2010年3月5日金曜日

大げさな絶体絶命①(無茶と無理)


今回もちょっと大げさに書きます・・・・
 
 不安と恐怖で一瞬にして体が凍りつく瞬間

それまで適度な運動で流れていた汗が急に冷や汗に変わる
 瞬間
 
 時が止まったように感じてそれまで自分の体の中で鼻歌のように流れていたリズムが消え、風や波の音が無意識のうちに鮮明に聞こえてしまう瞬間
 
 楽しくて大自然の中に居る自分が気持ちよく感じていたのに、急に自分の小ささを感じるとともに、自分の思い上がりを後悔する瞬間
 
  
   たとえば


 綺麗な海でスノーケリングしていて、ソロソロ疲れたな、と思って陸を見た瞬間に自分が海流に流されていると気が付いた瞬間
 
 海外旅行をしていて、気が付いたらパスポートと財布が見当たらなかった瞬間


 日が沈むまでガキ大将としてみんなと楽しく遊んで家に戻った時に鍵がかかっていて母親に締め出されたと気が付いた瞬間
 
 血が逆流するように感じる瞬間は普通の時に起こるのではなく、物事が上手く運んでいて、自分の力を過信してしまった時に起こることが多いと思います。
 
 そして一瞬にして恐怖が襲ってきます。
 
 本能寺で信長が光秀に殺された瞬間もそうだったのだと思います。
 
 人は死ぬ瞬間にその人生を走馬燈のように見るといいますが、その理由は死がせまったその瞬間、自分の今までの経験からそのピンチを乗り切ろうという気持ちが働いているのではないかと思います。だからきっと病院で死を覚悟していた人より、事故などで急に死がせまった人の方がそういう経験が多いのではないかと思います。 
 
 僕はまだそういう経験が無いけど、もしそうでなくって神様が思い出の為にその人の人生を振り返らしてくれるのならばきっとアルバムをめくるように生まれてたときから順番に思い出すはず、でもその瞬間から少しずつ逆に時が戻っていくという事は、やはり過去の経験の中で何かピンチを乗り切るヒントを探しているような気がします。
 
  という大げさな前置きの後で僕の小さなピンチの話をします。
 
 それは先週の木曜日、島の東側にある火山の近くの学校への巡回指導へ行く途中の出来事でした。
 
 もともとその学校(イクアルマヌ)へは月曜日に行くはずだったのですが、バイクの故障でいけず、火曜日に隣の学校(ポートレゾリューション)に巡回した帰りに学校によって「明日の水曜日に」来ます」と伝えました。
 
 片道約1時間、島の逆側なので大きな山を横断していきます。
 
 1時からの授業に12時出発して峠を目指します。
 
 火曜日の時点でバイクの調子が悪かったんだけど、連絡手段

が無いので、行かないと待ってくれている先生や生徒に迷惑がか

かるし、

 「挑戦しないで諦めることはできない」
 
 という言葉を胸に刻んで出発しました。 
 
 やはりバイクの調子は思わしくなく、峠を越えたとでオーバー

ヒート、でもそれは予想していたので準備していた
 
 水をエンジンにかけてさめるのを待ちました。
 
 待つこと30分、すでに時間は1時でした、そこで一つの選

択をせまられました。

  このまま峠を引き返して自分の村のある西側に戻るか?

  それとものままこの道を下って東側の学校を目指すか?

月曜日に行くはずだったのを変更してもらったので

 今日は行かないわけにはいけないけど・・・・
 
 でもこのまま東側に下りてしまったら帰りにもう一度峠まで
 
 登ってくることができるかどうか?
 
