日本人とアジア人の女性を称賛したいと思います。
一緒にキッチンで料理していて、それをみんなに振る舞った時、
みんなが
「美味しいね、ウラが作ったの?」
って聞いてくれたときに、こちらが謙遜して
「彼女が頑張って作ったんだ!」
と西洋の女性の名前を出したときに
「そう、私が作ってウラはアシスタントだったわ!」
という女性は日本にも、もちろん 「居るけど少ない」
一緒にビラ配りをしていて、こちらが気を使って
「もし疲れたら、俺に気にしないで自分のペースで休んで良いからね」
っていって、目の前で僕がずっと働いているのに、一時間も何もしないで
座っている女性は日本にももちろん 「居るけど少ない」
2ドアの狭いスポーツカーで4人で4時間ドライブする時、
155センチの西洋の女性が助手席に先に自分の荷物をおいて占領して、
後から来た180センチの僕に、ウラは後ろに座って!私ろは狭くて嫌
いだから、といって僕ともう一人の男性を狭い後ろのシートに座らせて
自分は助手席で4時間寝ている女性は
日本にも もちろん 「居るけど少ない」
僕の身長が伸びたことは事は神様にしかコントロール
できなかったことだが、彼女がものすごく太って居ることは確実に彼女自
身でコントロールできたことだから・・・・
確かにそういう女性は日本にも居る、でもそのパーセンテージは3割く
らいだとおもう、しかしこっちでは6割くらいにアップする、もちろん男
女は平等だから、別に文句は言えない。でもせいぜい5割にしてほしいと
感じるし、やっぱり日本女性、アジアの女性は素晴らしいぞ!
儒教の教えは素晴らしいぞ!
今週韓国人のミンジーと一緒に働いていて、久しぶりにアジア女性の優しさを感じました。
基本的には自分の情けなさ、ふがいなさを神や習慣のせいにしているだけですが・・・
2010年6月4日金曜日
愛すべきイタリア人達
写真はイタリア代表のトニーニョ、 憎めない男ですが、あまり風呂に入らないのか
顔に着いたペンキの後が三日くらいついてる男です。
イタリアってローマとかフィレンチェとかって名前を聞いただけでも
キザなイメージがあります。
プライド高いのかな?っておもってましたが、ここに居るイタリア人達は
いたって気さくで、なんか日本人とにています。
ブラジル人達があるときフランス人の喋り方の物真似をしたあとに、
ハンガリー人の物真似をして、イタリア人の物真似をしていました。
手を顔の前にもってきて、言葉の最後に必ず手で何かをつまんだみたいに、
手を上にあげて会話が盛り上がるほどドンドン手を上にあげていきます。
みていたみんなは大笑いしていましたが、
そこにいたイタリア人のフランチェスカとトニーニョは失笑していました。
日本人、韓国人、中国人もそれぞれ物真似しあったりしますが、
世界中のくにで同じことが行なわれていると思うと何か面白く感じました。
名前も、トニーニョ、とかジョゼッペとか、なんか日本で言うニックネームみたいな可愛い
名前なので、てっきりニックネームかと思っていたら、
キッチンのローテーションの名札の名前も、そのままだったので、
本名だとしって、おどろきました。
そんなイタリア人達がコーヒーメーカの前で腕を組んで何か話し合っています。
「何してるの?」
「コーヒーができるの待ってるんだよ」
「ジョゼッペ、それスイッチ入ってないよ」
「スイッチ切ってるもん」
「なんで?」
「ウラ、コーヒーと言うのは本当はこんなマシーンで作ってはいけないんだ、
きちんと最初にマメにお湯を与えてから、マメを蒸らす(ふやかす?)
てからゆっくりとお湯を注がないと、本当においしいいっぱいはできないんだ!
だから俺達は一度スイッチを切って待っているんだよ」
と言いながら、満足げにコーヒーマシーンを眺めていました。
君達にそんなこだわりがあったとは知らなかった?
