピーをとりに行ったのだけど、

メチャクチャ待たされたのにおとなしく嫌な顔もしないで座っていたら、

お会計のときにアンゴラ人の店長に

「もしかして日本人なの?」

って聞かれました。そうだよ!ってこたえたら。

「そうだと思った、僕は昔日本人と働いたことがあってね。
  あなたも日本人だと思った。僕は日本人大好きだよ、
    アンゴラに来てくれてありがとう」
 
って言われました。

 その人が日本人の方とどこで何をしていたのかはわからないけど、

そういうすばらしい日本人がいて、アンゴラの人が今でも

良いイメージを持ってくれているということは僕にはとても

 うれしかったです僕の生徒が将来日本人と働くことになったときに

 良いイメージを持ってくれたらとてもうれしいな。

 と僕は感じていますし。もし僕が日本で働いているアンゴラ人に

 あったら同じように

「日本に来てくれてありがとう」

 って言いたいと思います。それが異文化理解だと思います。


 

若いときに学んだこと


 <写真は日曜日に寮でオズワルドの髪を切るザカリアス、
  一緒に生活しているとこういう私生活も見れて楽しい
  です。ザカリアスの落ち着いた表情と見事な出ベソが
  印象的です。日本では出ベソの人少なくなったけど
  アンゴラではいまでもみんな立派に出ベソです>

昔の話なのでドンドン大げさになっていますので、

実際はこの3分の1くらいしか頑張ってません。

 フットボール現役時代、週に三回はきちんとウエイトトレーニングを

して体を作る、それが勝つために自分がすべきことである。

 春に練習が始まってから、、練習と仕事の合間を縫って、

ジムに通ってウエイトをします。

 2ヶ月も過ぎると、慢性疲労がたまって、

朝に起きれなくなってきます。

友達からもらったアリナミンを寝る前に飲んだりして、

何とかおきるように頑張ります。

 朝の8時から18時までファミレスで立ち仕事して、
その後に何か少し食べて20時ごろにはジムに行きます、

ウォーミングアップで20分エアロバイクをこいで、ストレッチして、

ウエイトの器具に座りますが、疲れて踏ん張れません。
 
「とりあえず神経だけでも興奮すれば疲れた体はついてくるものだ」

とおもって、カフェインの強めのコーヒーを飲みます。

朝専用のカフェインの多いコーヒーをトレーニング前に

よく飲んでいました。

 ジワット汗が出てきて、ウエイトトレーニングがはかどります。

そんなふうにして自分をだましてトレーニングを続けていると、

体の抵抗力が弱っているし、胃袋にも良くないので、

風気を引いたり腹を壊したりしやすくなります。
 
「風邪なのかな?それとも慢性疲労なのかな?」

でも

「やらない理由は自分が決める」

「妥協の数だけ自分が弱くなる」

 と思って、無理にウエイトしますが、体に力が入りません。

 今日はプールとジャグジーで休養しよう。

 と思って、プールに入って休みますが、

 案の定その日の夜には熱が出ます。
  
 でも次の日は仕事、朝おきて7度5分以下なら大丈夫。

ファミレスで朝一番に社員が出社できないことはありえないので、

行きにコンビニでユンケル飲んで頑張ります。

 8時から1時まで働いて、少し落ち着いたら

メニューにある雑炊を食べて30分ほど車で寝ます。
 
腰とか太腿の筋肉が痛いけど、とりあえず水をたくさん飲んで、

午後も頑張って、働いてクタクタで帰宅。

 二週間ほどジムは休むことにしますが、

その間でも仕事と週に三回の練習は休めません。

常にだるい体とウエイトをしてないことの罪悪感。

毎日生活に追われている感じ。

フットボールの練習ですら休みたくなります。

 そんな状態がシーズン中に一ヶ月くらい続くと、

この状態が一生続くような気がして。

人生がとても辛いことのように感じてきます。

練習中も良いプレーができなくて、自分に腹がたちます。

 不注意からくる練習中の小さな怪我も多くなります。

 食欲がないからいっぱいだけと思って飲んだビールが

いつの間にか焼酎に変わって、ついついのみずぎて、

二日酔いで朝ごはんが食べれなくて、朝はコーヒーだけ、

10時ごろに蕎麦をやっと食べる。

というような典型的な駄目な食生活になって行きます。

 シーズン後半には膝と腰痛の痛み止めの副作用でさらに胃袋が弱って、

体重も減ります。

「ウエイトしなさい」

ってコーチに言われるだけで腹が立ち。

前向きでない自分に気がつきます。

 気がついたらあまり人と話さなくなって、

必要最低限のこと以外には何もしなくなってるんだよね。
 
部屋の中は腰が痛いので、床においたものをとるのが面倒になり。

汚れ放題になります。仕事と練習に遅刻しないで行くことがやっとです。

(大分大げさなので実際はこれの3分の1くらいの辛さだったことをここで改めて書いておきますね)

 でもここまでやけくそになるから試合中でも怪我なんて怖がらず、

良いプレーができるし、

ここまでやったんだからどんなことをしてでも勝つ。

という気持ちになれるのだと思います。

 チームやコーチも最終的に勝つのはメンタルだ。

とわかっているので選手にプレッシャーを与えてきます。

こちらもコーチができることはすべてやってくれている。

選手のすべきことは自分を追い込んで、

試合の土壇場でも妥協しなような自分をつくることだ。

と理解しているからできるんだよね。

 それくらいチームとコーチを信頼していました。

 チームとコーチが何もしていなくて、

勝てないのはお前達気持ちが弱いからだ!
 
って言ってるチームもあるかもしれないけど。

それは間違っているとお思います。

気持ちというのは勝つための一つの要素であって、それ以外に、

戦術、トレーニング、医療、栄養、休養、練習環境、道具

などの要素の中の一つでしかないと思います。

大切なのはバランスだよね。
 
そのビジョンを持っているコーチの下でプレーできたことは

僕にとってとても幸せなことでした。

 今なら体が疲れてきたら素直に休めます。

 あの頃休まずに自分を追い込めたのは

「若さ」だったのだと思います。
 
だからシーズンが長いことを考えずに、その日の自己満足と罪悪感で

トレーニングしていたのだとおもいます。 

そういう潔癖なところが僕にはあったのだと思います。
 
大人になるともう少し長期的に物事を考えることができるよね。

 でも若いときにそうやって自分の限界と弱さを学べたことはとても

良いことだったのだと思います。

 アンゴラで20歳くらいの生徒達と一緒にいると不意にあの頃の自分

を思い出して、生徒達に対して尊敬というか、応援したくなる気持ちが

湧き上がることがあります。

若さって「純粋さ」であって決して「不器用さ」ではないのだと思います。

 大きな気持ちで見守ってあげるべきものだとだと感じます。