 迷った結果
 
 「休み勇気も必要だ・・・・・」
 
 と、やはり引き返すことにしました。  
 

  最近のバイクの主な症状は、エンジンを冷やすための冷却水
 
 とエンジンの間に入っているガスケットという薄い金属の部品が

古くなって働かないので、エンジンの中に冷却水が入り込んで
 
 エンジンが水浸し、
 
 そのせいでエンジンがかからないし、ガスケットから水と一緒に
 
 圧力ももれているのでパワーが出ない、パワーが無いのでついつ

いローギアで回転数を上げてしまう、その結果チェーンにエンジン
 
 の力を加えているスプロケットという部品に負担がかかり、削れて 
 
エンジンの力がチェーンとタイヤに伝わらないとうものでした。 
 
 体で言うなら合併症という感じです。
 
 
島の修理工場に通い、そのたびに何とか走れる状態には

なるものの、島には新品のパーツは無いので、今あるもので修理
 
 するというか応急処置しかできなくて、しかも結構なお金を取ら

れ続けています。
 
 
  すでにスプロケットの山が削れて無いのでローギアではチェーン

が滑ってエンジンがかけれないので、長い坂を利用して3速で押し

 ながらエンジンをかけることに成功しました。
 
 下ること500メートル、意外と順調に下れます。エンジンの
 
 音もスムーズ。その瞬間に心の中で、

 「きっとバイクが順調なのはお前が引き返すと決めたから気が楽
 になって順調なのだ、もし学校を目指して東の丘を下っていた らきっとこんなに順調ではなかっただろうな・・・・」 
 
 という悪魔のささやきが、エンジンが順調であればあるほど

 自分の逃げ足が速いような気持ちになってきました。
 
 
 この2週間、修理しても修理してもバイクの調子が思わしくなく

直ったから明日は行きます、といっておきながら行けなくて悔しい

思いをしたこともあり、いつ壊れるかわからないようなこのバイクが

今順調に走っているなら、このチャンスに行かないと次はいつ行け

るかわからいし、どうせ下るならどちらに西でも東でも同じだという

思いが湧き上がってしました、バイクをいったん止めて、エンジンが

止まらないように大げさに吹かしながらこの二週間の出来事や仕

事のできない焦りの感情が大きなエンジンの音と一緒にぶつかり合

いました。
 
 「無理は良いけど、無茶はいけない」
 
 と先輩隊員の言葉が頭をよぎりましたが、健康に関することで
 
 無ければ許されると思ったし、このまま戻ってバイク屋にバイクを
 
 見せても、今走ってるなら何処を修理するの?
 
 ってことになるかもしれない。
 
 イロイロ考えた結果、僕はもう一度バイクを峠という目標に

 進めることにしました。

 
  峠を越えたら後は下るだけ、時間はすでに1時15分、すでに

 遅刻だけど行かないより、行ってから謝ればそれですむ。
 
 と考えて下りだしました。 
 
 くだりはやはり順調でした。
 
 帰りにもしもエンジンがかからなかったら学校に泊まってあしたト

ラックをチャーターして戻ればよいか、と思い学校へ向かいました。
 
 心の中では自分は正しいことをしているという満足感が少し
 
 あり、なんとなく鼻歌交じりでバイクを運転していました。
 
 
 写真の左側が後日に取り替えた時のスプロケットという部品です。 右は新しいものです。

 削れてほとんど歯が無くなってました。チェーンが滑るのも仕方ないよね。よく頑張ってくれてありがとう、ネックレスのヘッドにするには少し大きいけど、そうしたいくらいい感謝しています。
 

一年住んで思うこと⑥ (明るい未来)


現地の人の気持ちを考える時によく僕が思うことは、もしタイムマシーンがあって、50年後の未来から今の日本にボランティアがやってきたら僕はどんな気持ちがするかな?
 ってことです。
 僕達日本人はすでに世界のトップにいるからそういう気持ちって想像しにくいからあえて未来から来てもらうことにしています。
 
 2058年から人がやってきます。
医療、教育、政治、建築、経済なんでも良いです。
 
 ファッションとかも僕らとは違っていて、パソコンとかは持ち歩くものではなくて、すでにウィンドウズ2058が頭にインプットされていて、USBケーブルの差込口が首の後ろとかについていて、語学とかは勉強して覚えるのではなくて、ソフトを買って頭の中にダウンロードすればその日から何処の国の言葉でも話せたりします。
 
 右利き左利きとかもなくて、みんな両方つかえます。だからサッカーとか野球とかの考え方はまったく変わっていて、僕らが尊敬している、松井やイチローなんかよりももっと凄い選手がいたりします。
 