二人とも普段はボロボロのウールのセーターきて、無精ヒゲをはやしてるのに、
そういうところは子供の頃から身についてるんだなー。って感じました。
そんなトニーニョと初めてキッチンで50人分くらいの晩飯を作ったときの事。
7時から晩飯なのに、トニーニョは6時50分になってもパスタを鍋に入れません。
湯でたてでないとパスタは上手くない! と本人は言ってますが、電気のコイルの
火力の弱い調理機にのったでっかい寸胴で50人分のパスタをゆでるには、
おそらく15分は必要です。
「アルデンテなのか?」
「そうだ」
「それは無理だから早くぶち込んでくれ」
「せっかく美味しいトマトソースを作ったのに、パスタが上手く無ければ台無しだ」
「でも7時まであと10分だ、運ぶ時間も考えると、絶対に今入れたほうが良い!」
結局彼は妥協せず、晩飯は7時10分になってもテーブルには並びませんでした。
まあトニーニョもキッチンで料理するの初日だから仕方ないか? っておもいながら
食事の後でうまそうに巻煙草を吸っているトニーニョに
「トニーニョ、初めてこんなに沢山の人の食事をつくってどう感じた?難しかった?」
って感想を聞いたら、英語が通じなかったのか、二回ほど聞き返した後で満面の笑みで
「楽しかった、またお前と料理したいよ!」
と満足げに笑っていました。 イタリア人にとっては20分くらいの遅れよりも、
こだわりのパスタやコーヒーのほうが大事みたいでした、
それが上手いとか、上手く無いとかは関係なく、
あくまでコダワリが大事なのだと思いました。
2010年6月3日木曜日
実は優しいイギリス人
<写真はイギリスのどこにでもある一般的なパブです、どこも同じような感じで
歴史を感じます。天井が高くて、ゆったりした感じです、パブによっても違い
ますが、家族みんなでいける雰囲気があるお店が多いです、おそらくこの写真
の店は店じまいしているためにドアが釘で打たれています>
頑固でプライドの高いイギリス人というイメージがありますが、
僕が田舎に居るからかもしれませんが、イギリス人はいたって優しく
誠実です。
いまあるプログラムは、お金の無い国の人でも自分で募金活動をして
お金をためてアフリカに行くことができます。だかあらみんな働きます。
貯めるお金は6カ月で45万ほどです。勉強する週、募金をする週、
活動の週(週末に開かれるお祭りの準備や、演劇の練習をしたりする週)
と三つの週が交互にあり、今週は僕は募金の週です。
とはいっても路上で募金を募って居ても限界があるので、
古着入れのポストみたいなものを、ガソリンスタンドやスーパーの駐車場、
パブといって、イギリスでは家族で昼間からいって、お酒を飲むだけではなく、
みんなでダラダラと時間を過ごすという、アットホームな場所がそれぞれの町にあり、
半分はお酒、半分は公民館みたいな役割をはたしています。
もちろんそれは政府がやっているわけではなくて、
プライベートでやっているので、古着ポストを置いてくれる可能性は少し高くなります。
ほとんどの場合は、日本と同じで、役所に聞いてもらわないとここに
ポストを置いて良いかわからない。という返事が返ってきますが。
僕は今週は古着ポストを置く場所を探しに、イギリスの田舎町を車でいって、
パブやホームセンター、ガーデニングのお店、小さな商店などを回っています。
日本でいると押し売りのセールスマンといったかんじです。
はっきり言って「うさんくさい」って自分でも思います。
だって田舎町の人が集まる場所の駐車場などに無料で
幅1メートル、高さ1,5メートルくらいの鉄でできた
重たいボックスをおかしてもらって、もちろん週に一度きて、
ボックスが汚れていたら修理しますし、中にみんなが入れてくれた古着はもってかえりますが、
お店にとって利益は無し、ガストに9年間も副店長をしていた僕なら確実に断ります。
お客がそこに車をこすったら?
たとえ1台分でも駐車場を使われるのはお店にとって不利益である。
相手先の(僕の)組織がその活動を辞めたり、もし夜逃げでもしたときに、
その鉄のコンテナは誰が回収しに来るの?
