2010年3月1日月曜日

初めての授業


ちょうど一年前に僕が任地に来て初めて授業をしたときの生徒たちが
 
 この黄色いシャツを着ているイサンゲルのフランス語の学校の生徒たちでした
 
 た。一年生だけでなんと60名!
 
 これはバヌアツの学校にとっては多いです。
 
  平均は30から40くらいなので、
 
 初めての授業の時に60名がいきなり教室から全力疾走してきて僕のまわ 
 
 りを取り囲んだときの恐怖心にも似た気持ちは今でも忘れられません。
 
  とりあえず4列横隊って思って、
 
 「メイケン フォー ライン!」 (現地語で四列に並んで!)
 
 って言ったけど、子供にはまったく通じず、やっぱりフランス語学校では
 
 ビシュラマだと伝わらないのかな?
 
 って自信無くしました。
  
 先生たちがやっと4列横隊に並べてくれて、僕が20メートルくらい離れて
 
 「メイケン スキップ カッセム プレスイヤ!」  (スキップでここまで来て!) 
 
 って言って笛を吹いたら「僕の常識」では一列づつ来ると思ったらせっかく作
 
った60名の4列横隊が全員一気にスキップしてこっちに向かってきた!
 
  「エッ!なんで?」
 
 って思って唖然としていたら子供たちのスキップ暴走は満面の笑みと共に僕
 
 の前を素通りしてグランドを越えてそのままブッシュの中へ突進していきまし
 
 た。
 
 「僕の常識」では普通は笛を吹いた人のところまで着たら止まるはず?
 
  そのままブッシュの中でかくれんぼが始まって、3人居た先生達
 
 が必死で子供を引きずり出す!
 
  そしてもう一度4列横隊の作り直し!
 
  でもすでに子供の興奮度は最高潮で何を言っても聞かない、
 
 仕方ないから今度は男の子で一列、女の子で一列に変えてみ
 
 た、そしたら意外とすんなり列ができたので、
 
 「最初は男の子だけでバックステップね!」
 
 って言ったら先生の通訳もあって伝わったみたい。
 
 ここまできたら止まるんだよ!って両手を広げて待ちました。 
 
 笛を吹いたら男の子の列は後ろ向きに走りながらみんな
 
 が僕を目指して走ってくるのでどんどん中心に子供が集まってきて、先頭に
 
 居た一番早い子供が転んだ瞬間にボーリングのピンが倒れ
 
 るように30人総崩れ!
 
 「ヤバイ!怪我する!」
 
 っておもって先生達を見たら3人とも大笑い、まったく助けない
 
 子供も泣いてる子が少し居ただけでむしろ転んだ事を喜んで必死に立ち上

がって僕のところまで来ようとする、その姿は海がめの子供が砂浜から這い上 
 
がってきて我さきへと海に向かって走り出すような感じでした。
 
 女の子もそれをみていたのにまったく同じ過ちを繰り返して笑わしてくれまし
 
た、きっと頭でわかっていても体はわからないんだろうなって思いました。
 
 でも今思えば小1にバックステップは難しかったのかも・・・・ 

 その語に軽い準備運動を見よう見まねでやってもらって、次は二人組みで
 
 馬跳びしようと思って
 
 「メイケン ツー ペアー」
 
 って言って指を二本上げたら子供たちはそれも準備運動だと思ってる
 
 みたいで僕を見上げて全員満面の笑みでピースサイン! 
 