 そんな人が未来から日本にやってきます。

・平均寿命が85歳なんて可哀想、未来ではみんな100歳超えてるよ

・終電ってなに?2058年は24時間電車が走ってるんだよ

・待ち合わせに5分もくれるなんて相手に対するリスペクトが無いよ、5秒くらいなら許せる範囲だけどね

 なんて会話になります
 
そして選ばれた数人の人だけが未来へ連れて行ってもらって、2058年を見てきます。
 
 それまで2008年の人達のなかで信じられて誇りに思っていた
経済力や価値観に不安を感じたりします。
 
 2058年の人達を受け入れる人達と受け入れない人達が出てきて、受け入れなかった人達は自分達のプライドを保つ事ができるけど、取り残されているという焦りも感じながら生活していく事になります。
  
 その時僕が未来の人に求める事ってなんだろう?
 
 もちろん僕は好奇心があるか未来の話はすっごく聞きたいです。僕の可能性を試せる何かが未来にあるなら行ってみたいとも思います。
 でももし僕が50歳くらいで、今僕は34歳なんだけど、それ位の年の未来の人がやってきて、50歳の僕と話す時、未来のテクノロジーの話が聞きたいかな?って思うとそうではない気がします。
 やっぱり家族のあり方とか、生活や文化、あとは未来の人の一般的な考え方よりもその人個人の人間性などが聞きたいと思います。
 
 そして生きてきた年代は違っても僕の50年の生き方も興味を持って欲しいとも思います。
 
 もし未来の人が僕に

・2058年にはみんながわかり合えるようになって、戦争とか軍隊とかは野蛮だし意味が無いと納得できて、世界中から兵器と呼ばれるものは無くなったんだよ。

・宗教はコンピューターの発達で語学が学ぶものではなくてダウンロードするものに変わったので、それぞれの宗教がお互いを理解する事が簡単になって、みんなで話し合った結果、それぞれの考え方の良いところだけをまとめた宗教ではない「一つの考え方」というものを世界中で作って仲良く暮らしているよ。
 もちろんそれぞれの宗教はそのまま継続して信じられているよ。

 ・人種のミックスが進んだので、人種差別は無くなったよ、だから人種よりも個人個人の考え方のほうが意味を持つということに
なったんだよ。

・ゴミ問題は妥協策としてとりあえず宇宙に捨てる事で解決ているよ
 
 そんな会話をしてくれます。
 
 そしてやっぱり未来から来た人は謙虚でおおらかで明るくあって欲しい、未来の人がみんな疲れた顔してたら僕らも憂鬱になるものね。
 僕らと同じ目線で僕らの生活の問題を一緒に考えて欲しいとも思います。
 2年たったら2058年に戻ってしまうことは悲しいけど、2058年にもどっても僕の事は忘れて欲しくないとも思います。 
 
 写真は僕が撮ったものではなくてバヌアツ隊員のN嶺さんのものです。みんな良い表情をしていて僕の大好きな一枚です。
 

一年住んで思うこと ⑤ (教育の目標)


バヌアツの自立に欠かせないのが仕事が無い事です。みんなせっかく高校まで出ても仕事が無い、タンナ島で子供が憧れる一番の仕事はバスの運転手。
 
 身近だし車に乗ってるのは素敵に見えるみたい。

 基本的には専業農家とかも無いし、みんな自分の食べるぶんを作ってるだけ。残りをマーケットに持っていって売ったりしてるくらいです。それも儲けは殆ど無いみたい。
 
 ホテルっていうかバンガローみたいなのはいくつかあるけど、そこでベッドメイクとかして働いても自給105円らしくて、一日働いても1000円にもならないです。
 
 ちなみに小学校の先生は一月7万円くらいで結構もらえます。なんと僕のバヌアツの海外手当より高い!
 (ちなみに僕達は約54000円、でも離島なら足ります、バヌアツ隊員全員同じだから首都の隊員は大変です。)