などと考えたら、たとえ奉仕活動で助けてあげたい気持ちはあっても、
会社に属している以上、認める訳にはいきません。その場で断るか、
本社に問い合わせてください、僕では決めかねます。
といかにも日本人らしい返事をするとおもいます。心の中では「ゴメンネ!」
って思ってますけど。
イギリスは意外と違います。こわおもてのマネージャーや、
声が酒焼けしたようなパブの女オーナーみたいな人がでてきて、意外とあっさりと
「良い仕事してるね、あの角なら使っても良いわよ!」
などとオーケーしてくれることが結構あります。
逆にこっちが「ほんとに良いの?」って思ってしまうくらいですが、
こちらが誠実に
「このお金はボランティアへの援助です。直接アフリカに送られるお金ではありませんが、
僕達は集めたお金を使ってアフリカでボランティア活動をしてきます。」
と説明して、活動のマガジンなどを渡して誠実に対応すれば
「ボックスを置くことは今はむりだけど、私は5つの営業所をもっているので、
その5つにこのビラをファックスして、古着を集めてあげよう、
たまったら連絡するから、連絡先と君の名前は教えてください」
だったり、マネージャーは今は居ないけど、シフトを確認してくるので
少し待っててください。
と言ってわざわざパソコンを開いて、
「金曜日の2時から9時なら居ます
直接話せば大丈夫だと思うよ!良い仕事してるね。」
だったり、
「このお店には置けないけど、少し古着があるから今持って行ってくれるとありがたいわ」
と言ってくれたりします。もちろん
「ノー!」
って単に断る人も沢山いますが、こちらの気持ちがへこむほど多くは
なく、ほとんどの場合が断るにしても、こちらのとても気を使ってくれる
のを感じます。
古着集めのビラを配って居る時も、
「セールス、ビラお断り、あなたの時間を無駄にしないで!」
という合理的なステッカーが貼ってある家があったので、
玄関の前までいって、そのステッカーをみてから、そのまま立ち去ろうとすると、
中から怖そうな人が走りでてきて(イギリス人は意外と暇みたいです)
「お前はセールスしてるのか」
「これは募金活動です」
「じゃあなぜ投函しなかった、そのビラを見せてみろ」
「はい、古着のリサイクルです」
「これはセールスでは無いので、入れても良いビラだ!
しかし私は先週に他のグループに古着をあげてしまったし、
妻と二人で年金暮らしなので、もともと洋服はスリッパ2足と今着ているセーターくらいしか持っていない。
でもよい活動だ、頑張れ! ビラを無駄にしては行けないので、
今回はこのビラは君に返しておく!」
となんともはっきりしているし、怖いけど、なぜか優しいさを感じることが多いです。
門前払いではなくて、きちんと聞いた結果で、
その場で自分の考えをしっかり言って、クリアーにする。
たとえ僕の英語がおかしくても笑ったり冷やかされた事は一度もありません、
それよりも圧倒的に
「良い活動だ、できれば協力したいが、こういう理由で今回は断る!」
ときちんと話します。
一瞬こわいけど、実は優しいのがイギリス人です。
生活はいたって質素です。お芋を食べてガーデニングで家の芝を刈るのが、
お年寄り達の普通の生活です。
これがかつて世界を制したイギリスなのか?
っておもうと、少し心が安らぎます。
日本の経済はアメリカに次いで2番目くらいだとおもうけど、
イギリスみたいに7番か8番めくらいに落ちてしまえば、
みんなもう一番になりたい、とは思わずに、
心安らかで平和で質素な人間らしいな暮らしが待っているかもしれないと思います。
2010年6月1日火曜日
捕鯨と闘牛
<写真は学校の庭です、4月は朝露が綺麗でした>
教室で勉強してる時にパソコンをいじっていたルイ―スがいきなり
僕ともう一人の日本人のケイタに質問してきた。
「日本人は捕鯨の事はどうおもってるのか?」
最近ネットとか全然みてないから、その問題がどうなったのかは全然
知らないど、僕がこっちに来る前に、何処かの国の人が捕鯨かイルカの
漁を隠し撮りして映画を作って残虐だということで改めて問題になって
いる。とテレビでやっていました。
とっさに聞かれて戸惑ったけど、
「普通の日本人はあまりクジラは食べないよ。だからなんで捕ってるのか
は良く分からないけど、殺し方が残虐なのは知ってるよ、もし安楽死
みたいな方法があればもっと良いということなのかな?」
という感じでした。 ルイ―スの意見は
「たとえばオイルとか食料とかどうしてもクジラからでないと取れないも
のがあるのなら仕方ないかもしれないけど、オイルも食料も何もクジラか
らとらなくても良いと思わないか」
「でも牛は殺しまくってもいけど、クジラは駄目って言うのはおかしいよね?」
「クジラは頭が良いから駄目なんだっけ、それともホエールウォッチン
グをしてる国が困るからなのかな?」
って言う感じでした。 角度を変えた僕の意見は
「捕鯨が文化だという人が居るし、そういうのは難しいと思う。
日本人が恐れているのは、外国人に言われて今捕鯨をやめてしまうと、
次にまた他の日本に文化について口出しされるのではないか?