 「違うよ、ペア!ペア!」って言ったけどよく考えたらフランス語だったと思って
 
  「 デュー! デュー!」
 
 って叫んだら子供も大喜びで デュー!デュー!って叫んでました。
 
 先生たちがそれで気が付いてやっと二人組みを作ってくれました。

  あの頃は何もわからなくて気が付かなかったけど、フランス語学校だからと
 
 言って小1からフランス語を話す子供なんて居るわけ無いよね。みんなバヌア
 
 ツの公用語であるビシュラマすら話せなくてそれぞれの村で話されている
 
 「村語」しか通じない。先生もよそから赴任してきたら村語が違う
 
 からまったく言葉も通じない、だから低学年の先生は近所に住んでる女の
 
 先生が多いみたいです。
 
  伸脚をしてるときに僕のしてたサングラスがずれたので、眉間のところを押さ
 
 えたら子供達もあわてて押さえてました。 
 
 「おまえらサングラスしてないだろ!」
 
 って思ったけど、そのときは子供達も気が付いたみたい 僕が笑うと本人達
 
 も照れ笑いしてました。 
 
 結局言葉が通じないから全ての動きを僕が一緒にやって無事に授業は終
 
 了!炎天下での一時間の授業はとても長く感じられました。
 
 やっと終わって一安心、何故かまた全力疾走で教室に戻っていく子供たち
 
 を見送った瞬間に隣の教室から待ち構えていたかのように2年生60人が
 
 全力疾走で僕を目指してきました。 午前中4コマだから後3つ・・・・ 初
 
 日からこんなんで体持つかなー・・・・
 
  あれから一年、季節が一回りして戻ってきたのを感じると共に自分のこの
 
一年間の成長も少しだけ感じれるようになりました。

ナニゴード


夕方に二軒先のナッシーが、アルプス少女ハイジのユキちゃんみたいな羊をロープでつないで散歩を
 
 していたので、
 
 「ナッシー羊飼うの?」
 
 って聞いたら
 
 「ナニ・ゴード!ナニ・ゴード!」
 
 って叫ぶから、ああ僕のビシュラマがまた通じずに、ナッシーは僕が「それなんだ?」って聞いてる
 
 と思ってるんだなー。って思ってこっちも
 
 「ナニ・ゴード!」
 
 って叫んだら、満足そうに去っていきました。
 
 でも羊なんて飼って面白いのかな?
 
 って思ってたら、次の日のお昼にドアのガラスをコンコンとたたく音がしたので、出て行くと
 
 「ウラ、これはお前のナニ・ゴード父ちゃんが持って行けだって!」
 
 良く見ると羊の後ろ足で長さは50センチくらい、踵から下は毛が剥いであるけど、足の先は
 
 ケンタッキーフライドチキンのアルミフォイル見たいにまだ毛がついてて結構リアル・・・
 
 一瞬焦ったけどこういう時はさっさとお礼を言ってから考えるべき!と思って
 
 すぐにそれをナッシーから受け取って高く上げて、ナッシーの親父に向かって
 
 「ありがとう!」 

 と挨拶、でも握ったらさらに気持ちが悪い・・・・
 
 どうやって食べるの?ってきいたら 
 
 「ボイル!ボイル!」 
 
 でもこっちの人が言うボイルって、煮るのも焼くのも、すべてボイルだから結局どうしてよいかわからず。
 
 とりあえず塩と胡椒を綺麗に塗って、ガーリックと一緒に中華鍋で焼くことにしました。
  
 焼きだしてから気が付いたんだけど、鍋は直径30センチなのに、脚は50センチなので、肉の部分が
  
 ちゃんと鍋の底につかないから煙ばっかりで火が通らない。
 
 仕方が無いから包丁で足首から切ろうと思ったんだけど、骨が硬くて包丁では歯が立たず、
 
 まな板とブッシュナイフを外に持ち出して、大きく振りかぶってバッサリ骨ごと切り落としました。
 
 後はひたすら焼くこと20分、絶対にちゃんと火を通さないとやばいって思ったので念入りに焼きました。 
 そしてもう一度まな板に乗っけて右手に包丁、左手にトングをもって肉を削ぎならが食べました。
  
 不思議なことに臭みも無くて味は最高!集まってきた近所の子供と分け合って食べました。 
 
 夕方に庭を散歩してると、昨日ナッシーが羊をつないでいたロープが無造作に転がっていました。
 
 捨てられているそのロープを見て
 
 「なんかハカナイ・・・・」
 
 っておもいながらも、離島で毎日同じものしか食べれない生活してると、あれだけおいしかったらまた
 
 べたいなー! 

 とも思ってしまいました。

 写真はナッシーが脚を持ってきたときのものです!
 