 真面目に働こうと思っても一日中ベッドメイクや庭の手入れ、観光客のための食事の準備などではなかなか定着して働く気はならないみたい。
 
 そのほかの産業といってもタンナコーヒーとサンダルウッド(ビャクダン)なんかを少し輸出してるくらいです。

  もともとガソリンが高いから船で物を送ることを考えると、採算が合わないみたいです。だから産業ってなかなか発達しないのです。

 そう思うと学校を卒業した後の目標ってなかなか無いんだよね。少し働いては見たものの、やっぱり面白くなくて村に戻ってローカルな生活をしてる人は結構います。
 
 ローカルな生活をしていればほぼ自給自足が成り立ってるから文明からは遠ざかるけど、心穏やかに暮らせるからそれが自然な気もします。
 
 仕事があれば若者の目標が出来るという人は結構居るけど、なかなかみんなが思うようにはいかないのが現状です。
 
 だから税金が無いので公共事業は足止め、援助待ちです。なかなか抜け出せない現実ですが、それが現実だからしっかり考えていくしていくしかないですよね。
  
 写真は家の隣の高校生です、年も16歳前後、でもヒゲが濃くってどう見てもオッサンだよね、でも良く見てると行動は日本とおんなじ高校生です。 

 時に小学生以上に可愛いです。
 
ほとんどの子供が高校まで行かないバヌアツではこの子達は明日のバヌアツを担うエリートです。
 期待してるよ!

一年住んで思うこと④(幸せ論)


僕は松下幸之助の本が好きでバヌアツにも何冊か持って来てます。
 心の豊かさとは何か、日本人として今何をすべきかなどが書いてある、戦後の日本の発展のバイブルだと思います。
 
 でも最近感じているのは日本人の満たされるべき心の豊かさは戦後70年近くたってすでに満たされてしまって今は満たされるべき豊かさのコップからあふれ出してしまっている状態なのかもしれません。
 
 豊じゃなかった頃は500円の晩飯でも上手いと感じていたのが、少し豊になって1000円となり、3000円となり、今は毎晩5000円くらい。もちろんたとえとしての5000円だけどね。
 
 人の豊かさのコップは5000円ですでに満杯になっているのに、さらに日本人は豊になりすぎて毎晩3万円のフルコースを食べないと食欲がわかない状態になっているのかも。
 
 でも基本に戻って食欲はどこから生まれてくるのかと考えれば、毎日一生懸命働いて体を動かせば500円の食事でも十分満足できるように神様はバランスよく人間を作ってくれてるはず。
 
 でも今の日本は豊になりすぎて、お腹が減るまで一生懸命に使命感を持って働ける仕事が何かがわからなくなっているのかも知れません。
 
 だから普通に生活していたら人生危機感がなさすぎて食欲沸くほど一生懸命に働く気がしない、その心の隙間みたいなものを高
級なもので満足させようとしている。

その結果満足するためにはますますお金が必要になる。そしてみんなの気持ちは楽して稼ぎたいになってしまっている。

 そう考えるとバヌアツ人から学べるところはたくさんあります。バヌアツ人は昔から食べるものにも困らず毎日の生活に満足して生活してきたから心の豊かさを持って生活してきた歴史は日本より相当長いです。だから成金主義になることは無いんだよね。
 
 ちょうどお腹が一杯になる程度の心の豊かさに昔から気が付いていてバランスを失わずにずっと続いている感じです。それ以上も求めないしそれ以下でもない。日本で言えばみんな毎日500円の食事で満足してるかんじです。

 でも日本は500円の人より30000円目指している人の方がすばらしいと考えられてしまうし実際に毎晩30000円食べたい人は能力さえあればそれが出来るような社会の仕組みが出来てしまっている。
 
 そういうのはもともと日本人の文化ではなかったと思います。日本人には武士道があってなんでもホドホドにたしなむ事が良いと思っていたからね、でも戦後に西洋の社会に圧倒されてこの70年で少しだけ日本人のアイデンティティーを忘れてしまっていたのかも。
 
 でも人間は普通500円の晩飯食べたらとりあえず満足なはずだよね。

 戦後に一生懸命頑張って国民みんなが500円食べれるようになった時点で仕事に対する新しい価値観や目標、使命感が必要だったんだけど、経済の発達の勢いが良すぎたのともともと真面目でなんでも極めようとする日本人の気質や何でも一番主義のアメリカと一緒に頑張ってたせいで気がついたら日本人としての平均のバランスが崩れて欲張ってお腹壊すくらいまで食べないと満足しなくなってるひとがおおくなちゃってるのかもね。過食症だよね。
 