というおそれがあるのも確かだと思う。
日本人のなかから辞めようという意見が出れば、それは問題ないのではないかな?」
「たとえば自分の家族の悪口を自分が言うのは許せるよね。
でもそれを聞いた友達が、お前の家族って最低だな!
って言いだしたらやっぱり嫌な気持ちするでしょ、
だからやっぱり日本人の事は身内である日本人が変えるのが一番良いと思うよ」
なんとなく納得したようなルイ―スでしたが
「ポルトガルの闘牛(英語ではブル・ファイトらしい)を外国人から残酷だから辞めろ!
って言われても辞めたくないのと同じだと思うよ」
ってちょっと意地悪なこと言ってしまいました。でもルイ―スの偉い
所はそういう時に冷静に判断できる所です。しかも
「確かにブルファイトには問題がある。
しかも俺のおじいちゃんはブルファイトの時に闘牛士が乗る
特別な馬のブリーダーだったんだ。(馬ではなくて牛って言ったかも?
)だからうちの家族はブルファイトに関しては肯定せざるを得ない、
私自身はもちろん反対だよ」
という話でした。
「何それ? 前々から思ってたけど、ヤッパリこの人普通の家柄では無いよね?
日本で言ったら、タカ狩りとか鵜飼いみたいな技術だよね?人間国宝級
だよね?」
って思ってしまいました。
生態系の事を言いだしたルイ―スにケイタが
「でももし海の中に牛の牧場みたいなのを作ってそこでクジラを放し飼い
にして、定期的に食料にするシステムを作ったら、生態系は崩れないから
それなら良いのかな?」
って言ったら
「・・・・・・」
って国境を越えてみんなの思考回路がストップしました。
そして最後に一部の科学者の意見は常にいい加減だ、だって科学者にお
金を渡して研究させてるのは結局は会社だったり国だったりするから、
自分のスポンサーに有利な数字を出さないと
他の科学者と変えられてしまう。
という意見も出ました。
おそらく日本ではもっとこの話については煮詰められていると思います
捕鯨と闘牛、どこまでが文化でどこからがそうでないのか?
って難しいですよね。
人生の椅子取りゲーム
<写真はうちの学校の隣にある畑です教室のすぐ裏の景色です>
人生って椅子取りゲームみたいだな、って思うことあります。
何かが起こった時、たとえば自分や身内が病気になった時、交通事故に
あった時、リストラされた時、年金が期待できそうにないと思う時、椅子
取りゲームでは音楽が必ず止まるように、おそらくみんなにいつかはおこ
ることなのだけれど、それがいつか分からない為に、常に準備しておかな
ければならない。
経済力だったり、権力だったり、体力だったり
9個の椅子を10人でとりあうんだから、座れない確率は10%なのに、
絶対に負けることは許されない世界。みんなが必要以上にプレッシャーを
感じでしまって、意味もなく焦っている状態。
たまに思うことあります、その10人の中で誰か一人くらい、
「このゲームは今の時代にあっていない、僕は次に音楽が止まってもすわ
ないと決めているので、後の9人の人は安心して生活をしてください」
って言う人でてこないかな?
そういうこと言ってみたいよね。
でもそれができないのはヤッパリ家族とか自分の身内に迷惑を
かけることができないからだと思います。
不景気になると9個だった椅子が8個になってしまうこともあるでしょう。
でも逆に景気の良い時に椅子が12個あったはずの時期もあったはず?
みんなが常に一個以上の椅子をキープできていたはずだよね?
こっちにきてから思うのは日本人は常に何かを準備している人生だと
おもいました。
学費、結婚資金、年金、医療保険、最後には葬式代にいたるまで、みん
なに迷惑をかけないようにみんな準備をしています。結局全てが準備に
終わって、本番が無いままに人生が終わってしまう。
それもまた人生だとは思いますし、こっちに来て外国の人達があまり
将来を気にしないで、気楽に生きているのを見ると、どっちが良いのかな?