人で紹介アニワ島 (チーフ ディック)


ワシの名前はチーフ・ディック。チーフといっても特にたいした仕事をしてるわけでは

無いんだ、チーフの家計に産まれたから一応俺はチーフだがな。
 
 今年から島の代表として首都のチーフ会議に参加さしてもらう事になったけ
 
どなにか上手く貢献できると良いんだけどな。
 
 9人兄弟の5番目だからちょうど真ん中だな、ウチの家族は昔からからだが大きく
 
 て丈夫な人が多いんだ。働き者とは言えないけどみんな幸せに生活してるよ。
 
 
  日本?あまり知らないけど、トラックやテレビを作ってるんだろ、それだけイロイロ

な物を作れるって事はきっとすばらしい国なんだろうな。
 
 
 アニワ島は小さな島だけど俺は気に入ってるよ、住むところっていうのは人間
 
 が選ぶのではなく神様が選ぶものなのじゃないかな、上手くは言えないけど、自分
 
 が生まれたところで家族と一緒に精一杯生きることが大切なきがするな。
 
 チーフの仕事も同じだな、俺はたいした仕事をしてないけど、回りの人が助けてく 
 
 れるから、結果的には間違った方向には行かない気がしてるよ、そういうのも人間
 
 一人の力ではどうしようも無いものだと俺は感じているんだよ。
 
  
  チーフ・サモリアかい?
 
 彼は俺なんかより頭も良いし、働き者だな、なんていうのかな新しいビジョン
 
 みたいな物があるんだろうな、俺なんかよりずっと先を見ている気がするよ、時に
 
 は先を進みすぎていて理解されない事もあるが、それでも立派な人だと思うよ。
 
  彼はホワイトマンの文化を知ってるな。でも俺は思うんだけど、俺はホワイトマン
 
生活を尊敬しているしすばらしいと思うよ、でもそれと同じくらい俺たちブラックマンの
 
生活も良いものだと思っているんだ、だから少しずつ交流していくのは良いと思うが
 
あまり急ぎすぎたり、片方がもう片方を干渉しすぎたりするのは良い事では無い気が
 
してる。でも最近思うのはお金って言うのはそういうバランスを崩す事があると思う
 
な。だからお金に関しては気をつけないといけないと思ってるよ。
  
 今年俺達の村はバンガローをオープンするんだけど、あれだってウォータータンク
 
 以外は全て村人の手作りだし特にお金がかかっているわけではないんだ、ただな

んとなくみんなで作ってるんだよ。コミニティーワークはみんなで働けて楽しいしな、
 
お客が来てくれなかったらまた何か新しい事を考えるよ、チーフ・サモリアの村も
 
 作ってるから俺達のはそのうち要らなくなるかもしれないしな。まあアニワ島は土壌
 
 が良くて食べ物が良く育つし、魚も沢山居るから食べ物に困る事は無いし
 
 お金もそんなに必要ないんだよ。そういう生活が俺たちブラックマンの文化なんだ。
 
日本とは違うだろ? でも結構良いもんだぜ、あんたは日本人だからバヌアツに来れ

て両方の生活が見れたからラッキーだな。俺が日本に行くなんて事は考えられない
 
からな、でもあんたを見てるとなんとなく日本も良い国のように感じるよ。
 
 みんながお互いに国の良いところを認め合う事ができたら良いなと感じるよ。

人で紹介アニワ島 (サングラスの親父)