 バヌアツの人々はもともと心が豊なのであれば、すでに結果がでてるから最初から頑張る必要はないということになるよね。無理やり西洋社会にあわせようとして途上国なんて呼ばれるのは迷惑だよね。

 日本人は思う一度
 
 「たしなむ心」とか、「謙虚さ」
 「つつましい生活の中にある幸せ」
 みたいな気持ちを思い出す時なのかもね?
バヌアツに来て気が付いたけど、日本て物質的にも精神的にも絶対に世界一だと思います。
 建国200年のアメリカよりも圧倒的に深い文化や伝統があるしね。
 
 

一年住んで思うこと③(先進国の矛盾)


バヌアツ人に対して最近思うことって、仕事がないと20代以降の文化がなかなか成長しないということ、日本なら社会に出れば新入社員としての心得やその文化を習うことができるし、30代は中間管理職としての文化、40代は管理職としての50代は役員としての文化とともに社会人としての自分のあり方や家庭との兼ね合いも考えて、少しずつ自分の人生のスタイルみたいなものを意識するようになると思う。
 
 それぞれの世代の為の本が沢山出ているし、研究されているからそれは文化と呼ぶべきだと思う。
 
 でもバヌアツ人は学校を卒業しても特に仕事が無いから20歳以上の文化って同じなんだよね。

  20代も50代も同じ感覚です。一番象徴的なのは笑顔かな?おじいちゃんおばあちゃんでも子供でも目が合うと同じ笑顔でニッコリ挨拶してくれます。
 
 バヌアツ人いわく、 
 
 「都会にはボスがいてその人の言うことを聞かなければならないが、ブッシュの中では自分が自分のボスなんだ、だから自分が働きたければ働けば良いし、働きたくなければ働かなくてもよい、泳ぎたければ泳げばよいし、お腹が空けば食べ物はいくらだもある、ボスは自分自身なんだよ!」
 
 って言ってました、しかも言ってた人は意外と働き者なので、特に自分が働かない言い訳ではなくって、素直な意見に聞こえました。
 
 ではチーフがいて組織があるでしょ?ってことになりますが、基本的にチーフは組織のリーダーであるけれども、それって組織がおかしな方向に行き始めたときに元に戻す役目であって、新しいことにチャレンジするという感じではなく、「スローな生活」に戻すことが役割だから方向が間違ったほうに進むことに気がつく能力とみんなに慕われる人柄があれば後は大して問題ではないんだよね。
 
 でもそれで幸せなら僕らがその生活を変化させる必要ってあるのか疑問だよね。
 
 でもこのままではドンドン外国人のビジネスマンに土地を安値で買われてしまって、バヌアツがバヌアツで無くなってしまうし、何とか自分たちで国を守れるくらいには発展しないといけないしね  
 先進国は援助してみたり、ビジネスしてみたり勝手にバヌアツを荒らすのは良くないよね。
 
 まあ先進国で生きるって事の大変さを知ってる僕はそれも仕方が無いのかなー、みんな生きるの大変だしねー、とも感じます。でも先進国の場合は大変にしたのも自分達だしね・・・・
 
 できればバヌアツをそっとして上げて欲しいです。

 ボランティアで来さしてもらっている僕が発展しなくても良いなんていってはダメなんだけどね。

 でもボランティだからこそそういった彼らの現状をよく理解して同じ立場で考えることができるのだと思います。
そうやって見守ってあげる事が今バヌアツにとっては凄く大切です。
 
 「昨日と今日が同じ生活の繰り返しで何が悪いの?」 

 ってきかれたら答えに困ります。
 
 それで良いよ!って本当は言ってあげたいんだけどね。そういえない理由は地球には先進国という恐ろしい国があるから。
 
 ってことになるよね。 
 
 先進国はバヌアツを「世界一幸せな国」と決定したのに、自分達がバヌアツを見習って生活しないのはおかしいよね先進国の目指しているのは「幸せな国」ではないのかな?
  
 途上国が先進国に追いつくまでは先進国は今以上に発展してはいけない!って決めたら良いかもね。
 
 だって途上国の発展よりも先進国の発展のほうが倍以上に早いからいつまでも追いつけないものね。
 
 少しづつみんながそういうことに気が付いて行けばよいね。僕ら日本人はそのときに何が出来るのかな?