ともおもいますが。 それはを自分で決めるのも人生の面白いところだ
とおもいます。だから色々な人と会ってみたい気がします。
自分探しの人生 ①

<写真は僕が2年生くらいのものだと思います。
まだ両親が僕に期待していた頃ですね・・・
よくオネショしていました>
親が期待してるような人生を自分は進んで居なし、進めないだろうな。
って気がつく時って誰にでもあると思います。親離れしなければならな
い時、そしてもっと難しいのは親が子離れしなければならない時。
最近になって思うけど、親の子離れのほうが難しい、おそらく親は一生
子離れできない気もします。それが良いか悪いかは個人差があるので
なんとも言えませんが。
でも自分が親の期待していたような人生を歩まないと気がついた時、
それをどうやって親に伝えるかは難しいと思います。もちろん学生の
うちは親のお金で生活しているから文句は言えませんが、25歳前後で
自分の人生について真面目に考えす人は多いと思います。
親にしてみたら
「苦労して育てて、仕事を見つけてやっと安心してたのに、自分探しなんて若いうちの恋の病みたいなものだ、そんなの認めない!」
って頑固に反対すると思います。子供にしてみたら自分のしたい事が
何かはわからないけど、今の自分の人生がこのままの形で進むとすると
私の人生っていったい何なの?
って悩むの自然です。でも何がしたいかは分からないし、何が
自分にできるかもわからない。だから親にきつく言われるとなかなか言い
返せない。だって胸をはってこれがしたい!これができる!って言う
ものはなくもちろん実績もない、漠然と今の人生に疑問を持っているだけ
だから。
うちの兄弟って良くそういうことを話ししました。兄弟って言っても
一つ年上の姉ですが・・・
二人で出した答えは
今のままの自分の人生だと生きてる意味が無い、自分が誰なのかもわから
ないし、なぜ毎日生活しているのかもわからない。時には死んでしまいた
くなる。
たぶんこのまま言ったら本当に死んでしまうだろう、でもどうせ死んで
しまうんだったらその前に親になんて言われても、世の中になんて言われ
ても、自分のやりたいことでもよいし、単に自分探しでもよいから挑戦し
てみたい。 駄目だったら死んじゃっても良い。
どうせこのままでも死にたくなるだけだから。
なんか暗いけど、そう悩むのが普通の人生なのかも?とも思います。
でも結局は人生を変える勇気もないままにダラダラと不満ばかりがつの
う人生が今日もまた進んでいく。
人生にはそういう季節があると思います。
自分って何のために産まれてきたのかな?。
人と同じ人生だったら自分が生きてる必要ってあるのかな?
なんで他の人ってみんなあんなに幸せそうなのかな?
もがいてる時にはいくらももがいても良くならないと思います。
それは季節みたいなもので、毎日のように
「今日から新しい自分になろう!」
って思っても、すぐに絶望してしまうことの繰り返しだと思います。
そしてそういう時に限って周りからは
「お前は我儘だ、身勝手だ」
って言われてしまってますます落ち込みます。誰にも評価されないし、
自分に自信が持てないし、自分の存在自体が社会に迷惑なのかな?
っておもうかもしれないし。逆に
「自分を受け入れてくれない社会だったら壊れてしまえ!」
っていって破壊的な行動とることも逆に自然なのかもしれません。
ぼくがそんなことを漠然と考えていたのは20年くらい前の16歳前後
の事でした。
なぜその悩みが無くなったのか?ってきかれたら答えは
「年を取ったから」
って思います。30代の暴走族が少ないのと同じ感じかな?
やっぱりああいうことは10代でないとできないよね。
努力しなくても勝手に気持ちが落ち着いていきました。
あとは年を取ると勝手に周りが大人扱いしてくれるから、なんとなく
いちいち反抗しなくても自分の意見が通ったりすることもあると思い
ます。外見もオッサンぽくなるから同じことを言っても説得力が少し
だけますのかな?
一緒に悩みを聞いてくれていた姉はどうなったかと言うと、
0歳、3歳、5歳の子供の三人の男の子のお母さんになって、自分の
人生がどうこうよりも子供の世話で大変です。 子供にぐんぐんと引っ張
られて、自分が何者なのか?なんて考えてる余裕もない感じです。
「ご飯をゆっくり食べた事が無い」
「いつでも全てが中途半端で気持ちが焦るし、落ち着かない」
って愚痴ってますが。 でも姉の人生の中では今が一番幸せで
しかも一番輝いている時期だと誰が見てもわかります。
本人も気が付いているとおもいます。
無条件に子供は可愛い!
そして僕に言わせれば今の日本で普通に結婚して、普通に子供を育てて、
普通の生活することが世界で一番むずかしくて、一番かっこ良いし、羨
ましい事なのかもしれません。
結局自分なんて見つからないし、目標があって何かを達成したのでは
なくて、タマタマ達成できた目標をあとから
「俺はあれを目指して努力してきた、そして達成した!」
って言ってるだけです。
それが一番幸せな人生の「おち」何だと36歳の今は思っています。
自分探しの旅②
協力隊に一緒に行った仲間のなかでも、自分探しをしてる人が沢山いました。
参加の年齢が27、28歳くらいなのも、おそらく社会人を少し経験し
て、その後に何か人生を変えたい、って考えて試験を受けて合格して
参加、と言う人が多いからかな?