島のことなら何でも俺に聞いてくれて、俺は第二次世界大戦が終わった時から
 
ずっと島の生活を見てきているからな、これでも若いときは結構女に持てたんだぜ。
 
 戦争が終わったときには俺はもうココナッツの木に登れる歳になっていたから今なら
 
 小学校に行きだすくらいの歳だったとおもうぜ。
 
 あんたは日本人だよな。あの戦争で日本が勝ってくれてたら、今頃は南太平洋
 
 の国々は日本のおかげでもっと発達してただろうな。アメリカはダメだね俺たちのこと
 
 をまったく助けてくれないからな。
 
  チーフ・サモリア、まあよく頑張ってると思うがな、少し俺たちのブラックマン文化をわ
 
 すれちまってるかもな。あいつは島が発展する事が良い事だと思って使命感を持っ
 
 って頑張ってるが俺たちが忘れちゃいけないのは昔からの島のカスタムだと俺はおも
 
 うぜ。
  
  島の代表として首都のチーフ会議に行く役割を今年からチーフ・ディックに譲った
 
 と本人は言っているが、5年に一度の選考の時に皆がサモリアを推薦しなかったと
 
 言うのが本当のところさ。5年前は新しいことに挑戦してくれそうなサモリアに皆期待
 
 したが、俺たちブラックマンは飽きっぽいもんなんでね。サモリアのやり方に少し疲れ
 
 たのさ、新しい代表のディックはおとなしい男だし、計算はできないが、俺たちの生
 
 活をよく理解してくれているよ。むかしから奴の周りにはなんとなく人が集まるんだよ
 
 な。
 
  一ついいことを教えてやるよ、実はチーフ・サモリアは今必死になってリゾートだ

 バンガローだと言ってるだろ、実はあれには裏があるんだ。
 
  アニワには大きなラグーンがあるだろ、空港から近い方の土地は戦後にサモリア達
 
 の村が自分たちのものだと言い出してココナッツやサンダルウッド(ビャクダン)を植えて
 
 それを首都に送っていたのさ、空港が近いからなにかと便利だしな。
 
  そのときにチーフ・ディック達の村は出遅れちまってラグーンの対岸の土地しか手に
 
 いれられなかったんだ。っていうか別に欲しくも無い土地をサモリアの祖父が勝手にあ
 
 たえたんだがな、昔からディックの村の奴らはおおらかだったし、与えられ土地にラグ
 
 ーンをカヌーで渡ってはココナッツを植えたりして少しずつ管理していたんだ。
 
 それが昨年の初めにツーリスト・ボートというホワイトマンたちが乗ってくるデッカイ観光
 
 船がラグーンを見にアニワに来るという話になったんだが、その船を管理してるニュー
 
 ジーランドの会社がラグーンの対岸にあるディック達の土地に目をつけて、ここに観
 
 行客を連れてくるので貝や豚の牙などで作った地元のネックレスなどを売ってはどう 
 
 かと、提案してきたんだな。ディックはきちんとチーフ会議でその事を話し、他のチーフ
 
 達に了解を得て海沿いに大きな家を建ててツーリストボートを待っていたんだ、
 
 でも何故か不思議な事にツーリストボートに島の代表のチーフとして呼ばれたのは
  
 ディックではなくて、サモリアの方だったんだな。まあサモリアは昔から首都にも顔が
 
 利くからな、そしてツーリストボートはディック達が作ったお土産屋には立ち寄らず、
 
 沖でシュノーケリングだけして帰ってしまったんだ。後でサモリアが言った理由は
 
 「大きいな客船は浅いラグーンには入れなかったみたいだ」
 
 と言っていたが、まあそこは想像にお任せするよ。
 
 ディックか? あいつはそんな事気にする男では無いからな、まあ仕方無いなとあき
 
 らめたみたいだけど、せっかくみんなで作った新築のみやげ物屋を使わないのももっ
 
 たいないから、この際バンガローにして観光客でも呼ぼうと言ったのさ。
 
  ディックって奴は不思議な男で頭が切れるわけではないが、村人の気持ちを上手
 
 く読み取る事ができるんだよ、徳があるっていうのかな?
 
  
 