 僕もあと7ヶ月して帰国したら日本の生活に追われてバヌアツ人を思いやるような気持ちはどこかに行ってしまうのかな?
 
 僕は今バヌアツで毎日バヌアツの人達に助けてもらってるのにね。 
 
 写真は脱ぎ捨てられたサンダル、僕も一年前ならこのサンダルをみて可哀想に・・・
 って思ったかもしれないけど、最近はこれでよいのだ!
と思うと同時にバヌアツへの愛着がいっそう沸きます。
だから今の僕にはお気に入りの写真です!
 

一年住んで思うこと③(自立するって難しい)


バヌアツは1980年にフランス、イギリスの両国の統治から独立して現在建国28年目です。若い国。でも援助の問題点は結構あります。
 
身近なところで言うと、みんな自給自足してるので現金収

入が無い事、だから税金が集められない。

 するとどういうことになるかというと、独立前にフランス人やイギリス人が整備して行った水道や道路、学校の維持費が無いもちろんゴミの回収など夢のような話。
 
ウチの村は植民地時代に州知事があったので、今でも殆ど

の家にはバヌアツには珍しく水洗便所が着いています。

 だから水が出なくなると困ります。
 
じゃあ水道代や水道ポンプの燃料はどうなるの?

という事になりますが、それは先進国からの援助しか無いので

す。だって税金ないから国家予算無いもの。

 学校も同じ、フランスはフランス語を話す国を保ちたいので

フランス語学校に毎年援助をします。

 イギリスは英語を話す国は別に増えなくてもよいのであまり

援助しません。だから援助は寄せ集め、日本にたとえると、

私学はフランス語学校で公立は英語学校という感じです。

 どちらかというと英語学校は予算が少ないです。

 もともと自給自足の生活をしていた人たちに学校や水洗

便所を持たしておいて、後は自分たちで持続するように!

 って言って去っていってしまった国の人たちはちょっと無責

任だから少しバヌアツ人はかわいそうな気もします。
 
そして国家予算がもともと海外からの援助でできているので

みんな物をもらうのはあたりまえになってしまっているのも自

然な流れだと思います。
 
だから体育の授業をしようと思うと
 
「ボール頂戴、芝刈る燃料頂戴」
 
ってなります。最初は僕の仕事は技術移転だから物はあげ

れないよ、って少し戸惑ったけど、色々な国の仕組みがわか

ってくるにしたがってそれも仕方ないなー

 って思うこともあります。もともと彼らは水洗便所も学校も

体育も無しでも自分たちの生活にプライドを持って楽しく生

活してたんだからね。

 それをもう戻れない状態にしてしまってからいまさら自分達

で何とかしなさいって言っても困るよね、動物にたとえるのは

失礼かもしれないけど、いったん餌をもらう事を覚えた動

物はもう野生には戻れないのと同じように援助が無くなった

ら生きていけないものね。
 
 そこを上手く考えるのが今一番の問題、半分助けて、でも

自立の道も探っていく、なかなか形には表すことはできない

けどそういう意識を持ちながら仕事するのって大切だと思っ

てます。
 
 写真はウチの隣のイサンゲルフランス語学校です生徒は約
 250名。校舎はフランスからの援助で立てられています。
筆記用具もフランスからきています。
バヌアツ政府が払うのは約15名いる先生の給料だけです。

 水光熱や芝刈りのガソリンその他のものは一学期につき
 約500円の授業料でまかなわれますが、その500円がなくて学校にこれない子供も居ます。

 

一年住んで思うこと②(2年間でできること)


援助される側の気持ちって結構難しい、
 戦後の日本みたいに継続して一つの組織が見守ってくれるなら良いけど、途上国にくる援助って一貫性が無いことが多い。
 これは僕の妄想で本当のことではないけど、たとえばオーストラリアの援助が来て、バヌアツに漁港を作って水産業をもっと促進すれば、バヌアツの人達に元金収入をもたらすし、オーストラリアにも安い魚が入ってきて良い。 
 と考えて5年間くらいかけて港を作ったり冷蔵庫や市場を作ったりして援助してくれるとする。
 