面白い事に今参加してるイギリスのボランティア活動も、そういう人が
結構います、しばらく社会人をしていて、何か自分の人生を変えたい!
って思って、参加してる人が多いです。
アルゼンチン人、イタリア人、ポルトガル人など全く自分とは関係の
無かった人たちが、世界のいろんなところで同じこと考えて、同じことを
悩んで、今ここに居ると思うと、なんとなく心強い気がするし、何か
世の中に貢献したいな! って思えます。
そしてみんなが同じように言うのが、
親とファミリー(一族)の了解を取ることが難しい。
っていうことです。もし家族が自分をとても理解してくれていて、
「行ってこい!」
「もし駄目でも私達が日本で待ってるから安心して頑張れ、
本当に駄目だったらいつでも帰ってきて良いよ!お前が選んだ道を進めば良い!」」
って言ってくれたら、たとえ行った先で辛い事があっても頑張れると
思います。
でももし、家族が
「行くな、それよりも安全な人生を歩め、絶対にお前は成功しない!
身の程を知れ!」
って言って送りだしたら、逆境や辛い状況になったときに頑張れないと
思います。 家族の理解があって初めて、新しい環境でも頑張れるよね。
辛くなったときに頑張れるのって遠い日本で心配してくれている家族の
応援と支えがあってこそだと思います。
もし心の奥に
「お前には無理だって散々言ったのに、お前が言うことを聞かなかった
今後は絶対に親の言うことを聞きなさい」
って言う家族の顔がちらついたら、頑張れることも頑張れないよね、
自分の人生はいつまで親に支配されないといけないんだ!と感じると思います。
「お前がベストを尽くしてそれでもだめなら、胸を張って帰ってきて良いよ!」
って言って送りだされるのでは全く違うと思います。
「人は現状よりもそのあるべき姿を期待されて、初めてその潜在能力を発揮する」
昔の哲学者が言ってました!
次回は僕がどうやって出発したかを書こうと思います。
参加の年齢が27、28歳くらいなのも、おそらく社会人を少し経験し
て、その後に何か人生を変えたい、って考えて試験を受けて合格して
参加、と言う人が多いからかな?
面白い事に今参加してるイギリスのボランティア活動も、そういう人が
結構います、しばらく社会人をしていて、何か自分の人生を変えたい!
って思って、参加してる人が多いです。
アルゼンチン人、イタリア人、ポルトガル人など全く自分とは関係の
無かった人たちが、世界のいろんなところで同じこと考えて、同じことを
悩んで、今ここに居ると思うと、なんとなく心強い気がするし、何か
世の中に貢献したいな! って思えます。
そしてみんなが同じように言うのが、
親とファミリー(一族)の了解を取ることが難しい。
っていうことです。もし家族が自分をとても理解してくれていて、
「行ってこい!」
「もし駄目でも私達が日本で待ってるから安心して頑張れ、
本当に駄目だったらいつでも帰ってきて良いよ!お前が選んだ道を進めば良い!」」
って言ってくれたら、たとえ行った先で辛い事があっても頑張れると
思います。
でももし、家族が
「行くな、それよりも安全な人生を歩め、絶対にお前は成功しない!
身の程を知れ!」
って言って送りだしたら、逆境や辛い状況になったときに頑張れないと
思います。 家族の理解があって初めて、新しい環境でも頑張れるよね。
辛くなったときに頑張れるのって遠い日本で心配してくれている家族の
応援と支えがあってこそだと思います。
もし心の奥に
「お前には無理だって散々言ったのに、お前が言うことを聞かなかった
今後は絶対に親の言うことを聞きなさい」
って言う家族の顔がちらついたら、頑張れることも頑張れないよね、
自分の人生はいつまで親に支配されないといけないんだ!と感じると思います。
「お前がベストを尽くしてそれでもだめなら、胸を張って帰ってきて良いよ!」
って言って送りだされるのでは全く違うと思います。
「人は現状よりもそのあるべき姿を期待されて、初めてその潜在能力を発揮する」
昔の哲学者が言ってました!
次回は僕がどうやって出発したかを書こうと思います。
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