  ああそうだ、裏があるって話だったよな。
 
 実はディック達の村がバンガローを作って観光客を呼ぼうと言い出したらサモリアが
 
 急に自分達の村もバンガローを作ると言い出したのさ、そして今までサンダルウッド
 
 を植えてた土地を切り開いている最中なんだ、でも空港から近いサモリ
 
 アの土地はラグーンに下りるには崖を降りなきゃならないし、第一今から土地を切り
 
 開いても出来上がるのは来年だ、一方ディックたちのバンガロウは来月の4月4日

 にオープンするらしいぜ、戦後は使い物にならなかった土地が時代が変われば利用
 
 価値のある土地に変わっちまう。俺たちブラックマンは良く言うんだよ
 
 「時の流れには逆らうな」ってね。
  
  でもなぜサモリアがそこまでしてディックをライバル視するかって、まあといってもディッ
 
 クの方は別にライバルなんて思ってないがな。実はバヌアツが独立した1980年、
 
 サモリアのコミニティーは全盛期だったんだ、独立して国が外国から受け取ったドネー
 
 ションを分配していたのがサモリアの一家さ、その頃のアニワ島の代表はサモリアの祖
 
 父だったからな、サモリア家はその頃は金があったもんで中学
 
 校を卒業した子供たちをみんな首都の学校に通わせたのさ、今から約30年ほど
 
 前はどの家も一家に一人くらいしか首都の学校に進学させる事できなかった、島
 
 には中学までしかないしな。それをあの家族だけは6人全員を首都やサント島の高
 
 校に進学させたんだ、お金の出所はあんたの想像に任せるがな。
 
 でもそれがあの家が今では廃れちまう事になった始まりなのさ、島を出て行った6人
 
 の子供はみんな都会の生活に慣れちまって、結局3人の娘たちはみんな首都で
 
 であったよその島の男と結婚しちまって島には戻ってこなかったし、戻ってきたのは
 
 長男と三男だったサモリアの二人だけさ、その長男も昨年急に死んじまって、今は
 
 サモリア一人なのさ、やっぱり島で権力を維持するにはファミリーの助け合いは大き
 
 いからな、それに比べたらディックの家族は末っ子のマッケンジーだけが島を出て警察
 
 官になっただけで、残りの兄弟8人は全員島で結婚して子供を作ってるから
 
 自然と人が集まるのさ、そういった理由もあってサモリアがディックを勝手にライバル視
 
 するようになったのも事実だな。とまあ俺の話はこんなところさ、よそもんじゃないとこう
 
 ペラペラは話せないから今日は少し話しすぎちまったようだ。
 
 写真をとるならかっこよく撮ってくれよ!

人で紹介アニワ (チーフ サモリア・デイビッド)


わしの名前はチーフ サモリア・デイビッド
 
 450人の人口に対して10人居るチーフのうち、2名しかいないチーフの代表パラモ
 
 ンチーフの一人だ、そしてわしは宣教師の資格も持っていて日曜日には教会で説
 
 教もする。
 
 昨年までの5年間は島の代表としてバヌアツに居るチーフの代表が首都で行う
 
 カウンシル会議にアニワ代表としてバヌアツ全土から集まってくる38人のチーフと共
 
 に出席していた。 
 
 しかし首都に行くのに疲れたので今年からチーフ ディックに代わってもらったがな。
 
 もともとチーフの家系に産まれたこともあるが、わしはバヌアツがフランス、イギリスから
 
 独立した直後の82年から92年までバヌアツ・エアーの空港で働いていたので電卓
  
 が無くても二桁までの足し算と引き算ができる。ちょっとしたインテリなんだ
 
 まああんたら日本人にしたらあたりまえなのかも知れないがな。
 
  俺はアニワ島が大好きさ、島をもっと良くしようと思って過去5年間頑張ってきた
 
 海外からのドネーションだって沢山もらったし、今のようにウォータータンクがそれぞれ
 
 の村にあるのもわしが頑張ったおかげだ、今後の目標は電気を島に通す事と

 リゾート開発だな、まあリゾートといってもバンガローだがな、でもそのためにも
 
 電気は必要なんだ、来年にはウチの村のバンガローがラグーンの近くにできることに
 
 なってるんだ。そしたら日本人にも沢山来て欲しいな。
 
 できればドネーションでお金がもらえたらコンクリートのバンガローが作れるんだけど
 
 日本は援助してくれないかな?
 