 そしたら思ったよりガソリンの値段が上がってオーストラリアに輸送するにもコストが高いし、魚を捕りに行くガソリン代のほうか漁獲高より高くつくので働けば働くほど赤字になる。

  おまけにバヌアツは思ったより電気の供給が安定していなくて、せっかく保存していた魚が停電によって全て解けてしまい。
大きな損害をこおむることになる。
 
 やっぱりこれでは採算が取れないとプロジェクトは中途半端な形で終了するがもともとオーストラリアの税金で賄われているから、プロジェクトを立ち上げた人たちは赤字になった理由だけ国に上手く説明できれば民間企業のように倒産してしまう事もない。
 
 全ての設備はどこかの国の民間企業に安くゆずられて、忘れられていく。
 
 次にアメリカが来て道路の整備を行おうとする、道が整備されれば車が安定して走る事が出来るので、生活が安定して、全てにおいて便利になり経済が発展するだろうと思うって一通り舗装してくれる。
 素直なバヌアツ人はこれで全てが順調に行くと思ってしまうけど、プロジェクトが三年で終わってあとは自分たちで継続的に、って言われてしまうと、自分たちは継続する技術もないし、もともと自分たちの税金で作ったものではなくて援助でもらったものだから、ひどくなれば、またどこかの国が援助してくれるだろう。 という事になる。
 
 まあこれは僕の妄想で実際はもっと頭の良い人が色々と考えてからプロジェクト組んでるからもっと上手く行ってると思いますけど・・・・
 
 僕の仕事もそういうところあります。2年ごとに新しいボランティアが来て
 
 「先生達に指導要領が無いから体育が出来ないんだ」
 
「現地の先生達で構成される、体育委員会が無いから出来ないんだ」 
 
「単純に道具が無いからできないんだ」
 
「やる気が無いからできないんだ」
 
「子供は毎日遊んで運動量は足りてるから体育はまだ必要ないんだ」
  
 などどみんなそれぞれイロイロな事を言ったりやったりして2年で帰国して行ってしまう。ボランティアと一緒に頑張って働いていた現地の先生は、ボランティアの帰国とともに多くの仕事を引き継がされて、しかもそれは一人の教師が引き継ぐには大変な仕事だったりする。
 だから現地の人の中にはどうせプロジェクトが終われば彼らは帰国して俺達のことは忘れてしまうからその後のことを考えると一緒に働きたいけど無理して深入りしすぎるとその後に自分が大変になる。
 という気持ちが長い援助とのかかわりで生まれるかもしれない。
 もともと日本の教員のように一生その仕事に情熱をかけようと思っている人はあまりいなくて、とりあえず35歳から40歳くらいまでは子供を育てるのに現金が欲しいから働いて、その後は村に戻ってローカル暮らしをしたい。
 と思っている先生が多いのも確かです。
 
 日本人のように、国の為に一生を捧げてとか、10年20年先の人達に今自分が何かを残したい。という考え方は無いし。一つのことを継続して積み重ねていく事に対する意識は途上国って全般に低い気がします。

 土地に対する執着が無いからかな? 
 
 たとえば自然災害を減らすためとか先祖代々守ってきて土地の為に公共工事をして自然の姿を変えるより、自分達が土地を移って住んだほうが自然だ、と思う気持ちってなんかバヌアツに居ると理解できます。

 援助はとりあえずもらっておこうという考え方になるのも仕方ないよね。

 現地の人の思うようにやらせないと自主性がわかないと思って現金だけの支援をしてしまうと、お金の使い方が適切でなかったりする事もあるし。

 かといって援助する側がある程度の形を決めてしまうと、現地の人には理解できない仕事の進め方になって、現地の人は従うだけになって自主的に物事を考えなくなってしまうからいつまでも援助から抜け出せないし。

 そう言う事を繰り返して少しずつ発展していくのだと思います20年とか50年レベルでね。だから2年間なんてほんの一瞬なのかもしれないしそこで目に見える結果が出たというほうがうそになるのかもね、その一瞬の積み重ねがいつか大きな結果になることを信じて頑張る事しか出来ないよね。
 
 写真はアニワ島に居た親父の後姿、隠し撮りしちゃったけど結構上手く取れてるでしょ。
頑張れジャイカ! 頑張れ自分!