 悩みといえば島の奴らが働かないだな?俺は首都の生活もしってるし、今後は
 
 現金収入がないと生活していけないこともよくわかってる、俺が一生懸命そのことを
 
 みんなに伝えてるのに、島の奴らはお金の為に働くのは嫌だと毎日最低限しか働
 
 らかず、食べて、歌って、寝てばかりさ、俺が一生懸命働かないとイベントの一つも
 
 できやしない。
 
 結局俺が居ないと島の奴らは何もできないのさ。
 
  最近は若い奴らが勝手な事ばかりするから困ってるがね。

人で紹介アニワ (老人パトリック)


ワシの名前はパトリック、第二次世界大戦のことは子供ながらに今でも覚えてるよ

 何人かの若者がバヌアツからソロモンまで戦いに行ったんじゃ、ワシはまだいける歳では
 
 なかったがな。
 
  戦争が終わってから結婚して子供が二人居たんじゃが娘のほうはよその島の男と結婚
 
 してしまって今は北の方の島に居る、長男は隣の島のタンナ島から嫁をもらって子供を6

 人作って、それはもう毎日家の中が騒がしかったことといったらなかったわい。
 
 でも今思えばあの頃が幸せだったんじゃな、ちょうど2000年になった年に妻に先立たれ
 
 たんじゃが、それでも6人の孫と一緒に毎日暮らしておった。しかし昨年の10月に急に
 
 長男がこの世を去ってしまったんじゃ、原因は今でも分かっておらん、昼間海に入って 

 魚を沢山採ってきてそれを夜にみんなで食べて、次の日の朝にはもう死んでおった、
 
 村人たちはブラックマジックだと騒ぎ立てたが、病院の無いこの島では本当の原因など分
 
 からんのじゃよ。
 
  6人の孫のうちの二人はすでに首都の高校に通っていたから学費だってかかるし、息子
 
 が死んじまってからは食べるものには困らないが現金収入が無くって困っておった。
 
  挙句の果てにクリスマスを実家で過ごしたいといってタンナ島に残りの4人の孫を連れて

 戻った嫁がすでに3ヶ月も戻ってこんのじゃ、まあ6人の子供とワシの面倒は女一人では
  
大変だろうから、戻ってくるのが面倒になってしまったんじゃろうなうらんどりゃせんよ。
 
 でも長男さえあんな死に方をしなければな・・・・ 
 
 ああそうだ、チーフ・サモリアの話だったな、あいつはすばらしいチーフじゃよ、古いカスタムと 
 
 新しい考え方の両方を知っておるからな。 
 
  バヌアツの今の問題の一つは昔からのチーフ制度と28年前に独立してからできたあた 

 らしい政府の二つの権力があることなのじゃ、首都や大きな島ではチーフの力は弱まり 
 
 政府の力が強くなってきておるのは当然じゃが、アニワ島のように首都の影響をまったく
 
 受けていない小さな島々にとっては今でもチーフの力が絶大なのじゃ、でも一つ問題なの 
 
 は政府はお金を持っているが尊敬されていない。逆にチーフは尊敬されているがお金は
 
 持ってないのじゃ。 なんといってもワシらは昔からお金などつかって生活していなかった
  
 からな。サモリアにも同じ事がいえるな。
 
 そしてもう一つの問題は、若者が進学の為に大きな島にでていってしまう為に、島には 
 
 老人と子供ばかりになってしまっていることなんじゃ、昔ならワシのように身寄りの無くなる
 
者などおらんかった、しかし今後はワシのような老人が多くなるだろうな。 
 
サモリアはそういったことにも気を使ってくれてなるべく多くの若者がアニワに戻ってくるように 
 
 頑張っている。時には若者達から面倒な親父だと思われることもあるみたいじゃが彼が
 
 頑張っているからこそ今のアニワ島があるといっても言い過ぎではないとワシは思っとるよ

人で紹介アニワ島(悪役マイク)


俺の名はマイク、アニワ島ではちょっとした悪役だ、
 
 まあ理由は簡単、俺が島に一台しかないトラックを持っているからさ。
 
  俺の親父はアニワ島出身、母親は首都のポートビラ出身だったもんで
 
 俺は島のカスタムで子供の頃に母親の出身のポートビラに養子に出されたんだ
 
 そして俺は首都の都会でアブ(爺さん)とブブ(婆さん)と暮らしていた、
 
 18歳で高校を卒業してからは 
 
 アブの買ってくれたトラックで運転手として働いて居たんだ
 
 今思えば首都の生活は結構俺にはあってたかもな、気楽なもんだったよ。
 
 でも俺が24歳のある朝にアブが急に
 
 死んじまった。医者はハイプレッシャー(高血圧)と言ったがアブはそんなに太ってな 

 かったし、まあ年だったんだろうな、俺はまだ結婚してなかったし残されたブブはおば
 
 さんに引き取られたんで俺は一人になっちまったのさ
 
 まあ首都でドライバーするのもいい加減あきてた頃だし、親父と話あってアニワ島
 
 に戻ることにしたんだ、唯一の俺の財産のトラックと一緒にな、
 
 トラックは船で輸送するんだが、その金額は大金で俺はなかなかアニワ島にもどれ 
 
 なかったんだが、ある日タンナ島から首都に行く船に定員の3倍の300人を乗せ
 
 乗せて出航したら、夜中に人が甲板からあふれて海に落ちて3人も死んじまったの
 
 さ。船は営業停止になって警官の立会いでタンナに戻る事になったのさ、もちろん
 
 営業停止だから船は空だ、ちょうどそのときの立会いの警官が俺のいとこ
 
 のマッケンジーだったもんで、俺はマッケンジーに少し賄賂を渡してその空っぽの
 
 船で途中のアニワ島まで車を送ってもらったってわけだ。 
 
  アニワ島?まあド田舎もいいところさ、なんたって車は俺の車一台だからな、
 
 俺の車がついたときには450人いる島民みなが迎えに来たくらいだ。
 
 みんな大喜びで車の為に道を広くしてくれたもんだったなー。
 
 アニワでの生活は最初は戸惑ったよ、首都と違ってやってることが島民すべてにわか
 
 っちまうし、俺はアニワで育ったわけではないから最初はよそもん扱いさ、
 
 だから俺は自分のトラックを最大限に利用したんだ、トラックを使って人脈を作り友
 
 達を作った。それしか方法がなかったんだよ。
 
  そのうち島の若い奴らが俺のところに集まるようになった。なんといっても俺は首都

 の生活を知ってるから若い奴にとってはカリスマ的存在だったんだ。
 
 タバコの吸いかた、バヌアツでよく飲まれているカバという木の根を噛み砕いて
 
 水で濾して飲む飲み物、あとは俺が首都から持ってきたサングラスを欲しいという奴

 の為に首都に連絡して送ってもらったり、魚をつくためのモリを送ってもらった
 
 り、ピアス、懐中電灯といろいろと面倒を見てやったのさ。
 
  でもあるときから少しずつ俺は悪役になっていったのさ、
 
  最初の事件は3年ほど前かな? 俺のところに良く遊びにきていたタポイがスノー
 
 ケルが欲しいと俺に言ってきたんだ、でも島ではお金を稼ぐ方法がないから買えるわ
 
 けもなく、俺のところに相談しに来た。 奴が言うにはスノーケルがあれば魚を採れる
 
 そうすれば今後は現金が手に入るということさ。
 
 そこで俺が思いついたのが島に沢山居るナウラ(伊勢海老)を三箱ほど首都に送る

 代わりにシュノーケルとダックダック(フィン)を首都から送ってもらう。ナウラは浅瀬に
 
 に居るから採るときにスノーケルはいらないからな。
 
  ナウラは島に沢山いるから面白いように採れたよ、毎週土曜日に飛行機で首都
 
 に三箱ずつ送った、その代わりにスノーケル、カバ、タバコ、クリスマスにはワインも手
 
 に入った、俺は首都でワインもビールも飲んだ事があったが、島の若い奴らは初めて
 
 だったもんで、これがいつも教会でジーザスの血だといわれている飲み物かと興味
 
 津々だった、すぐになくなっちまったがな。今思えばあの頃は楽しかったな。
 
  最初に事が起こったのは俺がいつものように島の若い奴らをトラックに乗せてナウラ
 
 を採りに行ったときだった、すべての岬の目立つところに一本の棒が立っていてその
 
 先にナメルという葉が付いていたのさ、若い奴らは急に顔が青くなって
 
 「マイクさんこれはヤバイよ、タブーエリアのシグナルだ、ナメルが示されているときは海
 
 に入る事はタブーだ」
 
 と言い出した。俺もナメルの事ぐらいは知ってが首都の連中が俺がナウラを送
 
 る事を待ってるから、どうしようかと考えたが、若い奴らは完全にびびっちまってたから 
 
 その日は引き上げたのさ。
 
  チーフ会議に呼ばれたのはその週の金曜日さ10人居るチーフと俺の11名、
 
 最初の話し合いは身寄りの居なくなった老人パトリックを誰が面倒を見るかをチーフ
 
 達が話し合っていたな、そしてその次は俺の話だ。
 
  チーフ・サモリアがまず言い出した。
 
 「ナウラは島民みんなの財産だ、お前が食うためだけ
 
 に採るのはかまわないが、毎週飛行機で首都に送ってお金を稼ぐのならそのお金は
 
 いったわしのところに持ってきてみんなで分配せねばならん。」
 
 
  サモリアは常々島の奴らは働かない、これからは現金収入が無いと貨幣社会 
 
 から取り残されるといっているのに俺のお金を取り上げるのなら、島の奴らはみんな
 
 一生懸命働く気が無くなる。だって働き損だもんな。 
 
  貨幣社会とは、競争社会ってことだろ。資本主義ってそういうことなんだろ、それを
 
 普段から言ってるサモリアが財産はみんなで共有するもんだと言って働いた奴からお
 
 金を巻き上げてりゃ誰も働く気がなくなるよな、そういうしくみは 
 
 社会主義っていうんだろ。俺はどっちでも良いけどなんかサモリアの言う事には矛盾
 
 があると思うな。
  
 
  第二の事件はつい最近さ、というかまだ進行中だがな。
 
  アメリカのドネーション「ミレニアム・チャレンジ」という予算が州にあるらしくて、昨年
 
 は島の全てのメインロードの道幅を左右3メートルずつ広くすれば州から10万円が
 
もらえるということで、チーフ・サモリアがアニワ島に4つあるコミニティーで道路を4等分
 
 にしてそれぞれ作業をして2万5千円づつ分け合ったのさ。 
 
  でも今考えればおかしな話だ、だって島には俺の車一台しかないんだから、よその
 
 島みたいに車がすれ違う事は無いだろ、道幅を広くしたって車が走らなけりゃあっと 
 
 いうまに草が伸びて道なんてふさがっちまう。おかしな話だぜ。
 
  そのおかしな作業をチーフ・サモリアが中心になって昨年はみんなでやったんだ。
 
 でも今年の正月に俺がタンナ島に車の登録をしに行ったときに州の道路の仕事を
 
してる奴に言われたんだが、昨年予算を使いすぎて今年はもう10万も払えない、
 
 どうせアニワには俺の車一台しか無いのだから空港から村に向かうメインの2キロ
 
 の道だけ俺が自分で道幅を広めてくれればそれで良い。
 
 と言われたんだ、それを一人でやってくれれば3万払うという事だった。
 
 俺は1万でチェーンソーとガソリンを買って島に戻り、若い奴らと一緒にメインの道の
 
 木を切り倒して道幅を広げたんだ。それが今問題になってるのさ。
  
 先週またチーフ会議に呼ばれた、チーフ・サモリアが言うには
 
 「空港へのメインの道2キロは村人みんなが空港に歩いていくための道だ、お前が
 
 チェーンソウで両サイドの木を切ってしまったから、昼間に空港に歩いてく村人達は
 
 日陰が無くなって暑くて歩けない。あの道はみんなのものだ、なぜチーフであるワシに
 
 相談せずに木を切ったのだ!」
 
 ということさ、俺が事情を話すと、その3万は島のみんなの分配すべきだという事に
 
 なったでも俺はすでに1万使っちまってる、そこで10人いるチーフのうちの一人、チー
 
 フ・ディックの提案で、残りの2万だけをコミニティーに寄付すればそれでよいという話
 
 になっって何とか収まったのさ。 俺はこんなド田舎はもう飽き飽きさ!